冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
彼との出会いで、マサキの運命はいかに。
ニューヨークの国際連合本部で始まった年次総会は、冒頭から大荒れだった。
ソ連外相が、一般討論演説を始める段階になった時、日米、英仏の外交団が、一斉に退席した。
EC等の西側計27か国と、ポーランドや東ドイツなどの東欧諸国も、それに続く。
米国の主導により、事前の申し合わせで、東ドイツの軍事介入未遂への抗議の意思を示したのだ。
ソ連代表団は、その事に関して、
「米国による帝国主義の陰謀」と、批判するとともに自らの正当性を主張した。
ソ連の資金や食料支援を受けているアフリカ諸国、反米姿勢の強い南米、キューバー、昨年加盟したばかりのベトナムも、それに続く。
国際連盟に代わる国際協調の場として設けられたはずの国際連合。
この組織は、大国間の
東西両陣営の宣伝の場でしかなく、本部での討議は、問題の解決に何の役にも立たなかった。
マサキは、日本側代表の席の奥に座り、
彼の心を
アイリスディーナとの
甘い
ふいの口付けに驚いたは、実はマサキの方だった。
まるで、アイリスディーナの唇に、心無い触れ方をしたような、罪の意識に
薄い肩を
彼女自身の中に恥ずかしい心の
そんな思いが、マサキの身の内で
自分が助けるべく手を差し伸べたユルゲンの最愛の妹に、本気になるとは。
思えば、いろんな事情が重なり過ぎていた。
まず、ユルゲンの不在。公園で見かけたアイリスディーナの
そして、アイリスディーナの
立ち昇る
抱きしめた時の温かくて柔らかな体も、マサキの理性を失わせるには十分だった。
あれが、本当の愛だったのではないか。
まるで、これまでの
それ程までにマサキは、アイリスディーナの
あの
そして、あの日の衝撃的な口付けを振り返りながら、
年次総会の休憩時間、会議室から抜け出して、屋外の喫煙所で休んでいると、
「ゼオライマー建造の科学者、木原先生って、アンタだろう」と、声を掛けて来る者がいた。
慌てて振り返ると、地毛であろう茶色い髪を、坊ちゃん刈りにした男がいた。
「おい。貴様は、御剣の……」と、彼が言い終わらぬ内に、男が重ねて、
「
「アンタみたいないい男は、もっと遊ばなきゃだめだよ。俺と付き合ってよ」
と、困惑する美久の前で、マサキを誘い出そうとした。
「なんだ、その
ここはキャンプ場じゃないんだぞ」
と、遊び人風の
すると
「ここにいたのかね、木原君、探したよ」と、
「鎧衣、この男は」
「彼は陸軍省から派遣された
CIAと仕事をした事がある人物で……」
茶髪の男は、
「よろしく、木原先生。じゃあ俺の事は、遊び人の影さんって呼んでよ」と応じる。
マサキは、はっと気が付いた。
この男は、帝国陸軍の情報将校を育成する中野学校の卒業生だ。
陸軍では認められない長髪*1に、
恐らくマサキを
白銀は、マサキをまじまじと眺め、笑いながら言った。
「
マサキは、白銀の問いに、声の無い笑いを持って、
「白銀よ、
この木原マサキ、一
と、
白銀が少し白い歯を見せると、マサキは図に乗って言った。
「それに俺が東独まで出掛けたのは、日本政府の都合だろうが……」
「そうか。いわれてみれば、俺達、帝国政府にも責任があったことか。
なんなら、木原先生、それすらも忘れさせる刺激を授けましょう。男らしい、でっかい話をよ」
マサキは、タバコを吸おうとホープの箱を取り出すなり、
「ところで、白銀よ。お前がいうデカい話とやらを聞こうではないか」
紫煙を燻らせながら、平静を装って訊ねた。
本当は、白銀の言う話とやらが気になって仕方がなかったのだ。
内心、この世界に、どの様な変化を与えるか、ワクワクする自身が居た。
「ああ、1時間ほど前かな。
俺の方にフェイアチルド・リムパリック*2社の社長さんが、あんたと会いたいと、連絡があった。
向こうの
なんでも、米軍に正式採用されたばかりのA-10という重武装の中距離支援用戦術機の改良をしてほしいと、相談を受けた。
天のゼオライマーだっけ。
その戦術機の強力なエンジン出力を参考に、
そうだ、夕方に、ニューヨークの老舗レストランで、御剣公と会食される予定だから。
どうにか、都合をつけてくれないか」
