冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
中東に飛んだマサキたちの運命や、如何に……
さて、日本政府の反応は、どうであったろう。
米国の意図を知らない日本政府は、美久誘拐事件でも違った反応を見せる。
ニューヨークの総領事を通じて、誘拐事件の連絡を受けた日本政府は、対策本部を設置した。
西ベルリンの時と違って、今回の様な複数の国家間を跨ぐ誘拐事件の対応は混乱を極めた。
ここは、日本帝国の首都、京都。
次官会議の取りまとめを務める、内閣書記官長*1の発議で始まった会議は紛糾していた。
執務室の中では、閣僚や事務次官たちの
内務省警保局長*2が、
「総理、こんな難題を帝国政府が負う必要はない。安保を理由に米国に処理させよう」
総理の脇にいた
「とにかく、早急に具体的な案を考えねば……」
と、発言すると、今度は商工次官*3が、
「ゼオライマーは帝国陸軍の管理下にある事になっている。責任転嫁は許されますまい」
官房長官が、 勢いよく机をたたきつけ、
「パレスチナ解放人民戦線などという、テロ集団と交渉などできるものか!」
と、右往左往する官僚たちを一喝する。
その場に、衝撃が走った。
内閣書記官長はじめ、次官や官僚たちは、みな凍り付いた表情である。
室中、氷のようにしんとなったところで、外相は立ち上がり、
「パレスチナ解放人民戦線は、帝国政府のみとの交渉を望んでいる。
日本の、いや世界の安全のためには、応じるしか有るまい」と、その場をなだめた。
その時である。
執務室にある電話が鳴り響いた。
誰もが、血走った眼を机の上の黒電話に向ける。
応対した総理秘書官の男は、受話器を右の耳からゆっくり遠ざけ、
「総理、パレスチナ解放人民戦線の首領と名乗る男から電話が……」
と、総理の方に、悲壮感の漂った表情を向ける。
「こちらに、回線をつなぎたまえ」
警察と情報省の逆探知班が、脇でレコーダーを静かに捜査していた。
電話会談は、外務省の英語通訳を挟んで、行われた。
すでに、この時代には、米国AT&T*4により商業化されたテレビ電話があった。
米国の例を採れば、30分の無料通話つきで月額160ドル*5というかなり高価なものであったが、相手の表情が見れるというのは新鮮であった。
また書類や写真などを、即座に画像で送れるのは、企業に喜ばれた。
だが、相手は
逆を言えば、通常回線なので、情報省や警察当局による逆探知が可能でもあった。
首相は、電話に応じる姿勢を見せながら、相手の本部がどこにあるか、情報収集の時間を稼ぐことにした。
「先ほど、ご紹介いただいた件ですが、人民戦線の議長さん、会談はどちらで……」
「レバノンのベイルートで……」
首相は静かに、男からの返事を待つ。
「では客人としておかずかりしている衛士返還についてだが……
その前に、飲んでほしい条件がある」
「はい」
「日本政府に捕らえられている社会主義を信じる革命戦士。
いわゆる、赤軍派とか革命軍といわれる活動家の100名と交換ということでどうだね。
両者の会談を行う前提条件として、これらの人物の全員。
首領を名乗る男の声に、一斉に執務室の中が色めき立つ。
「犯罪者の釈放だって……」
「爆弾魔どもを野に
苦虫を
「数分の
そういって、保留音のボタンを操作すると、静かに受話器を脇に置いた。
「よくも、ぬけぬけとそんな事を」
「このまま、テロリストと会談を持てば……、
日本は法治国家ではないと、全世界に表明することになる」
と、心にある不安を打ち明けた。
奥より、老人が声を上げる。
「鎧衣を呼び出せ」
「
あの木原という小僧の子守りをしておきながら、事件を
「
今度もうまくいく」
