冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 硝煙に包まれるレバノンの首都、ベイルート。
マサキは、炎煙に(まぎ)れて、剣槍(けんそう)の間から脱出を試みる。
必死に追いすがるKGB特殊部隊、『アルファ』。 
マサキの運命や、如何に……


この話は構成を変更していますので文字数が8千字超えになります。
長く読みづらいとは思いますが、ご容赦ください。



因果応報(いんがおうほう) 前編(旧題:賊徒の末路)

 レバノンは、「オリエントの諸民族と文化、宗教を集めた博物館」と称される地域である。

そこには、キリスト教とイスラムの代表的な18宗派があった。

 フランスが、中東の植民地経営の円滑化のために人工的に分離独立させた地域である。

フランスの差配(さはい)の元、各宗派に政治権力配分がなされ、政府の円滑(えんかつ)な運営を目指していた。

大統領は、キリスト教マロン派、首相はイスラム教シーア派、国会議長はイスラム教スンニ派という具合である。

 

 

 微妙な政治的バランスの上に立っていたレバノン。

その政治状況を狂わせた始めたのが、1970年のパレスチナ解放機構(PLO)の大移動である。

このアラブ民族社会主義を掲げる集団の侵入によって、過激な思想と武器が持ち込まれた。

 政府上層部はキリスト教少数派のマロン派である。無論両者は相容(あいい)れなかった。

1974年のイランのマシュハドハイヴ建設で、この問題が先送りされていたが、ゼオライマーの登場で変わった。

マサキが、マシュハドハイヴごと中東域のBETAを消し去ったことで、再び緊張を高めたのだ。

 

 ここで視野を一転しよう。

レバノン大統領府では、空襲警報を受け、対応を協議していた矢先のことである。

政府首脳に、一つの事実が伝えられた。

「ゼオライマーの来襲」

閣僚の間に、衝撃が走った。

 

「なぜ、我が国が襲撃されねばならんのだね」

首相の一言で始まった討議は、30分に及んだ。

彼らは、結論の出ない議論を続けている内に、大統領は、一つの決断を下す。

「やむをえまい。ラヤーク空軍基地にある戦術機隊に出動要請をかけたまえ」

 

 ラヤーク空軍基地は、独立前にフランス軍が作った軍事拠点。

レバノン山脈とアンチレバノン山脈の間にある要衝のベッカー高原にあり、広大な湿地帯と湖の間に置かれた近代的な空軍基地である。

 そこにはフランスから購入した最新鋭の戦術機「ミラージュ3」が、倉庫の奥深くに新品同様の状態で眠っていた。

1974年、レバノン政府は、米空軍の最新鋭戦術機「F4ファントム」の購入を希望していた。

だが、フランスの圧力の下、新しい「ミラージュ3」を調達することが決定された。

 この契約に関する納入は、1977年9月に始まると同時に、レバノン人パイロットは、フランスで衛士への機種転換訓練を受けた。

しかしながら、戦術機は、格納庫の奥深くに仕舞われ、非常に限定的に使用された。

新参の戦術機は、多くのパイロットが好んだ戦闘機に取って代われなかった。

 

 

 大統領は、かけていた老眼鏡を外した後、しばしの沈黙に入った。

懐中より、フランス煙草のゴロワーズ・カポラルを取り出すと、封を切り、紫煙を燻らせる。

一服を終えると、真剣な表情でたたずむ閣僚を前にして、驚くべきことを口にした。

「ベイルートを捨て、脱出準備に入る。対外情報・防諜局(SDECE)に連絡を取ってくれ」

 

 レバノン大統領が言ったSDECEとは、フランスにおける情報機関の事である。

第二次大戦中の情報行動局を発端とし、1945年に組織されたフランスの対外諜報機関である。

1943年に独立したレバノンは、脆弱な国家基盤の維持のために、旧宗主国フランスの支援を受け入れることが、ままあった。

 1958年のレバノン危機の際は、フランス外人部隊が混乱を収めるのに一役を買うほどである。

対外情報網も、またフランス政府との協力関係を結びながら運営されていた。

 

 

 

 一方、そのころレバノン沖に展開する米海軍の艦隊に、動きがあった。

KGBに誘拐された美久とマサキを支援する目的で来ていた彼らは、突如としてベイルートに出現した未確認機の対応に苦慮していたのだ。

この沿岸に現れることのない新たな敵が襲い掛かってきたことは、米艦隊に混乱をもたらした。

「ベッカー高原から、こちらに直進してくる未確認の戦術機が出現しました」

「IFF*1の反応は!」

「ございません!」

「こちらから呼びかけを行って、反応がなくば、その機体もろとも」

レーダー監視員が、声を張り上げる。

「二時の方向、高速で接近する飛翔物を、確認!」

「本艦までの距離は……」

「およそ20マイル*2

「ソ連の雷撃隊か……」

 

