冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
無敵のスーパーロボットに敗北を続けているソ連指導部は、秘策を日夜検討していた。
GRUとKGBのとった秘策とは……
「これだけ調べても、ゼオライマーに弱点はないのか!」
ゼオライマーとソ連軍の戦闘記録の数々が映しだされた薄暗い室内に、男の声がこだまする。
参謀総長は、新任の議長に反論した。
「ですから、同志議長。
私は、最初からゼオライマーというマシンは完璧だと申したではありませんか」
ソ連婦人委員会委員長も同調する。
「本当に、素晴らしいの一語ですわ」
チェルネンコ*1議長は
「感心している場合か!奴のために、今までに尊い犠牲を払ってきたのだ……。
早く手を打たなければ、この労農プロレタリア独裁も崩壊してしまうぞ!」
室中、氷のようにしんとなったところに、白衣を着た男が現れた。
彼は、並みいる幹部たちを、ながめ見て、
「大分焦って
あざ笑いながら答える男に、参謀総長は
「黙れ、このど
「フフフ。いい加減諦めたら、どうですか。
ブルジョアの
そう話す男の口元に、小ばかにしたような薄ら笑いが浮かんでいる。
参謀総長は
「見ておれ、貴様の力など借りずとも、ゼオライマーをこの手に入れてみせるわ」
とうとう、おおやけには吐かない語気で男を怒鳴った。
勢いよくドアを閉めて、部屋を出て行った参謀総長。
議長以下閣僚は、しばらく固まったままであった。
「呆れましたな。つまりは木原の力を過大評価した結果、墓穴を掘った。
赤軍などというオモチャの兵隊に、
「我々は支那に潜入している工作員から奴の情報を受け取った時点では、まったくの不明。
それにパレオロゴス作戦を成功させ、一刻も早くG元素を入手する必要があったのだ!」
議長の言葉に、男は
「あなた方の言い方ですと、木原を害さずしてゼオライマーを手に入れたかった。
そう聞こえますな」
馬鹿にしきった薄ら笑いを浮かべながら、政治局員たちをじろじろと見まわす。
「木原の関係した、支那政府と人民解放軍。
いくら社会主義同胞とはいえ、残念ながら機密がぎっしり詰まったままの情報……
それを、そのまま譲渡するわけにはまいりますまい。
党指導部は、そのことを了承したうえで、パレオロゴス作戦でゼオライマーを利用しようとした」
「それにゼオライマーと木原を無傷で手に入れたいと申したのは、あなた方ではなくて……」
「先ほど申した通り、G元素確保という、これ以上待てない事情があり、賭けに出た」
「車で言えば、整備したばかりの状態でありながら、暖機運転もせずに発車してしまったと」
「ほんの慣らし運転のつもりであったが、暴走してしまった……」
議長は情けないくらい卑屈な態度で、男に協力を依頼した。
「同志モロゾフ*3博士、我らの失敗のために手数をかけるが……
セルブスキー研究所所長で、精神操作と麻薬の専門家である君の力を、ぜひ貸してほしい」
正式名称セルブスキー司法精神医学研究所とは、ソ連における精神医学の研究所である。
1899年に設立された中央警察精神医学研究所を起源とし、ソ連保健省の外部機関とされる。
それは表向きの理由で、実態は秘密警察の一部局であった。
革命直後、チェーカー*4の手によって早くも、監獄へと生まれ変わった。
精神医学の政治的乱用を進めていた同研究所には、常に黒いうわさが立った。
世界に先駆けて、電気ショック治療、脳ロボトミー化手術を実施し、過激な実験結果を蓄積した。
あるいは、囚人への致死量の食塩投与、麻薬や向精神薬の精神的影響の研究などをしたとされる。
スターリン時代には、医学研究より政治利用が中心になり、精神医学でソ連市民を
1938年には、婦人と青少年を除外した反革命罪*5の被告人を拘束する特別部局が設置された。
その部署で告発された人々の事件簿は、NKVD*6の管理とされ、研究所の奥深くに秘蔵された。
先の戦争の際、ドイツ軍に暴露されることを恐れ、最優先で焼却処分するほどであった。
「分かりました。
では、我が研究所で作ったLSD*7を
モロゾフ博士は、そう答えると、
「構わぬが、君が言う新型麻薬とは、どのようなものなのだね。」
という者もあった。
「催眠麻薬0号は、別名を投薬3号と申し、
輸出先の支那では、催眠でも鎮静効果のない
元々は、政治犯の人格改造を目的に開発した新型麻薬にございます。
この麻薬0号を投与された人間は、中枢神経を侵され、自我を保てなくなります。
