冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 ゼオライマーの活躍を危ぶんだ米国は、木原マサキを危険視する。
人知れぬところで、進められる恐るべき陰謀。
摩天楼(まてんろう)のそびえる商都(しょうと)で、マサキと、天のゼオライマーを待つ者たちとは……



(かげ)政府(せいふ)
淫祠邪教(いんしじゃきょう) 前編(旧題: 魔都ニューヨーク)


 木原マサキの動向は、国際社会の耳目(じもく)を集めた。

一人ソ連の首都に乗り込み、最高会議議長とKGB長官を抹殺した男、としてだけばかりではない。

BETAの解析をし、ハイヴを単独攻略した天才科学者として。

また、無敵のスーパーロボット、天のゼオライマーパイロットとしても。

 

 そんな彼の東ドイツ訪問を受け、その事態に一人、(うれ)う人物がいた。

 米国対外諜報機関のトップ、CIA長官であった。

彼は、東独政府の怪しげな動きを受けて、ラングレーのCIA本部では、臨時会合を開始した。

そこでは、CIA長官をはじめ、作戦部長以下、国際秘密作戦に関わる人物が一堂に集めらていた。

 

CIA長官は、深い憂いを、満面にたたえながら、

「何、木原博士が、東独を訪ねたと。まことか」

尋ねられた欧州部長の男は、静かに答える。

「はい、その事実は間違いないかと」

「いくら、優秀な科学者とは言え、彼は青年。

見目(みめ)(うるわ)しい、珠玉(しゅぎょく)の様な令嬢に、引き合わされれば、絡め捕られる危険性は高い」

「まさか。彼は、日本政府や西ドイツに、何かしらを要求した、と聞いておりませんが」

「いや、どんな聖人君子であっても、人間の奥底にある情、と言うのは否定できない。

それに独身者だ……なおさら危険だ」

「ではこちらでも、驚くような美女を、仕立て上げますか……」

「彼は、()()いた(えさ)に食らいつくような人物でもあるまい。それ故に恐ろしいのだよ。

ところで、連中が、引き合わせた相手などは、見当がついているのかね」

「アイリスディーナ・ベルンハルトと申す娘にございます。

こちらの写真を、ご覧ください」

欧州部長は、長官に一葉(いちよう)総天然色(フルカラー)写真を見せた。

「なんと……可憐(かれん)な娘ではないか」

長官は言葉を述べながらも、意識のほとんどを、白雪を思わせるようなアイリスディーナの美貌(びぼう)に伸びていた。

「この楚々(そそ)たる美しさは、単純に形容(けいよう)できない。どの様な立場で」

「東独軍の戦術機隊長の妹です。年の頃は18歳」

「なぜ、そんな話が……」

「先頃、ソ連に殺されたハインツ・アスクマン少佐からです。

我が方の工作員が、生前の彼に接触した際、手に入れた物です」

「まさか、売り込んでいたのではあるまい」

「そのまさかです」

途端に、CIA長官の表情が(くも)る。

「既に彼には……10万ドル*1を、ポンとくれてやりました。

もっとも、その家族を含めれば、30万ドルほどになりましょうか」

「10万ドルの美少女か……何たることよ」

長官は、(まなじり)を押さえ、

「この娘を、どうにかしてやりたいものよ」と、贈り物とされた悲運の少女に、涙した。

「彼女の兄、ユルゲンが近いうちにコロンビア大学のロシア研究所に招かれる予定です」

充血した目を見開きながら、長官は、

「あの外交問題評議会(CFR)*2の息のかかった、ロシア研究所*3

彼等は見えざる政府として、この50有余年(ゆうよねん)、我が米国の外交を好き放題してきた連中だぞ!」

CIA長官は、一民間研究機関が、米国の対外関係を牛耳(ぎゅうじ)っている事実を、(なげ)いた。

 

 外交問題評議会(CFR)は、英国の王立国際問題研究所(RIIA)*4を模範とし、1921年に設立された。

本部は、米国の首都ワシントンではなく、東部最大の商都(しょうと)、ニューヨーク。

 創設メンバーは、政府関係者ではなく、銀行家や実業家。

土地柄もあって、その多くは、ユダヤ系の金満家(きんまんか)で、英国と深い関係にあった。

 

