冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 不気味な男、エーリッヒ・シュミット。
ソ連秘密警察・KGBの密命を受けて、東ドイツに対して謀略を開始する。
その裏側で密かにハイム少将はシュトラハヴィッツ少将と密議を凝らしていた。


策謀(さくぼう) 後編

 その夜、降りしきる霙の中、宿舎に一台の軍用車が着いた。

後部座席より降り立った男は足早に室内に入る。

脛まで有るマント型の雨衣を着て、頭巾を被る。

室内に入ると、待っていた下士官が、彼を奥にある軍団長室に案内する

部屋の前まで案内をした下士官に敬礼。返礼をした彼を見送ったと、ドアを開ける

 静かにドアを閉め、部屋に入る。

男は、顔を覆っていた頭巾をゆっくり下ろしてから、雨衣を脱いだ。

雨衣を脱いだ後、煌びやかな刺繍が施された軍服姿が露になる。

赤いパイピングが入ったギャバジン地のクラウンに、赤地の鉢巻*1に金メッキの帽章。

その被っている帽子から、将官だと判別できる。

 脇に太い赤の二本の側章が入ったストレート型のズボンを履き、襟には金の刺繍が配われている赤地の階級章。

ダークグリーンの襟の内側に白い襟布を付け、金糸と銀糸の織り込んである肩章。その階級章は、星の数から少将。

霙と泥で汚れてはいるが、磨き上げた黒革の靴。

脱いだ雨衣を手に持った白髪の男の顔には深い皴が刻み込まれている。

 その男は、フランツ・ハイム。

地上軍司令部*2勤務の将官で、来る《パレオロゴス作戦》についての見解を窺いに来たのであった。

彼は、室内に居る人物に声を掛ける。

「話とは何だ」

執務中であったシュトラハヴィッツ少将は、手を止めて正面を向く。ペンを置くと立ち上がって敬礼をした。

敬礼を返すと、軍帽を脱いで、軍帽を逆さまにして机の上に置く。

後ろに下がって、雨衣を室内にある外套掛けに吊るす。

 

 室内にあった椅子に腰かけた後、彼に尋ねた。

「忙しい所に済まんが、こうでもせねば話を聞いてくれまい」

事務机から、テーブルに移動すると、脇から灰皿を取り出し、タバコに火を点けた。

何時ぞやの如く、外国たばこではなく、CASINOという国産たばこで、その箱を机に置く。

「吸うか」

彼は、頷くと、手を伸ばして、箱から3本タバコを取る。

14個の略綬が輝く左胸のポケットから、マッチの紙箱を出す。

紙箱よりマッチを摘み取り、火を点ける。深く吸い込んだ後、ゆっくりと紫煙を吐き出す。

 

「お前に関して少しばかり噂を聞いた」

「それで。話の出所は、どこだ」

彼は、内ポケットより折り畳んだ紙を取り出し、訪ねた。

「これの存在は聞いているか」

少将は数枚の紙を広げると、目を見開く。

「大方、保安省辺りの小役人が作ったものか」

彼は、腕を組んで背もたれに寄り掛かる。

「然る筋から私のところに来た。恐らく半分は警告の心算で送って寄越したのであろう」

「ほう。奴等も走狗ではないわけか」

彼は、話しながら右手でタバコの灰を落とす。

「省内では、ソ連派(モスクワ)独立派(ベルリン)がいて派閥闘争を始める算段が出来ている様だ」

少将は、ゆっくりタバコをもみ消す

「どこも一緒だな。で……、そんな話をしに来たのではあるまい」

深く頷くと、振り向いて正面を見る。

「実はな、連中が私に近づいてきたのだ。件の名簿を持って来て、大規模な摘発をすることを仄めかした。

まさかとは思うが、馬鹿げた事は考えては居るまい」

 