翁と呼ばれ、閣議や次官会議に出席しているの謎の老人。
この人物のことをお忘れの読者もいよう。
彼は、帝都城
マサキをミンスクハイヴ攻略に向かわせた人物で、
閣議に参加していた、国防政務次官*6の
「榊君、すまぬが人柱になってくれぬかね」
「翁がそうおっしゃるのなら……」
榊は、静かにうなづいた。
首相は、背もたれに寄りかかりながら、落ち着いた声で、賊徒の首領に返答した。
「こちらからは榊国防政務次官を特命全権大使として会談に向かわせましょう」
「ああ。分かった」
首領は、そう満足げに答えて、受話器を置いた。
同じ日。
マサキたちはニューヨークを出て、ヨルダン王国の首都、アンマンに来ていた。
この国はシリア、レバノンと陸路でつながるこの中東の小国。
かつては反イスラエル、反英運動の拠点であったが、1970年に事情が変わる。
時の国王が、
彼等を
同年9月6日にPLOの過激派PFLPによる連続ハイジャック事件が発生した。
その際、王は
即座に、パレスチナ難民ともども国外退去を命じるも、件の過激派は黙ってなかった。
市中の銀行や商家を襲い、金銀を略奪し、首都を焼き払い、政府
ヨルダン王は、近衛兵を中心とした政府軍の部隊を送り、鎮圧したが話はそれで済まなかった。
1970年当時、PLO支援に積極的だったシリアは、陸軍部隊をヨルダンに侵入、PLOに加勢した。
戦争の危機を危ぶんだエジプトの仲介もあって、停戦合意はなされた。
だが、その
それ故に、マサキたちが誘拐事件でレバノンに乗り込むと聞いた際、即座に協力を申し出たのだ。
この世界で、一下士官であるマサキの立場では、おいそれと一国の王と会える身分ではない。
国王との謁見は、帝国政府の特命全権大使である
彼が日本政府の代理人という形で行われた。
鷹揚に挨拶をした後、御剣は国王に対して、今回の誘拐事件の協力に関し、尋ねた。
「では、氷室君の奪還作戦に協力していただけると……」
国王は、御剣の目を見ながら、
「72時間だけ、我が国の領土、領空の自由通行権は保障いたしましょう」
そして、脇の護衛官から紙を受け取ると、
「あと、レバノンに潜り込ませている、わが情報部の報告によれば……
氷室さんは、おそらくベイルート市内にいると、考えられます」
それまでマサキは、端の方で静かに座っていたが、その情報を聞くや、立ち上がった。
「王よ。貴様の話、信じさせてもらうぞ」
そう言い残すと、周囲の
深緑の野戦服に、両肩から掛けた二本の
腰のベルトには満杯になった弾薬納のほかに、ピストルと銃剣が二本づつ吊り下げている
鉄帽を片手に持ち、M16小銃を
「木原先生!」
マサキは、何かと言いたげに振返った。
やがて彼のそばへ来て、汗をぬぐった。
「どこに行こうって、いうんだね」
追いついて来た男は、白銀だった。
肩に小銃を
「今から、ベイルートのテロリストどもを
「道案内は……」
「問題ない」
マサキは、歩きながら話し出した。
この時代、人工衛星によるGPSシステムは未完成だった。
しかし、マサキは
次元連結システムがあれば、美久の場所は即座にわかる。
そして、最悪の場合、美久だけをゼオライマーに呼び出すことができる。
だが、
その時のように、KGBにも知られる可能性がある。
万に一つのことを考えて、マサキはKGB、いやベイルートにいるテロリスト。
彼等もろとも、ソ連の関係者を抹殺することにしたのだ。
「なあ、先生。この俺じゃあ、役不足かい」
「フフフ、俺は貴様のことを知らぬからなあ」
「鎧衣の旦那には、負けない自信はあるぜ。
それと、イスラエルに頼んで、陽動作戦用の武装ヘリと戦術機隊を用意しましょうか」
と、白銀は心の中に異常な熱をふと持ったようだった。
マサキは、参ったという顔をする。
