HFルートの途中でもし士郎がキャスターを助けていたらというお話 作:ふりかけ@木三中
「坊や、体の調子はどうかしら?」
朝飯を食べていると、キャスターがそう問いかけてきた。おそらく、昨日の魔術回路の形成の後遺症なんかがないか聞いているのだろう。
「あぁ、もう痺れも完全に引いたし、痛みなんかも全然ないよ。これなら魔術の特訓も問題なくできると思う」
「それならいいわ、夕方にでも特訓を始めることにしましょう」
今日も学校を休んで、昼は剣の夕方は魔術の特訓をするつもりだ。
桜もまだ少し熱があるようなので学校は休ませるが、部屋で大人しく眠っているし魔術の特訓なんかをしてもバレることはないだろう。
「今日は何やるんだ?昨日みたいに暗示とかへの抵抗を鍛えるのか?」
「いえ、そちらは基礎を身に着けるのは簡単だけど極めるとなれば難しいし、昨日言った通り、感覚を時折思い出しておくことで少しでも抵抗力を高めるという方法をとりましょう。今日はそれよりも戦闘用の魔術なんかについてね」
戦闘用の魔術か、サーヴァントを治癒したりだとかキャスターがやっているような炎を出したりと言ったものだろうか。
「うーん、坊やにはあまり、治癒や自然系の魔術の才は無いように見えるわね。少なくとも私の師事があってもこの聖杯戦争の期間中で身につきはしないでしょうね」
そう……か、長年俺なりに魔術の特訓をやってきたけど強化と投影以外からっきしだった。
でも、キャスターに教われば他の魔術も使えると思ったんだけどな……
「そう、しょげないで頂戴。全く新しい事に挑むよりは今まで行ってきた投影や強化を伸ばした方が効率的なのは当たり前よ。感覚は多少なりとも分かっているはずだし、何よりもその方面ならば坊やには特異な才能があるようですからね」
「特異な才能?」
「えぇ、また詳しく説明するけれど、坊やの才能も中々捨てたものではないわよ。強化や投影という一点においては私を超える可能性だってあるほどにね」
才能か……流石にキャスターを超えられるというのはリップサービスも入っているだろうが、そう褒められると嬉しいな。
「強化とかちゃんと使えるようになれば、俺もちょっとは戦えるようになるかな」
その言葉に、今まで横で話を聞いていたセイバーが食事の手をピタリと止めて、こちらを向く。
「いいですかシロウ。昨日も言いましたが、シロウが優先すべきはまず第1に自分の身を守ることです。戦うことではありません」
「む……そりゃ分かってるけどさ、戦えないよりは戦えるに越したことはないだろ」
「いいえ、本来のサーヴァントとマスターがそれぞれ1対1で対峙するというケースならばともかく、今はキャスターがいます。シロウが無理をして戦う必要はありません」
「でも、あの訳のわからない影のこともあるし、不意打ちされたりするかもしれないだろう」
単純に頭数は多い方がいいのは当然だし、なし崩し的に戦うことになることもあるかもしれない。
「確かに不可抗力で戦闘になることはあるかもしれませんが、その場合も相手を倒すことではなく生き延びることだけを考えて欲しいのです。少なくとも以前バーサーカーと戦ったの時のように無理をして前に出て負傷するなんてことはないように」
「あの時は仕方ないだろ!セイバーだって危なかったんだし」
「仕方なくはありません。とにかく無理をして戦おうなどとは思わないように」
「いや、戦えそうなら戦ったほうがいいだろう。その方がセイバー達の負担も減るはずだ」
意見は水平線を辿る一方だ。
「ふふっ……」
俺とセイバーが言い合っていると、唐突にキャスターが笑い声をあげた。
「む……何がおかしいんだよキャスター。今、マジメに戦略を考えてるところだろう」
「そうです、何がおかしいのですかキャスター」
セイバーと2人、キャスターを睨む。
そんな俺たちキャスターはさらに愉快だという目で見てくる。
「いえ……ね、アナタ達が余りにも似ているものだったからの思わずね」
似ている?
俺とセイバーが?
