「今日は霧は出てないな」
鉱夫達からの依頼を受け、ヒズミは再び未知の樹海へ訪れていた。
前回と違うのは、今日は霧が薄いのと、同行者が鉱夫達ではなくリーフとキルリカ、ハートであるという点だ。
「もしかしたら、目当ての古龍はいないかもね。なんと言ったっけ、オオ……オオノヅチ……?」
ヒズミのぼやきに、キルリカは武器の点検をしながら応える。
「オオナズチだニャ。……そもそも、古龍なんていないと思うけどニャァ」
リーフは大口を開けて欠伸をする。今回のクエストの目的は未知の樹海の調査、そして安全の確保だ。もし何かしらのモンスターがいるのであればその撃退もクエストの目的の範囲内だが、鉱夫達の仕事道具の回収くらいにしか思っていないのか、完全に気が抜けきっている様子だ。
「分からないですよ。古龍は生息域がとても広いと聞きますし、狩場では何が起こるか分かりませんから」
ハートは持ってきたアイテムを携帯ポーチに移しながら言う。実際、未知の樹海と称される各地のフィールドでは古龍の目撃情報も複数あるという。古龍と出くわす可能性もゼロとは言えない。
「そういえばハート、メデーからあの本借りて読んでたけど、何か書いてあったか?」
あの本とは、メデーがオオナズチの名を出した時に持ち出してきた古い本のことだ。
ヒズミがハートの携帯ポーチの中を覗き込むと、普段の狩りに持っていくような回復薬などの他に、薬草、アオキノコ、トラップツールなどの調合素材まで揃っているというハートの几帳面な性格が伺える中身だった。そしてそこからハートはふたつのアイテムを取り出した。
「解毒薬とウチケシの実?」
ハートの読んだ内容に興味を示したのかキルリカとリーフも集まって来ていた。
「はい。水を吐くだとか、毒を吐くだとか、そういった記述を見つけました。……一貫性が無くあまり信用出来る情報じゃないかも知れませんが、用意するに越した事は無いかと思いまして」
解毒薬とウチケシの実をしまいながら「お守りみたいなものですけどね」とハートは笑う。
もし本当にオオナズチがいる可能性があるのならば、ハンターランクの低いヒズミ達はクエストを受けさせて貰えるハズがなく。つまり、ヒズミ達がこの場にいる事こそ、このフィールドにオオナズチがいないという証拠とも言える。それ故に「お守り」なのだ。
「まあ、ともかく。今回のクエストは一応調査と、鉱夫の仕事道具の回収だな」
ヒズミは立ち上がるとクエスト内容を確認する。ポーチに押し込んでいた地図を広げると、キルリカ達も立ち上がって覗き込む。リーフは背が足りず見えないのか、ヒズミの肩に登ってきた。
「前回道具を落としたのは、確かここだ。このエリアの中央辺りにある岩の近くだ」
ヒズミはベースキャンプから二つ目の広場を指す。この地図は通路と広場が記されているだけの大まかなものなので岩の有無までは書かれていないが、このエリアに入ればすぐに分かる筈だ。
「みんな、準備は良いか?」
「はい」「勿論」「完璧ニャ!」
ヒズミの問いかけに各々の言葉で答える。
「よし、じゃあ出発!」
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「あれ、おっかしいなぁ……」
ヒズミはベースキャンプでしまった地図を取り出してうんうん唸る。ヒズミの記憶ではこのエリアが仕事道具を落とした場所のハズ。しかし、いくら探してもあの時近くにあった岩はどこにも無かった。
それを冷ややかな目で見つめるのは、キルリカとハートとリーフ……全員だ。
「
「やっぱりアテにならないニャァ」
「慌てていたなら覚えていなくても仕方がないですよね」
「お、おれの味方はいないのか……!?」
そう落胆しながらも辺りを見渡すヒズミ。しばらく目を凝らしていると、何かを見つけたのか一団から外れてエリアの中央付近へ走る。
「あ!あった、あったぞ!」
