冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
そして、母の口から両親の離婚の真相を告げられるのであった。
ユルゲンは母の顔を見た途端、胸が締め付けられた。
思い出したくないのに、かつての家族の
母は、すでに
この圧倒的な
彼女の娘であるアイリスディーナに、あの
「この際だから、
肘掛椅子に座るベアトリクスは、
「すまない。気にはなっていたが……」と、
「アンタに一つ尋ねたい。なんで俺達を捨てて、あんな
と、目の前の女に、
「それは、貴方たちを庇うために、ダウムを頼ったのよ」
母の衝撃的な告白に、ユルゲンは
メルツィーデスの告白を、心の中で
「母さん!」
アイリスディーナの呼びかけを制し、メルツィーデスは、沈黙するユルゲンの方を向き、
「彼と話がしたいの。ベルンハルトの家族には酷い事をしたから」
にべもなく言い放つと、
「ヨゼフが、貴方がたの父がなぜ、
あの人は、先ごろ亡くなったアンドロポフKGB長官に目を付けられてたの……」
すでにお忘れの読者もいるかもしれないので、説明する。
メルツィーデスの話に出て来る、KGB長官とは、マサキと少なからず因縁のある人物であった。
シュタージ内部のKGB工作員、エーリッヒ・シュミットの
また、ゼオライマーに核攻撃を指示した責任者でもあり、ハバロフスク空港で、剣を
「丁度、22年前の今頃に、なるかしらね……。
ハンガリーで、ソ連の軍事介入*1で政変があったのを覚えている?
いいえ、あなたはまだ2歳になったばかりだったからね」
脇で聞いていたザビーネが、同調する様に、
「奥様、あの時、わたくしも娘の頃*2でしたが、よく憶えてますわ。
買い出しに行った西ベルリン*3では、それこそ酷い騒ぎでしたの。
連日連夜、オーストリーに亡命する人々の話が、西ベルリン経由で漏れ伝わってきましたわ」
「ザビーネさん、私はハンガリーに、主人とユルゲンといたから、詳しい経緯は知ってます」
と、メルツィーデスは、軽くあしらって、
「あの人は、軍事介入が決まった後、
そこで、駐ハンガリーソ連大使に、意見したの」
「何て?」
「正確な所は知らないけど、何でもこういったそうよ。
『ソ連がハンガリーでやったようなことは帝国主義国がやってきた事と同じである』と」
「あの恐ろしいKGBが、よく許しましたこと!」
「どういう経緯で帰って来たかは知らないけど、でも、それ以来、目を付けられたのは確かよ。
ソ連からも、KGBからも」
メルツィーデスは、押し黙るユルゲンの頬を
「
「……」
「彼は、ベルリンで2人の警官殺しの後、ソ連に逃げてKGBに拾われた男よ。
そんな人間だから、ソ連の操り人形で、モスクワの許可が無ければ何にもできない人だった」
母の面は、色蒼く
母が、何かを語ろうとしているのは、分かる。
しかし、ユルゲンには、彼女の気持ちが判らなかった。
何時しか、怒りより戸惑いの感情が強くなっていき、
「何が言いたいんだ」と、初めて強い姿勢で、ものをいった。
「もう少しで終わるから待っていて」
「……」
「その後、ハンガリー大使だったアンドロポフが、67年にKGB長官の地位に就いたの。
私から言えることは、これだけよ」と、彼女は思いきったようにあふるる涙と共に言った。
ユルゲンは、その一言で、目の前が真っ暗になるようであった。
1967年と言えば、父と母の離婚した年である。
あの憎い
母の話を
そして、KGB長官の就任祝いとして、シュタージが忠誠心を示す
今、精神病院の暗い病室の中で、
たまらない
「そんな事情があったとは……
幼き日、母の胸の中で泣き喚いたように、体中で
夜が
母の衝撃的な話を聞いて、信じられず、制服姿のまま、家を飛び出してしまったのだ。
兄や、護衛のデュルクが探しに来るだろうが、何も考えられないほど
すると、そのときである。
「どうした。年頃の娘がこの様な時間に出歩くとは、いくら社会主義独裁の国でもあぶないぞ」
ふいの声に驚く間もなく、そっと抱きすくめられた。
「暴力など受けたらどうする。俺だから良かったものの……」
声の主は、木原マサキだった。
着古しの詰襟の上から、黒色の
今回の訪問は、連絡を取った訳ではない。つい衝動的に、来てしまったのだ。
アイリスディーナへの想いは、日が経つに連れ、強く激しくなってきている。
