冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 時間がたつにつれ、アイリスディーナに惹かれていくマサキ。
そんなことを思い悩んでいるとき、彼を襲う暗殺者の一団。
天のゼオライマーと、マサキの運命や、いかに……


淫祠邪教(いんしじゃきょう) 中編(旧題: 魔都ニューヨーク)

 その頃、ハンブルグに居る彩峰(あやみね)達は、帰国の準備に追われていた。

ゼオライマーを運ぶ大型輸送船の手配やら、国連発表する資料の取りまとめをしていた最中。

 不意に現れたマサキは、

「なあ、彩峰。対レーザー塗装の件で会社を作る話だが……」と、問いかけ、

「特務曹長とはいえ、軍に身を置く状態では、兼業は不味い。だから外に出すしか有るまい」

「特許関連はともかく、俺があれこれ指図できないのはなあ……」

と、一頻り思案した後、

「彩峰よ。お前の妻か、愛人の名義を、俺に貸せ。

ペーパーカンパニーを作って、そこで特許関連の管理をやらせる」

暫しの沈黙の後、彩峰は思いつめた表情で、

「俺の妻は軍人の家の出だぞ。済まないが自由に動ける身ではないし、(めかけ)の類も居ない」

一頻り思案した後、そっと懐中よりタバコを取り出して、

「だが、是親(これちか)、いや(さかき)なら、身請(みう)けした芸者を囲って、妾にしている女がいてな」

紫煙を燻らせながら、

「今は確か、京の四条河原(しじょうかわら)に店を構え、小さなスナックのママをしている」

「じゃあ、俺が色町(いろまち)に出掛けて、妾の名義を、借りて来よう」

「待て、物事には順序がある。榊には話しておくよ」

「済まぬが、あと一つ頼みがある。商法に詳しい経営の専門家を連れてきてくれ」

と告げるも、綾峰は、怪訝(けげん)な表情を浮かべ、

「会社を作るのに、お前が直接指揮を執らんのか」

「俺は、娑婆(しゃば)*1の暮らしは知らん。

機械工学と遺伝子工学を、少しばかりかじっているだけで、さっぱりわからない。

それに素人(しろうと)が、経営などという難事(なんじ)に手を出せば、どうなるか。

『士族の商法』の言葉通り、大失敗するのが目に見えている」

と、机より立ち上がって、

「俺は、商法や特許法に関して詳しく知らぬ。

たとえば特許権を持つ俺が、安値で海外企業に技術提供などしたとしよう。

俺の一存で、会社の資産を不当に安く、外部に提供する。

その事で、会社に大きな損害を与えたと、司直の判断で有罪になる恐れがある。

会社の経営者でも、特許権者であっても、特別背任に認定される可能性が出て来る。

そうすると、俺が今欲している新兵器の開発に、悪影響を及ぼしかねない。

無駄な裁判などに時間をかければ、設計や製造が大幅に遅れ、多額の金銭を浪費しよう。

最悪の場合、火星に居るBETA共の再侵略を招きかねない」

と、両手を広げて、演説した。

 

いつしかタバコを吸うのも忘れ、真剣に話すマサキの様に、突如、彩峰は、

「今の言葉は、(たかむら)君が聞いたら仰天(ぎょうてん)するだろうよ」

「篁は貴族なのに商売もしていたのか」と、たずねた。

「そうだが」と、彩峰は誇るように紹介した。

「篁君は、彼の祖父の代にちょっとした先物取引で小金を得て、財を成した家でな。

彼が近接戦闘用の長刀を開発できたのも、その資金を元手にしたところが大きい」

「篁は多才な男だ。女遊びの才の他に、商才もあったのか」

彩峰の言におどきながら、すこし無気味(ぶきみ)な感を抱いたふうでもあった。

 

 その日の夕刻、マサキは、西ドイツのハンブルグ空港にいた。

引率の綾峰たちと一緒に、パンナム航空の大型(ジャンボ)ジェット機に乗り込む。

 茶褐色の70式制服*2に身を包みながら、思いに(ふけ)る。

(『アイリスディーナ・ベルンハルト。なんと、この俺の心を騒がせる女よ……

愛など、恋などというものは、とっくの昔に捨て去ったはずなのに。

人を信じたばかりに苦しみ、命を落とした、この俺が、なぜこんな気持ちになるのだろうか』)

 

