冥王来訪(ハーメルン投稿版)   作:雄渾

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 マサキは、仏軍との朝食会で、とある人物と知己(ちき)を得る。
その際、科学者であるマサキが最前線に出ることを(いさ)められた。
マサキが戦う真意とは、如何(いか)に……


F5採用騒動 前編

 晩餐会の翌日、マサキは朝風呂を浴びていた。

そして、いつもとの片頭痛(へんずつう)とは違う、頭痛にひどく悩まされていた。 

 やはり、違う種類の酒を、まぜこぜに飲んだせいであろう。

日頃、酒を飲まない彼に、二日酔いの頭痛は堪えた。

 

 何より、西ドイツのキルケと名乗る少女との一時の逢瀬もあろう。

マサキにとっても、キルケのような娘は久しぶりに心を惹かれた女性である。

 初対面で平手打ちをされるなどと言う事は、彼にとっては、骨髄(こつずい)(てっ)するほどの、衝撃だった。

ベアトリクスに叩かれたときは、ゼオライマーに強引に乗せようとしたためであったので、自分が悪いのはよくわかっていた。

マライに煙草を進めたとき、嫌な顔をされたのも彼女が喫煙習慣がなかったためであるのを知って、納得していた。

 

 このキルケの(おそ)れを知らぬ態度に対して、興味を持たなかったかと言えば、うそになる。

確かに、あまり豊かではない東ドイツ人*1の標準的な身長のマライより小柄で、スリムな体系にショックを受けたのは事実だ。

彼女に男が近寄らなかったのは、背が低く、()せていて胸がないからではない。

あの老将軍の強面(こわもて)を前にして、(めと)りたいなどという勇気がなかったからではないか。

 

 さしものユルゲンですら、たじろいたであろう。

もっとも、あの男は自分の妻や妹を基準に、女を選ぶ(ふし)がある。

なので、背丈が低く、胸の小さいキルケは、まず見た目で除外されよう。

 思えば、マライも着痩(きや)せするタイプではなかろうか。

でなければ、巨乳(きょにゅう)好きのユルゲンと男女の仲にはなるまい。

 ユルゲンの確認を取らずに、わがものにしていれば……

マサキは、()しい事をしてしまったと、一人心の中で悔やんだ。

 

 

 マサキは、その様なことを思い悩みながら、たくましい青年の体に、熱い湯を浴びる。

「今日はゆっくり出来るんだろうな……」

脇で、彼の背中を流す美久に予定を尋ねた。

(さかき)次官と一緒に、フランス軍関係者と、食事の予定になっています」

「キルケとか言ったな。

あの娘と、遊び疲れたからと言って、断れ」

 思わず振り返ると、美久は一瞬言葉を失ったかのようになる。

「ええ、それは先方(せんぽう)には、あまりに無体(むたい)では……」

驚く美久にかまわず、ザブっと熱い湯を頭から浴びなおした。

 

 そのようなやり取りをしているとき、風呂場に入ってきた者があった。

護衛(ごえい)兼通訳の白銀(しろがね)は、大童(おおわらわ)で入ってくるなり、

「先生、10分で支度(したく)してください」と声をかける。

 

 湯気(ゆげ)が満ちていて、視界が奪われていたことは、美久には(さいわ)いだった。

咄嗟(とっさ)に、壁に掛けてあったバスタオルをつかむと両腕で体を(おお)い、奥の方に引っ込んだ。

 だんだんと湯気が晴れ渡ってきたとき、乳白色の裸身が浮かび上がる。

白銀は、自分のしたことを後悔(こうかい)した。

 耳まで赤くした美久の姿を一目見て、彼女から目をそむけてしまう。

「先生、20分差し上げますから早いとこ、すましてください」

赤裸(せきら)で椅子に腰を落としていたマサキは、ただただ苦笑するばかりであった。

 

 

