冥王来訪(ハーメルン投稿版) 作:雄渾
その夜会で、マサキは、西独空軍のシュタインホフ将軍から一人の少女を紹介される。
マサキはボンに着くなり、ライン川沿いにある大統領公邸に招かれた。
西ドイツ大統領公邸の『ヴィラ・ハンマーシュミット』は、
大統領と面会するなり、ドイツ連邦共和国功労勲章を彩峰たち一行とともに授与された。
流石に東ドイツの時とは違って、陸軍曹長にふさわしい一等功労十字章となった。
ボン・サミットの初日には大統領宮殿で、各国代表を集めた大規模な
総員2000名の人間が、ボンの手狭な宮殿に集まった。
マサキを驚かせたのは、この世界のサミットと元の世界のサミットの違いに関してであった。
首脳会合であるのにもかかわらず、晩餐会や夜会が開かれ、それが深夜まで及ぶのが慣例だということに。
初開催のパリサミットの時から、夜会は政治外交の場とみなされ、重視されていた。
フランス大統領主催の晩餐会は3日間行われ、延べ人数5000人が招かれた。
西ドイツ政府も、その
先年のロンドンサミットに際して行われた
そのため、戦時にふさわしくないと非難を受け、今回は深夜2時までとすると事務局から発表があった。
マサキは舞踏会や夜会が開かれるに合わせて、陸軍正装を身につけた。
この制服は、前の世界の帝国陸軍正装、そのものであった。
房飾りのついたケピ帽、黒いフロックコートに側章の入ったズボン。
黒革製のチャッカブーツ、剣帯からなるものである。
将校と違い、特務曹長*1の場合は、
肩には、金一色の肩章、袖には山型の細い金線。ズボンに、航空科を示す水色の細い側線。
金色の
金属製の鞘に入ったサーベル型の刀は、かさばり、想像以上に重かった。
慣れぬ衣装を身に着け、彩峰たちと端の方のテーブルで座っていた。
だが、彼を
同盟国の米軍をはじめ、英軍、戦前より関係の深い仏軍、そして主催国である西ドイツ軍であった。
西ドイツ軍の将校団は、異様な組み合わせだった。
ドイツ連邦共和国功労勲章大功労十字星大綬章とレジオン・オブ・メリット勲章を胸に付けた濃紺の空軍制服を身にまとった老人と、複数名の士官。
その後ろから来る、両肩の露出したロマンチック様式*3のドレスを着た小柄な少女。
160センチほどの彼女は、黒い髪を後頭部で結いあげるフレンチツイストという髪型をしていた。
まとめた髪が、土饅頭の様に大きく盛り上がっているところを見ると、相当の量の長さであろう。
つぶらな瞳に、桜を思わせるような桃色の唇。
彼女の、どこか幼い感じを残した面立ちは、
それでいて、ドレスの襟首から覗く胸元や、腰の括れから、女らしさを感じ取れる。
特に
サングラスをかけ、口ひげを蓄えた老人は、マサキの方を向くなり、
「あなたが木原博士ですか」と、握手を求めてきた。
意識を老人の方に向けたマサキは、男の手をつかむ。
その際、皮膚の触感が、人間のそれとは微妙に違うことに、彼は気が付いた。
「失礼だが、戦争中にでも、大やけどでも負ったか。
作り物の皮膚では、皮膚呼吸も満足にできずに、
俺ともう少し早く知り合っておれば、本物の皮膚を使って直してやったものを」
老人は一瞬、驚愕の色を見せるも、
「シュタインホフです。どうぞお見知りおきを」
と、何事もなかったかのように挨拶を告げてきた。
マサキも、力強く握手で応じた。
シュタインホフ将軍は、あいさつを終えるなり、驚くようなことを告げてきた。
「木原博士。あなたさえよければ、私の孫娘を貰ってくれまいか」
マサキは、あまりの言葉にただ苦笑するばかりであった。
「この俺を、
何処の世界に、自分の孫娘を贈答品として差し出す
マサキは、てんで受け付けようとはしなかった。
彼女の祖父・シュタインホフ将軍の胸に輝く、数々の勲章を見ながら、
「待ってくれ、こんな小娘貰っても足手まといだ……銃の一つも碌に撃てまい。
それに徒手空拳で男に襲い掛かられてみろ……目も当てられんぞ」
マサキは、彼女が士官学校在学中、女子生徒の中で首位を維持しているのを知らなかった。
「何とでも言うが良い。
ただキルケは……私が言うのもなんだが、
日独友好の為に、君さえよければ……」
マサキは、強気で押し切る男の表情に困惑した。
「娘の意見は聞かないのか……」
体の向きを、キルケの方に向ける。
「おい!
