冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 西ドイツは、東ドイツが接近したマサキとゼオライマーを危険視する。
そして、ユルゲンたちとの仲を裂くべく、離間の計を用いようとする。


憂懼(ゆうく)

 ここは、西ドイツ臨時首都のボンの官衙に隠れる様にして立つドイツ連邦情報局(BND)*1。

その一室で男達は、今後のドイツ連邦の先行きに関して、密議を凝らしていた。

 先頃のハバロフスクの首都機能喪失とウラジオストックへの急な遷都に関しての討議が成されている最中。

 ふいに、会議の最中、一人の情報局員が立ち上がり、ひじ掛け付きの椅子に腰かけた初老の男に問うた。

「局長、一つ気掛りなことが御座います。

例のゼオライマーと称される日本軍の持ち込んだ新型戦術機ですが……」

 

 紫煙を燻らせながら、初老の男が、応じる。

声の主は西ドイツの諜報部門のトップである、連邦情報局長であった。

「捨ておけ、黄人とて必死だ。媚(こ)び位、売るであろうよ……、それ位が精一杯の能力よ」

 

彼は、なおも食い下がった。

「しかし、そのゼオライマーによってBETA戦に少なからず影響を与えていると聞き及んでおります」

男の顔を覗き込む。

「我々のBETA戦には思い通りの成果を挙げられずに居りました。

ですが、その新型機によって、米ソの対立にさえ、変化の兆しが見え始めています。

これは、どう思われますか……」

 

男は、件の情報職員を宥める。

「一旦、その話は後回しだ……」

彼は無言のまま、着席した。

 

初老の男は、腕を組むと、そちらを見据える。

「話は変わるが……、BfV*2が動く前に、ユルゲン・ベルンハルトの調略に掛かる。

昨今話題になっている、木原に自分の妹を差し出した、新進気鋭の貴公子……。

ベルンハルトという男、どの様な人物なのかね」

BNDの会議室の中に、声が響き渡る。

「局長、お答えします。

当該人物は、1954年生まれで、空軍士官学校主席卒業。

公的な情報によれば、離婚した両親は健在。

父親は東の外務省勤務、母親は、シュタージ工作員と再婚。

異父弟が一名いるとの事。

5歳下の同母妹が一名居り、現在士官学校に在学中。

彼の妻は、妹と同い年で、アベール・ブレーメの一人娘です」

 男は、顔に右手を当てると、少し思い悩む。

暫しの沈黙の後、再び尋ねた。

「ソ連亡命歴のある人物の女婿(じょせい)だと。思想的背景は……」

黒縁のベークライト製の眼鏡を持ち上げ、答弁をした官吏の方を改めて見る。

「関係あるか分かりませんが、現議長の秘蔵っ子という噂のある男です。

警戒したほうが良いでしょう」

 

局長が黙る中、官吏達は口々に思ったことを言い放つ。

「待て、あの男は長らく寡男(やもめ)だったはず。あの年頃の子息は……」

「そんな、まさか……」

 

 

 共産国家に在って、政治家の個人情報は最重要機密であった。

史実に根拠を求めれば、アンドロポフ*3と、チェルネンコ*4。

1980年代にソ連を牽引した両人物は、その死まで個人情報は守られた。

CIAに至っても両人は「男寡(おとこやもめ)」と勘違いするほどであった。

 この世界の、連邦情報局(BND)も同様のミスを犯した。

『ユルゲン・ベルンハルトは、彼の母が不義の関係で出来た、議長の隠し子ではないのか……』

その様に勘違いしてしまったのだ。

 

混乱する職員の発言を纏める様に、Bfv局長が呟く。

「つまり、あの男も党政治局員としての進退窮まって、最前線に息子を送り出したと考えてよいであろうな」

その発言に、周囲が騒々しくなる。

 