飛び跳ねて喜ぶヒズミが手に持っていたのは、まさに探していたピッケルやスコップなどの道具だった。
「まさか本当にあるとは……」
駆け寄ってきたキルリカが感心したように言う。
「でも、道具を落とした時には近くに岩があったんだもんニャ?」
リーフの言う通り、岩があったことは間違いない。ヒズミだけでなく鉱夫達も見ていた事だ。
「確かにこの辺にあったんだけどなぁ……見間違いじゃないよなぁ……」
ヒズミが首を捻っているとハートが地面を撫でる。
「ここの地面、なんだか不自然ですね。まるで耕されたように柔らかい……」
イャンクックがクンチュウを掘り返しただとか、そんな範囲ではない。それこそ大きな岩が丸ごと掘り返されたかのような…………。
何かを掴みかけたその瞬間、エリアの端の方で何かが動いた。
「何だっ!?」
全員が振り向いた。視界の端で動いた何者かを捉えようと辺りを見回すが、そこにあるのは大きめの岩くらい。おかしい物など一つも……
「岩……?」
ハートの呟きに全員が武器を抜く。
あんな場所に岩があるのはおかしいのだ。なぜならこのエリアに入った時、
左右に視線を向ければ三人と目が合う。互いに頷き合うと、キルリカを先頭にしてにじり寄る。周囲に不審なものはなく、せいぜいオルタロスが列をなしている程度。
その時、不意に岩が
「見たかい?」
キルリカが振り向くと三人はすぐに頷いた。あれは岩ではない。
「多分……バサルモスというモンスターです」
ハートが口にしたモンスターの名は、ヒズミも聞いたことがあった。
岩竜バサルモス。岩のような外殻を持ち、岩に擬態して獲物を待ち伏せする生態を持つという。
昔噂話を聞いた程度だが、それが今目の前にいると言うのか。
「おそらくですが、今バサルモスは私達に気付いていません。仕掛けるなら今です」
モンスターが無防備でいる隙は貴重で、ハートの言う通りこれを逃す手は無い。
「……とはいえ、どうやって攻撃するんだ?」
岩と見まごう甲殻は見るからに硬そうで、ヒズミやリーフの武器では弾かれるのがオチだろう。ハートの狩猟笛で打撃ダメージを与えればあるいは……?と、そこまで考えた所でキルリカが自慢げにアイアンガンランスを掲げる。
「もう忘れたのかい?ガンランスの竜撃砲を」
「そうか、それなら!」
ガンランスに備えられた必殺の機巧、それが竜撃砲だ。飛竜のブレスを元に設計されたその一撃は、どれほど堅牢な甲殻だろうと防ぐ事は出来ない。
「少し離れていたまえ」
三人が距離を取ったのを確認すると、キルリカは露出しているバサルモスの背中に銃口を向けて竜撃砲発射用のレバーを引く。
──ゴオォォ──
吸気音と共に銃口に火焔が集束する。本来デメリットたる集束時間も、物言わぬバサルモス相手には気にもならない。
「発射ッ!!」
瞬間、耳をつんざく爆音がエリアを支配する。一拍遅れて熱気が襲い、それと同時に地面が揺れた。
「ゴォアァァッ!?」
「これがバサルモス……ッ!」
そう口にしたのは誰だったか。全員の間に緊張が走る。
「グゥゥ……ゴォォァァァ────ッッッ!!」
咆哮。左右に首を振り、より広範囲を威嚇するようなそれに、その場の全員が動きを止める。
「ッ!来るぞ!」
キルリカの声を受けてバサルモスに注意を向ける。
咆哮の後、バサルモスは姿勢を低く構え、そのまま突進する。キルリカのみバサルモスの近くにいたため盾でガードしていたが、他の三人は直線上から逃れる事が出来た。
「キルリカ助かった!」
ヒズミの言葉にキルリカは盾を掲げて応えると、すぐにバサルモスに意識を戻す。
岩竜の名の通り見るからに堅牢そうな甲殻だが、他のモンスターと同様に筋肉の動きの激しい場所、即ち腹部は、比較的柔らかいはずだ。
「ならっ!」
ヒズミはバサルモスの腹の下へ潜り込む。
「せやぁぁああッ!!」
抜き放った骨刀【豺牙】を振り抜きざまにそのままバサルモスの腹部を切りつければ、ガリガリと岩を削るかのような嫌な感触が太刀を伝い腕を伝う。