 

 未確認の戦術機隊の接近の一報を受け、戦艦アリゾナの艦橋内が騒然となる。

艦長は艦内電話の受話器をつかむと、落ち着いた声で命令を下す。

「全艦艇に告ぐ。これより対空戦闘に入る」

砲術長の声が艦橋に響き渡る。

「主砲、射撃用意!」

対地砲撃を行っていた三連装の主砲が、一斉に旋回し、艦の上方に砲身を向ける。

「レーダーに連動良し」

艦載されたロケットランチャーと誘導装置も、連動して射撃準備に入る。

「自動発射に切り替えた後、スパローミサイルとスタンダードミサイルをありったけくれてやれ!」

上空に向け、探照灯が煌々と照らされると、轟音とともに一斉に火を噴いた。

 

 戦艦アリゾナやミサイル巡洋艦は、遠距離からの火力投射に重点を置いた軍艦である。

無論、対空機関砲やスパローミサイルを積載しているも、艦隊の防空能力は後のイージスシステムを搭載した駆逐艦に劣った。

 防空装備のフリゲートや駆逐艦を随伴しなかったのは、BETA戦争の戦訓で、ほぼ空からの攻撃がなかったためである。

 

 光線級の脅威は恐ろしかったが、戦艦の大火力の前に鎮圧できたので、時代を逆行するかのように大艦巨砲主義に各国の海軍はその武力を求めた。

 

 戦術機は、BETAとの格闘戦(ドッグファイト)が、主目的である。

航空機より軽量な装甲板と、新開発のロケットエンジンで、自在に空間を跳躍できるように特化した機体である。

 基本的に、ロケットランチャーやミサイルのような重く高価な兵器は装備しなかった。

装備は外付けの発射機構を用いれば可能であるが、いざ装備すると機動力が落ち、被撃墜率が上がった。

ロケットランチャーやミサイルは、後方の砲兵や自走砲に依存することになった。

 

 突如、ベッカー高原から現れたのは、レバノン軍戦術機隊であった。

部隊の指揮官は、戦術機隊を鼓舞する。

「突撃しろ、防空装備も甘い戦艦を連れた米艦隊なぞ、わが敵ではないぞ」

耳を(ろう)する砲撃と、目をくらます大火力の閃光を目の当たりにした彼は、だんだんと平常心を失っていった。

無謀にも、大規模な航空攻撃での米艦隊への突撃を命じたのだ。

「つづけ、(ひる)むな」

 寄せ手のほこる兵量が、二陣、三陣とさらに港の全面を覆い尽くせば、米艦隊の餌食であった。

ミサイル、砲弾の雨が、轟然(ごうぜん)と、彼らの頭上に降りかかって来る。

 

 ダイヤモンドに比する硬度を持つBETAをも、一撃で粉砕する大火力の前に、軽量な戦術機は無力だった。

退避する間もなく、閃光の中に消えていった雷撃隊。

烈火と衝撃波にはねとばされた戦術機の装甲は、爆風と共に宙天の塵となっていた。

 

 かくしてベイルート洋上では、レバノン軍と米艦隊の熾烈な戦闘が始まった。

一連の流れを見て居たマサキは、意識をそちらのほうに移す。

「ほう、露助の奴隷どもが、群れを成して米艦隊に襲撃を仕掛けたのか……」

艦砲射撃の弾が、雨の如く降り注いでくる。

「フハハハハ、死に急ぐとは……愚かなものよ」

流れ弾で、港湾にある石油精製施設に火がつくと、さしも広い市街地も、まもなく油鍋に火が落ちたような地獄となってしまった。

コンビナートから出る、炎は夜天に乱れ、爆音は鳴りやまず、濛々(もうもう)の煙は異臭をおびてきた。

 

 

 ベイルート市内のほうに向け、進むマサキが出会うものは、敵ばかりだった。

 ゼオライマーにむけて、轟音一発。

数百の兵が、ビルの屋上や、工場、貨物倉庫の上などに、一斉に姿を現す。

「この木原マサキ、逃げも隠れもせん。何処からでもかかって来い」

 

