冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
事件の実行犯は、マサキへの復讐に燃えるソ連の秘密警察KGBであった。
中東に連れ去らわれた、彼女の運命とは……
さて、電撃で眠らされた美久は、どうしたであろうか。
彼女を連れ去ったリムジンは、警察の追跡を振り払うと、メトロポリタン美術館近くに停車した。
誘拐犯たちは、高級ホテル「ザ・カーライル」*1の一室に消えていった。
美久は、推論型AIの人工知能が起動すると、即座に周囲の状況を確認し始めた。
豪奢な部屋に似合わない、大型動物用の檻に入れられて、毛布を掛けられていた。
起き上がるなり、近づいてきたナツメのような褐色の肌をした男たちに驚いた美久は、
「や、や?」とばかり、色を失って立ちすくんだ。
『自分は怪しげな人物によって誘拐され、監禁されている』
後ろ手錠をされた不自由な姿勢で、ゆっくりと後ずさりした。
まもなく二人のアラブ人と
「気がついたようだな。氷室美久よ」
美久は、眼を怒らして、敢然、反対の口火を切っていった。
「あなた達、下士官とはいえ、帝国陸軍軍人に、この様な事をして唯で済むと思いますか。
きっと日本政府の依頼を受けた、CIAやFBIが不当監禁と誘拐で捜査するでしょう。
今、黙って返せば、日本政府にも、木原に知らせるつもりはありません……」
二人の大男を見るに、頭に赤色のベレー帽、カーキ色の軍服、脚には茶色の軍靴。
腰には、スタームルガーの大型自動拳銃を横たえている。
問うまでもなく、南イエメン軍の兵士である。
しかも、その将校であることは、肩章や高級そうな服地でもすぐ分った。
檻のカギが開くと、男たちは美久を引きずり出した。
「同志少佐、こいつを、どうするんですか」
美久の襟がみをつかんだのが、もう一人のほうに向って訊くと、ソ連赤軍将校の軍服を着た男は、
「おい」と、少佐は手下の南イエメン軍兵士が、まだ危ぶんでいる様子に、顎で大きくいった。
「そいつを、もっと前へ引きずってこい、そうだ俺の前へ」
美久は、襟がみを持たれたまま、少佐の足もとへ引き据えられた。
「ゼオライマーというおもちゃを持ち出して、この泣く子も黙る、KGBを脅しているのかね。
いやあ、恐ろしい娘じゃのう」
紫煙を燻らせながら、ねめつける。
「
「まさか、このホテルの一室が……領事館と言う事なのかしら」
「そう、ここは民主イエメン*2の領事館。即ち、米国の司法権が及ばない。
したがって、CIAやFBIは踏み込めないのだよ。わかるかね」
美久は思った。これは悪い者に出合ったと。
マサキに知られれば、また血の雨が降ることを心より恐れた。
「……ッ!」
ソ連軍将校は、憮然とする美久をかえりみて、
「氷室よ、よく聞くがよい。
貴様は、これより、わがKGBによって特別な尋問を受けることになる。
フフフ、楽しみにしているがよい」
下卑た笑みを浮かべると、大声で笑った。
「貴様には、中東のレバノンにあるKGBの地下要塞に来てもらう。
そこには
いつでも、貴様を……われらは殺せるというのを、忘れるな」
美久は、後ろ手に手錠で縛り上げて、部屋の大黒柱にくくりつけられた。
「そして、木原のカップルとしてゼオライマーを操縦した罪……
ソ連に逆らったことを後悔させてやる。一生かけてな。フフフ、ハハハハハ」
美久は、終始黙然と聞いているのみだった。
美久は後ろ手に緊縛されたまま、トランクに詰められ、大型ジャンボに載せられた。
「レバノンまで、しばらくの辛抱だぜ。おとなしくしていてくれ、
KGB工作員が向かう先は、アデン*3ではなく、本当の目的地はベイルート*4だった。
KGBが乗り込んだ、ミドル・イースト航空*5所有のボーニング707。
同機は、ニューヨークのJFK空港から飛び立つと、パリ経由ベイルート行きの航路を進んだ。
ベイルートに連れ去られた美久は、KGBの秘密基地で、手荒な尋問を受けていた。