 石油財閥*5が作った、太平洋問題調査会(IPR)*6が、関連団体として、有名であろう。

太平洋問題調査会は、ソ連スパイの息が掛かった団体で、対日戦争を進めた伏魔殿(ふくまでん)でもある。

F.D.ルーズベルト政権への、容共(ようきょう)人士(じんし)の人材派遣の本部と、後に批判された。

 

 

 では、秘密の組織、CFRの会員になるには、どのような手続きが必要だったか。

新規会員になるには、現役会員から勧誘や推薦のみで、人種や宗教や政党は、関係なかった。

1921年という早い時代から、ユダヤ系の人間に、いち早く門戸を開いていた。

親睦団体に入会するのが非白人系が禁じられていた時代が長くあり、ユダヤ人も同様に扱われた。

 

 さて、その会員数は、いかほどであったか。

5年期限の準会員と終身の正会員の二種類があり、5000人ほどが在籍していた。

その内訳は、有名企業の経営者、名門大学の学長や教授、政府や軍高官、報道関係者、高名な弁護士などである。

 

 そのほかに法人会員が存在し、250社の有名企業が選ばれていた。

金額によって、一般会員(ベーシック)特別会員(プレミアム)議長懇談会会員(チェアマンサークル)というランクがあった。

法人会員は基本的にすべての会議、総会に出席できたが、非公開の夕食会は特別会員と議長懇談会のメンバー限定だった。

 総会の話は外に漏らしてはならず、もし判明すれば、会員資格停止や剝奪につながった。

そしてこの団体は、マスメディアとの関係を強化しながら、約50年近くその存在を闇に隠していたのである。

 

 

「恐れながら、副大統領も関係して居ります。彼の御実家は、その石油財閥。

このままいけば、副大統領と事を構えることになりますな」

「困ったものだ。日本政府は何をしているんだ……」

 

 この男は、各国の指導者層と違って、偽りの平和に惑溺(わくでき)しなかった。

いずれ、BETAによる再侵略の日も近いと、心より(おそ)れていた。

万事、その様に考え、

「今、博士が美女に入れ込み、恋路(こいじ)に熱を上げられては、困る。

地上のBETAが消えただけで、火星や月には山ほどいるのだぞ……

少なくとも太陽系より、BETAという怪獣を、消してもらわねば、この合衆国も危うい」

「何とか、ご破算(はさん)に出来れば、違うのでしょうが……、若気(わかげ)(いた)りとは、困りますな」

長官は、一頻り思案した後、思い付いたかのように、膝を打ち、

「では彼を、客人として招こう。

近いうち、(あけぼの)計画の事で、(さかき)政務次官が訪米する予定になっているから、それを利用しよう」

「私の方で、国防総省に掛け合って、木原を、公式訪問団に入れる様に手配いたします」

「よし、その線で行きたまえ」

 

 

 一方、ホワイトハウスでは。

CIA長官の憂慮(ゆうりょ)を余所に、大統領の(もと)に秘密報告が上げられていた。

黄昏(たそがれ)執務室(しつむしつ)から(なが)める大統領に、国家安全保障問題担当大統領補佐官から、

「実に激しい死闘を繰り広げて居ります。

あの若い男女(ふたり)、ゼオライマーのパイロット、木原マサキと、副操縦士(サブパイロット)氷室(ひむろ)美久(みく)

これまでに手掛けたハイヴ攻略は、既に五か所にも達して居ります。

しかも、此方の調べでは中共のカシュガル以外は、全くの損害無しであることが判明いたしました。

なお、これらの軍事作戦には、KGBも驚いたようで工作隊を幾度となく送り込んでいますが、速やかに排除されており、闇の事件として処理する心算でしょう」

「それで……」と、大統領は、初めて口を開き、訊ねた。

「現在までに報告を受けた所によりますと、KGBの工作員と(おぼ)しき者たちが、続々と入国してきております。

既に30名ほどが確認され、FBIでは監視体制を引いております」

おもむろに懐中より、ステンレス製の葉巻チューブを取り出し、葉巻を(くわ)え、火を点けた。

「たった二人の力でここまで戦ってきたのだ。なんと形容したらいいのか。言葉にはならない」

「同感です」と、五十路(いそじ)に入ったばかりの補佐官は、力強く答えた。

 

