技術の発展は著しい。2xxx年、人類は人格の電子化まで可能になっていた。

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幸せに見える恋路

◆幸せに見える恋路

 

 ゆっくりと、香夏(かなつ)が目を開く。寝ぼけ眼で数回ぱちぱちと瞼を上げ下げした後、カサカサの唇が開き、かすれた声が出てきた。

 

「あれ、別府(べっぷ)くん?」

「・・・おう」

 

 聞きなれた声。しかし、その声では最近は聞かなくなったワードが出てくる。

 ああそうか。彼女はまだ、俺のことを名字で呼んでいたのか。

 ポケットのスマホが震える。

 

「すみません今日はもう帰ります。とりあえず無事目が覚めたようなので。後の説明は頼みます」

「・・・・わかりました。きっとこの事件は、容易に受け入れられるものではない。君もしばらく気持ちの整理をする時間が必要だろう。今日はもう、やすみなさい」

「はい。ありがとうございます」

 

 俺は医者に礼を言い残し、逃げるように病室を出た。きっと後ろを振り向けば困惑して首をかしげる彼女がいる。彼女が俺を呼び止める声が聞こえた気がした。そんな彼女から逃げるように俺は家に帰った。

 スマホを開く。

 

「なにやってるのさ、明助(あけすけ)くん。だめじゃん。きっと彼女、心細いはずだから、一緒にいてあげないと」

 

 聞きなれた声。しかし、いつもと違って震えた声。

 

「なに、やってんだろな、俺。本当にどうしたもんかね・・・」

 

 そう、半ば独り言のような返答をすると、スマホの中の夏香は困った風に笑った。泣きそうな顔にも見えた。

 

 

 

 第四次IT革命が起きてから二十余年。人格の電子化技術が発展し、今まで金持ちの娯楽であったフルダイブ、つまり脳を直接機械に繋げる技術の提供価格が大幅に下がり、一般に受け入れ、世界中で文字通りの「インターネットの住民」が急増した頃、俺と夏香は高校三年生だった。夏香の家は貧乏で、このままでは大学進学は厳しいらしかった。

 

 だから、夏香は電子化することになった。国が奨励する電子進学制度というやつだ。

 電子化すれば、現実世界に残った肉体の冷凍維持費はかかるものの、家賃や食費などの生活費はかからない。さらに、電子進学制度の恩恵として、教科書などの学術関連の書籍は電子媒体のものに限り無料で閲覧可能であり、普通に生活する分にはほぼ金がかからないそうだ。

 当時、夏香とはまだ付き合っておらず、彼女の名前も、名字にさん付けで「下本(しももと)さん」なんて呼んでいた俺は、深く考えずに彼女の進学を喜んだ。

 

 特異な生活を送る夏香を支え、課題関係で夏香に助けられたりするうちに、俺たちは自然と付き合うことになった。その後は、彼女は俺のスマホに文字通り住み着くようになった。俺のプライバシーは気づかぬうちに風解した。

 かなり特殊な関係ではあったものの、俺たちは仲を深めていった。彼女がスマホだけでなくパソコンにまで侵入してきたり、誕生日と名前を組み合わせただけの単純なパスワードのことごとくを彼女に破られ秘蔵フォルダを見られたり、彼女を目覚まし代わりにしていたらある日裏切られ大寝坊することになったり、大喧嘩の末にお互いにグロ画像を見せ合って双方ダウンしたりと、まあ色々なことがあって、三年の月日が過ぎた。

 三年だ。体感はあっという間だったが、それは過ごした日々の濃度の濃さ故。その年月は彼女と俺の関係のほぼ全てといえるものとなっていた。

 

 だから、あの日のニュースを前に、俺は何をどうすればいいのかを完全に見失った。

『不正電子化の発覚』

 どのニュースサイトでもデカデカと報じられたそれによると、夏香も利用したヒューマンデジタラゼーションサービスを行っていた会社の不正が発覚したらしかった。なんでも、この会社のサービスを受けた人の一人が現実世界の肉体に戻った際に不具合が起こり、そこから芋づる式に問題が発覚したらしい。

 問題となったのは、この会社の「人格の電子化方法」。法律で定められた、脳の情報をそのまま電子化する手法ではなく、記憶をもとにした学習によって人格の再現をする手法をとっていたらしい。俺が四年間関わってきた彼女は、彼女の記憶から彼女の行動を正確に再現したプログラムであり、感情の一つも持ち合わせていないというのだ。

 俺の彼女は海賊版だったのだ。

 

 

 

