HFルートの途中でもし士郎がキャスターを助けていたらというお話 作:ふりかけ@木三中
『彼』との出会いは彼女にとって奇跡であり、運命であった。
女の名前はメディア。
神話の時代に裏切りの魔女と呼ばれた女。
死したのちに彼女は聖杯戦争という儀式にキャスターという役を与えられ招かれた。彼女を喚んだ人物は実にくだらない男で、くだらない魔術師で、くだらない主人であった。
だから彼女はその男を殺して逃げ出した。あの男を主人と呼び従うぐらいなら逃げる方がマシだったから。
それが例え、主を失ったサーヴァントは現世への楔を失うと分かっていてもだ。
誤算だったことは、暗殺の直後に狙いすましたかのようにランサーの襲撃にあったことだ。何とか逃げ延びることはできたが現世に留まるための魔力をすっかり使い果たしてしまった。
そうして彼女は力尽き、逃げ延びた薄暗い林の中で、冷たい雨にその身を晒しながら、ただ一人消滅の時を待っていた。
自らの運命を呪いながら、くだらない男達に利用された生前の人生とくだらない男にしか出会えなかった此度の人生を悔いながら。
空を見上げる。
これから消えゆくちっぽけな存在のことなどまるで気にも留めないように、雲の切れ間からは月は眩く輝いている。
その時、がさりと音がした。
ぼんやりとした意識のまま彼女は宙を見る。
「―――そこで何をしている?」
雨音が降りしきる中、重く静かな声が響く。
傘をさし、黒いスーツを着た男がそこに立っていた。
月に照らされ、雨粒にうたれながら2人の視線が交わる。
男はただ表情のない顔で女のことを見ていた。
―――そうして彼女はその夜、『運命』に出会ったのだった。
◇
「宗一郎様……」
月明かりに一人静かに照らされながらポツリと彼女…… キャスターは、自らの主の名を呟く。
その言葉には確かな親愛の情が込められていた。
あの雨の夜、消滅しかけていたキャスターを救ったのは実に奇妙な男であった。
名は葛木宗一郎。
彼は血まみれで倒れていたキャスターを自分の住まう寺へ保護をした。
明らかに怪しい彼女を助けただけでも彼の異常性が分かるが、それだけではなく魔術や聖杯戦争についての話を聞いた時も淡々と受け入れて、ただそうなのかと頷くだけであった。
そんな彼だからこそ彼女は彼をマスターと認めたのかもしれない。
裏切りの魔女と蔑まれてきた自分を、ただありのまま受け入れてくれた彼だからこそ。
この戦争、絶対に私が勝ってみせる……彼を勝たせてみせるわ。
見回りのため寺の回廊を歩きながら、彼女は決意を新たにし、改めて現状を確認する。
現在の経過は順調だ。
聖杯戦争は対魔力を持つサーヴァントが多く、魔術を扱うキャスターのクラスは不利だが状況は彼女に味方している。
現在の根城である柳洞寺は魔力を集めるのに適した場所だ。すでに街中に根を張り人々から魔力を吸い取り始めている。
さらに、この場所にはサーヴァントでもそう簡単には超えることのできない結界が存在しており、唯一の出入り口である山門にはアサシンのサーヴァントを召喚し守護させている。
まさに鉄壁の布陣だ、実際に1度バーサーカーの襲撃を受けているが撃退に成功している。他の参加者たちの中には柳洞寺の異変に気づいている者もいるのだろうが、そうそう手を出すことはできないだろう。
そして、その他の陣営についての情報も集まりつつあり、すでに全てのサーヴァントの能力はおおよそ分かっている。
アーチャーの真名や、ライダーとランサーのマスターが未だに分からないことが気がかりだが、それよりも注目すべきはセイバーとそのマスターについてだろう。
おそらく彼女……セイバーの正体はかつて騎士たちを統べ黄金の剣を振るったというアーサー王に間違いない。
彼女のことは魔術で監視していた、召喚からランサー、アーチャー、バーサーカーと立て続けに戦い、その中で見せた圧倒的な強さ。対称的に日常の中で彼女が見せる初々しい愛らしさ。
欲しい……彼女を手中に収めることができれば戦力としても自身の目の保養としても大変有意義なものとなるだろう。
幸い、セイバーのマスターは魔術師として三流もいいところ、素人に毛が生えた程度の腕前のようだ。セイバー自身には対魔力によって魔術が通じない可能性はあるが、彼女をマスターから奪うことはそう難しくないだろう。
もう少し魔力が貯まれば仕掛けるとするか、頭の中で策を練りながらニヤリと唇を釣り上げる。
その時――
「…………アサシン?」
門の守りを任せているはずのサーヴァント、アサシンの気配がフッと消えた。
いや、厳密に言うと消えたのではない、何か全く別のものへと変質していく。
なにか――異変が起きている。
何者かの攻撃か……?