ドイツでは
キルケは、腰の後ろで手を組み、あいまいな表情を浮かべていた。
彼は、不適の笑みを浮かべると、ずかずかと彼女のすぐ脇まで歩み寄った。
その視線は彼女の細面をとらえたまま、
「気取ることは、あるまい」
マサキは右手を伸ばし、キルケの顎に添える。
たったそれだけで、キルケの雪肌に強烈な電撃が走った。
「そう……」
「お前自身も、俺に気があるのであろう」
突き上げてくる感情に、キルケは動揺した。
日本軍の座席は、恐ろしいほどまでの沈黙に包まれていた。
マサキはそっと、キルケの顔を
こちらと目が合うと、小さく息をのみ、視線をそらした。
キルケの表情が、見る見るうちに赤くなっていく。
彼女は胸中で自分を
「だが、お前のような青い果実を食らうほど飢えてはいない」
キルケは、胸をぐさりとえぐられるような感じがして、言いよどんだ。
「えっ……」
マサキは、勘違いしていた。
170を超えるアイリスやベアトリクスと違い、160センチにも満たないキルケの小柄な身丈。
彼は、キルケを14歳から15歳の子供と思って、扱っていたのだ。
「そこでだ、お前の本心を聞きたい。
嫌がる人間を連れて行くほど、
先程までの
「俺も
本当に俺と一緒に暮らすつもりなら、もう少し大人になってからでも、遅くはあるまい」
この男は、
そのことが、唐突にキルケの頭の中に浮かんで、にわかに苛立ちを覚えずに居られなかった。
言葉より先に、キルケの平手がマサキの頬に飛んだ。
「言っていいことと、悪いことがあるわ。
日本人が、こんなに失礼な人種だとは思いませんでした」
思いもしなかった令嬢の
「それとも、東ドイツの時のように、豊満な美女が誘いに来ると期待してたんでしょう。
私みたいな、痩せっぽちの貧相な娘が来て、ショックを受けた。違って?」
さしものマサキにも、返す言葉がなかった。
確かに、キルケの体つきは、貧相だった。
バストサイズは、恐らく80センチもないのは、一目見ただけで分かる。
アイリスディーナやベアトリクスよりも、肉付きは劣っていた。
あの90センチを超える豊満な
だが、水色のドレスに包まれた、彼女の体の起伏は、美しかった。
「あなたが何度もちょっかいをかけてきても、ダンスでペアを組んで踊るような愚は犯しません」
キルケは、マサキを
困惑する周囲をよそに、帰ってしまったキルケ。
呆然とするマサキの傍に、黒のタキシード姿の白銀が近寄ると、
「思いっきりたたかれましたね」
「ああ」
「でも案外、
何気なしに白銀が言った言葉に、マサキはかすかな胸騒ぎを覚える。
「どういうことだよ」
「嫌よ、嫌よ、も好きのうちと、申しますから」
「何、あのキルケという娘御は気取っていて、俺を叩いたのか」
「その線も捨てきれませんよ」
『以前、ユルゲンの妻・ベアトリクスは、俺の
ということはつまり……、この俺に
彼は心に、ベアトリクスの炎のように赤い瞳を浮かべながら、呟いていた。
「
まったく……惜しいことをしたものよ」
その言葉を聞いた白銀は、勘違いしてしまった。
マサキは、キルケに一目ぼれしてしまったと。
「その気なら、僕がいくらでも手配しますよ」
「フフフ、待たせた娘がいる身の上で、他の
この木原マサキ、そこまでは
そのマサキの言葉を聞いた白銀は、そそくさとその場を後にした。
白銀が引き上げたのを待つかのように、一人の男がマサキのそばに寄ってきた。
「のろけ話とは君らしくないね。木原君」
鎧衣はいつもの着古しのトレンチコート姿ではなく、黒い蝶ネクタイにタキシード姿だった。
「鎧衣。貴様、いつの間に」
太いドミニカ産の葉巻である「アルトゥーロ・フエンテス」を取り出すとマッチで火をつける。
「商工省貿易局*4の関係者と話をしていてね。どうしても君の手助けが必要だと」
それにつられたマサキもシガレットケースからホープを取り出すと、紫煙を燻らせる。
「東独の案件か」
「わが国の大手ゼネコンが、欧州進出の足掛かりとして……。