「かっ……たいな!」
ヒズミ扱う骨刀【豺牙】は極めて切れ味の高い武器とは言えないものの、通常モンスターの鱗や甲殻程度なら刃が通る筈だ。しかしこのバサルモスには、例え比較的肉質の柔らかい腹部であったとしても、表面を削る程度の威力しか発揮しないようだ。
「本当に岩みたいだ……」
とはいえまるで歯が立たない訳では無い。削る程度だとしても刃は通っているし、やはり背部などと比べれば圧倒的に甲殻は薄い。それに甲殻同士の隙間も大きく、狙うのは容易いように思える。
今は都合よくバサルモスが脚を止めており、甲殻の隙間を縫って切りつけるのは簡単だった。
「幾ら岩竜って言っても、甲殻の隙間を付けば関係ないなッ!」
「グオォゥ」
先程の咆哮とは違い弱々しい鳴き声だ。この攻撃が効いてる事に安心を覚えると、思考を完全に攻撃をすることに向ける。
視線は甲殻の隙間だけを捉え、連続で繰り出す太刀筋はそれを面白いようになぞる。集中力が高まり、太刀筋が冴えて行くのを感じる。
だがそれが良くなかった。
「ヒズミさんっ!離れてっ!」
声に反応し前を見れば、バサルモスの頭部を殴りつけていたはずのハートがバサルモスから距離をとった場所にいる。
攻撃か、そう気付いた時には遅かった。バサルモスの上体が持ち上がったかと思えば、視界に赤いモヤがチラつく。心做しか暑いような───
「グオォォォ────」
プシューーー───
バサルモスの低い鳴き声と共に、突如体が炎に包まれたかのように熱くなり、視界が真っ赤に染まる。いや、実際に包まれたのだろう。チリチリと焼ける音が自分の背中から聞こえ、金属製のインゴットシリーズはこれでもかというほどの熱を持っていた。
「あっつ!熱っ!」
火山で採れる鉱石を使用し作られたインゴットシリーズは高熱を受けても融解する事は少ない。が、それはそうと金属製なので熱の伝達が速く、着用者への熱によるダメージは大きい。
「水、水……!あった!」
このエリアには運良く小川が流れていた為、ヒズミはそこに頭から飛び込む。
じゅう、と水が蒸発する音が聞こえたかと思えば、装備に籠った熱が下がる。チリチリと聞こえていた何かの焼けるような音も収まり、ヒズミが立ち上がる頃には攻撃を受ける前と同等の温度に落ち着いた。
「一体なんなんだ今のは……」
インゴットヘルムのスリットを跳ね上げ回復薬を口にする。バサルモスは離脱したヒズミの事は気にも留めず、頭部を攻撃されたことに怒りを覚えたのか今度はハートを追っているようだった。
「眺めてる場合じゃないな」
空になったビンを放り投げてヒズミも戦線に復帰する。
こちらに尾を向け、ハートを狙っているバサルモスの尻尾に抜刀斬りを食らわせる。尻尾も腹部同様、可動域を制限しないためにかあまり甲殻は厚くないようだ。
今度は入れ込み過ぎないように、バサルモスの様子に注意を払いながら太刀を振るう。
バサルモスは突進や転がり攻撃など、自重を活かした攻撃を多く扱うようだ。そういった攻撃は移動を伴うため、攻撃の度に距離が空いてしまったが、バサルモス自体は鈍足なので追いつくのには苦労しなかった。
問題はその威力。突進、転がり攻撃のどちらもがバサルモスの重量により一撃必殺の威力を持つのだ。幸い、今のところは誰もまともに攻撃を喰らっていないものの、巻き込まれ、粉々に砕け散った倒木がその威力を教えてくれた。
「キルリカ、狙われてるぞ!」
「突進来るニャ!」
忠告を受けたキルリカは即座に武器をしまって横方向に駆け出す。会敵当初のように盾で受け流したりはせず、安全に突進の進路から逃れる。盾で受け止めると、頭部の激突は防げてもその後ろの脚に踏み潰されてしまう可能性があるからだろう。そうなれば堅牢な盾は、寧ろ自分を押しつぶす壁となってしまう。
「助かった!」
キルリカはヒズミとリーフに礼を言うと、すぐにバサルモスに駆け寄る。