 スマホ越しに見える彼女は、ただのデータの塊であり、彼女によく似た機械であり、偽物であり、俺と三年間過ごしてきた彼女だ。

 過ごした時間と思い出の量は、間違いなく偽物の方が多い。むしろ、今頃病院でリハビリに励んでいるであろう本物の方は、高校でクラスが同じだっただけの他人だ。

 

 画面越しの彼女は苦しそうだ。どういった行動をとればいいのか分からず、戸惑っているように見える。この三年間、思い出の中の彼女は表情豊かで、泣いて笑って怒って笑って、総じて幸せそうに見えた。そういうふうに、見えていただけだったらしい。

 

 どうしようか。ただのデータに過ぎない偽物の彼女なんかとっとと捨てて本物の彼女との恋を始めるか。思い出にすがって偽物を愛し続けるか。そんなことは正気じゃないと言う人もいるだろうし、世間の考えは「偽物に価値などない」というのが一般的だ。だが、ここ三年間の記憶がない、ほぼ他人である彼女とまた一から恋愛をやり直すのもまた、正気でないだろう。

 創作物のキャラクターを本気で愛する人は、案外多い。「公式」が定める「設定」で作られた「キャラクター」は、当然作り物であり実態もなければ、感情なんてない。いやまあ、「設定上」はあるのだが。そんな人たちも、きっと正気じゃないのだろう。そもそもこの世界は、あまりに気まぐれ過ぎて、正気で生きるのに適していない気がする。

 

 もう、いっそのこと二股してしまおうか。

 

 ・・・・。

 

 ・・・・・・・・。

 

「・・・・・・・・・・はぁ」

 

 部屋にこもって悩んで悩んで、出てきたのはため息一つ。昔から、何か壁にぶつかったら一人で悩んで一人で解決してきた。しかしながら、今回に限っては満足のいく解決策は思い浮かばなかった。ただ、あっているのかも分からない、落としどころのようなものしか出てこなかった。

 まあ、そもそも、正解なんてものは初めから存在しないのだろう。そうであってほしい。

 

「うあぁぁぁ・・・はぁ」

 

 Google翻訳も翻訳不可能なうめき声を上げながら立ち上がり、またため息を吐く。

 俺は冷蔵庫からゼリー飲料を取り出し、エネルギーをチャージしてから、財布とスマホとUSBメモリだけを持ってジャージのまま家を出た。去り際に鏡に映った必死な自分の顔を見て、思わず笑ってしまった。

 

 行く先は件のクソ会社だ。

 

 

 

「なあ、夏香。今、パソコンにいるよな。ちょっと付き合ってもらうぞ」

 

 ここ数日、俺に顔を合わせてくれていない電子の方の彼女に声をかける。返事はないが、画面を開けば体育座りでうつむく彼女がいた。

 いよいよ、この事件に落としどころをつけなければならない。俺はクソ会社に無理やり作らせたデータが入ったUSBメモリを自宅のパソコンに差し込んだ。

 

「・・・・え」

 

 久しぶりに夏香の声が聞こえてきた。

 画面の向こうには、驚く彼女と笑う俺がいた。

 

 USBメモリの中に詰め込まれたものの正体は、俺が自分の記憶から作り出した電子の俺だった。状態から制作方法まで「彼女」とまるっきりお揃いだ。

 

 人間に良く似たプログラム同士の、非効率極まりないディープラーニングだ。

 目には目を歯には歯を。散々悩んだ挙句の果てにたどり着いたオチは、そんな紀元前からある単純極まりないものであった。

 

 彼女たちには感情なんてないのだという。しかし、表情はある。人間のように動いて喋って笑って泣くのだ。だから、笑ってもらいたい。

 

 これは俺のエゴに過ぎないが、自宅のパソコンの数パーセントの容量と月100円以下の電気代で自己満足ができるなら、俺はそれでいい。

 残念ながら、俺は本質を見抜く眼も、本物いがいを無価値と切り捨てる勇気も持ち合わせてはいなかった。だから、俺から見える彼女には幸せでいてほしいのだ。

 

 

 

 さて、液晶の向こうで新しく生まれた俺と同じように、現実の中でも俺はまた、新しく恋を始めなければならない。

 

 ベッドの上でこちらを見る彼女は、突然下の名前で呼ばれ驚いているようだった。

 懐かしさを感じながら、俺は口を開いた。出てくる言葉は奇しくもあの日とほぼ同じ、君を支えたいだのなんだの、臭い言葉ばかりだった。

 

あなただったらどの選択肢を取るか

  • リアルの彼女と恋をやり直す
  • 電子の彼女と引き続き恋をする
  • 電子の彼女ともリアルの彼女とも付き合う
  • 電子の彼女ともリアルの彼女とも別れる
  • 主人公と同じ選択をする

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