しばらくして職員達が落ち着いたのを見届けた後、局長が口を開く。

「我が方に引き込んだ褐色(かっしょく)の野獣(やじゅう)こと、アスクマン少佐が死亡した事が確認された。

ソ連兵の手によって殺されたというから、KGBとの間で、何かがあったのは間違いない」

仏法僧の様に頭を丸刈りにした諜報員が、驚嘆の声を上げる。

「きょ、局長、真ですか……。あのアスクマン少佐が野垂死にしたとは……」

「我々以外にも、CIAやMI6との付き合いのある男だ……。

その線から漏れたとしてもおかしくはあるまい」

 

 副局長は、アスクマン少佐の死を嘆いた。

「我々はシュタージファイルの入手の為に……10万マルク*5の資金をあの男に貢(みつ)いだ。

これが連邦議会に持ち込まれもすれば……」

「一大スキャンダルですな……」

 

 局長は、再び混乱し始める職員を一喝する。

「諸君、狼狽(うろた)えるな。

どちらにせよ、マスメディアの連中は莫大な金を準備して、我等が元に乗り込んでくるのは必須。

放置すれば、何れはこの身の上に恐ろしい災厄が降りかかって来よう」

先程、局長に尋ねた丸刈りの男が返答する。

「起死(きし)回生(かいせい)の策としてゼオライマーを討つというのはどうでしょうか」

 

 会議の冒頭から奥に座り、一言も発しなかった老人が声を上げる。

「木原マサキを消せ……、後腐れなく始末するのだ」

黄色味を帯びた白髪から類推するに、年の頃は80過ぎにもなろうかと言う、深い皴を顔に刻まれた男は、窪んだ眼を左右に動かす。

「アヤツはたった一人で米ソを手玉に取る……手強い相手じゃ。何としても葬り去らねばならん」

 

 対ソで結束している西側陣営最前線の一つであった西ドイツも、当初の目的を忘れ、月面や火星に居るBETAよりも、木原マサキという人物、彼が駆るゼオライマーを恐れる。

地の底より幾千万と湧いて来るBETAの血煙を浴びながら、難攻不落のハイヴを正面から攻め掛け、その奥深くに潜り、白塗りの装甲を赤黒く染めながら四たび戻って来た。

 マサキの駆るゼオライマーは、万夫不当(ばんぷふとう)との言葉に相応しい。

彼の首を取ろうとした、精鋭KGBや赤軍の特殊部隊(スペツナズ)を、まるで赤子のように扱い、50メートルにも及ぶ巨体を駆って数百の精兵を踏みつぶした。

ソ連政権は、議長以下首脳部の首を取られ、這(ほ)う這(ほ)うの体(てい)で、日本海面前のウラジオストックまで落ち延びる無残な姿を天下に曝(さら)した。

男は、その事実に身震いしていた。

 

「ポーランドが、ナポレオンに女をくっつけたように、我等も美人計(びじんけい)を仕掛けようではないか……。

そうよのう、ベルンハルトが、留学するというニューヨークに飛んで、奴等へ工作を仕掛けよ」

 

 男が言ったポーランドの女とは、ポーランド貴族の、マリア・ヴァレフスカ侯爵夫人である。

1804年のころ、実家の借財の肩代わりのため、老貴族、ヴァレフスキ侯爵と結婚した。

46歳も年上の夫に絶望にした18歳の若妻は、悲嘆の日々を送っていた。

 そんな折である。

フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトが、1806年12月18日にワルシャワに入城した。

プロイセンと帝政ロシアの間で長く苦しい歴史を歩んできたポーランドにとって、ナポレオンは救世主も同然であった。

 翌年の1月7日に新年の舞踏会に夫と招かれた彼女は、ナポレオンとの謁見の機会を得る。

その際、壮年(そうねん)*6の皇帝は、彼女に一目ぼれしてしまった。

信心深く貞淑(ていしゅく)な彼女は、この皇帝からの熱心な恋文にも、豪奢(ごうしゃ)な贈り物にも無関心を貫いた。

 しかし、時代が許さなかった。

ポーランド復興の望みをかけた貴族たちの願いもあって、望まずして、大帝の公妾(こうしょう)となった。

次第に二人は、本当に惹かれ合うようになり、1810年5月10日に男児を生んだ。

後のアレクサンドル・ヴァレフスキである。

 