東ベルリンの再開発事業に、入札したくてね。
むこうの通産次官と、アポイントメントとを取ってほしい、と。
でも彼は政治局役員も兼ねてるから、警備の関係上、紹介がないと会えなくてね」
「通産次官……」
鎧衣の老練な話術に乗せられてしまったことに、マサキは今更ながら気づいた。
「まさか、アーベルか」
「ご名答」
おそらく、自分の知らないところで話が出来上がっている。
鎧衣はただ、伝えに来ただけだ。
こうなっては、もうどうすることも出来まい。
マサキは、覚悟を決める。
「ところで今何時だ」
「まだ20時だよ。夜会の本番はこれからさ」
欧州の夜会は、午前3時ごろまで夜通し続くのが慣例だった。
この際だ。ブレーメ家に電話するか。
おそらく電話口に出るのは、アイリスか、ベアトリクス。
久しぶりに、彼女たちをからかってやろう。
「電話はあるか」
「奥に行けば、プレス用の国際電話ボックスがあるが……」
善は急げだということで、マサキはその場を辞した。
電話ボックスに向かって、小走りで駆けていくとき、白銀とすれ違う。
「博士、こんな時間に、誰に電話するのですか」
「ちょっと野暮用でな。フハハハハ」
明るい灰色の軍服を着た集団といるところを見るとフランス軍か。
マサキは、白銀の方を向かずに、電話ボックスに急いだ。
さて、マサキといえば。
彼は報道ブースにある電話ボックスの中にいた。
そこから東ベルリンに国際電話をかけている最中で、ゆっくりとダイヤルを回す。
受話器を右耳に当て、ダイヤルが戻る音を聞きながら、緊張する自身に驚いていた。
前の世界を含めれば。国際電話など数え切れぬ回数をしてきたつもりだ。
それにゼオライマーから前線基地、他国の戦術機、敵機への呼びかけもなれたものである。
この世界は戦術機というロボットのおかげで軍事通信技術は超速の発展を遂げていた。
だが民間の電気通信技術は、まるで魔法にかかったかのように20世紀中ごろのままで止まっている。
東ドイツへの電話も交換手を通してではないと無理であり、いちいち東ベルリンにある交換局を通して、ミッテ区やパンコウ区といった住宅地や商用地につなぐ方式だった。
東ベルリン郊外にある幹部用高級住宅地、ヴァントリッツへの電話は予想以上に時間のかかるものであった。
複数の電話交換手をまたいだ後、やっと目的のブレーメ家に電話がつながった。
受話器を通じて入るわずかな雑音から、マサキは盗聴されていることに気が付いた。
一応、次元連結システムのちょっとした応用で、相手からの録音は出来ないようにしてはあるが、通話相手から話の内容は間違いなく書き起こされるであろう。
何を話すか、あらかじめ決めておくことにした。
この時代の国際回線経由の電話回線は、電話交換手を通じて、あるいは同一の回線から振り分けられたものを通じて盗聴が簡単にできた。
党幹部であるアーベルには、間違いなく護衛についている。
シュタージか、軍の特殊部隊『第40降下猟兵大隊』かは、問題ではない。
受話器を握る手が汗でまみれていくのを実感しながら、向こうからの応答を待った。
「もしもし」
低い男の声で呼びかけがあったので、マサキはドイツ語で返す。
「もしもし、木原だが……」
その瞬間、受話器の向こうでハッと息をのむ気配がした。
「アーベル・ブレーメを出してくれないか」
「……」
「いないのなら、アイリスか、ベアトリクスでも構わん」
軍人に任官後、国外勤務の多いユルゲンは、アイリスディーナのことを心配した。
自分が国外にいる間は、父の同僚、ボルツ老夫妻では心もとない。
だからブレーメ家に、最愛の妹の面倒を見るように頼んでおいたのだ。
これはベアトリクスとの結婚前からしていることであり、アイリスも納得済みだった。
また義父のアーベルと義母のザビーネなどは、妹を実の娘のようにかわいがってくれたのだ。
マサキはそのことをユルゲンから聞いていたので、あわよくばアイリスと電話ができると踏んで、このようなことを無理強いしてみたのだった。
