冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 ニューヨークでハイネマン誘拐事件に遭遇した、マサキ。
全権大使である御剣は、警官たちを前に傍若無人な振る舞いを見せつける。
事件に遭遇した彼は、ここが異世界であることを改めて認識させられた。


三界(さんかい)(いえ)()し 前編

 ニューヨーク州ベスページにある航空機メーカー「グラナン*1」本社。

1967年型のシボレー・カマロで乗り付けたフランク・ハイネマンの目の前に、突然現れた数人の男達。

社屋(しゃおく)まで駆け込もうとした彼は、怪しげな人物に足を引っかけられ、倒れ込み、

「私共と一緒に来てください」と、取り囲まれる。

そして、起き上がった彼に、懐中からピストルを取り出して、威嚇(いかく)した。

 

 男が取り出したのは、20連射可能なスチェッキン自動拳銃。 

機関銃や自動小銃を携帯できない、治安機関職員向けに開発された拳銃である。

 ソ連製の大型拳銃を見た途端に、ハイネマンの取り乱し方はすさまじかった。

心のどこかに、世界各国の要人を暗殺するKGBの指金ではないか、という疑念を頂いていたのであろう。

「軍事機密を奪うのに飽き足らず、戦術機設計技師の私まで誘拐に来たのか。

ああ、何という強情(ごうじょう)な奴だ。とうとうこんな恐ろしい工作隊まで仕向けて!」

怒りに任し、身体を震わせ、

「来るな!おい、誰か。助けてくれ」と、恨みと(ののし)りの混じった言葉を投げつける。

男は一瞬の隙を見て、ハイネマンに当て身を喰らわせると、車に押し込もうとした。

 

 彼は、運が良かった。

丁度、マサキ達一行を連れた、FBI捜査官が、グラナン本社を訊ねて来たのだ。

 道案内で、グラナン本社のハイネマンでの誘拐事件に遭遇した。

パトカーから降りたFBI捜査官とマサキ達は、騒ぎ声のする方に駆け寄ろうとする。

 誘拐犯たちは、突如現れた捜査官に冷静さを失ってしまった。

大童(おおわらわ)になって、持っていた自動拳銃を取り出すなり、警官よりも早く、攻撃を仕掛けてきた。

 捜査官は、脇のマサキの左袖を引っ張り、車の陰に隠れると、車載無線で応援要請をした。

機関銃で攻撃してくる誘拐犯に対して、携帯する火力が貧弱だったため、応援が来るまでじっと身をひそめることにしたのだ。

 ニューヨークは、全米でもっとも銃器所有制限の厳しい場所である。

それ故、FBIも州当局に遠慮し、派遣している捜査官は、基本軽武装だった。

 そして、この時代のFBIは、現代と違って自動拳銃への信頼性は低かった。

FBI捜査官や特別機動隊(スワット)隊員であっても、回転拳銃への信頼が強かった。

一応、回転拳銃の輪胴部に、弾丸を瞬間装填するスピードローダーという現代の早合(はやごう)が存在して、警官や回転拳銃の愛用者たちは持ち運んでいたが、20連射のスチェッキン自動拳銃にはかなわなかった。

 マサキも合間を見て、M29でマグナム弾を撃ち込んだが、自動車の陰に隠れながらの(めくら)撃ちである。

持ってきた6発の弾を使い切ってしまった。

マサキがスピードローダーで装填する間に、鎧衣と白銀は音も無く敵の背後に回る。

二人して、イングラムM10を取り出すと、(またた)く間に誘拐犯を仕留め、気絶したハイネマンを運び出した。

 

 それから。

マサキ達は、ニューヨーク市警のパトカーで、応援に来た警官隊に、足止めを喰らっていた。

一応、一緒に来たFBI捜査官2名が、マサキ達の事情を説明したが、所轄違いを理由に受け付けなかった。

外国人である彼等が、許可なく拳銃を使った(とが)で、事情聴取を受けていた。

 すると間もなくして、マンハッタンの総領事館から公用車がすっ飛んできた。

キャデラックのストレッチリムジンとともに、荷台に幌をかぶせたボンネットトラックで乗り付ける。

 車から降りた男は、羽織姿で、杖を突き、マサキ達を拘束した警官の前に行くなり、

「彼等を連行することは出来んのだ。何せ私の部下だからな」

「なんですと」

「私は帝国政府の特命全権大使、御剣(みつるぎ)雷電(らいでん)

「身分証明は!」

「後ろに連れてきた、一個小隊の護衛が、何よりの(あかし)だ」

 彼がそう声を掛けると、兵士達が、一斉に(ささ)(つつ)をした。

彼らは、熊笹(くまざさ)迷彩*2と呼ばれる模様の鉄兜と野戦服に身を包んでいた。

「ハイネマン博士と、彼を訊ねた、そこの3人組の紳士は、ともに(たかむら)君の友人だ。

そして、私は篁君の古くからの友人だ。よって大使館に連れ帰るが文句あるかね」

外交特権を利用した御剣の、あまりの強引さに、警官たちはしーんとなってしまった。

 御剣は、マサキの方を振り向くなり、

「さあ、行こうか。木原君」

「ああ」

さしものマサキも、御剣という男の好き勝手さに呆れて、声も出なかった。

唖然(あぜん)とする警官たちを尻目に、マサキ達は迎えに来た大使館の車に、乗せられる。

  