 市内に拠点を置くPLOやその支援組織の戦闘員たちは、壮絶な銃砲火のあらしを浴びせる。

トラックの荷台に搭載されたZPU-4機関砲や、RPG-7を用いて、迫りくるゼオライマーの脅威を防ごうとする。

「撃て、撃て。近づけるな」

 轟音を上げて火を噴くシルカ自走機関砲。

「無駄玉でもいいんだ。こっちが撃てば相手は近寄れん」

幾層にも折り重なる対空砲火の網の目を、ゼオライマーは構うことなく突っ切ってくる

 

 ゼオライマーは、その右腕を虚空に振り回し、次元連結砲を連射する。

その刹那、搭載された防御システムの警報が、けたたましく鳴り響く。

 損害はないが、対戦車砲(RPG)を担いだ人間との闘いは、始末(しまつ)が悪い。

戦闘員の顔が、建築物、土塀、装甲車、様々な遮蔽物の影などから覗いている。

一斉射撃も、頃を計っているのらしい。

 

 マサキは、本能的に、後ろを振り返りざま、鉄拳を放った。

おそろしく敏捷(びんしょう)な敵が、彼の後ろへまわって、長刀を振りかぶり、あわや斬り下ろそうとしていたからであった。

 拳の一撃は戦術機の管制ユニットに命中し、その機体は跳ね返り、地面に転がった。

 ゼオライマーの480トンの巨体は、それだけで武器になりえた。

戦術機のような超軽量の装甲板は、軽く殴りつけるだけで、押しつぶせたからだ。

 地響きと同時に、残りの戦術機の銃砲が火を噴いた。

轟音を上げる突撃砲の玉が、縦横に通りながら、ゼオライマーの機体をかすめる。

マサキは、敵兵のなかを、乱脈に駈け(まど)い、何度も撃ち返した。

 

 市街から射放つ弾は、集まってくる。

止まるも死、進むも死だった。

一難、また一難。死はあくまでマサキをとらえなければ止まないかに見えた。

『やはり美久がいないと、このゼオライマーも今一つか……』

 ゼオライマーの副操縦士(サブパイロット)氷室(ひむろ)美久(みく)

彼女は表向き、駆動系制御と弾道計算をするという名目で搭乗していた。

 しかし、その実態は違った。

彼女は、アンドロイドであり、また次元連結システムの一部品である。

 彼女がいなければ、次元連結システムは満足に作動しなかった。

天のゼオライマーの出力と推進力は、従前の三分の一にまで低下。

無限のエネルギーを宇宙空間から供給することも、ままならなかった。

 推進装置を全開にして、後退を続けるマサキ。

砲弾は、的確にそそぎ初め、撃つ弾、撃つ弾が装甲にあたる。

至近弾が隣の建物に命中し、ごろごろと下へ転げ、崩れ落ちる。

 

 

 相対するKGBのアルファ部隊長は、逃げまどうマサキを見て、

「これが、世人(せじん)を怖れさせたゼオライマーか。

余りにも(もろ)い……こんな青二才に、ソ連は振り回されていたのか……」

と、失意の色をあらわにする。

 

 その音声を拾ったマサキは、画面を操作して、国際救難信号の通信を開く。

「教えてくれまいか。蛮人の貴様らが、この俺と戦う理由を」

 敵に問いかけたマサキは、操縦桿をぐっと引く。

ゼオライマーは、巨体を揺らしながら、その場に止まった。

 マサキは、体を右下に向けると、座席の下に手を伸ばす。

戦闘装備セットを手繰(たぐ)り寄せ、ポリエチレン製の水筒を取った。

「聞け、日本野郎(ヤポーシキ)、木原マサキ」

 長時間の追撃戦と、この照りかえる太陽や熱砂により疲労を感じていた為もあろう。

水筒の白い蓋を開け、ゲータレード*3の粉末を溶かした水で、のどを潤す。

男の話を聞くふりをして、一息つくことにしたのだ。

「温暖な東の小島でぬくぬくと育ったお前達には、解かるまい」

 画面に映るスラブ人の男は、こちらを厳しくにらみつける。

水筒をラッパ飲みしながら聞く、マサキに怒号をつづけて、

「常に他民族に圧迫され、ロシアの痩せて貧しい大地に縛られてきた者の苦しみ。

冬でも凍らぬ港の確保、わが民族の悲願なのだよ。

我等は誓ったのだ。全世界を共産化して一つの国にすればこの苦しみから逃れると……

貴様は、我等がわずかな望みさえも奪い去った。故に許せぬのだよ」

 

 空の水筒を捨て去ると、マサキは不敵の笑みを浮かべ、

「愚かなことを……」

男の話を一笑(いっしょう)にふした後、彼らを(あお)り立てることにした。

後生大事(ごしょうだいじ)に抱えている、貴様らが野望とやらは、その程度か……

だから、貴様らは、スキタイの野蛮人なのだ」

 