 さて、マサキたちは、予定より30分遅れて朝食会の会場に来た。

大臣から苦笑され、榊と彩峰(あやみね)には侮蔑(ぶべつ)の目を向けられるも、いつもの如く不敵(ふてき)の笑みで返した。

 フランス政府関係者との食事は、北欧風の「スモーガスボード」と呼ばれるものであった。

冷たいハムやサラミ、塩や酢漬けの魚類。ぬるいコーヒーに、硬くすっぱい黒パン。

朝から並ぶワインに、ぬるい常温(じょうおん)のビール。

 それらはドイツでは当たり前で、朝晩とも、この「冷たい食事(カルテスエッセン)

朝食に温かい食事をとるのが当たり前だった、彼にとって非常に不満だった。

 

「しかし、冷えた食事を出すなど、支那(しな)だったら大喧嘩の元だぞ」

と心にある不満をぶちまけた。 

 

 マサキが前の世界で長くいた支那では、常に温かい食事が一般的だった。

市井(しせい)()ばかりではなく、軍隊でも同じである。

 支那兵たちは寒冷な気候も相まってか、冷えた食事を、伝統的に、極端に嫌った。

野戦でも(かまど)を作って、常に温かい食事を取った。

 そばがゆにしろ、麦の雑炊(ぞうすい)にしても温かければ喜んで食べた。

日本人の様に握り飯に漬物(つけもの)などでは決して口にせず、炊煙(すいえん)を気にせず食事を準備した。

支那事変の際、帝国陸海軍は支那人捕虜(ほりょ)の食事にも非常に苦労したものである。

 

 

 

 それに東洋人である自分が、北欧のゲルマン系の様に冷たい肉など食えば、体調を狂わせる。

産業革命の産物とは言うが、如何(いか)にドイツが貧しい国だったかを示す事例ではないのか。

 思えば、ドイツは貧しい国だった。

人口増加の著しかった中世において、ドイツは常に飢饉(ききん)に襲われていた。

また地方領主が税収の為、パン焼き(がま)や小麦を()く水車小屋の使用料が重くのしかかったのもあろう。

 その料金は、持ち込んだ穀物(こくもつ)の16分の1と、高額であった。

農民にとって、日々の生活に欠かせない(かま)石臼(いしうす)のために貴重な食料を差し出す。

文字通り、死活(しかつ)問題であった。 

 その為、パン焼きは週に一度から数か月に一回ほどに減らされて、水分を飛ばした硬く焼しめたものが好まれた。

今日、ゲルマン諸国で、シュロートブロートとして伝わるものである。

 

 

 マサキは食事をほどほどにして、暖かいコーヒーで唇を濡らすと、

「美久、後でアイリスに(めし)()(かた)でも教えてやれ。

俺は、こんな()えた飯ばかり食うて、病気にはなりたくないからな。

こんな暮らしをしていては、どんな男でも、()(ちが)うであろうよ」

 

 脇に座る美久は思わず顔を上げる。

薄く笑っているが、(ほお)強張(こわば)り、視線を斜めに下げるほどであった。

「あまり、皆様を困らせない方が……」

「お前の()いた麦飯(むぎめし)に、()(じゃけ)を載せた茶漬(ちゃづ)けなどの方がマシだ。

こんど永谷園(ながたにえん)即席(そくせき)茶漬け*2でも用意しておけ」

 美久の頬が、さっきより赤くなっていることに気が付いたが、あえて無視する。

(ひたい)に手を当てて、わざとらしく哄笑して見せた。 

「フフフ。そう()ねるな」 

そんな彼等の様を、彩峰は(にら)む勢いで視線を飛ばした。

 

 

 マサキが、けだるそうに煙草をふかしているとき、声をかける人物があった。

稀代(きたい)の知日家として知られる、フランス首相*3であった。

壮年(そうねん)のこの男は、若かりし頃、陸軍将校として勤務し、軍部に人脈があった。

また青年時代は、フランス共産党員でありながらハーバード大学にも留学するなどと、政治の世界を自在に泳ぐ優れた直観力の持ち主でもあった。

 