 

 帰りの車中、リムジンの後部座席に座った御剣は、興奮冷めやらぬマサキに、

「こんなこともあろうかと、斯衛(このえ)軍一個小隊を連れて来たんじゃ」

(たか)の様な(するど)い目を向けると、威嚇(いかく)する様に光らせる。

「武家のおもちゃの兵隊だが、武器は本物。

彼等は、私が撃てと言えば、ためらいも無く撃つ」

マサキを見つめ、冷酷に告げる御剣。

その表情の(けわ)しさに、マサキはたじろいだ。

「こんなことをして、貴様等が奉戴(ほうたい)する皇帝に迷惑は掛からんのか……」

彼は、わざとらしく呆れた顔をして見せた。

 

 マサキは、この世界とはよく似ているが、違う社会制度の日本で育った人間である。

白銀たちの皇帝への態度を見て、ここは違う世界であることをまざまざと見せつけられるような気がした。

 

 目をつぶり、自分の育った、今の肉体である秋津マサトの過ごした日本の歴史を思い起こす。

元の世界では、常に国の歴史の中心に、万世(ばんせい)(きみ)が関わっていた。

遠い神護景雲(じんごけいうん)*3の頃の、怪僧(かいそう)道鏡(どうきょう)*4の害は、言うに及ばず。

国家存亡の(とき)であった文永(ぶんえい)*5弘安(こうあん)*6に起きた、蒙古(もうこ)外寇(がいこう)

 応仁(おうにん)*7の乱を嚆矢(こうし)とする朝廷の衰微(すいび)*8からも、乗り越えて見せた。

幾度(いくど)となく訪れた摂関(せっかん)家や幕府の専横(せんおう)や、皇統断絶の危機から脱出する様は、(まさ)に奇跡としか表現できない。

 あの焦土(しょうど)から立ち直った経済復興、アジアで初開催された国際五輪大会(オリンピック)

 屈辱(くつじょく)の敗戦から(わず)か20年余りの恢復(かいふく)も恐らく、一統(いっとう)の君がおわさねば、為し得なかったであろう。

全世界を驚嘆せしめた事を、まるで昨日の出来事であるかのごとく、思い返していた。

 

 そう言った経緯から、歴史を知る者としては、どうしても、決して軽んじる事のできぬものという認識があった。

天下無双の大型ロボットを操り、人知を超える推論型AIを作って、クローン技術で神の領域を(おか)した男であっても、二千有余年を過ごしてきた存在を無下(むげ)には出来なかったのだ。

 天皇という至尊(しそん)の存在は、それほどマサキを(おそ)れさせた。

 

 しかし、この世界の日本では違った。

古代から連綿(れんめん)と続く皇統、それは同じだが、帝の地位も立場も違った。

 20世紀の電子情報化時代にあっても、政威(せいい)大将軍(たいしょうぐん)という存在が、全てを仕切った。

武家の棟梁(とうりょう)として六十余州(ろくじゅうよしゅう)*9を、かつての征夷(せいい)大将軍(たいしょうぐん)と同じように支配した。

 元枢府(げんすいふ)は、悠久(ゆうきゅう)の歴史から、比類なき皇統の権威を(おそ)れた。

皇位をめぐる争いは、政権を揺るがし、時々の覇者(はしゃ)を悩ませ、民心を騒がせた。

有名な例で言えば、承久(じょうきゅう)の乱や 正平(しょうへい)一統(いっとう)*10であろう。

 この件は、扱いを間違えば、国の存立を揺るがし、為政者とて、身を亡ぼす原因にすらなった。

鎌倉や室町以来の苦い記憶を恐れるあまり、帝室の影響力は、極端なまでに削がれていた。

 宸儀(しんぎ)を、九重(ここのえ)の奥深くに押し込め、(とら)われ人に近い暮らしをさせた。

その締め付けは厳しく、覇府(はふ)*11の心ひとつで、大嘗祭(だいじょうさい)*12はおろか、雨漏りする内裏(だいり)の再建も出来ないほどであった。

 

 

 無論、そんな事をマサキは知らなかった。

だから、皇帝の事を口に出したのだ。

皇帝という、何気ない言葉を聞いた、白銀たちが、まるで幽鬼(ゆうき)に会った様に、恐れおののく様を見て、マサキは心から驚いていたのだった。

 