向こうで咳払いをする声を聴きながら、だんだんといら立ってきたマサキは煙草に火をつけた。
紫煙を燻らせながら、少し強めに言い放った。
「護衛のデュルクか、だれか知らんが……こっちは国際回線でかけているんだ。
さっさと、アーベルを呼んで来い」
「さっきから聞いてはいるが、君がここまで無礼な人間とは思いもよらなんだ。
それに私の代わりに娘たちを呼び出そうとは何だね」
電話口の相手はアーベルだった。
マサキは、アーベルに軽くひねられたようなものだった。
流石は、30代で政治局員になる人物である。
役者が違うとは、まさにこの事だった。
「九時過ぎに電話をよこすにはそれなりの理由があろう。
まず、どんな要件なのか、言い給え」
アーベルは、マサキを冷たく突き放す。
「フフフ、アーベルか。最初からそう言えよ……。
俺はお前とこの国の通産省に関係のある話がしたくてな……」
相手が驚いている様子に、マサキはニヤリとほくそ笑んだ。
「ここでは邪魔者も多い。来週の木曜日……都合がつくか」
「……」
「まあ、とりあえず俺がベルリンに乗り込むから事前の折衝を頼む。
いつぞやの様に、国境検問所から入るのに2時間近く尋問されるのはたまったものではないからな」
最初の訪問の際は、国境警備隊の検問に対してけんか腰になってしまったのを思い出した。
チェックポイント・チャーリーで、鞄はおろか、ポケットの縫い目まで念入りに調べられたものだ。
あの時は彩峰や
「しかし、君は何を考えているのかね。夜の9時だぞ。
こんな時間に年頃の娘と電話しようなどとは、ふしだらすぎる」
アベールの勢いに
「アイリスに伝えておいてくれ。よろしくとな」
アーベルは、
「このたわけものが!」
電話越しに聞こえるを怒鳴る声から耳を離して、受話器を勢いよく本体に戻した。
そして会話は終わった。
全く、若い娘がいる家に電話をかけるのがこんなに疲れるとは思ってもいなかった。
今度、ユルゲンやアイリスに携帯電話方式の通信装置を作って、改めて渡すか。
電子部品を買ってきて、簡単なポケットベルの代わりでも作るか……
あるいはショルダーフォンでも準備して、アイリスたちに持たせるか……
ポケットに入る携帯式の電話を持たせるのもいいかもしれないが、盗難が怖い。
もし、人前で電話などをされたら、さぞかし目立つであろう。
一応、アイリスたちには次元連結システムを応用した指輪や首飾りを持たせている。
だが一向に使った様子がない。
思い返せば、彼女たちには、シュタージという送迎付きの護衛が四六時中、傍にいるのだ。
彼らを通せば、ほぼ100パーセント足取りがつかめる。
連絡手段に関しては、マサキは時代ということで後回しにすることにした。
どちらにしても、アイリスディーナは軍隊の中にいる。
休暇中*5のベアトリクスの様に家に行けば、簡単に、いつでも会えるわけではない。
簡単に会えぬとなると、諦めがつくどころか、かえって未練がわくのだ。
一目ぼれして、言いつのった娘だけになおさらだった。
『罠とはわかっていても、このまま引き下がれるものか』
目の前にアイリスディーナの美貌が浮かんでは消えて、狂おしい思いに悩む。
あの娘に再び会いに行けるのならと、マサキは頭に血を上らせ、一人興奮するのだった。
一言、頂けたら励みになります。
ご感想、ご意見お待ちしております。
マサキの恋愛路線に関する質問
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女と遊びながら、戦う
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色恋より戦闘描写
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別な原作ヒロインと逢瀬
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現状維持