 執務室から(なが)める夕日は、何時もに増して美しく、また悲しげだった。

ゼオライマーという超兵器のお陰で、地上のハイヴは攻略され、人類に反抗の猶予が出来たの事実。

木原マサキという人物によって、この世界に一時の平和がもたらされようとしていた。 

 だが、大統領は心の中で、彼の手で、ソ連首脳部が抹殺された事を、憂慮し始める。 

ふいに大統領は、紫煙を燻らせながら、補佐官の方を振り返り、

昨日(きのう)の友は、今日(きょう)(てき)、と言う事もありうる」

と、感情をこめて見上げた目には、深い憂慮を浮かばせ、

「やはりゼオライマーという機体は、この世に存在しないほうが良い」と、補佐官に漏らすも、

「火星の件が片付いた後でも宜しいのでは」との意見に頷き、隣室に退いた。

 

 ここで、大統領補佐官という日本人になじみのない役職について説明を許してもらいたい。

正式名称を、国家安全保障問題担当大統領補佐官。

この役職は、1953年に、アイゼンハワー大統領によって設置された非常職。

 朝鮮動乱の熱戦冷めやらぬ時期に、ホワイトハウスの一部屋を執務室として与えられた。

常に大統領に近侍していた為、時代を経るにしたがって、その利益にあやかろうとする有象無象(うぞうむぞう)(やから)が、何時しか頼みとする存在になった。

最初期は毎年の様に交代していたが、大統領の退任まで居座る例も出始め、閣僚に比する影響力を行使した。

 

 大統領のゼオライマー排除を(あや)ぶんだ補佐官は、執務室に戻るなり、

「早速だが、日本の御剣(みつるぎ)公に連絡を取って欲しい」と、事務官を呼び寄せ、

明後日(あさって)のニューヨークの国連総会の前に、私の所まで来るように」と命じた。

事務官は、驚きの色を隠さずに、

「彼は、今の将軍の親族ですぞ。おいそれと、簡単にはこれますまい」と、慌てるも、

「ゼオライマーの件に関してと、伝えて置け」と言うなり、カバンを持って、そのまま出て行く。

ダレス国際空港から、ユナイテッド航空に乗り、もう一つの職場に帰ってしまった。

 

 ジョージア州のニューアーク空港からマンハッタンに向かう車中で、資料を読む補佐官が、

「私のゼミに来る、東欧のご令息(れいそく)というのは、どんな人物なのかね」と、脇に居る男に訊ねた。

 脇に居る男は、彼の秘書で、

「先生、なんでも東ドイツの戦術機隊長をしていた人物で、外交官の親族と聞き及んでいます」

補佐官は、資料をどけ、彼の方に目線を動かし、

「ほう、外交関係者の子息と」

「そういう先生も、元はと言えばポーランドの、名の知れた貴族の出ではありませんか。

自由社会か、社会主義の違いはありますが、貴族の子息で、父君が外交官。

先生の境遇(きょうぐう)と、似ていらっしゃいますな」

「うむ」

「実は……。

世界各国との交換留学生をとっているフルブライト財団の方で、東独の方に話を持ち込んだ折。

向こうの議長から、子息をぜひ送りたいと申し出がありまして」

「なに、フルブライト財団が東独政府に……」

「はい。東独政府からの依頼で……。

ですから、財団を通じ、ロシア研究所*7の有るハーバート大学にも声が掛かりました。

東独議長の子息などとは嫌がっておりました所を、わがコロンビア大の方でお引き受けした模様です」

「聞いては居るが、例の光線級吶喊(レーザーヤークト)の発案者か」

眉目秀麗(びもくしゅうれい)*8な青年で、大層聡明(そうめい)とも(うかが)っております」

「なるほど」

「ゼオライマーのパイロットからも、常々(つねづね)、目を付けられていたそうです」

「それで」

「ゼオライマーのパイロット、木原に近づく手段として、その若君(わかぎみ)を学生になるよう手配して置いたのです」

「だが、その東欧の若様(わかさま)と、木原の関係とはどれ程の物なのだね」

「木原は、若君の妹に恋慕(れんぼ)しておりまして、嫁に迎えたいと、結納(ゆいのう)をしたそうなのです」

「結納とは、初めて聞くが、どんな事なのかね」と、怪訝(けげん)な表情を浮かべる。

東欧のポーランド出身で、カナダで育った補佐官には、なじみのない習慣だった。

 