まだ、心の奥底には、アイリスディーナの香りを(ただよ)わせながら。

 あの口付けは、すでに二日以上たつのに、いまだに忘れられなかった。

(『人の愛など信じられぬゆえ、世界をわが手に牛耳(ぎゅうじ)ろうとたくらむ、この俺が……。

まだ、19になったばかりの乳臭い小娘に、こんなに本気になるなんて……』)

 

 今回の東ドイツ側が設定した、アイリスディーナとの見合い。

突然、意中の者同士がなんらの前提もなく、密会の機に恵まれたのと同じではないか。

そのような、ときめきを、マサキは途端に覚えた。

 どうしよう。急に、彼は戸惑(とまど)った。

(『あの金糸を思わせるような直毛(ストレート)のプラチナブロンドの髪、サファイヤブルーの瞳。

甘美で瑞々しい唇、白雪のような透き通るうなじ……。

服の上からは気が付かなかったが、触れてみて分かった、豊麗な肉付き。

170を超える上背(うわぜい)の所為か、スレンダーとばかり思っていたが驚くほど豊かな胸。

抱き上げれば、折れんばかりの柳腰(りゅうよう)と白桃のような双臀(そうでん)……』)

 

 マサキは、勢いとはいえ、夜のアイリスとのキスを悩んだ。

(『なぜ、俺はあの娘の唇を奪ってしまったのだろうか……

無理やり接吻(キス)でもすれば、嫌われて別れられるとでも思ったのか。

それとも、キスでもすれば満足して、諦めがつくとばかり……

どうして、彼女のことを諦められようか』)

今まで感じた事のない高揚(こうよう)を覚え、まるで童貞(どうてい)の様な、初々(ういうい)しい気分にさせる。

これまでの恋路(こいじ)の事が、(ひど)く色あせて見える、そんな抱擁(ほうよう)だった。

 

 しかし、既に、(さい)は投げられた。

今、自分が向かうのは、ニューヨークの国連本部だ。

ソ連を壊滅させる総仕上げに、彼の用意したKGB秘蔵の資料を持って、国際社会に一大波乱をもたらす。

(『今の俺が望んでいるのはこの世界の征服だ。

BETAを倒し、世界の覇者になってからでも、あの娘を自由にするのは遅くない』)

そんな企みを心の中に抱きながら、マサキは自信をなだめた。

ともあれ、彼は目を閉じると、椅子にもたれかかりながら、ドイツを後にした。

 

 ニューヨークに向かう機内の中で、まもなくマサキは眠りに入った。

日々の戦いで、疲れた体と心を癒す為、泥の様に眠った。

 この世界に来て以来、こんなに眠ったことがあったであろうか。

目の前に異形の化け物と相対してから、休まる日々などなかった。

 眠りながら、マサキは、このまま夢の中に消えてしまいたい……

それ程までに深く、静かな眠りであった。

 

『大変お疲れさまでした。

間もなく当機は、15分ほどでニューヨークのJFK国際空港に到着いたします。

シートベルトや座席の確認等を今一度、お願いいたします。

本日は、パン・アメリカン航空をご利用いただき、ありがとうございました。

またのご利用をお待ちしております』

 

 スチュワーデスのアナウンスの声で、目が覚めたマサキは、

「もう着いたのか」と、美久を振り向くも、通路を挟んだ向う側の彩峰が、

「身支度したら、ニューヨークの総領事館に行く手筈になっている。

ドイツ娘への想い出以外は、忘れ物をするなよ」

と、声を掛け、意味ありげに目配せをしてきた。

 

 マサキは、彩峰からそんな風に冷やかされて、面白くなかった。

心の底から湧いてくるいら立ちを紛らわす為に、ホープの箱を取り出して、タバコに火をつける。

 目をつぶって、静かに紫煙を燻らせていると、わきに座っている美久がそっと語り掛けてきた。

「アイリスディーナさんは、貴方と同じところに立っていられない人なんです。

だから、今回の米国行きは、諦める機会と思って……」

美久は、何時にない真剣な表情で、押し黙るマサキを見つめながら、

「貴方が諦めて頂ければ、特権階級(ノーメンクラツーラー)の娘です。

東独政府や党に保護されて、きっと彼女は平凡な一生を、幸せな人生を送られると思います」

と、慰めるような言葉を、静かに告げた。

 

 彩峰と美久からの忠告は、いやおうなしに彼に自分を考えさせてくる。

 (『男を魅了する仙姿玉質(せんしぎょくしつ)の乙女を、政略結婚の道具として差し出されたのに。

本気で惚れこむとは』)