「その必要はない。天のゼオライマー、それ一台があれば、すむ。
それにユダヤの連中は
人手を借りるにしても、金を借りるにしても、高くつきすぎる。
分解整備中のゼオライマーも
マサキの発言に、白銀は信じられない顔をして、問い返す。
「ここから、一万キロ以上離れた、シアトル郊外のタコマ基地に連絡するのかい」
マサキは、すぐ
「ああ、それさえ準備すれば、最高のダンスパーティができる」
満面に不敵の笑みを浮かべた。
ヨルダン訪問の翌日。
マサキたち一行は、ソ連の意表を突くため、陸路でレバノンに乗り込むことにしたのだ。
日章旗を着け、機関銃で武装したランドクルーザー55型の車列は、ダマスカス経由でベイルートへ向かった。
ダマスカス郊外に、近づいた時である。
すると、轟音一声、たちまち上空から黒い影が車列の上に現れた。
なお街道の附近にある丘の上には、象牙色と深緑の砂漠迷彩を施した数台の戦術機が
その様を見て居た御剣は、即座に指示を出す。
「戦うな、こちらの防御はすでに破れた。
ただ損害を極力少なくとどめて退却せよ」
車列の後ろにも、赤、白、黒の
誰しもが、そう考えた時である。
砂地に着陸した戦術機の管制ユニットが開き、ソ連製の機密兜に強化装備をつけた男たちが下りてきた。
ソ連製の強化装備の左腕につけられた国家識別章は赤、白、黒の三色旗に、緑の星が二つ。
アラブ連合共和国の国旗を起源とするシリア国旗だった。
白旗を持った衛士の後から、強化装備姿の偉丈夫が近づいてくる。
男はマサキのほうを向くと、手招きしてきた。
手招きにうながされたマサキが目の前に立つと、ゆっくりと機密兜を脱いだ。
男の正体は、シリアの大統領*7だった。
彼は、空軍パイロット出身*8であったので、戦術機に乗って陣頭指揮を執ることがあったのだ。
マサキは、その話を聞いてあきれるばかりであった。
古代より陣頭指揮は、士気を鼓舞できるが、常に戦死や捕虜の危険性がある
電子戦の発達した現代で、国家元首が最前線に立つのはどれだけ危険か。
約100年前の普仏戦争のとき、皇帝ナポレオン三世はプロイセン軍に捕縛されてしまい、戦争自体が継続できなくなってしまった。
たしかにBETA戦争は、重金属の雲で電子装置や無線通信を制限したが、それでも国家元首の戦死というリスクは避けられない。
暗殺のリスクを押してまで、自分に会いに来たのか。
そう考えて、話し合いに応じることにした。
話し合いが始まるまで、中東の政治事情に疎いマサキは、シリアとソ連の関係が蜜月とばかり思っていた。
大統領の話によると、ソ連を信用していない様子だった。
ソ連からの約束された武器支援は滞っており、戦術機も100機以上納入されるはずが20機程度しか送ってよこさなかった。
マシュハドハイヴ建設の際は、政権崩壊の懸念から再三にわたって支援を要請するも、逆に、翌年には軍事支援を停止してしまった。
ミンスクハイヴ攻略がすんでから、軍事援助の再開を決定し、ソ連軍顧問の派遣を含む、新しい武器協定が結ばれた。
追加のMIG21バラライカ25機と、技術要員の新規派遣。
しかし、ソ連は、BETAの脅威が軽減したことを理由に、より高度な戦術機の納入を拒否し続けた。
そのことに、シリア側は、強く不満を感じていたのだ。
一通り、話を聞いた後、マサキは懐中より、タバコを取り出し、
「それにしても社会主義国のシリアが、この俺を手助けしようなどとは聞いたこともないな。
紫煙を燻らせながら、半ばあきれ顔で、笑う事しかできなかった。
「俺のことを助けて、日本政府から円借款を引き出す。
まったく、うまい算段を考え出したものだ。ハハハハハ」
マサキは、ひとまず武装した車で、ベイルートに入る。
彼らは御剣の許しを得たうえで、暮夜ひそかに、行動に走った。