 濃紺のチョークストライプのスーツに、ベークライトの茶色い縁の眼鏡をかけた黒髪の男。

日本風に会釈(えしゃく)をした後、ゆっくりとした調子で語りかけてきた。

「ムッシュ*4・木原、どうして科学者のあなたが矢面(やおもて)に立たれるのですか。

天のゼオライマーというスーパーロボット、そして新型の機関、次元連結システム……。

あなたに、(まん)(ひと)つの事があれば……

この世界は、(ふたた)び、崩壊(ほうかい)危機(きき)(ひん)するのですよ」

 マサキは、通訳をする白銀の言葉を待たずに返答する。

彼に対して、ずけずけと自分の意見を言った。

「それは、この木原マサキという男が、つまらぬ科学者だからだよ。

ロボット工学の科学者だからこそ、遺伝子工学の科学者だからこそ。

俺はルイセンコの似非(えせ)学問で、近代科学を軽視したソ連社会主義が許せない。

BETAという宇宙怪獣に、40億の労働力が(むさぼ)られるのが、我慢(がまん)できない。

ただ、それだけの事さ」

 首相の眉が得心を見せると、マサキは、その問題をまだ語り尽していないように、

「それに」

と、急いで言い足した。

(だい)の男が、女子供を矢面(やおもて)に立たせて、後ろで研究開発なぞする振りをして(かく)れんぼをする。

実に、情けないではないか。

あのようなゴム製のスーツを着て、満足な稼働時間もない、薄ぺらな装甲板のロボットに()いた女性(にょしょう)を乗せる。

実に、(みじ)めではないか」

首相は、初対面の彼から、いきなりこれをいわれたので、つい目をキラと赤く(うる)ませてしまった。

「妻や娘が、仮にいたとしても、俺は差し出すような真似はせぬ。

場末(ばすえ)娼婦(しょうふ)でも着ない服を身にまとい、そんなガラクタで怪獣退治をさせるなど……

まったく、恥ずかしくて出来ぬわ」

と、マサキは声を上げて、笑い捨てた。

「男が勝負をかけるには、常に全力投球でなければならない。

BETAという怪獣退治は、100点満点のロボットでやらねばならない」

 そう話す、マサキは、自身に興奮を覚えていた。

「10点、20点と段階を踏んで、最後に100点などでは遅い。

ここぞというときに、救ってやらねばならぬ存在や守るべきものがあるのではないのか。

違うか」

マサキは、しんから言った。

「この世界の科学者どもは、時間をかけすぎる。

救うべき命や富、貴重な文化。国土や資源も失われてからでは遅い……

だから貴様らが救えぬようなら、この俺が地球ごと分捕(ぶんど)ることにしたのよ」

 

首相はマサキの話を聞いているあいだに「うむ」と、二度ほどうなずいていたが、

「ムッシュ木原、ではあなたは今の婦人解放運動(ウーマン・リブ)にも反対だと」

と、マサキは、彼のせきこむ語気をさえぎった。

「ああ、そんな事は、象牙(ぞうげ)の塔に住まう鴻儒(こうじゅ)どもの絵空事(えそらごと)にしかすぎん。

そもそも男女は、その成り立ちは脳からして違う。一緒には出来ぬ」

と、マサキがこのとき、婦人解放運動に()って男女平等を尊重する意志などはちっともない。

そんな語気を出したので、将校はみな彼へ疑惑の眼をそそぎかけた。

「人種もそうだ。白色人種、黒色人種、黄色人種……

筋肉量も違えば、脳の大きさ、特定の毒物の耐性、IQも人種ごとに異なる。」

しかし当のマサキは、そんな瑣末(さまつ)を気にしていなかった。

 

初対面だった首相は、このとき、マサキという人間に、一見、よほど感じたところがあったらしい。

「ムッシュ木原、よおく分かりました。

では、我らの話を聞いていただけますね」

「よかろう」

「わが国の航空機メーカー・ダッソーにおいて、開発された新型戦術機……

ミラージュⅢに、関してですが……」

そういって、彼の秘書官から資料を受け取る。

 

 

 欧州の陸軍国、フランスにおいて開発された、最新機ミラージュⅢ。

その機体は、F-5フリーダムファイターを元にした戦術歩行戦闘機の一種である。

 