 

 結納(ゆいのう)とは、東亜特有の婚姻(こんいん)儀礼で、吉日(きちじつ)を選び、婚約確定の為に、金品を取り交わす慣習である。

その起源は古く、鎬京(こうけい)*9に都をおいた西周(せいしゅう)*10の代にまで(さかのぼ)れる。

四書五経の一つ、禮記(らいき)に記された「昏義(こんぎ)*11」に六礼と謂う物がある。

 

六礼とは、「納采(のうさい)*12」「聞名(ぶんめい)*13」「納吉(のうきつ)*14」「納徴(のうちょう)*15」「請期(せいき)*16」「親迎(しんげい)*17」と、言う。

 その内の「納采」が、上古(じょうこ)仁徳(にんとく)天皇*18御代(みよ)に伝わり、帝室から公家(くげ)へ、中世の頃に公家から武家へ。

やがて近代には、武家から豪商や名主などの富裕層を通して伝わり、今日「結納」とされるものである。

 

 

 無論、マサキが、アイリスディーナとその親族たちに贈り物をしたのは、その結納の儀式の心算(つもり)ではない。

ただ単純に、ユルゲンから光線級吶喊(レーザーヤークト)の詳報を貰った、お礼代わりに渡した物だった。

 だが、事情を知らぬ外野の者たちは、違った見方をした。

木原マサキは、兄、ユルゲンの元に出向いて、婚姻(こんいん)の約束の挨拶に出向いた。

マサキの知らぬ所で、そういう具合に、話は出来上がっていたのだ。

 

 一通り、結納に関する説明を受けた補佐官は、(うなづ)くと、無言のうちに目を(つむ)った。

最初の頃は、白皙(はくせき)美丈夫(びじょうふ)、ユルゲン・ベルンハルトを、教え子に持てると喜ぶそぶりも、見せてはいた。

だが、『ああ、大変な青年を(あず)かってしまったのだな』と、一人、心の中で()やんでいた。

車は、ハドソン川をかかる橋を越えながら、コロンビア大学のあるマンハッタン島に向かった。

*1
1978年、一ドル195円

*2
Council on Foreign Relations,

*3
今日のハリマン研究所

*4
Royal Institute of International Affairs,1920年創設。外交関係者の間では「チャタム・ハウス」の名で知られる

*5
ロックフェラー

*6
Institute of Pacific Relations,1925年創設、1960年解散の民間研究団体。環太平洋の相互理解・文化交流の促進を目的として設立された

*7
1948年設立。今日のディヴィス・センター・ロシア・ユーラシア研究所

*8
男性の容貌が端正に整っているさま

*9
今日の中華人民共和国陝西省西安市南西郊の付近

*10
紀元前1045年 – 紀元前771年に存在した古代支那の王朝

*11
昏は婚の仮借文字で、婚儀の事を示す。古代支那では同音文字を仮借する事がしばしばあった

*12
妻として(えら)んだことを女の家に伝える事

*13
結婚する相手の女の名を問う事

*14
婚姻の占いの吉を伝える事

*15
男から女の家に贈り物をする事

*16
婚礼の良き日取りを女の家に()う事

*17
結婚する婿が嫁の家に出迎えに行く事

*18
第16代天皇。民家から炊煙が上がらないことを憂いて、3年間徴税を停止した『民のかまど』の逸話で有名




 第5章に入りました。
3月中は今までの更新速度で、話のストックが切れて以降は、2週間に一度にする予定です。

増やしてほしい話の内容や描写に関して

  • 原作キャラの心情描写
  • 戦闘描写
  • 恋愛関係
  • 1970年代の政経関係
  • 原作から変わった部分の説明
  • 現状維持
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