突進により距離が開いてしまったヒズミとリーフ、ハートも同様に距離を詰めようとするが、足を止めているバサルモスの様子がおかしいことに気が付いた。
「キルリカさんさっきのです!」
「早く逃げるニャ!」
ヒズミは違和感を感じただけだったが、二人は何が起こるのか心当たりがあるようだった。キルリカも何の事を言っているのか分かったようで、展開したばかりのガンランスをすぐさま折り畳み、再び距離をとる。
「グオォォォ──」
バサルモスの腹の隙間から赤いモヤのようなものがチラつく。そこまで見ればヒズミにも心当たりがあった。
上体を起こし、大きく鳴いたバサルモスの腹部から、多量のガスが噴出する。ジュワ、と地表の水分が蒸発する音が聞こえ、ヒズミは先程自分が喰らった攻撃が、この高温ガス攻撃なのだと理解した。
突進、転がり攻撃、高温ガス攻撃、どれも注意を払っていれば避けることはそれほど難しく無い。しかし一撃一撃は重く、攻撃に集中し過ぎて回避が遅れれば致命傷は免れない。
「厄介な相手だな……」
「せめてあの堅牢な甲殻さえどうにか出来れば良いのですが……」
隙を見つけて攻撃しても甲殻に弾かれては意味が無い。何かしらの方法で甲殻を破壊する事が出来れば、攻撃も容易くなるだろう。
現在バサルモスの視線はキルリカを離れ、固まっているヒズミ、ハート、リーフに向けられている。突進で距離を詰めてくるだろうか、それとも距離を詰めてから攻撃をして来るだろうか、出方を伺っているとバサルモスは上体を大きく仰け反らせる。
「見た事ない動きですね」
咆哮にも似ているが、咆哮の時はあれほど大きく仰け反ったりはしなかったはずだ。ではガス攻撃か、いや、先程見たものとはどこかが違う。ヒズミはどうとでも動ける姿勢を取りつつ、バサルモスの動向に注視する。
次の瞬間、目に飛びこんできたのは体の側面を掠めるする赤い光線。続いて音と熱、衝撃がヒズミを襲い、一歩遅れてヒズミは横に転がる。
「ッ!なんだ今の!?」
体勢を立て直した時には、バサルモスの口から放たれた熱線は威力を失い、だんだんと収束して消えていた。遠く離れていたためか、それとも照準を定めるのが難しいのか、ヒズミの当たった部分は腕装備のわずか一部に過ぎないものの、それでも十分過ぎる程の威力で、ヒズミの腕には高熱と強い衝撃の余韻が残っていた。
「熱線です!火山などに棲むモンスターがよく使用すると聞きますが……こんなにも恐ろしいものなのですね」
バサルモスの熱線により周囲の空気は熱されたが、ハートは冷や汗をかいている。ヒズミ程では無いにしろ、間近を熱線が通過したのだ。リーフに至っては地面に潜ってしまったのか姿が見当たらない。
「このまま距離を開けておくのも危険かもしれないな」
熱線という強力な攻撃方法がある事を知った以上、距離を開けてばかりもいられない。やはり接近して攻撃の合間にダメージを積み重ねる堅実な手段が正解か──。
「一旦退却ニャ!」
思考を巡らせていると、後頭部を軽い衝撃が襲う。振り向けば、リーフがドロスネコネイル手にこちらを見上げていた。
「退却って、どうして」
「突破方法を見つけたニャ!話すから一旦ベースキャンプに戻るニャ!」
「本当か!?」
リーフが頷くのを見ると、ヒズミはすぐに声を張り上げる。
「おーい!突破方法がある!一時撤退だ!」
ヒズミの声を聞き、キルリカとハートが振り向く。二人とも武器をしまうと、キルリカは真っ直ぐこちらへ、ハートはペイントボールを投げつけてからこちらへ駆け寄る。そういえば、遭遇してからペイントボール投げていなかった。
急に折り返したハンター達に驚いているのかバサルモスからの追撃は無く、無事に退却することが出来た。
「それで、突破方法っていうのはなんだい?」
ベースキャンプに戻り、休憩を取りながらキルリカが尋ねる。
「これを見るニャ」
そう言ってリーフが取り出したのは赤色の草とキノコ。
「火薬草とニトロダケ……なるほど爆弾を作ろうと言う訳か」