 下を向いて、新しいタバコに火を点ける。

「俺は、あの男と話す気にはなれん。ソ連の茶坊主と噂がある気色の悪い輩に、何を吹き込まれた」

顔を上げ、正面の男の顔を見る。

「兼ねがねその話は、伝え聞いている。

私とて、何れは民主的な手法による議会選挙の導入に関しては否定はしない。

ただこの戦時に、やるのは危険すぎないか……」

「仮に今、行動せねば、奴らの専横を許すことにならんか」

彼は、右手でタバコを持ったまま話し続けた。 

「それは否定せんよ。ただ機会というものがある」

少将は、襟のホックを外し、椅子に深く座る。

「奴等に《認められる結果》を見せればよいのかもしれんな。もっとも貪欲な連中だ。

どの様な結末でも納得する《果実》が無ければ、否定してくるであろうが……」

 

 シュトラハヴィッツ少将は、改まってハイム少将に尋ねた。

「話は変わるが、貴様に頼み事をしたい。

戦術機に関する件だが、西側の機体との通信網の連携を進めるような対策を取ってほしい」

彼は驚く。

「何故その様な事を」

タバコを吸いながら、話しかける。

「実はな、戦闘方法の違いで我々が危険に曝される可能性があるのだよ」

「詳しく聞こうではないか」

 

 シュトラハヴィッツ少将が、語った危惧とはこのような物であった……。

英米を中心とするNATO軍と戦術の差異。

《光線級》を選んで殲滅し、その後に爆撃機による攻撃をする《光線級吶喊(レーザーヤークト)》ではなく、ミサイル飽和攻撃や砲弾による集中砲火。

防御陣地に誘い込んで、その他の集団を殲滅するのではなく、先ず攻撃した後に残存兵力を刈り取る手法の違いについてであった

人民軍が現在行っているBETA群に対する《光線級吶喊(レーザーヤークト)》では、先に戦術機部隊が先行。

NATO軍が行う攻撃は、先に重爆撃ありきの運用……

予定される《パレオロゴス作戦》では、西部戦線をNATO、東部戦線をWTO、ソ連軍が担当。

 戦場とは常に状況が変化する。

もし仮に、東西の部隊が混戦状態になれば、一時的とはいえ作戦上《友軍》となった米軍に爆撃され、被害が出る恐れがあるのだ……

 被害が出れば、貴重な戦術機部隊だ。

簡単には現在のような熟練兵を補充できるような状態にはならない。WTO軍の間であっても同様だ。

仮に作戦が失敗した際、その様な事が多発すれば、対BETA戦では後れを取ることになる。

 支那での初期対応の失敗で、2週間以上の時間が浪費され、敗北を招いたのは苦い記憶として新しい。

あの時、米軍の様に即座に核飽和攻撃に移っていれば、惨状は防ぎえた。

馬鹿げた《プロレタリア独裁》の末に、階級制度を廃して、軍の機能不全を招いたと聞いた時、深い失望感を覚えたことが思い起こされる。

作戦遂行の為には、党派対立や思想闘争などを脇に置いて軍事編成の運用をせねば、危険だ。

 1600万人前後と人口の少ない民主共和国*3……

数億の人口を抱える支那や膨大な領土のあるソ連とは違う。

 瞬く間に、この国は消え去るであろうことを……

そうなってからでは遅い。

恐らく英仏は、この国を時間稼ぎの場所としか考えて居らず、作戦が不発に終われば、地図の上から消える。

 ポーランドまで戦火が広がるようでは駄目だ。

白ロシアで食い止めて、ソ連領内に追い返す位の勢いでないと、大軍勢に闊歩される。

あの恐ろしいジンギスカンの大軍が攻めよって来た時、欧州の騎士達は、キリスト教の下、十字軍に次ぐ軍勢をもってして食い止めた。

 過去の事例のように上手く行くとは言わないが、我々も欧州という名のもとに、キリスト教文化圏の下に合同軍を立ち上げ戦うような姿勢で臨まないと……

やがては、ジンギスカンに滅ぼされた中央アジアの回教国の様に、蹂躙される。

 広い大海に覆われた日本や、国力の盛んな米国とは違うのだ。

地理的にも、政治的にも、現状を維持させる方策しかない。

その方策としての西側との連携。国土の大半を蹂躙され、人口の大半を失い、斜陽に成りつつある赤い帝国。

シベリアへの遷都では飽き足らず、アラスカへの逃避計画に着手しているとの話も上がっている……

 やがて東欧諸国から完全撤兵の日も近い。

その日を待たずして、自主独立の道を選び、専制的な社会主義の放棄とソ連との決別。

かの帝国と決別を奇貨として、西側社会への参画の手段にすべきではないか。

それ故に、この軍事作戦の足を引っ張る国家保安省(シュタージ)の連中を出し抜くような方策を打つべきである。

 少将は、その様な熱い思いを、目前の男に語った。

 