その夜の、マサキのいでたちといえば。
深緑の布カバーを着けた鉄帽を被り、深緑の野戦服上下に、磨き上げた茶革の編上靴。
白銀は、虎縞模様の
ウィリスM38のコピー車両である三菱重工の「ジープ」に、これまたM2機関銃のコピーモデルを載せて。
鎧衣は、相変わらずのホンブルグ帽に、トレンチコートを羽織り、背広姿であった。
ただ黒革のD-3A手袋をし、M2機関銃のハンドルを握りながら、周囲に目を光らせていた。
そして全員が、夜間識別用に赤い反射材のついた布きれを、両方の二の腕に縛り付けて。
ふと、マサキは尋ねた。
「なあ、鎧衣。そんなひらひらとしたオーバーコートなどを着ていて、引火したらどうするんだ」
「木原君。これは私の戦闘服、バトルドレスなのだよ。
諜報活動や破壊工作では、
故に、ホンブルグ帽にドブネズミ色の背広上下が、サラリーマンにふさわしい装いなのだよ」
ハンドルを握る白銀は、大声で尋ねてきた。
その言葉の調子は、決して怒っている風ではなかった。
大声で話さねば、
その音に、運転席からの声が助手席のマサキに届く前にかき消されるためである。
「ドレスといえば、先生。例のかわいこちゃんにドレスの一つでも買ってやらないのかい」
「アイリスにドレスを作ってやる話。今の件は、考えておこう」
マサキは、じろりと横目でハンドルを握る白銀の表情をうかがう。
恐ろしいくらいリラックスした表情であった。
不思議に思ったマサキは、めずらしく白銀の過去について、尋ねてみることにした。
「だが白銀よ。今からドンパチに行こうというのに、そんな話ができるな……
やはり、お前も鎧衣と同じで死線をくぐってきたのか」
白銀は、うなりを立てるエンジンの音に顔をしかめるマサキのことを横目で見た後、
「ラオスにいたときはヘリに乗りながら最前線に向かう際は、こんな話ばかりしてたのさ」
「お前も鎧衣と同じで、
白銀は、どこか、遠くを見つめるような表情になりながら、答えた。
「ああ、俺はラオス王国軍を指導する軍事顧問団に、参加していた。
ソ連の軍事介入がなければ、あのメコン
ラオスもまた、ソ連の対外政策によって国を乱された地域だった。
傀儡の王族を立てて、親ソ容共の左派が全土を支配した。
マサキは、憤る白銀の表情を見ながら、
「まあ、俺もお前も、ソ連には
白銀はハンドルを握りながら、静かにうなづくばかりであった。
車は、やがてベイルート港の倉庫街に近づく。
しばしの沈黙の後、白銀は、覚悟したかのようにマサキに尋ねた。
「博士は何で、BETA退治に……」
左の胸ポケットから使い捨てライターとホープの箱を取り出す。
「たまたま、俺好みの人間がいたからさ。
いい男がいて、いい女がいる」
フィルムを破り、銀紙の包装を切り取り、タバコを抜き取る。
「そんなことで……BETA戦争に参加されたんですか」
マサキは白く整った歯を剥いて、大きくうなづく。
「好きになった
ただそれだけの事だよ」
口に煙草をくわえると、静かに火をつけ、紫煙を燻らせる。
白銀の言葉に、マサキの胸は騒いだ。
氷のような瞳の色をした
そのギリシア
一にらみするだけで、男を
そして、思いを寄せる、あの
白雪のような肌と美しいブロンドの髪を持つ、どこか
彼女のことを思うだけでも、体が
そんな
心の中を見透かされまいと、マサキは、ことさらに笑って見せた。
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(アンケート期間は第5章終了まで。一番多い結果を採用させていただきます)
作者に書いてほしい話に関して(暁の連載にも影響します)
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