部屋に着くなり、KGB工作員によって、平手で頬を叩かれる。
「服を脱ぎたまえ」
拳銃を持つ男に、英語でそう脅された彼女は、ボアのついた革ジャンのファスナーを開けた。
歯噛みし、屈辱に耐えながら、ブラウス、ジーンズに下着まで脱ぎさる。
手渡された強化装備を、KGB職員たちの監視の前で着せられる。
そして、両腕と両足を10ミリの太さの紐で縛られて、天井から宙づりにさせられていた。
強化装備にはもともと、着用者の
準備に煩わしい心電図モニターや医療機器を準備しなくて良い面もあろう。
KGBは、なぜ、わざわざ美久を着替えさせたのだろうか。
それは
盛夏服*6姿のKGB女性職員が、心臓マッサージ用の電気的除細動器のダイヤルを回す。
電気ならば、簡単に刺激が与えられ、なおかつ外傷も残りにくい……
成人の心室細動に対する設定は150ジュール*7以上が推奨される、この機器を用いて拷問をすることにしたのだ。
無論、放電の効果を高めるためにジェルや専用のシートを張り付けるのだが、強化装備の特殊保護被膜がその代わりを果たす為、KGBは用いた。
女職員が無言でパドルを美久の両方の乳房に押し付ける。
その刹那、30ジュールの電流が美久の全身を駆け巡った。
「うぅぅ……」
焦点の定まらぬ目を見開き、虚しく首を左右に振るばかりであった。
「さあ早く、ゼオライマーの秘密を吐け」
そういって、ダイヤルを回して、50Jに電流を上げる。
美久は流れ出る電流から逃れようと、苦しげな声を上げて、
「うふぅ……くふぅ……あぁぁぁ」
女職員がパドルを両胸から離すと、もどかしげに身をくねらせる美久の耳元で、
「木原が、単独でゼオライマーを作り上げた。嘘よね」
英語でささやきかけ、まくし立てる様に尋問を続ける。
「さあ、本当のことを吐けば、楽にさせてあげるわ」
首をうなだれた美久は、肩を震わせて、全身で息を吐きだした。
「う、あうぅ……」
尋問を見守るKGBの女職員たちの後ろのドアが、開く。
まもなくすると、円筒型のナースキャップ*8をかぶり、軍服の上から白衣を着た男が入ってくる。
「自白強要剤を使え。これを飲ませれば、たちどころに何でも吐くであろう」
「この娘は、自己の思考操作をしているようなのです。
うそ発見器にも反応しませんから……おそらく、自白剤も効きません」
美久の顔が見る見るうちに恐怖に歪むのを受けて、男は、怪しげな笑みを浮かべた。
「では、残る方法は、一つしかないな。
催眠麻薬0号と指向性蛋白を練り合わせて、口から流し込め」
と、指示を出した。
「あの、セルブスキー研究所で作られた新型麻薬を……
催眠暗示でも、鎮静効果のない錯乱状態にある衛士に使う薬などを使って、狂ってしまったら……
支那で投薬3号として売り込んだ際は、意識障害の後遺症を数多く出した薬などを……」
「上手くいけば、君のことを昇進できるよう、同志長官代理にお伝えしよう」
そういうと、男は女職員に口づけした。
「素晴らしいデーターの収集を楽しみにしているよ。ハハハハハ」
喜色をめぐらせた男は、その場を後にした。
肘掛椅子に腰かけた
「
女兵士は、黒い
「同志大尉、これを」
黒髪の女大尉は立ち上がると鞭を握りしめ、しきりに振りしごく。
美久の胸目掛けて、勢いよく
「あああっ、ふぁああああ」
身体の奥底から、聞いた事のない様な悲痛な声をあげ、長い茶色の髪をおどろに振り乱しながら、肩と細腰をユラユラとくねらせる。
美久の絶叫を聞いた女大尉は、顔色一つ変えずに鞭の動きを止める。
ずかずかと軍靴を踏み鳴らして、美久に近寄ると、彼女の顎に右手でかけて、ゆっくりと持ち上げ、尋ねた。
「いうがよい。氷室美久。
あのゼオライマーは長大なエネルギー砲を備えながら、核燃料を必要としないのか。
なぜ、なぜなのか」
ゆっくりと、美久は眼を見開いて、きりりと、女大尉をねめつける。
「その秘密は、サブパイロットであるお前が、知らぬはずがあるまい」
美久の態度が逆鱗に触れたのであろうか、女大尉は途端に赫怒した。