「確かに、爆弾を使えば堅牢な甲殻があろうと関係なくダメージを与えられますね」
「それだったら、こいつも必要だな」
ヒズミはベースキャンプの隅に転がっていた大タルを持ってきて、リーフの目の前にドン、と置く。
「その通りニャ!オレはもうちょっと火薬草とニトロダケを探してくるから、三人は調合をお願いするニャ」
リーフはアイルーなので他の三人ほど器用ではない。特に今回は、爆薬という危険物の調合なのでより慎重になっているのだろう。
「調合でしたら私に任せてください!」
ハートが自信ありげに胸を叩く。反対の手には調合書が二冊も抱えられている。調合書は重くそれなりの荷物になるため、狩猟中はベースキャンプに置いておくにしても狩場に持ち込む者は少ない。しかし表紙の擦れたハートの調合書は、狩りの度に持ち込まれているであろうことが伺えた。
「それとリーフさん、追加で探してきて欲しい物があるのですが……」
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「いたぞ。まだこっちには気付いてないな」
ベースキャンプでの調合を終え、再びバサルモスのいるエリアへと戻ってきた一行。武器も研ぎ直し、万全の状態での見敵だ。
「にしても、よくトラップツールなんて持ってたニャぁ」
そう呟くリーフが手にしているのはシビレ罠。先程ハートに頼まれて採ってきた雷光虫と、ハートが持参していたトラップツールを組み合わせて作った物だ。
「落とし穴とシビレ罠そのものは置いてきたんですけど、トラップツールはいつもアイテムポーチに入っているのがそのまま入ってたんです」
今回のクエストの本題はあくまでも調査。出発当初は大型モンスターとまともにやりあうなどと考えていなかったため、罠自体は置いてきてしまったのだろう。
「それじゃあリーフ、頼んだぞ」
「ニャ!」
元気よく返事をすると、リーフは素早くバサルモスの足元に忍び寄る。アイルーならではのすばしっこい動きに、バサルモスはリーフの接近に気付けないでいるようだ。
「よし、おれ達も行くぞ」
ヒズミは大タル爆弾がふたつも乗った荷台を慎重に引きながらバサルモスに近付く。その後ろにキルリカとハートが続く。距離が縮まれば当然バサルモスがこちらに気付く。もう一度仕切り直しと言うかのように咆哮を上げようとするバサルモスだったが、その前にヒズミはリーフにアイコンタクトを取る。リーフは小さく頷くと、手にしたシビレ罠を即座に設置、起動した。
「グォァッ!?」
シビレ罠は起動するや否や放電を始める。放たれた電流はバサルモスの足に、体に絡みついて動きを止める。
「今だっ!」
ヒズミは荷台を押して駆け出す。間違って大タル爆弾に衝撃を与えてしまわないように慎重に、しかしながら可能な限りの最高速で。
「ハートっ!」
「はいッ!」
大タル爆弾をバサルモスの腹の下まで運ぶと、ヒズミは反転し、全速力で離れながらハートを呼ぶ。
ハートが担うのは大タル爆弾の起爆。ここで失敗すればここまでの作戦が水泡に帰す。そう考えるとペイントボールを握りしめる手が震えるが、それを抑えて投擲する。
ハートの手を離れたペイントボールは弧を描く。
パスッ───
「失っ、敗した……!?」
ペイントボールは大タル爆弾ではなく、狙いを外れてバサルモスの翼に当たる。着弾地点からピンクの煙が吹き上がるが、そんなものはダメージにならない。
すぐに次のペイントボールを取り出そうとポーチを探るが、焦って上手く探せない。今触っているのはペイントボールか、それとも回復薬のビンか?早く、早く見つけないとシビレ罠の有効時間が来てしまう。そうなれば折角の作戦が台無しになる。焦れば焦るほど見つからず、見つからなければ見つからないほど焦る。
「落ち着けニャ!」
悪循環に陥るハートの足を、逃げてきたリーフが引っぱたく。
「り、リーフさん……」
「一旦深呼吸ニャ。焦っちゃダメだニャ」
