貴女と共に輝きたい 作:Wisteria
一万円札と共に残された直人は後悔をしていた。
「連絡先、忘れてた。ああ、綺麗な人だったな……帰るか」
そう呟いて会計を済ますと踵を返した。
§
直人はアメリカ製のL字ソファに横たわり少し前のことを思い出していた
舌打ち混じりで何かを呟きながら大の字になりつつ眠ろうとした時、妹であるしのぶの手が額に触れる。
「熱は無さそうだな。そんな顔を真っ赤にしてどうしたんだ?」
「ん、や、なんでもない。心配させてすまんな」
「こんな些細なことで謝る癖直した方がいいだろ。だから直人は色んなやつに舐められるんだよ。もうちょっと自己中にな……」
「いつも言ってるだろ? 嫌われるよりは舐められる方がマシだって。嫌われるとマジ辛れーし」
「昔のこと思い出すのも禁止! ウジウジすんな!」
「……しのぶに話すんじゃなかった」
「あ、ごめん。そういえば顔赤かったけど何があったんだ?」
「いやー、別に? 何も無いよ。散歩して体温上がってただけ」
顎と頸の間を擦りながらそう騙る直人。しのぶそれを見てピクリと反応した。家族だからなのか、それともただの女の勘か。直人の言動に疑問を抱き問い詰める。
「ダウト。毎回散歩って言ってるけど本当か? もしや好きな女でもできたとか?」
「ちげーし! な、な、何言ってんだよ!」
「ははーん、成程。で、どんな女なんだ?」
「だからちげーって。……まあ、その、多分年上の人なんだけど。一目見て綺麗だなって。話しかけてみたらすっごく優しい人で、その人といるとなんかすっげぇ安心するんだよ。しのぶと一緒にいる時……とはちょっと違うけど」
騙されんなよ、と告げるしのぶ。『また』と言わなかったのは彼女なりの気遣いか、それともただの無意識か。それを知るのは彼女だけである。
先の楽器店を改めて訪れる直人だが彼女の姿は見えなかった。その次の日も、その次の次の日も。それから1週間の過ぎた日のこと。直人がそこに向かう途中の道で彼女を見つけた。だが彼女は1人きりではなかった。いかにもといったチャラ男2人組に迫られていたのである。直人は少しづつ近付き、ギリギリ声が聞こえる場所で立ち止まり耳をそばだてていた。
『姉ちゃんよォ〜? オレらと遊ぼうぜ、な?』
「だからさっきから友達と予定があるので……」
『じゃあさ、そのトモダチ? 待って一緒に行こうよ』
さおりの面倒くさそうな態度と強ばった声、そして怯えた顔を見て直人は動き出した。さおりに近寄り彼女の腕を掴んだのである。驚いた顔をしているさおりを横に直人は2人組に不敵な笑みを放った。
『連れってオトコかよ、チッ』
男達は負けゼリフを吐いて遠ざかっていった。ほんの数秒のことだったがさおりの表情の変わりようより面白いものは無かっただろう。
ふと我に返った直人は自分がさおりの腕を掴んでいることに気付いて急いで手を離した。そして先程さおりの言っていた事を思い出す。
「お友達と予定、あるんですよね。あと、変な事しちゃってすみません。変な奴ら追い払うためだと言えど嫌だったですよね」
「いやいや! そんなことないって。気を使ってもらって申し訳ないんだけど友達っていうのは咄嗟に出た嘘っていうか、なんというか」
バツが悪そうに喋るさおり。それでさ、と話し続けた。
「またお茶しない? こないだはすぐ帰っちゃったし。そのお返しも兼ねてさ」
ここでNOと言えないのが男の性である。それを読み取ったのか、沈黙を肯定ととらえたか。さおりは直人の腕を引っ張っていく。
「改めて、さっきはありがとう。なんでも頼んでいいからね!」
「いえいえ、そんな。あ、そういえばこの間さおりさんが置いていってくれたお金です」
奢る奢らないの押し問答を繰り返しながらしばらく雑談をして時間を過ごす2人。堂々巡りの会話を断ち切ったのはさおりだった。さおりは連絡用アプリを起動させるとスマートフォンを直人の方へ差し出した。
「あのさ、これ私の。登録してほしいな」
「もちろんです! えっと、じゃあ今度会う時はこれで約束できますね」
「へぇ、またデートのお誘いしてくれるんだ」
ガシャン、と派手な音が鳴る。直人の持っていたティーカップが机の上に落ちたのだ。慌てふためくさおりだが、中身は少量だったようで直人の服を濡らすことはなかった。数秒後、我に返った直人が倒れたティーカップに手を伸ばすが机の上の水溜まりは既に干上がっていた。
「そ、そんなつもりで言ったんじゃなかったんです?! そんな気は無くて……」
「分かってるって。アワアワしてる直人くんの顔おもしろかったな〜」
少しふざけた様子で揶揄うさおりを拒否しない直人は未だに頬を赤く染めている。
「あっ、そうだ。私が迷惑かけちゃったから奢るってことにしてくれない?」
「迷惑だなんて……でも今日はご馳走になります」
「じゃあもうそろそろお店出よっか」
レジの前に行くと定員が駆け寄ってきた。二人を見ると顔に笑顔を覗かせ話を始める。
「今カップル値引きっていうのをやっているのですが、そちら利用されますか?」
淡紅色の頬を維持していた直人の顔はやかんが煮詰まったような様子でその色を濃赤色に変えていった。一方でさおりはその様子を面白がりながらイタズラをする子供のようにこう言った。
「そうだよね
直人の腕に自分の腕を絡ませていくさおり。直人にさおりから発せられたアドリブに返す術はない。更に頬の色を濃くしていく。
「彼氏さんとても初心な方なんですね。可愛らしいです」
「そうですよね、ピュアで可愛いんです
「あ、あはは、はは……かれ、かれし、彼氏はは……」
「じゃあお値段──────」
「これで、ちょうどですね。美味しかったです」
「またのご来店をお待ちしております」
「ほら行くよ直人」
そう言い直人の手を引いていく。この程度の刺激ならもう慣れたのか、さおりの彼氏発言からまだ立ち直れていないだけなのか。その真実は知られることなく遠く彼方へ進んでいった。
今回の話、いかがだったでしょうか。さおりって少し調子に乗ってサディスティックになるところ可愛いですよね。
そのうち本編に出す要素でもあるのですが、現時点ではさおりは大学一年生。つまりまだMerm4idは結成されていません。そこのところはご理解を。