HFルートの途中でもし士郎がキャスターを助けていたらというお話 作:ふりかけ@木三中
「桜、夕ご飯できたんだけど起きてるか?」
家に帰った後、少し時間は早いが夕食を作り、桜を部屋まで呼びに行く。
「…………」
だが、待てども返事が返ってこない。具合が悪くてまだ眠っているのだろうか。
「桜、寝てるのか?入るぞ」
念のため何回かノックしてから桜の部屋に入る。
「桜…………?」
桜は眠っているわけではなかった。
ベットから上半身だけを起こして、目を瞑っている。気分が悪いのかと思ったが、どうにもそう言う雰囲気じゃない。
「…………」
まだ俺が部屋に入ってきたことに気づいていないのか、桜が小さく、しかし深い呼吸をする。背筋はキレイに垂直に伸ばされ、手は伸ばした膝の上で組んでギュッと握りしめられている。
静かな緊張感に包まれたその姿はどこか、弓道場で弓を引く桜の姿を連想させた。
「ふぅ…………と」
そこでようやく、桜が目を開けてこちらを見た。
「わっ!先輩、いつの間に部屋に入ってきたんですか!」
やはり俺のことに気がついていなかったようで、桜が驚きの声を上げる。
「いや、つい今しがたご飯ができたから呼びに来たんだけど……声かけても返事がなかったから……」
「あっ……もうご飯の時間ですか、すみません。ちょっとボーっとしてて先輩の声が聞こえてなかったみたいです」
桜が慌てたように謝ってくる。
別にそれはいいんだが、さっきのはボーっとしてたというより瞑想でもしてるかのように見えたんだけど……
「さぁ、先輩ご飯冷めちゃいますよ。早く行きましょう」
桜が取り繕うように言うと、パタパタと足音を立てて居間に向かう。
まぁ、とりあえず熱のせいで意識が朦朧としてたとか言うわけじゃなさそうか……そんなに気にすることでもないだろう。
そう考え、俺も桜と共に居間に向かうのだった。
◇
夕食をセイバー、キャスター、桜の三人と共に食べる。
桜は熱が引いてきて食欲も出てきたのかパクパクとおかずを食べている。
「んー、やっぱり先輩の料理は美味しいですね」
「確かに、中々の味つけね。下ごしらえも凝っているようだし」
桜の言葉にキャスターが同意してくれる。
キャスターの好みの味は分かってなかったが、気に入ってもらえたのなら何よりだ。
「そういえば……キャスターさんって料理とかできるんですか?」
その桜の問いにキャスターが一瞬、ピシリと固まった気がしたが、俺の気のせいだったのか余裕溢れる表情で桜に答える。
「え……えぇ、まぁ……それなりにはね。女の嗜みだもの、当然よ……」
「さすが、キャスターさん。料理も上手なんですね」
桜が何やら憧れの視線をキャスターに送る。
ふぅん、キャスター料理できるんだ、今度作ってもらおうかな。
「キャスターさん、得意料理とかあるんですか?できたら食べてみたいなぁ」
「ま……まぁ気が向いたらそのうち作ってあげるわよ。そのうちね」
キャスターと桜がそんな会話をする。
桜は割と人見知りするタイプだが、キャスターとは既に打ち解けてきているようだ。
まぁキャスターが家に住み始めてそれなりの時間がたつしな。キャスターが桜を看病した時も何やら話をしたと言ってたし、その時の影響もあるのかもしれない。
何にせよ仲が良いのは良いことだ。
そんなことを考えながら夕食を食べるのであった。
◇
美味い飯に温かい風呂。しばしの休息を満喫した後、セイバーと共に道場へ向かう。
いつもは夜中に魔術の特訓をしているのだが、まだ魔術回路が形成されたばかりだからキャスターに今日は止めておくようにと言われてしまった。
かと言って、戦争中なのだからのんびり休んでいるわけにもいかない。少しでも生存率を上げるためにセイバーから剣術の特訓をうけることにしたのだ。
「よし――いくぞ、セイバー」
竹刀を握りしめて、セイバーと対峙する。
セイバーは美しい姿勢で竹刀を持ち、自然体な構えで俺の攻撃を待っている。
「ハッ――――!」
渾身の力を込めて、セイバーに打ちかかる。
だが――
「うわっ!」
竹刀の切っ先がセイバーに近づいたところで、ひらりとセイバーが身を翻す。
当然、刀は宙を切り、俺の体も前につんのめる。
その隙を逃すはずもなく、セイバーがポンと竹刀を俺の体に打ち込む。
それほどの威力はなかったが、俺が攻撃しようとしていた勢いも合わさっているため中々に痛い。
「甘いですね、シロウ。攻撃に注力する余り、防御が疎かになっています。前にも言いましたが、これは相手を倒すための特訓ではなくシロウが生き延びるスベを学ぶための特訓です。攻撃一辺倒では意味がない」
「それは分かってるけどさ……やっぱり、一発も入れられないっていうのは悔しいじゃん」
ここまでで既に何度か打ち合っているが、未だに俺の攻撃はセイバーの体にかすりすらしていない。
セイバーは、人間がサーヴァントに敵わないのは当然であり、攻撃ではなく防御や逃走だけを考えろと言うが、やはり少しぐらいは反撃してやりたいという気持ちがある。
「セイバーってやっぱり剣術得意なんだよな?」
「えぇ……まぁ、生前には私よりも技量が上の騎士もいましたが、私の技もそれなりのものであるとは自負しています」
「それじゃあさ……俺みたいな奴でも簡単にサーヴァントを倒せる必殺剣とかあったりしないのか?」