「待ってくれ、俺は下士官だから、上司にあたる
マサキは、今更みたいに
「じゃあ、18時に、ウォール街のど真ん中にあるデルモニコス*3で会いましょう」
白銀は背を向けると、困惑するマサキをよそに帰ってしまった。
その様を見ていた鎧衣は、
「フフフ。全く困ったものだよ」
マサキは、国連本部ビルのあるマンハッタン区国連広場からタクシー乗り場に一人で歩いていく。
後ろから怪しげなホンブルグ帽を被り、雨傘を持った男が近づいてきたので、流しのタクシーを捕まえ、乗り込む。
イースト川に沿って立つ高速道路のFDRドライブ*4を走り抜け、マンハッタン島を南に下る。
マンハッタン島南端のバッテリー・パークで高速の高架から降りると、車はウォール街に向かった。
埋め立て工事中のバッテリー・パーク・シティを横目に見ながら、老舗ステーキレストランのデルモニコスにまで来ていた。
ドレスコードに、ややうるさい店なので、プレスの掛かった勤務服*5で来たのだが、ビジネスマンばかりのなかでは浮くような感じがしてしまった。
少しばかり後悔したのは、気の利いた私服でも着させた美久でも連れてくれば良かったと。
もっとも、美久はアンドロイドなので食事はしないが……
テーブルに案内されるなり、五つ紋の黒
「ハハハハハ、木原よ。密談に、軍服姿なんて考えられるか、常識の外だな」
と笑い飛ばされ、顔を
「目立ちたがり屋なんですね」と嫌味を言われてしまった。
流石に昼間とは違い、頭をポマード*6で綺麗に
マサキは気にする風も無く、不敵の笑みを湛え、白銀に訊ねる。
「俺に会おうという社長は、奥にいる白人の
「こちらがフェイアチルド・リムパリックの社長さんだ」
すっと白銀は、立ち上がり、右手で上座の老人を指し示した。
「木原だ。よろしく頼む」
マサキが右手を差し出し、握手すると、背広姿の老人は、
「
早速、深刻な面持ちの社長は、
「実は、海軍用に設計したA-6イントルーダーを元に新規設計したのですが……
いかんせん、うまく飛べなくて。
搭載された機関砲の重量の所為で、最大跳躍時間は340秒ほどが限界で……」
マサキは、前菜として運ばれてきたアスパラガスを煮付けたサラダをどかし、灰皿を引き寄せ、
「跳躍時間が7分弱か。確かにこれではBETAにのみ特化した武装メカだな」
と、ホープの箱からタバコを抜き出し、火を点け、
「ロケットエンジンがそんなに貧弱か」と逆に訊ねた。
「パレオロゴス作戦に間に合わせるために、生産ラインをそのまま生かしたので、どうしても外付けの跳躍ユニットの出力が……」
「俺も、
暇な時間に図面を手直ししてやるから、設計部門に連絡を付けてくれ」
「申し訳ございません」
「フフフ、俺も、おもちゃのロボットでも作ってみたくなったのよ。
まあ、
そういって、マサキは勝手に話を切り上げてしまった。
その内、店の看板商品である厚切りのステーキが運ばれてきた。
塩コショウだけの味付けだが、一口食べてみると、外側が焼き上がっているのに肉汁を多く含んでいた。
あまりの美味に、マサキは驚いて、独り言を漏らす。
「これは、上等なサーロインか……」
「骨なしのリブアイ*8だね。
この店は、1837年に、アメリカで最初にオープンした高級レストラン。
だから、その辺はニューヨークの食堂と違うよ」
白銀が、静かな声で返してきた。
マサキは、彼の見識の深さに感激し、満足げに応じる。
「さすが中野学校卒だけあるわ。この俺を楽しませるな」
「なあ、先生。今夜
「12時までなら付き合ってやる。但し
「随分、例のかわいこちゃんに、
「ハハハハハ」
マサキは、満面の笑みで、白銀の冗談を軽くうけ流した。
それから。
マサキは、白銀と共にマンハッタン島対岸のブロードウェイの小さなバーに入っていった。
酒を酌み交わすうちに、この白銀という青年将校の事が、いたく気に入ってしまった。
10年来の知人であっても理解しえない間柄もあるし、一晩の内にまるで長年の友人関係に勝る知己を得る人もいる。
マサキと白銀とは、お互いに、まるで旧知の間柄のような感情を抱いた。
いわゆる
白銀は、酒で唇を濡らした後、言った。
「もし先生が、俺のような何も知らない人間の話を真剣に聞いてくれるなら。
すこしばかり、所見がないわけではありませんが」
「この際だ、