 ハイム少将は、話を聞き届けた後、最後のタバコに火を点けた。

静かに紫煙を吐き出すと、語った。

「話は分かった。

全機とは言わんが、せめて指揮官機だけでも西側と連携可能に改良するよう、技術本部と参謀本部に持ち込もう」

シュトラハヴィッツ少将は、机を支えにして立ち上がった。

「本当か。そいつは助かる。交渉チャンネルの有無で、話が全然違うからな」

「もっともそれには前線での裁量の拡大も絡んでくる。

その辺を参謀本部で決めねばなるまい」

シュトラハヴィッツ少将は、前に身を乗り出す。

「そいつさえ決めれば、あとは政治局に持ち込むだけなんだな」

ハイム少将は深く頷き、同意の声を上げる

「それ以上は党の仕事だ。良い伝手があれば良いが……」

シュトラハヴィッツ少将は微笑みを持って、ハイム少将への返事とした。

シュトラハヴィッツ少将は、彼の右手を取ると強く握手した。

 

 

 

 翌日早朝、事態は動いた。保安相に伴なわれてシュミットはその場に向う。

彼の狙いは、直訴*4して策謀を潰す事。

《おやじ》と保安相の週一度の相談。

その機会は、彼にとってチャンスにすら思えた。会議が始まるまでは……

 

《おやじ》と大臣の話に一区切りがついた時を見計らって、彼は言った。

「議長、宜しいでしょうか」

《おやじ》は、顔を上げて、彼の方を向く。

小柄ではあるが、絶妙の政治手腕で、国際共産主義の粛清の荒波を泳いできた《怪人》。

そのソ連への追従の姿は、ある種の芸術品の様である。

 彼の手にある報告書を、(うやうや)しく差し出す。《おやじ》は、報告書を一瞥する。

顔色は、一瞬青ざめたかと思うと、赤く染まっていく。

鼻息は荒く、掛けている厚いレンズの入った眼鏡が上下する様が判る……。

即座に不機嫌になるのが彼には分った。

 立ち上がると、書斎の奥にある金庫の前に向かい、扉を開けると報告書を勢いよく投げ込む。

そして厚い扉を手荒く締めた。少し遅れて鍵の掛かる音が聞こえる。

 

 彼は焦った。

KGB資料を基に作った秘密報告書が、読まずに仕舞われてしまったのだ。

「お待ち下さい。どうぞ、再考を御願い致します」

明らかに興奮した顔で、彼の方を向く。

目が血走っており、髪が僅かであるが逆立っている様に見える。

「過労の傾向があるな」

失意のあまり、握っていた手袋を落とす。

「2か月間の休養を命ずる。構わんよな」

脇に居る大臣が頷く。

 彼は、なおも食い下がった。

「何故ですか、議長。この国家の騒乱を未然に防ぐべきでは、ありませんか」

不機嫌な顔をしたまま、彼に返答した。

「先立つ作戦の手前、私の顔に泥を塗るような真似は止め給え」

 

 シュミットは、この時確信した。

眼前の老人は、《パレオロゴス作戦》を目前にして軍事クーデター未遂などという、恥を被りたくないと言う事を語っている。

 ソ連への盲従、それは良い。

だが危うい状況にあっても、決断すら出来ない人物が国を左右している時点で、ある種の不安を覚えた。

半ば耄碌した男であることは、曖昧模糊(あいまいもこ)とした態度から判別出来た。

いざ、面前で対面してみると予想以上であった。

 

 黙っていた保安相が、重い口を開く。

「そもそも君達が、軍をまともに監視出来て居ない様ではなあ……

シュミット君、少しばかりバカンスへ出かけなさい」

この時期に中央から遠ざけるのは、危険ではないか。

重大局面での2か月近い休暇は、先々のキャリアに傷がつく……

 