 時間がたつにつれて、次第に大帝の寵愛(ちょうあい)は冷めていったが、彼女の思いは深くなる一方であった。

その愛は本物で、皇帝を退位しても、武運拙(つたな)く百日天下で敗れ去っても、変わらなかった。

大帝の妃たちの中でただ一人、流刑地セント・ヘレナ島への同行を涙ながら求めるほどでった。

大帝が、遠く大西洋のセントヘレナに流された後は、拒食症になり、衰弱していった。

ナポレオン大帝のことを思慕(しぼ)しながら、1817年12月11日に31歳で短い生涯を閉じた。

 

 

「あのアジア人の男もBETAが無い世界では不要……死んでもらうのよ。

新開発の動力と内燃機関の秘密を、一刻も早く手に入れるのじゃ」

老人は、ふいに不適の笑みを浮かべ、

「そうよのう、バルクと女工作員、ユングを呼び出せ」

そう告げると、くつくつと不気味な笑い声を上げた。

 

 

 

 アリョーシャ・ユングは、昔なじみの友人、ヨアヒム・バルク陸軍大尉とともにの会議室に呼び出された。

黒の眼鏡に、灰色の婦人用パンツスーツを着て、深々と一礼をし、

「閣下、わたくしたちを呼び出した理由は何でしょうか」と問いただした。

 閣下と呼ばれた人物の脇に座る、下卑た顔をした80を超えた老人が

「ユングよ、忙しい中、良く来てくれた。早速だが、話がある。

お前の専門は東だったから、向こうの戦術機隊長のユルゲン・ベルンハルトを知っておろう」

その言葉に、危うい気配を感じたのか、ユングは身を強張らせる。

「ベルンハルトの妹は、木原に惚れこまれ、結婚を前提に話を進めているという。

木原は妹婿(いもうとむこ)で、ベルンハルトは義理の兄みたいな存在になろう。

だから、奴を誑(たら)し込め」

「えっ」とばかり、彼女は色を失って立ちすくんだ。

「そ、そんな……」

ユングと言えば、その狼狽ぶりは、実に哀れなほどであった。

 

 表情が凍り付いたユングに向かって、老人は、まくし立てる様に、

「BNDの工作員でいたかったら、何が何でもやってみろ。

確か、お前は独身で、男との浮いた話の一つも効いたこともない」

彼女は、いたたまれない羞恥を覚えて、顔をそむけた。

「だからこそ、あやつを落とせる可能性が、僅かばかりあるのだよ」

黒いジャケットで覆われた両胸を、恥じらうように覆う。

「もし、あやつがお前に興味を持ち、一緒になれば、木原の親族も同じ。

ボンの政府の安全は、いやドイツ国家の永続性は保障されたものとなろう」

だが、旧友バルクの前ではあまりにも見苦しい真似をするわけにはいかず、眉を顰(ひそ)めて、堪(こら)える。

「唯一無二の女性(にょしょう)の武器を用いるのだ」

込み上げる羞恥に全身を熱(ほて)らせる様は、わきに立つバルクが心配するほどだった。

 

「考える時間をください」

これ以上、同輩のバルクと、面と向かっているのは、耐えられなかった。

ユングはきつい口調でそのように告げると、背を向けて逃げるようにして、その部屋を後にした。

彼女にできることは、ドアを勢い良く閉める事だけだった。

 

 

 

 

 

 ウラジオストック空港は、あわただしかった。

国連総会に参加するソ連外交団の準備をしている矢先のことである。

参謀次長を兼務するGRU部長から、赤軍参謀総長は、マサキと東独の接触の報告を受けるなり、

「東ドイツの連中が、木原に女を差し出したのか」と、憤懣(ふんまん)遣る方無い顔色になり、

「直ちに、音楽学校の卒業生を集めよ」と命じた。

 音楽学校とは、GRU直属工作員を養成する軍事外交アカデミーの別称である。

 