 御剣が、唖然とするマサキに対して声を掛けた。

「フフフ、主上(おかみ)の事か。面白い事を言うよのう」 

先程とは打って変わって、厳しい表情から緩んでいた。

そして、まるで子供に諭すように、

「何を隠そう、実は政威大将軍直々のお申し出なのだよ。

殿下は日本帝国三軍の長で()らせられる方。故に日本の戦術機開発を(うれ)いたのだよ」

「何」

御剣は、驚愕するマサキをお構いなしに、彼の顔を覗き込んで、一方的に話をつづけた。

「斯衛軍の方で、武家専用の戦術機を作ることになってね。

今の激震(げきしん)、日本版のF4ファントムの性能の低さを、殿下(でんか)ご自身が操縦なさって、憂慮(ゆうりょ)されて()られた。

篁君の件もあって、日本と因縁の深いグラナンの設計ノウハウを参考した物を作れと内々にお話が有った。

私の方で、色々手配したが、何せプロではない。

それで、最新型のF14を開発中のハイネマン博士を日本に招聘(しょうへい)しようと準備していた所なんじゃ」

 御剣は席から身を乗り出して、興奮した様子でマサキのほうに近づく。

「ハイネマン博士は、篁君の件があって、日本行きを渋っていた。

そこで君だ」

右の食指を、マサキの方に向ける。

「君がハイネマン博士と会えば、彼を日本に誘い込むことが出来ると思ってね。

ハイネマン博士も、君が東ドイツで散々(さんざん)に暴れ回った話は知って居よう」

 

 懐中よりホープの箱を取り出し、タバコに火をつける。

ゆっくりと紫煙を燻らせ、少しづつ落ち着きを取り戻したマサキは、

「つまり、俺は出汁(だし)に使われたって事かい」

「君の件では、既に官房(かんぼう)機密費(きみつひ)から5億の金が出ている。

これくらい好きにしてもらっても文句あるまい。ハハハハハ」

御剣に冷ややかな声で言われて、マサキは事の重大さに身をすくめるような思いだった。

 

 参考までに言えば、1970年は、トヨタ自動車の人気車、カローラが50万円の時代であった。

2020年のカローラの値段は、最低価格が200万円である。

マサキに対しては、現在の貨幣価値で20億円近い金額が、機密費として使われていたのだ。

 

『政界工作でばらまく現金も、数百億単位で必要であろう……

最悪、海水中に含まれる金を次元連結システムを応用して抽出(ちゅうしゅつ)でもするか……』

マサキは、そんな事を考えながら、総領事館に帰った。

 

 その日の夕刻。

パークアベニューに(そび)える日本総領事館の最上階の一室で、御剣と鎧衣が密議を凝らしていた。

話の内容は、マサキの怪しげな動きについてであった。

 グレートゼオライマー建造の為、戦術機メーカーと折衝(せっしょう)している経緯を御剣に話したのだ。

窓より薄暗くなる街並みを眺めていた御剣は、不敵の笑みを浮かべながら、

「なるほど、木原に気を許すなというのだな」

と、右の方を向いて、直立する鎧衣に顔を向けた。

「はい、自分の見る限り、彼はとんでもないことを(たくら)んでいるような……」

「この私が、気が付かぬと思ったのか」

「ハッ」

右掌を上にし、鎧衣の方に差し出して、

「分かって居るからこそ、殿下の計画を話したのだ」と、彼の愁眉(しゅうび)を開かせるような事を告げた。

 政治を、陰謀を全て知り抜いた老獪(ろうかい)な政治家の言葉……。

鎧衣は、敬服の意味を込めて、頭を下げる。

「恐れ入りました。しかし、彼は殿下の計画に賛成できぬ様子……」

「放っておけ。例え木原が何を企もうが、殿下を裏切るような真似はさせん」

と、言い終わると、窓の方に歩き出し、腕を組んで、黄昏(たそがれ)るニューヨークの街を眺めた。

「分かりました。

殿下の素晴らしい妙案(みょうあん)が円滑に実現できるよう、我が国に(あだ)なす敵の排除、自分は命に代えて(まっと)うする所存(しょぞん)です」

そう言い終わると、窓から身を鎧衣の方に向き直し、組んでいた腕を降ろす。

「良く言ってくれた。期待して()るぞ」

「木原には、つまらぬ考えを捨てる様、機を見て、自分が話しましょう。お任せを」

鎧衣は、そう告げると、再び深い会釈をして、その場を立ち去って行った。

 

*1
現実のグラマン航空機エンジニアリング株式会社。1929年から1994年に存在した航空機メーカー

*2
1970年代初期に自衛隊に採用された迷彩柄で、うすい青緑と茶色と緑色の三色を組み合わせたものだった

*3
767年から770年

*4
古代最後の女性天皇である孝謙天皇より天皇の御位を譲られようとした僧侶。彼の事件の後、女性天皇は9世紀近くその存在自体が禁忌とされた

*5
1264年から1275年

*6
1278年から1288年

*7
1467年から1469年

*8
応仁の乱の結果、朝廷では資金難に苦しみ、全国より寄付を受けねば、新帝の即位式すら開けぬほどであった

*9
日本全国のこと。畿内・七道の六六か国に壱岐・対馬を合わせたもの

*10
南北朝時代にあった足利幕府の内紛

*11
覇者が政務をとる所。転じて武士が作った幕府の事を指す

*12
毎年、秋に行われる国家安寧や五穀豊穣を祈る宮中祭祀




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増やしてほしい話の内容や描写に関して

  • 原作キャラの心情描写
  • 戦闘描写
  • 恋愛関係
  • 1970年代の政経関係
  • 原作から変わった部分の説明
  • 現状維持
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