 F-5フリーダムファイターに関して、ご存じではない読者もいよう。

ここで、改めて説明をしたい。

 1973年に始まった、BETA戦争における戦場の花形、戦術歩行戦闘機F-4ファントム。

この現代の騎兵は、ソ連機MIG-21に多大なる影響を与えた事がつとに有名であろう。

 だが、このF-4ファントムの電子戦装備や、高価格な機体。

生産能力を持たぬ自由陣営に属する諸国は二の足を踏んでしまった。

日本や英国、金満国である帝政イランともかく、後進国のパキスタンやエチオピアでは整備すら難しい。

共産圏と対峙する韓国、台湾、南ベトナムなどの国家への配備も進めなくてはいけない。

 

 事態を重く見た米国政府は、急遽(きゅうきょ)ノースロック*5社で開発を進めていた練習機に着目する。

新人衛士の訓練機であるT-38タロンを基に新型機を採用し、世界各国に特許情報を公開した。

 その機体こそ、F-5戦術機である。

17.3メートルと小型で軽量な機体は、欧州戦線で高く評価され、フリーダムファイターの名を得た。

 

 木原マサキが、F-5フリーダムファイターを初めて見たとき、その姿を(なげ)いた。

50メートルを(ゆう)に超え、総トン数500トンの機体と比べると、あまりにも貧相(ひんそう)だった。

自身が作った八卦ロボと比して、跳躍力も飛行時間も短く、バランスも悪い。

 またマサキ自身が、この世界に来て初めて見た戦術機。

それは、MIG-21の兄弟機であった、人民解放軍の殲撃(せんげき)8型であった。

 そして一番深く触れた機体は、F-4ファントムのライセンス品である激震(げきしん)である。

帝国陸軍での正式採用機であった為に、いろいろとノウハウを得られたのも大きい。

 

 度々かかわらざるを得なかったのは、MIG-21バラライカであった。

ユルゲンの対BETA戦闘データを得る観点からも、ソ連の暗殺隊から降りかかる火の粉を払うにも。

ソ連赤軍の正式採用機、MIG-21バラライカの研究は、必要だった。

 

 故に、海のものとも山のものとも知れない、F-5フリーダムファイター。

この機体に関しては、好きになれなかったのだ。

 

 

 

 フランス語の資料を一瞥(いちべつ)したマサキは、わざとらしく嘆いて見せた。

「装甲板が薄すぎる。俺の求めるものではないな」

「ムッシュ木原。

でもあなたは、米海軍が採用を目指しているF14の開発者、ハイネマン博士にお会いになったばかりではありませんか」

男の質問に、マサキもいささか(あわ)てた。

「俺は、あの男と話をする前に、レバノンで火遊びをした。

ニューヨークに帰った後、そのまま、ボンに来てしまったからな……」

 男は、マサキの話をじっと聞いている風だった。

叱責(しっせき)の一つでも、言われた方がどれだけ楽か。

重苦しい無言に押しつぶされそうだった。

「ただし、ダッソーとの研究ノウハウは俺も欲しい。貴様らとの関係も続けたい。

既存のジェットエンジンから、レイセオンのエンジンで強化する案などは気に入った」

 男は感情の読み取れない目でこちらを見た後、微笑を浮かべて、手を振った。

「では、後日。

パリの首相府において、またお目にかかりましょう」

と、早々にいとまをつげて、部屋へ返っていった。

 

*1
1970年代のドイツ人女性の平均身長は165センチ。2010年代の統計だと168.3センチ

*2
永谷園の茶漬けは1952年に今の元となる『江戸風味 お茶づけ海苔』が発売されていた。今日の製品名になったのは1956年以降である

*3
ジャック・ルネ・シラク、1932年11月29日 - 2019年9月26日

*4
Monsieur.仏語で紳士全般に対する敬称。もとは閣下や領主を指し示す言葉であった

*5
現実世界のノースロップ。1939年から1994年に存在した航空機メーカー




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マサキの恋愛路線に関する質問

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  • 色恋より戦闘描写
  • 別な原作ヒロインと逢瀬
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