これは、ゼオライマーのサブパイロット、
それを聞いた政治局員たちが、声をそろえて。
「何と素晴らしい」
「ゼオライマーの強さは、氷室美久との連携だ。
氷室を、木原から引き離す事ができれば、ゼオライマーの力は半減する」
このとき、議長はなお、いつもの騒がない語調で、命じた。
「ではモロゾフ博士よ。氷室美久の誘拐と彼女の思想的鍛えなおしを完璧にこなして見せよ」
「同志議長。氷室の
セルブスキー研究所長のモロゾフ博士は、口元を引きつらせながら、答えた。
場所は変わって、ここはシリア・タルタスにあるGRU支部。
GRUのシリア支部長は、一人悩んでいた。
彼はなんとかして、シリアに接触を図ってきた、木原マサキを取り込みたかった。
KGBが暴力を持って従えようとして、失敗した人物である。
今度は、軟化した態度を持って取り込みたい。そう考えていた矢先の事であった。
支部長室に、若い係官が駆け込んで来るなり、
「支部長、木原を色仕掛けで落とす作戦ですが、その必要はない様です」
「どういう事だね」
「こちらをご覧ください」
そう言うと男は持ってきたA3判の茶封筒から、引き伸ばした写真を取り出す。
「何ぃ!」
「
そこには、アイリスディーナと抱き合うマサキの写真が、広げられていた。
一月ほど前、ベルリンのフリードリヒスハイン人民公園で、熱い口付けを交わした二人。
彼等の姿を見ていたのは、アイリスの護衛達だけではなかった。
軍から派遣された護衛の他に、GRUの現地工作員が目撃していたのだ。
ソーセージの屋台の業者に化け、ベルリンの
シュタージやポーランドの情報部を出し抜くべく、ジッポライターを改造したケースにマイクロフィルムに入れ、持ち出した物であった。
GRUは4年前の留学時から、空軍士官学校主席のユルゲンと次席のヤウク少尉を取り込むべく、監視していた。
無論、ユルゲンの妹、アイリスディーナの動向も追っていたのである。
シュタージが後ろにいるベアトリクスや、その他のブレーメ家の面々に関しては、KGBより妨害を受けながらも、情報を抜き出していた。
東ドイツに駐留する30万将兵の間にGRUの工作員を配置することなど、造作もなかった。
また、東ドイツ国民の方もKGB機関に関しては、深い憎悪と恐怖を持っていたが、GRUには何の興味を持たなかったためである。
無論、シュトラハヴィッツ将軍など軍の上層部やソ連抑留経験者、国防軍出身者は知っていたが、余りにも秘密主義の機関ゆえ、おそれて近づかなかったと言っても過言ではない。
写真を
「フフフ。愛の力は偉大だね。暴力など足元にも及ばん」
と声を上げ、椅子から立ち上がり、
「あの氷のような冷たさを持つ木原マサキの心を溶かした、少女の
偉大なる愛の力とやらを持って、我等は木原に近づく。
G元素を
と満面の笑みを男に見せつけた。
「そうすると、木原とベルンハルト嬢が一緒になってくれると良いのですが……」
「やはり、ベルンハルト嬢の事を気にしているのかね」
「はい。彼女は壁の中です。シュトラハヴィッツ将軍も彼女を気に掛けているでしょう。
誘拐も難しいと思われます。そうすると、彼女が木原に本気になって呉れれば違うのでしょうが。
こればかりは、我等の一存では……」
「まず、マスメディアを使って、木原がベルンハルト嬢と
日本政府がどう動くかが、見ものだ。フフフ」
と、不敵の笑みを浮かべながら、
「米国には、
それ故に、彼等は愛を語らう場所として、男女の
『世界を股にかける、ゼオライマーのパイロットが、東ドイツ軍人の妹に恋した。
だが、国法の為、結婚できない。悲劇の愛を結ぶためには……』
などと新聞紙面に出すように提案しよう」
支部長はおもむろに煙草を取り出すと、火をつけた。
「ニューヨークやロサンゼルスの現地工作隊を用い、米国世論を巻き込む。
ラジオや新聞で、やんや騒ぎ、外圧をかければ、日本は落ちる。
貴公子、
「では、デイリーニューズ*11やシカゴ・トリビューン*12の一面にぶち抜きで彼女の写真を掲載させるように、本部には上申しておきましょう。
マスメディアが敵となっては、さしもの木原もゼオライマーも自由に動けますまい」
木原マサキが中東への接触を図ったことは、米国にも漏れ伝わった。
早速、米国の石油財閥の当主の耳にも入り、秘密会合が成されることになった。
マンハッタンの石油財閥本部ビルの最上階の一室に、副大統領が入るなり、窓を眺めていた男が振り返った。