リーフは大きく深呼吸をしてみせる。ハートもそれに習って深呼吸をすれば、幾分か気持ちは落ち着いた。
「ありがとうございます」
「んニャ。起爆は頼んだニャ!」
冷静になったハートは新たなペイントボールを取り出し、もう一度バサルモスを見る。身体中にまとわりついていた電流はもはや足元に僅かに残るばかりで、シビレ罠の効力も長くない事は明白だった。
大きく息を吐くと、もう一度ペイントボールを投げつける。
狙いは十分。再び放たれたペイントボールは一直線に突き進み、狙い通り大タル爆弾に着弾する。
──ドガァァァン──
シビレ罠が破壊されて爆ぜるのと、大タル爆弾が起爆するのは同時だった。
「グオォォォァァァッッ!?」
離れていても伝わる爆風と熱波。至近距離で喰らえば、さしもの岩竜といえどもひとたまりもない。爆炎の中から現れたバサルモスの腹は、甲殻が剥がれ落ち肉がむき出しになっていた。
「よっしゃあ!」
「これなら攻撃が通りやすいね!」
「良かった……!」
「畳み掛けるニャ!」
四人が息巻いたのも束の間、バサルモスは地面に潜ってしまう。
「逃げたか……」
「ま、それだけ痛手を負わせられてるって事ニャ!」
「ペイントボールの匂いを追いましょう」
ペイントボールの匂いを追おうと意識を集中させていたキルリカが何かに気付いて動きを止める。
「この方角……狩場の外だね……」
ヒズミも地図を取り出して確認するが、確かに匂いがする方向は狩猟の認められている区域の外だ。
「じゃあ一旦引き上げるニャ?」
「そうですね、追跡は不可能ですし……」
「あ、その前にこんがり肉食べて良いか?お腹すいちゃって」
狩猟の疲労にモンスターが去った安堵も乗ったのだろう。ヒズミの腹がグゥと鳴る。
「ま、モンスターもいないし、少し休憩してから行こうか」
キルリカからの賛同を得られたところでヒズミは肉焼きセットと生肉を取り出す。
「あれ、上手く付かないな」
カチッ、カチッと火打石を叩く音が響くが、燃料が湿気ているのか中々火が付かない。
「霧が出て来ましたね。火、付きますか?」
ハートの言う通り、周囲には霧が漂い始めた。そのせいで燃料も湿気てしまっているのだろう。
「あ、付いた」
何度目かの試みでようやく火が付いた。火力を上げ、生肉を置く。
「ふん ふふん ふふふ ふん ふふん〜♪」
ヒズミはこんがり肉の歌を口ずさみながらくるくると生肉を焼く。じゅうじゅうと肉が焼け、いい匂いが辺りに漂う。
「上手に焼けましたー!」
ヒズミが掲げたこんがり肉の焼き具合は完璧。周囲にいる三人もヨダレが垂れる程だ。
「美味そうだな。ボクにも一口くれよ」
「あ、私も食べたいです!」
「じゃあオレにもくれニャ!」
「お前ら寄って集ってッ……!」
そう言いながらもこんがり肉を差し出すヒズミ。
「ま、いいか。一口だけだぞ?」
「分かってるよ。いただきまーす!」
ヒズミが差し出したこんがり肉にかぶりつこうとするキルリカ。しかし、その口は空を切った。
「ちょっと、意地悪しないでくれよ」
「意地悪ってなんのこと……ってあれ、こんがり肉は!?」
いつの間にかヒズミの手からこんがり肉が消えていたのだ。
「お、おれのこんがり肉がない!」
刺さっていた骨ごと消えているため、キルリカが一口で食べたなどという可能性はない。
周囲を見渡してもどこかにこんがり肉が落ちているなどと言うことはなく、まさしく「忽然と姿を消した」という表現が似合う。
「そ、そういえば、メデーさんからお借りした本に『オオナズチは肉食で、こんがり肉を盗むこともある』と書いてあったような……」
ヒズミとキルリカが不安げな表情でハートを見つめる。
「ニャんだかとてつもなく霧が濃いニャァ……」
リーフの言う通り、先程よりも更に霧が濃くなり、近くにいるはずの仲間の顔を認識するのが精一杯だ。
「ま、まさか本当にオオナズチがいるのか……?」