「シュトラハヴィッツめ、何を血迷ったのか。15にもならぬ自分の娘を送り込もうとは……」

予想だにしない参謀総長の言葉に、GRUの局長や課長たちは思わず顔を上げて、表情をじっと見入った。

 しばらくしてから、GRU部長は、参謀総長の問いに、

「同志大将、違います。年のころは18歳の娘で、ユルゲン・ベルンハルト中尉の妹です」

「何。それで、彼女はどのような人物なのだね」

GRUの東欧課長が次のように述べた。

「ご安心下さい。ベルンハルト嬢は、反ソ的な思考の持ち主ではなく、人類が手を携えてBETA戦を進めれば、勝利を得られると信じるような純粋な娘にございます。

多少、信心深く、愛国心も強うございますが……」

 参謀総長は、遠くを見つめるような目で、言う。

「つまり、自ら祖国のために、木原の欲望の生贄(いけにえ)になったのか……」

参謀総長は、思いつめたように言って、言葉が切れた。

「ソ連圏離脱による東ドイツの経済的危機という、祖国の窮乏を前にして、愛国の情、黙(もだ)し難(がた)く思う乙女(おとめ)の真心。

これをもってして、木原の心を搦(から)め捕(と)らせると」

と、東欧課長が続けると、国際局長は笑って。

「みなまで言うな。一番は木原が好色であれば容易(たやす)いが、あの男は思った以上に堅物だ。

この機会を逃すわけにはいくまい」

 

 ふと懐中より、口付煙草(パピロス)「カズベック」を取り出して、紫煙を燻らせながら、

「しかし、わからぬものよ。あの木原がこうも傾くとは……」

「男と女の仲は、難しいですな」

参謀総長は、男の問いに無言のまま、笑った。

 

 

 一方、ベルリンにある国家保安省(シュタージ)本部8階の大臣執務室。

そこでは、大臣は目の前に立つ大社交服(ゲゼルシャフト)姿のゾーネ少尉に、マサキの動向を訊ねていた。

「どうしたね。木原マサキという、日本人の男は」

と、紙巻きたばこを口に咥えながら、火を点けて、

「ベルンハルト嬢と関係しているようです。

彼女を守るために大人しくしております」

「もともと、木原を落とす為に彼女を用いたのだろうが……。

これで当分は、警察や情報省に、駆け込むような事は、しないだろう」

「アイリスディーナ・ベルンハルト嬢は、すでに木原に好意を持ち始めています。

奴と関係すれば、もっと深く知りたくなるのが当然の心理です」

ゾーネは、伸ばしていた腕を後ろ手に組みながら、

「ですから、彼女が木原の隠された情報を抜き出すのに一役買ってくれるでしょう」

「一石二鳥だな」

そういって、大臣は満足げにほほ笑む。

「その通りです。同志大臣」

「では、明日より彼女の護衛任務に就き給え。KGBが誘拐することがあり得るかもしれん」

「了解いたしました」

と、慇懃(いんぎん)に敬礼をした後、ゾーネ少尉はその場を辞した。

*1:
Bundesnachrichtendienst,ドイツの情報機関

*2:
ドイツ憲法擁護局

*3:
ユーリ・ウラジミロヴィチ・アンドロポフ(1914年6月15日 - 1984年2月9日)

*4:
コンスタンティン・ウスチノヴィチ・チェルネンコ(1911年9月24日 - 1985年3月10日)

*5:
1978年当時、1西ドイツ・マルク=115円

*6:
一般に働き盛りの年齢のこと。現代では30から39歳のころを指す




 投稿が遅れて、申し訳ありません。
 暁で掲載した話を、リメイクしようとして書き直したら、ほぼ新規書下ろしになってしまいました。

 ご意見、ご感想お待ちしております。
次回より、暁連載版と同じ第五部に入ります。
フリガナや注釈をつける関係上、更新速度が若干遅れます。

増やしてほしい話の内容や描写に関して

  • 原作キャラの心情描写
  • 戦闘描写
  • 恋愛関係
  • 1970年代の政経関係
  • 原作から変わった部分の説明
  • 現状維持
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