 彼は、焦った。

「お待ちください……」

大臣は一笑に付すと、静かに返す。

「君が作らせた報告書とやらは、誇大妄想が過ぎる。

その様な事を、暗に議長は仰りたいのだよ」

大臣の鋭い眼光が、なおも彼を捉える。

「我々もソ連の面前で、恥ずかしい思いはしたくはない。

党の体面が辱められるような事が、ソ連に伝わればどういうことになるか、判るかね」

腕を組んで、椅子に深く腰掛ける。

「だが見せしめは必要だ。

私から、ブレーメの様な《反動派》を、つるし上げる方策を練ろう。

奴らの親類縁者100人に、今までの10倍の監視要員を回せ。

だが直接手出しはするな。ゆっくり(いじ)れ。

発狂させて、倒れこむのを待つのが、一番の方策だ」

 

 彼は自らを恥じた。

自分達がどのような立場にあるか、目前の危機から目を背けている様に……

「分かりました」

大臣は、納得しかねているようであったが、返答してきた。

「宜しい。今日は、帰りなさい」

彼は部屋を後にした。

 

 彼は、帰りの車中で考えた。

無駄とはわかっていたが、踏むべき手順はすべて踏んだ。

その後は東ドイツの政権を簒奪し、ソ連の為に自在に動く防御壁にする。

パレオロゴス作戦など、一笑に付すべき愚案に頼ろうとは思わない。

BETA等、より強力な原水爆で焼き払えば、この国の住民もその威力に(かしず)くであろう……

 共産圏の盟主たるソ連が睥睨(へいげい)するだけで、右往左往する連中だ……

扱いやすい奴隷として、保安省の木っ端どもを使い、自ら調教してやれば良い。

 その前段階として、暴力での政権簒奪。

多少過激だが、暗殺隊を送り込んで《おやじ》とその一派を消すしか有るまい。

 

 『時間は、無い』

軍の仕業に見せる為に、秘密裏にソ連から持ち込んだ4台の戦術機もある。

これで共和国宮殿を急襲して、その後に連隊を送り込んで鎮圧。

荒業であるが、成功すれば利益も大きい。

 その暁には反乱の首謀として軍の大粛清が待っている。

軍首脳部を一掃して、子飼いのスパイを送り込む。

思想的に操りやすい少年兵でも集めて親衛隊を作れば、上出来だ。

 秘密作戦の適任者は、アクスマン……

彼の情夫との噂のある、ゾーネとか言う若造と共にやらせれば良い。

あの男は、自分の利益の為なら何でもする。

恐らく《塗れ仕事*5》でも喜んで参加するであろう。

 仮に失敗すれば、奴等に詰め腹を切らせれば良い。

飽く迄、自分の最終目的は、この国の支配者だ。玉座に在って、その意向を示す。

反乱鎮圧という結果は、十分すぎる材料であろう。

 10万人の保安省の職員と秘密工作員は、その為の踏み台にしか過ぎない。

嘗てソ連が、ハンガリーにチェキスト*6を送り込んだ事例が思い起こされる。

NKVD*7は、其の間者*8を首相に据えて、ハンガリーを自在に操縦したように、自らも出来るであろうか……

 いや、遣らねばなるまい。

その様な決意を胸に秘め、早朝の官衙を後にした。

 

*1
帽子のサイド

*2
参謀本部に相当する組織。以後混乱を避けるため、文中では参謀本部表記に統一する。

*3
東ドイツ国民は東ドイツとは決して呼ばなかった。公式の場で面前で言う事は侮蔑にあたった

*4
社会主義圏である東ドイツにおいて民衆の声を直接上層部に届けられる唯一の手段であった。

*5
暗殺任務の隠語。血で手が濡れることが語源。

*6
KGB工作員の古い言い方

*7
内部人民委員部・KGBの旧名称

*8
ナジ・イムレ(Nagy Imre, 1896年6月7日 - 1958年6月16日)。ハンガリーの政治家でKGB工作員だった。最終的にハンガリー動乱でKGBに抹殺される

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