「御足労掛けます。
「ディヴ、冗談は止せ」
副大統領の言葉に、男はたちかけて、
「ネルソン兄さん、ワシントンから御足労を掛けました。ハハハ」
と、他人事みたいに笑った。
急な弟の呼び出しに、副大統領は、何を思ったのか。
日頃から関心のある話を、問い質してみることにした。
「日本という極東の小国に、君はそこまで執着する理由が分からない。教えてくれぬか」
「兄さん、僕が日本を我が物にしたいのは知っていますね」
「お前の長年の夢だったからな」
「我が理想の帝国を築くにあって必要なのは、潤沢な資金と世界最強の武力、そしてそれを裏付けする権威。
この三つのうち、どれか一つ欠けても駄目なのです」
「それで」
「既に我等は石油取引や金融業の世界を通じて世界の富の一部を牛耳る事に成功しました」
「末弟のお前には、金融業という
と言葉を受けて、男は心から恐縮した。
「いえいえ、兄さんたちが政治の世界に入ってくれたからこそ、僕は後方で自在に動けたのです」
副大統領は、快然と笑った。
「思えば、長い道のりであった。
40年かけて政界という
「次の大統領選には出られるのですか。
もし出られるのであれば、政財界に200億ドル*13の資金をばら撒く準備が御座います」
弟は、兄の勝利をみじんも、疑っていないらしい。
「兄さんが大統領職に就けば、我等は名実ともに世界の軍事と金融をこの手に出来るのです。
ただ、足りぬものが御座います」
「何かね。教えてくれぬか」
副大統領は、なお
「世界最強の軍隊と、無敵のドル体制を持って満足出来ぬ理由とは」
弟は、静かに答えた。
「権威の裏付けです」
「権威?」
「我らは、祖父の代にニューヨークから世界に躍り出て、あらゆる富と名誉を得ました。
ですが、歴史が御座いません。
荒々しい中近東の
でもそんな無益な
「兵乱を経ずして、あの
「僕は、極東研究を若い頃からしているのを知っていますね」
「ああ」
「3000年の東亜の歴史を
「初耳だ。そんな存在があるのかね」
「日本帝国の皇帝です。
彼等は自分の君主の存在を忘れ去っていて、京都のみすぼらしい宮殿に、秘仏が如く厳重に隠しています。
ですが、その歴史的長さはあのアビシニア*14のソロモン王の血脈に匹敵する物なのです」
男は語ってゆく
「イタリアのムッソリーニが、かつてアビシニアを求めたように……。
僕としても日本を、その秘密の
副大統領は、弟の意見に理解を示しつつも、
「今更、歴史の中で埋もれた宝玉など持ち出して、なんになるのだね」
むしろ責めるような語気で、なお云った。
「中東問題で我等と歩調を合わせ、イスラエルを承認している日本。
そんな彼等が、中近東で一定の力を持つのか。僕なりに調べ、考えてみました。
資金力も製油設備も劣る彼等が、なぜ中近東とこれ程上手く行ったのか……」
「
「あのお飾りの将軍ではありません。彼の後ろに隠されている、皇帝の歴史的権威のお陰ですよ。
硬い扉の向こうから、漏れ出て来る2000年の英知と歴史の輝き。
それは、200年の合衆国の歴史では、とてもかなうものではありません。
歴史的権威は、バチカン寺院に匹敵し、チベットの活仏、ダライラマの影響力をも凌駕します。
また、支那や蒙古人の襲撃を幾度となく乗り越えてきました。
その様な存在は、世界広しと言えども他には御座いません」
「
副大統領は、なお少し、ためらっている風だった。
弟は、
「僕なりに考えました。
その権威を
いや、中近東を含むアジアの大半を
「それでお前は三極委員会という子供のごっこ遊びの団体を作ったのかね」
「そうです。その上で、皇帝の権威と新開発のG元素爆弾があれば……。
欧州の
副大統領も、
「フフフ、お前は甘い。政治家には向かないな。
だが、ディヴ。君の兄として、この私はその企みに協力しよう。
そういうと、コーラの瓶をコップに開け、乾杯の音頭を取る。
「我等が理想の帝国の建設を祈って乾杯」
「乾杯」
コーラで唇を濡らした後、二人は詳細を話し合った。
ご意見、ご感想お待ちしております。
(暁の方でも構いません。一言いただけると嬉しいです)
新しいアンケート実施していますので、よろしければお願いします。
(アンケート期間は第5章終了まで。一番多い結果を採用させていただきます)
作者に書いてほしい話に関して(暁の連載にも影響します)
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