 これは、KGB大佐を憤激(ふんげき)させた。

5メートルもある通信アンテナのついた隊長機が、右手を高く掲げる。

 野獣(やじゅう)(えさ)を争うように、アルファ部隊が彼を覆い包んだ。

 アルファ部隊隊長の大佐は、右手で握る操縦桿を強く引く。

背面に装備した突撃砲を抜き出し、機体の右手に構えると、

「おのれっ、この悪魔野郎(チョルト・ヴァジミー)*4め」

突撃砲の一斉射撃のボタンに触れながら、憎悪の言葉を吐き捨てる。

 

 マサキも、ついに決心した。

そして喜色をたぎらせながら、操作卓のボタンを左手の食指で連打する。

「ゼオライマーよ。パーツを呼び戻せ。お前の次元連結システムをな!」

すると、漆黒(しっこく)の闇の中、ゼオライマーの機体が、赤く、怪しく輝いた。

 

 突撃砲が一斉に火ぶたを切ったと、共に、大地をゆるがす程の轟音が響く。

硝煙や爆風の下に建物の瓦礫(がれき)が、転げるのが見えた。

「かかれっ」

という叱咤(しった)に打ち出される濃密な対空砲火と、超音速ミサイルの攻撃。 

 ロケットや砲弾が、ゼオライマーの上へ、一度に降りそそいできた。

もしこれが、高硬度爆撃機B52や戦術機であったならば、撃ち落されていたであろう。

 

 しかし、無敵のスーパーロボット、天のゼオライマーである。

その白い装甲板には、かすり傷一つつかなかった。

「無駄、無駄」

マサキは、哄笑を響かせながら、すばやく操作卓のボタンを連打する。

瞬時にして、バリア体が全身を覆う。

 

 先ほどのゼオライマーの発光は、美久が瞬間移動してきたことによるものである。

今、ゼオライマーの起動装置である氷室美久が揃ったことで、完璧になった。

ゼオライマーの出力は、かくして100パーセントの状態に戻ったのだ。

 雨霰(あめあられ)と降り注ぐ砲弾を、何の鎧袖一触(がいしゅういっしょく)と、一気に蹴ちらして押し通る。

肉薄(にくはく)してくる戦術機隊は、突撃砲を構えて撃ってきた。

今度はかなり正確に、砲弾はゼオライマーの通り過ぎた場所で炸裂する。

 匍匐飛行(サーフェイシング)して()けて来たアルファ部隊のうちから、一機が、ぱっと飛び上がった。

ゼオライマーの頭上へ、長刀の一閃を浴びせかけた。

 その一撃をうけるや、眠れる獅子が立ち上がったような猛気をふるい、戦い合った。

彼も必死、これも必死、まさに死闘図だった。

「小賢しい、露助どもめ」

 振り返りざま、直ちに、次元連結砲を放つ。

一斉に狙撃を浴びせかけられたアルファ部隊は、ハタと動きを止めた。

 MIG21の全身から漏れ出す推進剤と燃料が、血のように流れ、地面をどす黒く湿らす。

KGBの黒い機体が、大きな音を立てて、崩れ落ちた。

勝敗は、一瞬に決したのだ。

 

 

 

 この夜は一晩中、ベイルート市内のPLOキャンプは、あわただしかった。

大統領府宮殿の窓からも、ホテルからも、PLFPの戦闘員の動きがはっきり見られた。

 戦闘準備を整えた部隊が、港へ、また別の一隊が市街へと移動していく。

 

「同志議長、どうしますか。

我らはヨルダンを追放された身です。おいそれとパレスチナには戻れますまい」

部下に尋ねられたPLFPの首領は、全部隊をシリア方面に撤収させる準備に取り掛かった。

「同志諸君!我らを支援していたKGBが、ゼオライマーにやられた。

こうなれば、こんなしみったれた国に、こだわる必要はあるまい」

 そして冷徹に、

「市中から、分捕れるだけ分捕って、おさらばよ。

街を焼けい!」

 令一下、戦闘員は、町々へ放火しだした。

破れかぶれになったPLFPなどの団体が、黒い怒濤を持って、市街に向う。

 官公庁から、銀行や商店に至るまでを、一つ残さず盗み抜く。

数百の人夫(にんぷ)を動員し、数え切れないほどの名剣や宝鏡から、大量な金銀宝石などを運び出す。

 もとより食料や衣類などには目もくれない。

時価にすれば何百億ドル、トラック数十輛分の富はレバノンから持ち出されようとしていた。

 (またた)()に、ベイルートは混乱の渦に巻き込まれた。

 アラブ民族社会主義を掲げるPLO、PLFPと、この国の指導層であるキリスト教マロン派の両者は相入れぬ関係であった。

1970年のPLOのベイルート移住以来、両者は度々武力衝突を重ね、その不満はたまっていた。

ついに米艦隊の艦砲射撃を受け、混乱する市内の略奪という暴挙に走ったのだ。

 