と、マサキはかえりみて、彩峰からの忠告も、やや後悔されだしてきた。

 彼が、物寂しそうな表情をしている内に、パンナム航空のボーニング747は着陸に入った。

 

 マサキは静かだった。

周囲の人間が心配する程、静かにしながら、タラップを降りていく。

すると、(かみしも)姿の者たちに守られるように、(おり)烏帽子(えぼし)小素襖(こすおう)姿の男が立っていた。

4尺*3近い太刀(たち)を太い太鼓革(たいこかわ)を通し、ずり落ちないように()いているの見て、真剣である事が遠目にも判る。

 彩峰は、薄黒(うすぐろ)の小素襖姿の男に駆け寄ると、軍帽を脱いで、

態々(わざわざ)のお出迎え、ありがとうございます」と、深々頭を下げ、慇懃(いんぎん)謝辞(しゃじ)を述べた。

男は、太刀に左手を乗せながら、軽く頷くと、マサキの方を向いて、

「そなたが、木原マサキ殿か」と問いただした。

マサキは、浮かぬ顔で、

「そうだが」と()()なく返す。

マサキは、少しばかりおいて、男の様子をしげしげと見る風であった。

「で、貴様は何者なんだ。俺に名を聞いておいて、答えぬのは無礼であろう。

あれか、名を名乗らぬと言う事はどこぞの宮様か、将軍の身内か」

彩峰たちが急にそわそわし始めたが、気にせず、

「では、この機会に、お見知りおき下され。

見共(みども)は、煌武院(こうぶいん)傍流の御剣(みつるぎ)雷電(らいでん)と申すものでござる」と、堂々と名乗った。

さっぱり誰であるか分からぬマサキは、彩峰に顔を向け、

煌武院(こうぶいん)とはなんだ」と、訊ねた。

彩峰は、面色(あお)く、(ふる)えながら、短く答え、マサキをキュッと睨んだ。

「煌武院とは、徳川倒幕以来の名族。今の殿下の御実家だ」

「すると、将軍の親族か」

雷電(らいでん)公は、殿下の大叔父(おおおじ)に当たる方でもあり、今の御台(みだい)様は雷電公のご息女(そくじょ)……」

「今の将軍の妻の父親で、しかも将軍の大叔父か。

まあ、名族どうしの近親婚は良くある話だからな」とあけすけに答えた。

彩峰は、マサキの無礼を、打ち(ふる)えて見せながら、

「いささか、BETA退治に()()れた日々を過ごした世間知らずの小童(こわっぱ)ゆえ。

無礼な振る舞い、この彩峰に(めん)じて、お許しください」

と、深々と頭を下げ、平あやまりに詫び入った。

 御剣は気にすることなく、

「フフフ。これが真の名乗り合いよ。彩峰、気にするな」と打ち笑った。

 

「どうした、気分でも優れぬのか」と、御剣が、なおも尋ねるので、マサキは、

「少しばかりな」と、答えて、その場を過ごそうとした。

御剣は、胸元まで伸びた顎髭(あごひげ)を撫でながら、

「よもや恋の(わずら)い、とやらではあるまい……」

(たかむら)と同じ病気さ」

「して、どこぞの誰に()れた」

「……」

マサキは答えなかった。面白くなさそうである。持ち前の気儘な態度が出たようであった。

「木原、返答は」

マサキが背筋を伸ばし、黙っているので、いずこから、注意する様な叱咤(しった)が飛ぶ。

「東ドイツの娘」と答えると、御剣の眼は、マサキの眼を捕らえて、離さない。

マサキは、脇で立ちすましている護衛の全身から殺気が上るのを感じられる。

(あせ)るな、(あわ)てるな、と心を落ち着かせながら、

「戦術機部隊参謀のベルンハルトの妹、アイリスディーナ・ベルンハルトに」

男は、ようやくマサキの眼から視線を外し、

「少しばかり、貴様の()いた女は有名すぎたかな。フフフ」と、笑って見せた。

 