マサキは、斜めになっていた体を起こして、真剣に聞き入った。
「今、全世界を二分した超大国ソ連は、BETA戦争の結果、
この事は、間もなくソ連の影響が強い中東、特にシリアや、アフリカの社会主義国に影響する。
それにこのまま、米国がG元素を使った新型爆弾を作れば、核の傘によってできた大国間のバランスは崩れる。
そうすれば、また40年前の様に大国間の世界大戦になると思うのだが、先生はどうですか」
「ケネディ*10が言っていたが、いみじくも、核というのは「ダモクレスの剣」だ。
核ミサイルという使えぬ兵器があってこそ、米ソの冷戦構造がなり得た。
これが19世紀末から世界大戦前のベル・エポック*11期の様に、大型戦艦や重機関銃であったのであれば、間違いなく億単位の人的被害が出た。
ハンガリーやチェコスロバキアの人間には気の毒だが、あの軍事介入は、
マサキは静かに紫煙を燻らせながら、白銀に言い含めた。
「例えば、イスラエルやイラク、シリアなどが核武装をして、互いに牽制し合う。
俺は、そのことこそ、中東紛争を
印パ戦争*12が、この世界でも収まったのは、インドがソ連からの核技術を得て、核実験をした影響が大きい。
あんなBETAとかいう化け物の所為ばかりではない。そう確信している」
「じゃあ、先生はG元素の拡散には賛成なのかい」
「フフフ、俺は、あの化け物の成分を使った新型爆弾の拡散には反対だ。
あんなものに頼らなくても、このゼオライマーが、次元連結システムがある限り、無敵よ」
「じゃあ、帝国政府が持つのも反対だと」
「ああ、あんな自制心の無い連中には、渡せない。
次元連結システムはおろか、G元素でも危険すぎる。
マサキは、自説を全て詳論して見せた。
このような内に
視点を、日本に転じてみよう。
ここは、京都祇園のある料亭。
背広姿の中年男性と、その場に不似合いな陸軍将校服に身を包んだ青年。
青年と数名の男たちは
軍服姿の男は、
陸軍参謀本部付の
「米国のハイネマン博士が、
じろりと、左に座る男をねめつけ、
「斑鳩先生が、ハイネマンを
金も出していると思います」
「日本が、日米安保で軍事協力を保証されているとはいえ、一企業にその様な事を頼むとは。
ソ連から苦情は、
「グラナンが北米で暴れるとなれば……
色々揉めるのは必須でしょうし、当然ソ連から苦情も出ます。
それに日本が裏で糸を引いてるのは、直ぐに露見しましょう」
「
と、右脇に座り、猫背にしている年の頃は40代の男に問いかけた。
男は、苦笑いを浮かべた後、酒を飲み干し、
「ハイネマン博士は、パレオロゴス作戦以前から海軍機の開発に携わって居りました。
「成果が上がらんのかね」
「そりゃ、大伴中尉。米国海軍は、この分野に関しては未経験ですからな。
いきなりやって、成功するはずが、御座いませんよ」
男は媚びる様にそう言って、酒を注いだ。
酒豪で名を知られた大伴は、お
「じゃあ、斑鳩翁は大損かね」
「ひとつだけ、気になる事が御座います。
つい先ほど、ニューヨークから連絡があったのですが、ハイネマンに一人の日本人が接触しようとしたというのです」
「それは、誰かね」
「調べた所では、東欧の戦場でBETA狩りをして名を売った木原マサキという支那帰りの青年ですが」
といって、おもむろに資料を取り出し、彼等に配る。
大伴は、渡された資料を見ながら、じっと考え込む。
「大伴さんの
「いや、知らんね。随分若いじゃないか」
大伴は、高級たばこ「パーラメント」の、キングサイズのタバコを掴んで、
「うむ。木原マサキか」と呟く。
そう言い終わると、酌婦が近づいてダンヒルのガスライターで火を点ける。
「今、ソ連を刺激するようなことをすれば、困ったことになる。
君の方で、何とか阻止することは出来んかね」
「私の方で、国防省に掛け合ってみますよ。
日本国籍を有する者及びその配偶者は、
専務は、
そして、ついに本音を漏らした。
「これで、篁もミラ・ブリッジスも身動きできますまい。ハハハハハ」
「なるほど。ハハハ」
2023年5月24日追記
ご意見、ご感想、よろしくお願いします。
増やしてほしい話の内容や描写に関して
-
原作キャラの心情描写
-
戦闘描写
-
恋愛関係
-
1970年代の政経関係
-
原作から変わった部分の説明
-
現状維持