それを一旦制御する為に、マサキは、彼女の元を訊ねたのであった。
彼は、着ているウールのオーバーを脱ぐと、アイリスディーナの肩にかけ、
「どうだ、温かいだろう」と、手を引いて、パンコウ区の方に進む。
「どうして……」
「別れのあいさつに来た。俺は明日、ハンブルクを
その前に、お前の顔を
彼のそうした態度が、ふとアイリスディーナを不安にさせたのかもしれなかった。
急に、碧海のような青色の瞳に涙さえ差し
「……」
「どうやって来たか、理由は聞かんのか……、フフフ」
マサキは、アイリスディーナの方を向かずに、
「何、驚くべき事ではない。次元連結システムの一寸した応用さ」
と、言った後、顔を彼女の方に向け、じっと碧海のような瞳を見て、
「俺の方でも、女遊びにかまけていられなくなってきてな。
だからアイリス。暫し、お前の所には顔は出せん」と言いやった。
彼の視線が耐えきれず、アイリスディーナは視線を落とした。
胸の奥で、高鳴る鼓動に惑わされながら、歩みを進める。
なんと声を掛けてよいのか、どの様な態度を取ればよいか、彼女には解からなかった。
一週間前なら何ともなかったのに、頬を紅潮させるような
マサキは、おもむろに、ホープの箱を取り出し、タバコを口に咥え、
「この先、俺は月と火星に居るBETA退治の為、新兵器の開発に入る」
と、その場の雰囲気を、変えるような事を口走った。
暫しの沈黙の後、アイリスディーナは、顔を上げ、
「まだミンスクハイヴ攻略から日が浅いのにですか……お疲れも
どことなく悲しげな表情の、マサキの瞳を再びとらえると、
「しかたがない。これが科学者というものだ。軍人と言うものだ。
この木原マサキは、木や石で出来た像では、ない。
身体の疲れも辛いが、お前との別れはもっと辛い。だが一度、自ら望んで軍籍に身を置いた立場」
「ええ……」
マサキの声に動揺はなかった。いつも以上に落ち着いていた。
「出来れば、お前には軍から身を引いて欲しい。
あのような剣の中に身を置いて欲しくない。まだお前は花開かぬ青いつぼみだ。
暖かい春の日差しも、花を咲かせるような夏の太陽も、実を
願えば、どんなことでも出来る。
兄の為とか、こんな傾いた国の為とか……
その様な戯言で、軍に残って、衛士などという、馬鹿げた事をする必要はない。
女の一生を、そんな一時の自己満足の為に、棒に振る様な必要は無かろう」
かつてないほどの昂ぶりが、アイリスディーナの胸に一気に押し寄せて来る。
それまで一部の隙も見せていなかったマサキの、秘密の部分を垣間見た感じだ。
脇から見つめていると、マサキの苦悩が良く伝わって来る。
細く長い指で、ガスライターを操作しながら、火を点け、紫煙を燻らせる。
「男は、この世に生まれて以来、己の大義に、己の正義に
俺も、俺自身の野望の為に、あえて、
マサキは、静かにうつむいた顔を上げ、
「だが、女は違う。
アイリスディーナは、不思議とマサキに恐怖を覚えなかった。
それより彼をより一層生身の人間と感じて、その様に魅了されていた。
「何時しか許され、その命を
だから、高い理想のために働くなどではなく、どの様に生きるかを考えるべきではないか」
と、どこかあどけなさの残るアイリスディーナの表情を見つめ、
「もう少し、女らしく自由に生きてみよ」
咄嗟に、彼女のうけたマサキの唇は、炎のように熱かった。
ご意見、ご感想お待ちしております。
少しばかり淡泊だったので、アイリスディーナの心情描写を追加しました。
増やしてほしい話の内容や描写に関して
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原作キャラの心情描写
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戦闘描写
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恋愛関係
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1970年代の政経関係
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原作から変わった部分の説明
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現状維持