「御迷惑かな。このような心を許した話などをするのは」と、御剣の(ほお)が笑った。

「余計な心配は、()らん」

「どちらにしても、そなたも身を固めてもらわねばなるまい」

何とも言えぬ殺気と、入り込むような言葉に、マサキは自分の(きも)を触られるような感覚を覚えた。

「貴様等の知った事か。俺は自分が好いた女をどうしようと、勝手であろう」

護衛達は、反射的に、右手を拳銃の有る脇腹に隠し、威嚇(いかく)の姿勢を取る。

久しぶりの長旅で疲れ、空港内で、余計な騒ぎを起こしたくないマサキは、見ぬふりをした。

「それより、当今(とうぎん)や、将軍に側室(そくしつ)など居るのか。

決まった家から正室を取り、結果的に近親婚を続けていれば、やがては破滅する。

(たけ)(その)が、武家が、頼みとする血統上の正当性、男系血統が()()てる。

御剣よ、俺の心配より、そっちの方が大事ではないのか」

マサキがあんまりにも堂々と言うので、御剣は言を横に譲った。

紅蓮(ぐれん)よ。どう思う」

 

 紅蓮(ぐれん)醍三郎(だいざぶろう)は、待っていましたと言わんばかりに、血走った眼でねめつける。

「殿下のみならず、主上の在り様にまで口に出すとは、おそれ多い。

ここがニューヨークでなければ、この場で切り捨ててやるものを」

紅蓮は、帯びている打刀(うちかたな)の柄を右手で掴むと、鯉口(こいくち)を切った。

「言うに事欠いて、刀の柄に手を掛けるとは。なにが武家だ。笑わせるな。ハハハ」

満面に喜色をめぐらせたマサキは、腰に手を当て、周囲が驚くほどに哄笑して見せた。

 見上げるばかりの偉丈夫である紅蓮の面を下から見上げながら、

「ハハハハハ。『大男、総身(そうみ)に知恵が回りかね』という(ことわざ)、その通りではないか。

蛮人の露助(ろすけ)、傲慢な北部人(ヤンキー)や粗野な南部人(レッドネック)に相応しい言葉と思ったが、違うようだな。

女たらしの優男(やさおとこ)、篁の方が余程武士らしいわ」

「き、貴様!」と、紅蓮は、途端に嚇怒(かくど)し、眉間の血管を太らせた。

「ほれ、どうした。俺が憎いなら言葉で返してみよ。

次元連結システムの一つすら作れぬ、この世界の人間など怖くもなんともないわ。ワハハハハハ」

 マサキの笑い声が途切れた。

遠くだった。突然、夕暮れのしじまを破って、JFK国際空港に足音が響いた。

マサキ達が身構える間もなく、国連職員の水色のチョッキを身にまとった一団が駆け寄って来る。

中には、制服を身に着けている物も居るから、空港の保安職員か。

 そう考えていると、水色の鉄帽(ヘルメット)に、濃紺の戦闘服姿の男が、トカレフ拳銃をマサキに向け、

「同志アンドロポフの(かたき)、KGBの鉄槌を受けよ」と、彼の胸目掛けて、ぶっ放した。

 周囲の空港職員が逃げ惑う中、男達は彼方へ走り去る。

御剣の護衛と彩峰は拳銃を取り出す間もなく、国連仕様の白いジープに乗って、消えてしまった。

 ブローニングハイパワー*4を取り出した彩峰が駆けだそうとした瞬間、誰かに右手を掴まれる。

撃たれたはずのマサキだった。

体を起こした彼は、不敵の笑みを浮かべると、呆然とする彩峰に、

「大丈夫だ」と、着ている上着とシャツを、(はだ)けて、胸元を見せつける。

そこには厚いクッションで覆われた、防弾チョッキが6発の銃弾を綺麗に防いでいた。

 

奥に隠れ、一部始終を見ていた鎧衣(よろい)は、懐にモーゼル拳銃を仕舞うと、

「さすがだ、木原マサキ君」と、流れ出る汗を気にせずに、笑みを浮かべた。

 

*1
さまざまの煩悩から脱することのできない衆生が、苦しみに堪えて生きているところ。転じて、軍隊、監獄、遊郭など自由が制限された世界から見た世間一般のこと

*2
マブラヴ世界の日本では、帝国陸軍は存続していて、自衛隊と同じ軍服と武器を装備している

*3
尺は、長さの単位。一尺は約30センチメートル

*4
ベルギーのファブリク・ナシオナル・ダルム・ドゥ・ゲール社製の拳銃。今日も販売と生産が続いている




 アンケートやご感想を反映して、マサキの心情描写を増やしました。

 ご感想いただければ、大変励みになります。どのような雑言でも構いません。
ご意見、ご批判、お待ちしております。

増やしてほしい話の内容や描写に関して

  • 原作キャラの心情描写
  • 戦闘描写
  • 恋愛関係
  • 1970年代の政経関係
  • 原作から変わった部分の説明
  • 現状維持
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