冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 鎧衣(よろい)左近(さこん)の報告を受けた日本政府は、マサキを保護するために護衛を送る事にする。
一方、マサキは、日々アイリスディーナへの思いを募らせるのであった。


東欧漫遊(とうおうまんゆう) 後編(旧題:先憂後楽)

 鎧衣(よろい)左近(さこん)は、急遽(きゅうきょ)日本に呼び戻された。

内閣府の一室に入ると、数名の男達がテーブルを囲む様にしていた。

鎧衣は、直立不動のまま、目だけを動かす。

内閣官房調査室長を筆頭に、内務省警保局保安課長*1、情報省外事情報部長*2、外務省欧州局中・東欧課長*3等々。

そこには、実に、錚々(そうそう)たる外事情報専門の責任者がいた。

 

 

上座にいる内閣官房調査室長から、鎧衣に質疑がなされ、

「木原を支那(しな)から連れ出して、1年近くが()っている。彼を操縦して物に出来たのかね」

「まだですが、全力を尽くして……」

「やめたまえ、全力を尽くしているとか、努力しているとか……

善処するなどの抽象(ちゅうしょう)的な発言は、帝国議会の答弁だけで十分だ」

外務省欧州局中・東欧課長は内心の怒りを、露骨にし、

「木原に関しては、既に100万ドル*4も下らない額を円借款(しゃっかん)という形で支那の共産政権に払ったのだ。

なのにまだ我が物にしていないとは」

「そういう事実しかないと言う事は、誠に遺憾(いかん)だね」

鎧衣は、顔色も変えずに、

「お言葉を返すようですが、木原はこの世界に何らつながりを持つ人物では御座いません。

KGBやGRUも最精鋭を持って、抹殺しようと試みました」

いかにも心外でたまらないような面持ちをたたえて、調査室長はじっと座っていた。

それをなだめる為、鎧衣は、また言い足した。

「もし木原がこの世界と関係を持つようになれば、困るのはCIAもKGBも一緒です。

彼等としても、有害工作の結果、篭絡(ろうらく)が不可能という根拠を得て、諦めた模様です。

それに簡単には……」

内務省警保局保安課長が重い口を開き、

「可能性は」と問いただす。

「まだ何とも申し上げられない状態でして……、しかし十分に使える状態かと」

根拠(こんきょ)は……」

「女です」

そういうと、(うやうや)しくB3判の封書を差し出して、

「この中に仔細(しさい)が御座います」と、深々と頭を下げた。

鎧衣の提出した報告書には、アイリスディーナとマサキの見合いの件が書かれていた。

報告書を一読した後、調査室長は顔色を変じて、

「どういうことだね」と、大喝した。

 

 稀代(きたい)麗人(れいじん)、アイリスディーナ・ベルンハルト。

彼女の国籍が、東ドイツというのも問題になったが、それ以上に、出自が不味(まず)かった。

例えば、中小の自営業者や自作地の百姓(ひゃくしょう)だったら、この様なことには成らなかったろう。

 父ヨーゼフは、東独外務省職員という、特権階級(ノーメンクラツーラー)の末席とはいえ、その一員。

兄は東独陸軍将校、本人もまた士官学校卒で、未任官の軍人である事が、不味かった。

その上、兄ユルゲンは、東独軍戦術機部隊主席参謀で、アベール・ブレーメ通産次官の(むこ)

 そして一番のネックになったのは、ユルゲンが議長と親子盃を交わした事実。

秘密結社を起源に持つ共産党組織において、杯を交わして親密な間柄になる事は重要な行事。

既に個人主義が一般化した現代では、無意味と、鎧衣の方としては、冷ややかな視線を向けた。

だが、武家社会という伝統の中で暮らす、外事情報専門家は違った。

 

(はなは)だしく不快な顔をした男達は、青い顔をする鎧衣を責め立てる様に、一斉に口を開く。

「ベルリンに派遣した監視工作員はおろか、珠瀬(たませ)彩峰(あやみね)まで東独に(もてあそ)ばれるとはッ」

「しかも城内省から派遣された(たかむら)の若様まで巻き込んでいる。

先の北米のブリッジス嬢との件は、もみ消しに苦労したよ。その比ではない」

「こんなことで木原の事件が公になったらどうする。

奴には、莫大な金額を税金から支出しているんだ。野党に突き上げられたら一大事だぞ!」

 

黙然(もくぜん)と首を()れていた鎧衣は、

「申し訳ございません、私の不徳の致すところです。

しかし木原マサキを、再び国益に利するまでは私に責任を取らせて下さい。

その後は、どの様な処分でも」

内閣官房調査室長は、じろりと鎧衣をねめつけ、

「当たり前だ。ここで君を辞めさせるわけにはいかんよ」

情報省外事情報部長も、異口同音に、木原マサキの危険性を訴え、今後の対応を激越な口調で論じた。

「我々も彼を甘く見てすぎていたようだがね」

なお附け加えて、

「これで、木原という、単独でゼオライマーを作り上げた男の価値が、まずは保証されたことになる」

「はい」

調査室長が右手をかざすと、後ろから秘書官が現れて、

「君は、これからある人物の指揮を、執ってもらうことになる」

「はっ!」

秘書官からB4判の書類を受け取るや、

「ラオスで、CIAとともに現地の反共工作を担当した人物だ。

しかも、中野学校卒で君より若い」

その書類を、鎧衣に放り投げ、

「彼の名は、白銀(しろがね)影行(かげゆき)