「……オオナズチがいるかどうかはともかく、迷ってしまう前に帰ろう。こんなに霧が出ているなんて状況は見たことがない」
この地に慣れ親しんでいるはずのキルリカですら見たことの無い異常現象に戸惑いながらも、四人はゆっくりとベースキャンプを目指す。
その時、不意に
「なんだ、今の……?」
もう一度見ても何もいない。ヒズミは武器に手をかけ、辺りを見渡す。前、何もいない。左右、仲間達。後ろ───
「ゲゲッ!」
「に、逃げろーっ!!!」
四人は一目散に駆け出した。
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「ハンターさん達遅せぇなぁ」
酒場で待っていた鉱夫の一人がぽつりと呟く。最初のうちこそ「ハンターさんに任せとけば大丈夫!」と酒を野んでいた鉱夫達だったが、様子を見に行っただけのはずの一行が長時間帰ってきていないことで酒を飲む手が止まっていた。
「も、もしかして本当に古龍が出たんじゃ……!」
「バカヤロウ!縁起でもねぇこというんじゃねえ!」
このやり取りをするのも三回目だ。とはいえ心配な気持ちはメデーにも分かる。現在未知の樹海に危険なモンスターが生息しているという情報は入っていない。モンスターの生息状況の変動とはそう短期間で起こるものではなく、そのためヒズミ達四人でも無事調査を完遂出来るであろうと踏んでいた。もし想定外の事態が起き、四人が帰って来なければ、その責任の一端はメデーにあるのだ。
お願いだから無事に帰ってきて欲しい……酒場の誰もがそう願っている頃、そんな願いを吹っ飛ばすように、酒場の扉が蹴破られてヒズミ達が転がりこんでくる。
「ハンターさん!」
「よく無事で帰ってきてくれた!」
口々に四人の帰還を喜ぶ鉱夫達。しかし四人は一切気にせずメデーに詰め寄る。
「な、なんか!なんかいたんだ!!」
「霧が尋常じゃなくって!」
「でもニャんもいニャかったのニャ!」
「こんがり肉が気付いたら無くなってて!!!」
「み、みんな一旦落ち着きなさい!?」
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
深い霧の立ち込めた樹海で、霞の龍は愉快と笑った。何せ久々に狩人達に遭遇したのだ。
龍は狩人が好きだった。特に狩人と竜が争う様子は、龍の知る限り最も面白いものであるとすら考えていた。
今度はどちらが勝つだろうか。狩人達か、それとも岩の竜か。
生物的な力量で言えば、狩人達が岩の竜に勝てる道理はない。しかし、彼らは道具を扱う。強靭な肉体を持たない彼らは薬で身体能力を引き上げ、炎も雷も吐けない彼らは草や虫から自らの扱える炎や雷を生み出す。そして竜の牙や爪を鍛え上げ、研ぎ澄まされた己の牙とするのだ。狩人達はそこがいい。そのままでは貧弱な人間が、竜の鱗を奪い、牙を奪い、命を奪う。なんと感動的な事だろうか。
今度も面白い争いを見せてくれ。そんな龍の思いとは反対に、狩人と岩の竜の争いには決着がつかなかった。岩の竜が逃げたのだ。
折角良いところだったのに……そうだ、狩人達にちょっかいをかけてみようか。久々に遭ったのだ。少しくらい戯れても良いだろう。
龍は姿を消して近づく。何やらいい匂いがする。肉を焼いているのか。中々美味そうだ。
ぺろり、と龍は舌を伸ばして肉を奪う。美味い。龍は自分では肉を焼けない事を少し残念に思った。
それより狩人達の様子だ。肉が無くなったことで慌てているようだ。そのうちの一人が龍を見つける。龍はその様子の面白さに笑い声を上げたが、狩人達は怯えた様子で逃げ去って行った。
やはり狩人達は面白い。また次に遭える時を楽しみにしていよう。
龍は狩人から奪った肉に付いていた骨を吐き捨てると、しじまの向こうへと去っていった。
今話もお読みいただきありがとうございました。
4Gのパッケージ裏の、オオナズチがこんがり肉を奪おうとしてるシーン好きです。
次話もよろしくお願いします。