「おのれ!東の小島の
眉をひそめ、朱色の口紅が塗られた唇の両端がつり上がる。
ロシアの迷信の中には、「睨んで呪いをかける」というものがある。
そのため、ロシア人は、自分の子供が写真を撮られれたり、ずっと見られるのを嫌う習慣がある。
子供があまりにもかわいいからといって、ずっと褒めていると変な呪いをかけていると思い、嫌がるのである。
このカフカス人の女大尉も、美久の態度を、日本の怪しい邪教の術と解釈したのだ。
もともと、ロシア人は素朴で信心深い人々だった。
だが、ソ連60年の歪んだ思想教育や無宗教政策のため、必要以上にまじないや呪いの類を恐れるようになってしまったのだ。
「この私に、悪魔の呪いをかけようとは……
いまわしき侍、
電撃のボルテージを上げて、この娘に食らわせてやれ」
先ほどの白衣を着た女職員が駆け寄って、哀願する。
「これ以上は心停止の恐れがあります。危険かと……」
激高していた大尉は、女職員に平手打ちを喰らわせる。
「ええい、だまれ、だまれ、このたわけが」
不意を突かれて抵抗できなかった彼女を、いきおいよく罵る。
「ならば私の手ずから、この木原の情婦を手なずけようぞ」
大尉に打たれた頬を手で押さえながら、今にも泣きださんばかりの顔をする女職員は、こう答えた。
「こんな小娘、一人痛めつけて何があるでは、ありますまいのに……
なぜそれほどまでに……」
「木原を討とうとして、戦地に倒れた我が
お前に、この
この未亡人は、笑みを浮かべながら、拳銃嚢からナガン回転拳銃を取り出して、
「
きつく縛められた美久に、
美久は、親指で押し上げられる撃鉄の音を聞きながら、ただ困惑しているしかなかった。
レバノンのソ連大使館では、そのころ動きがあった。
「氷室美久という女衛士が、
レバノン大使が、驚愕の声を上げる。
「とても、信じられる話ではないね」
防空ミサイル部隊を指揮する防空軍*10大佐も同調する。
BETA相手では役立たずになっていたミサイル部隊も、戦術機やゼオライマーには効果がある。
そういう事で、呼び寄せ、レバノンのソ連秘密基地防衛の任務にあたらせていた。
KGB所属の軍医大尉は、興奮した面持ちで、
「これだけの資料を、ご覧になられてもですか」
大使は、
「君は、信じるのかね」
「胸部エックス線写真、コンピュータ断層撮影装置の測定結果は、十分な根拠になりうるかと」
セルブスキー研究所の研究員もいまだ信じられぬ面持ちで、答える。
「氷室は、
会議に参加していた、ソ連外国貿易省のレバノン駐在員も、追随する。
この男は、貿易省の役人に偽装したGRU工作員であった。
「そうだとも、それをどう説明するのかね」
それまで黙っていたGRU大佐が、
「これ、以上議論の余地はないな。百歩譲って、木原がそのようなものを作ったとしても……
現在に至るまで、我々GRUの諜報網に引っかからなかったのだね……」
レバノン大使が
「あの米国ですら人工知能の実用化は、まだ達成していない。まして小型化など……
その、人造人間とやらでも、機械があんなにはっきりと受け答えできるかね」
男は、憤懣やるかたない表情で立ち上がると、言い放つ。
「やれやれ、時間の無駄だったようだな!」
一斉に席を立つ幹部たちを見ながら、軍医大尉は一人残ったKGB大佐を見つめる。
「どうする……」
大佐から問われた軍医大尉は、
「コンピュータ断層写真の件が、どうも引っ掛かります。
それに、あの拷問を受けても即座に回復したのを見て居れば、
KGB大佐は、懐中より、曲線を描いたベント型のメシャムパイプを取り出し、火をつける。
「うむ」
ブランデーの香りがする、紫煙を燻らせながら、
「私も、その点は気になる。納得いくまで調べるかね」
「はい」
「では、その線でいきたまえ」
そういうと、肘掛椅子に深く腰掛けた。
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