中の写真を眺める鎧衣を見ながら、

「陸軍に拾われ、中野学校*5に入る前、青山のメソジスト系私立専門学校*6に4年間いた。

専門卒だが、理工学の知識はそこで学んだから、木原の補佐ぐらいは出来よう」

「たしか合同メソジスト教会*7といえば、米国で影響を持つキリスト教の一派ではありませんか。

米国派遣を見越して、その様な人材を用意していたとは。

いやはや、この鎧衣、皆様のご慧眼(けいがん)には感服いたしました」

と、鎧衣は眼をかがやかして、調査室長の面を見まもった。

「実は斑鳩(いかるが)の翁が、全国に居る情報工作員の中から選び、準備して置いたのだよ。

素封家(そほうか)の次男坊なので、育ちも良く、行儀(ぎょうぎ)作法(さほう)は、その辺の百姓より出来る男よ」

鎧衣は、笑いを含んで、調査室長に、

「翁直々に推挙された人物で、その上、武家ではない。つまり、自由に使って良いと」

「みなまで言うな」と、苦笑を送った。

 

 

 さて、日本で鎧衣が尋問を受けている頃、マサキ達は歴訪(れきほう)の最後にポーランドにいた。

空港に着くなり、儀仗(ぎじょう)(へい)堵列(とれつ)を受け、まるで凱旋(がいせん)してきた将軍の様な歓待(かんたい)に驚きつつ、

「BETAへの積年の恨みとは、これ程までか」と、一人呟いていた。

 

 若手官僚や研究者との懇談(こんだん)会の後、昼食会を挟んで、大統領との謁見(えっけん)となった。

駐ポーランド日本大使と通訳の同席の元、謁見の際に、ずけずけとマサキは、

「俺は、ソ連のESP兵士計画をソ連科学アカデミー会員から聞いた」と、周囲を慌てさせ、

「奴等は、新型の阿芙蓉(あふよう)*8を作っている」と驚くようなことを口走った。

同席したポーランド情報部の長官は、色を失いながら、

「セルブスキー司法精神医学研究所*9で、指向性(しこうせい)蛋白(たんぱく)が完成した話は、本当だったのですか」

と驚きの表情を浮かべ、マサキに問い質す。

喜色をたぎらせて、一頻り笑った後、

「フフフ、仔細は彩峰の方から話すとして、証拠だが、俺の方で、録音テープと映像がある」

と応じて、椅子に踏ん反り返った。

後ろに居た彩峰は、大統領に最敬礼をした後、

「実は来たる国連の年次総会で、我が帝国は東欧三国と図って、ソ連の人権侵害を告発する心算です。

東欧の雄である貴国の協力が必要なため、どうかご助力の方を」

と言い終わらぬ内に、日本大使も、

「帝国政府といたしましては、貴国のEC早期加盟を英仏に外交ルートを通じ、要請する所存です」

「ふうむ」と、大統領が溜息をついた後、重ねて、

「とすると、東欧州社会主義同盟の構想も、ご存じですかな」

大統領の言葉に訝しんだマサキは、男をねめつけながら、

「東欧州社会主義同盟とはなんだよ。詳しく話せ」と言いやるも、

「これ、木原君。先方を困らせるでない」と、大使が諭した。

大統領は、その様を見て、一頻り笑った後、

「木原博士が、ご存じないのも無理はありません。

先頃、シュトラハヴィッツ少将が提案した、将来の欧州統合に向けた地域協力機構の設立構想です。

今の、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリーの三カ国は、元々同じ国でした。

かつてヤゲロ朝*10の元で同じ王を頂く仲間でした。

ソ連に盗み出されたバルト三国*11やドイツの一部*12も同じです。

伝統・文化的に近縁であることを持って、友好協力関係を進めることを、少将が発議されたのです」

 

『シュトラハヴィッツは、そんな大人物なのか』という顔をしたマサキは、

「奴はプラハの春で、ソ連の威を借りて、戦車隊でチェコスロバキアに乗り込んだ張本人だぞ。

そんな姦族(かんぞく)を、チェコ人は簡単に(ゆる)せるのか」

と、心にある不安を表明すると、情報部長官が、

「博士もご存知でしょうが、BETAがいなくなってもソ連は健在です。

我が国は常に歴史を通じて、東方の蛮族からの襲撃を受けてきました。

チェコやスロバキア、ハンガリーも同様です。

ハンガリー人の姓名の表記の順が、東洋人と同じなのをご存じですよね」

「ああ、東亜人の様に姓から名乗って、名を後に書く習慣を持つのは俺も知っている。

今のハンガリー人の祖先が、マジャール人といって東亜を起源にする騎馬民族だからであろう」

「流石ですな。我がポーランドも少なからず蒙古の(くびき)の影響は受けています。

歴代ポーランド王の肖像画をご覧になれば、蒙古風の装束を着ているのが判るでしょう」

「ホープ」の箱を取り出すや、タバコを口に咥え、

御託(ごたく)は良い。しかし、世の中、判らぬ事ばかりだ」と、紫煙を燻らせながら、

「ソ連赤軍参謀総長を口説いて、T72戦車を100両*13買ったシュトラハヴィッツが……。

今や反ソの旗頭か。ハハハハハ」と、満座の中で、一人笑って見せた。

 