 マサキは、ゼオライマーの球体上のメインカメラを市中に向けてズームする。

画面に映る街の様子といえば、真っ赤に焼けていた。

女子どもは、(ほのお)の下に悲鳴をあげて逃げまどい、昼のようにベイルート市中は明るい。

 見れば、悪鬼のような人影が、銃剣をふるい、火炎放射器を放ちながら、余さず火をかける。

逃げ散る者を見あたり次第に、殺戮(さつりく)している。

目を(おお)う様な地獄が、再現されていた。

 

『ああ、人間というものは、ここまで醜くなれるものか……』

マサキの胸中は、人間への絶望に覆われ始めていた。

 『所詮、パレスチナ解放という大義を掲げても、やることは強盗や賊徒と変わらぬではないか』

氷のような感情が、ふたたびマサキを覆い始めていた。

 あの可憐な少女、アイリスディーナとの出会いを受け、僅かに溶け始めていた厚い氷河。

彼女の純粋な想いすらも、忘れさせるほどの衝撃だった。

 

 

 そのとき、マサキの心中に暗い情念が渦巻く。

『このような(やから)が、この世に存在しては(まず)い』

 

 思えば前の世界でも、日本赤軍などの赤色テロリストが、このアラブの過激派を頼り、世界を震撼(しんかん)させた。

 イスラエルのテルアビブ空港での銃乱射事件や、よど号などの日航機ハイジャック事件。

オランダ・ハーグの仏大使館やマレーシア・クアラルンプールの米国大使館等を占拠し、国際関係をも悪化させた。

 国内でも、妄想の実現のために、彼らはお構いなしだった。

銀行強盗や警察署の襲撃、自衛隊施設への侵入は無論のこと、民間企業にもその矛先(ほこさき)は向いた。

三菱重工や鹿島(かじま)建設などの有名企業を爆破し、韓国産業経済研究所やチリの練習艦などの外国施設への襲撃で血の雨を降らした。

革命を誓う同志すらも疑い、妊婦にまで手をかけた人の皮を被った悪魔。

人面獣心(じんめんじゅうしん)との言葉が、ふさわしい連中であった。

 日本列島を赤化せんとする野望のために、テロルの恐怖で、無辜(むこ)の市民がのたうち回る。

彼の脳裏に、その地獄絵がまざまざとよぎった。

 

『残された道は、ただ一つ……』

うつむいていた顔を上げる。

『このレバノンの首都ごと、テロリストどもを完全に葬り去る』

 

 

 

 赤色テロリストへの憎悪が、たぎる血潮を高ぶらせる。

共産主義者(テロリスト)が、勝手なことを……」

マサキは、天を仰ぐと、小声でつぶやく。

「このうえは、レバノンもろとも、テロリストを吹き飛ばす」

力強く操作卓のボタンを連打し、攻撃準備を始めた。

 

 美久は、必死に、怒りを表すマサキをなだめようとする。 

「お気持ちはわかりますが、お止めください。

まだ避難できていない住民が多数おりますし、近くにはパレスチナの難民キャンプが……」

マサキは、諦めたかのように乾いた笑い声をあげ、右の食指でメイオウ攻撃の射撃指令を出す。

「フフフ、そのような人非人(ひとでなし)は、俺が作る新世界には必要のない」

顔に暗い影を落としながら、冷酷に告げた。

 

 直後、静止していたゼオライマーは両腕を勢いよく、胸の球体の前に掲げる。

大地が裂けるような衝撃波とともに、眩いばかりの光が市街を照らす。

強烈な熱波の後、地表から巻き上げられたチリや煤は、やがて白い爆煙として立ち上っていった。

*1
Identification, friend or foe.敵味方識別装置

*2
1国際マイル=1.609キロメートル

*3
1965年発売のスポーツ飲料。スポーツ生理学の医師、ロバート・ケード博士により開発された

*4
чёрт возьми. ロシア語の罵倒語。日本語にない表現なので、しばしば畜生などと訳される




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  • ミラ・ブリッジスをめぐる騒動
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  • 米国の陰謀及びソ連の復讐
  • アイリスディーナの軍隊生活
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