何とは無しに聞いてみた俺の言葉に
「…………」
セイバーの表情が氷のように冷たくなっていく。
「いや……ごめん、今の無しで。冗談だ。そうだよな、そんな簡単にサーヴァントを倒せるわけ――」
「冗談?例え冗談であっても今、シロウは安易にサーヴァントを倒せる必殺剣があればいいなどと考えたのですよね」
静かな……しかし、どこか底冷えするようなセイバーの声。
おもわずスゴスゴと正座してしまう俺。
そして――
「ふざけているのですかアナタは――!そんな必殺剣など欲しがってどうするのです!!」
セイバーの怒号に耳がキーンと唸る。
「そのような都合の良い技などありません。仮に奇策などを用いても大きな技量の差のある相手にはむしろ付け入る隙を与えるだけです。だいたい、何度も言いますが今のシロウではサーヴァント相手はもちろん、他のマスターにも勝つことは難しい実力なのですよ!まずは逃げることを優先に考えなければいけないというのに、例え冗談であってもサーヴァントに簡単に勝つ方法が無いかなどと尋ねるなど――――」
「分かった、分かってるよ。確かに今の質問は軽率だった。サーヴァントが危険だってことも、俺の力不足もよく分かってるつもりだ」
なんとかセイバーに一撃でも入れたいと思って聞いてみたのだが、確かにそんな都合の良い必殺剣なんてあるはずはないか。
先程の打ち合いでも俺なりにフェイントや不意打ちは仕掛けてみたのだが全く効いていなかった。
俺とセイバーの技量の差という問題もあるのだが、それ以上にセイバーには未来予知じみた直感があるからだろう。
もし、セイバーを倒せるとすればバーサーカーのようにガードの上からでも圧倒するほどの怪力を持つか、あるいは予知していてもなお、躱せないほどの技量を持ってセイバーを凌駕する必要がある。
当然、俺にそんな芸当はできない。
あり得ない仮定ではあるが、もしセイバーと本気で殺し合うことになったとしても俺の技量では彼女に勝つ確率は万に一つもなく、まず間違いなく無様に地面に転がることになるだろう。
やはり、今はただ基礎を地道に磨いていくしかないか……
「はぁ……変なこと聞いて悪かったな。特訓を再開しよう」
「……とりあえずは諦めて貰えたようですが、どうにもシロウはサーヴァントという存在の脅威が分かっていないようだ。今日はそれを存分に分からせてあげましょう」
「…………お手柔らかに……お願いします」
そうして打ち合い……というよりもほとんど俺が一方的に打ちのめされながら、特訓の時間は過ぎていった。
◇
士郎達が特訓を重ねているのと時を同じくして、別の場所で闇に紛れながら策を練る者がいた。
「ふむ……少し面倒なことになったな」
間桐邸地下。
蟲達が蠢くその場所で老人――間桐臓硯は1人思案を重ねる。
「よりにもよってキャスターがセイバー達に与するとは……儂の計画が破綻しかねん……」
計画に誤差が生じたのはセイバーのマスター、衛宮士郎が原因であった。
3日前の夜。
キャスターのマスターを殺し、偽りのアサシンを触媒として真のアサシンを召喚したところまでは順調であった。
残りのキャスターの始末はセイバー達に任せ、自身はキャスターが消えた後に柳洞寺の地を乗っ取ろうかなどと今後の算段を立てながら成り行きを見守っていた。
初めは目論見通り、セイバーとキャスターの戦闘が行われた。
しかし、トドメをさせるという段階になって衛宮士郎は何を血迷ったのか令呪を使ってまで戦闘を中断し、キャスターに救いの手を差し伸べてしまったのだ。
結局、柳洞寺の乗っ取りは不完全なまま終わり、さらにキャスターはセイバー達と行動を共にするという結果となってしまった。
「完全に神殿を乗っ取ることはならなかったが、柳洞寺とキャスターのリンクは途切れておる。今ならばキャスター自身の戦闘力は大したことはない……慎二に遊ばせているライダーを使えば対処は容易じゃろう。しかし――」
しかし――問題はキャスターの戦闘能力ではなくその知識だ。
神代の魔術師として卓越した魔術の技能と知識を誇るキャスター。
聖杯のカラクリやその中に潜む『この世全ての悪』の存在、この戦争の裏で暗躍している者がいるということも恐らくすでに気づきはじめているだろう。
そして何より――現在、衛宮邸にいる孫娘のことが気がかりだ。
間桐桜。
第4次聖杯戦争における聖杯のカケラを埋め込み、10年に渡り間桐の秘術を体に刻み続けた彼女はついにマキリの聖杯として開花しつつある。
しかし、その目論見もキャスターが桜の近くにいるとなればご破算となりかねない。
念のため、桜の体内には特別な蟲を埋め込んでいる。
長き時を経て桜の肉体と物理的に接続されているそれは、いかなキャスターと言えども簡単に取り除くことはできないだろう。今すぐに桜の中に巣食う蟲達をどうにかするということはできないはずだ。
かといって、時間をかければ解呪される可能性も十分に考えられる。
であるならば、こちらもあまり悠長にコトを静観しているという訳にも行かなくなった。
「少し――シナリオの順序を変える必要があるかの」
そう静かに呟くと老人が動き始める。
自らの思うがままに戦争を進めるために。
あの夜――衛宮士郎が魔術師のサーヴァントに救いの手を差し伸べたことで、少しずつ、しかし確実に物語は変わり始めていた。