 帰りのパンアメリカン航空*14のチャーター機内で、マサキはタバコ*15を弄びながら、

「俺は、()()らさずして、東欧の反ソ同盟を作り上げることが出来た。

後は、ソ連の彼奴等(きゃつら)が二度と俺に(ほこ)を向けぬほど、縮み上がらせねばなるまい」

満面に笑みをたぎらせながら、美久に言いやった。

「つかぬ事を聞きますが」と顔色を(くも)らせながら、

「どうした」

「最近、思うにアイリスディーナという小娘(こむすめ)に心を(おど)らされ過ぎです。

稀代(きたい)の美女に心奪われるのは、人情として、この私にもわかります。

でも、その色香に(まど)わされれば、やがては身を滅ぼしかねないかと」

「フフフ、お前らしからぬな。人形の(くせ)嫉妬(しっと)するとは」

と、告げるとタバコに火を点け、彼女の顔を見た。

「このままいけば、貴方はアイリスという娘の、愛の奴隷(どれい)になります。

どうか、あぶない火遊(ひあそ)びと、(あきら)めた方が(よろ)しいかと」

「確かにお前の言わんとすることも分かる。

唐の玄宗(げんそう)は、傾城(けいせい)傾国(けいこく)*16と名高い楊貴妃(ようきひ)の愛に(おぼ)れ、国都長安(ちょうあん)まで焼いた。

クレオパトラは、ローマの覇者(はしゃ)シーザーとの間に子を()し、老将軍を我が物の様に(もてあそ)んだ。

女性(にょしょう)色香(いろか)は、時の権力者を自在に動かしたのは事実」

悠々と紫煙を燻らせながら、

「俺も、その事は、重々承知している。

だが、あの娘は、人間の抜け殻みたいな俺に、何かを与えた。

あの手の(ぬく)もりは、(ゆめ)まぼろしではなかった……」

そう告げると、マサキは、静かに機窓から沈む夕日を眺めていた。

 

 

*1
今日の警視庁外事課。マブラヴ世界では戦前と同様に内務省が存続し、警察権を有した

*2
マブラヴ世界に存在する架空の省庁

*3
東ドイツは外交上の分類上、中・東欧に分類された

*4
1978年為替レート、1ドル=195円

*5
陸軍中野学校。静岡県浜松市天竜区二俣町に、破壊工作員養成の分校があった

*6
青山学院大学

*7
1968年4月23日、テキサス州ダラスでの合同総会で、福音合同同胞教会と、メソジスト教会が合同して出来た、米国最大規模を誇るプロテスタント教会の一派

*8
植物、芥子(けし)の実から採取される果汁を乾燥させたもので、麻薬の一種。阿片の異名

*9
Федеральный медицинский исследовательский центр психиатрии и наркологии имени В. П. Сербского,今日の正式名称は、V.P.セルブスキー記念社会司法精神医学国家学術センター。1921年開設。KGBと共に強制収容所の運営にも関与し、反体制派を『不活発性精神分裂病』と認定し、精神医学を政治的に乱用した

*10
14世紀末から16世紀末まで存在したポーランドの統一王朝。現在のチェコ、スロバキア、ハンガリー、ポーランド、リトアニアの一部からなる地域を支配した

*11
バルト海沿岸に並ぶ、エストニア,ラトビア,リトアニアの三国を指す。1918年、ロシア帝国崩壊時に揃って独立し、1940年にソ連に支配されるも再び独立し、再度1945年にソ連の隷属下に置かれた。その際、ドイツ系の知識人は弾圧され、歴史的建造物、金銀財宝は破壊された

*12
文化的、歴史的にドイツの影響が強かった東プロイセンは、カリニーングラードとして、今日もロシアの占領下にある

*13
マブラヴ世界の東ドイツでは史実とは異なり、ソ連が1970年代前半に国内向けと同程度の装甲を持つT72戦車を輸出、販売した

*14
1927年創業、1991年倒産。20世紀の主要かつ世界最大の国際航空会社であり、米国の非公式海外フラッグキャリアであった。パンナム航空の名前で一般的に知られる

*15
今日とは違い、1990年代末まで航空機内での喫煙は合法かつ、一般的であった

*16
絶世の美女の事。 容姿の美しさで人の心が魅了(みりょう)されて、城や国が傾いて滅びてしまうという意味から。『漢書』「外戚伝」より




邪神ちゃん555様、ご評価有難うございました。
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増やしてほしい話の内容や描写に関して

  • 原作キャラの心情描写
  • 戦闘描写
  • 恋愛関係
  • 1970年代の政経関係
  • 原作から変わった部分の説明
  • 現状維持
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