だか、すでに掌握下にあるこの柳洞寺で私に気づかれずに接近することなど……
突然のことに混乱した頭で考える。
「ッ……宗一郎様!」
守るべき主の名を呟き、その居所を探る。
敵の正体は分からないが、何らかの攻撃を受けているのは間違いない。
現状の考察よりも、とにかく今は一刻も早く彼の保護を――
瞬間転移のために魔力を集める、大気中だけでなくこの柳洞寺に住まう人々からも。恐らく生命力を吸われた彼らは衰弱し昏睡することになるだろうが、今はそんなことは大した問題ではない。
敵と戦闘になる可能性がある以上、主を守るための手段ならばどんな卑劣なことにも手を染めよう。
それが例え、魔女と誹りを受ける行為であっても。
主の気配を頼りに空間を転移する。
跳んだ先は柳洞寺の本堂、中央に鎮座する仏像の前に男は立っていた。
「……マスター、どうやら敵襲を受けているようです。ひとまず私のお側に……」
主の姿を見つけ、ひとまずは安堵しつつ背を向けた彼の近くに歩み寄ろうとする。
しかし……
「マスター……?」
何か様子がおかしい、彼はキャスターの声に反応もせずに夢遊病患者のようにただ、ぼうっと突っ立っている。
「マスター、聞こえているので――」
問いかけるキャスターの声が途中で途切れる。
振り返った彼の目を見てしまったからだ。
どろりと濁った瞳、それはまるで既に死んでいるかのようで――
「っ…………!」
自らの迂闊さに歯噛みする。
彼の胸、心臓の辺りから僅かに感じる魔力。
呪いか使い魔の類か、とにかく彼の体は既に蝕まれていた。おそらく昼に彼が学校とやらに行っている際に仕掛けられたのだろう。
やはり、彼を一人で行動させたのはうかつだった。完全に自身の判断ミスだ。
「………………」
動揺に手先を震わせながらも実体化させた短剣を手に取る。
自身の象徴である宝具、契約破りの短剣。
『破戒すべき全ての符』
彼女の魔女としての在り方を表した宝具は本来ならばあまり使いたいものではない。だが、今だけはその能力に感謝する。
大丈夫、この宝具ならばまだ彼を助けられる。
呪いさえ解ければきっと、大丈夫、大丈夫。
そう自身に言い聞かせ、恐怖にカチカチと歯を鳴らしながらもマスターの下へとゆっくりと踏み出す。
その瞬間――――視界が赤く染まった。
「えっ…………?」
何が起きたのか理解できない、思わず呆けた声を上げてしまう。
ビチャビチャと音を立てて赤い液体が舞う。
見れば彼の胸が内側から何かに食い破られたように弾け飛んでいた。
そして彼女の守るべきマスターは、マスターだった肉の塊がぐちゃりと崩れ落ちる。
「ソウ……イチロウ……サマ?嘘よ、こんなの……こんなのは何かきっと悪い夢を……」
こんなのは嘘だと、悪い夢だと呟く。
しかし彼から流れ出した血の赤色と肉の匂いが、いやでも現実なのだと知らしめる。
「……………」
もはや言葉も失い立ち尽くす。
何故、私は彼を1人にしてしまったのか。
何故、私はずっと彼のそばにいなかったのか。
何故、私は彼を巻き込んでしまったのか。
何故……こんなことになってしまったのか。
私はただ貴方と――
後悔は尽きず、しかし時が戻ることはない。
血にまみれ短剣を持ったまま、魔女は呆然と彼を見つめる。
そして――
「キャスタ――貴様、主に手をかけたな……!」
彼女の前に、終わりをもたらす騎士が現れた。
葛木先生が殺される流れは原作では詳しく語られておらず、漫画では臓硯に蟲を仕込まれて、アニメではアサシンにやられてと言う感じでそれぞれ微妙に違うので今作では漫画準拠にしています。