思わず横にいるセイバーに目を向ける。丁度セイバーも俺を見ていたようで視線が混じり合う。
「セイバーも坊やも結局、お互いに傷ついて欲しくないだけなのよ」
傷ついて欲しくない……か。
確かにそうなのだろう、セイバーに言わせればサーヴァントは戦うための存在なのだろうが俺はセイバーが傷つくところを見たくないと思っている。
「セイバーを召喚した時の話を聞いたけれど、坊やは触媒なしでセイバーを呼び出したのでしょう。それはきっとアナタ達が似たもの同士で、同じような性質を帯びていたからなのでしょうね」
俺とセイバーが似ている、か……
キャスターの言葉を聞いて、改めてセイバーの方に向き直る。
「セイバーが俺のことを心配してくれてるのは分かってる。俺が弱っちいということも理解してる。それでも、やっぱり俺は意見を変えることはできない。セイバー達の負担になるのは嫌だし、俺にできることがあるのならやっておきたいんだ」
俺の言葉に諦めたようにセイバーがため息をつく。
「はぁ、全く。アナタは中々に頑固者ですねシロウ」
「そりゃ、セイバーもだろう」
そう言うと、どちらともなく笑みがこぼれる。
「シロウの性格上、言っても効きそうにありませんね……ですが、私の剣の特訓はきっちり受けてもらいますよ」
「あぁ、それはわかってる。よろしく頼むよ」
そう言って、飯も食べ終えると、剣の特訓を受ける準備をするのだった。
◇
「あれ?電話だ……誰だろう」
セイバーと剣の特訓を終えて、昼飯も食べ終えた後、唐突に電話がかかってきた。
「――――衛宮士郎か?」
電話取ると、低い男の声がそう尋ねてきた。
この声は――
「まさか……言峰か?なんで俺の電話番号知ってるんだ?」
思いがけない電話相手に少し驚く、相手は此度の聖杯戦争を監督者である言峰綺礼だった。
俺、電話番号なんて教えてない筈なんだが……
「私はこの冬木における聖杯戦争の監督役だぞ、この街のことはだいたい知っている。電話番号ぐらいならば知ることなぞ訳はない」
当然のように言峰はそう答える。そんなもんなのか……
「それで何の用だよ?まさか世間話するために電話してきた訳じゃないだろう」
「あぁ、聖杯戦争の件について話を聞きたくてな」
聖杯戦争の件……
「遠坂から聖杯が汚染されてるって話を聞いたのか?」
「あぁ。それ以外にも此度の聖杯戦争はどうにも異様な雰囲気がある、監督役として状況は把握しておきたいのでな。凛から概要は聞いたが、お前からも直接話を聞きたい。できれば電話越しではなく直接会って話をしたいのだが今出られるか?」
……どうにもあの神父のことはイマイチ信用ならないんだが、確かに汚染された聖杯については監督役であるアイツにも知っておいてもらった方がいいだろう。
俺に何かデメリットがあるわけではないし、断る理由もない。
「本当は凛に言付けを頼むつもりだったのが、オマエはどうやら最近学校には顔を出していないようだし、凛も忙しいようだったからな。こうしてわざわざ電話をしている」
「あぁ……学校の後輩がちょっと熱を出しててな、それで看病するために今は学校は休んでるんだよ」
遠坂が忙しいということについては、おそらく聖杯について調べているのだろう。
俺から汚染された聖杯について聞いた後、自分で調べるといっていたからな。
「それで、直接話をしたいって、教会に出向けばいいのか?」
「あぁ、そうだ。しかし残念だな ―今日ではなく昨日連絡がついていれば紅洲宴歳館の麻婆豆腐を奢ってやったのに」
「いや、それって確か超辛いので有名なとこだろう……」
「ふむ、私は昨日食べたのだが、2日連続というのも悪くはないな。なんなら集合場所を教会から変えるか?」
「いや、いい、ホントにいいから」
「そうか……ならば教会で待っている」
心なし少しガッカリした言峰の声を聞きながら電話を切り、教会へと向かうのだった。
◇
教会にて言峰に今までの出来事を話す。
言峰は俺の話を目を瞑り、咀嚼するように黙って聞いていた。
魂喰いをしてると思わしきサーヴァントを止めるため柳洞寺に向かったこと。
そこでキャスターと戦い、さらに聖杯の一件について聞き、協力することとなったこと。
ランサーがアサシンと戦闘し不気味な影に呑み込まれたこと。
今までの戦争で俺が体験した出来事を言峰に話し終える。
その後もしばらく考え込むように言峰は黙り込んだ後、ようやく口を開く。
「なるほどな……状況は分かった。しかし、敵であるキャスターをまさか助けるとはな」
「……別に複数のサーヴァントと契約するのはルール違反ってわけじゃないんだろ」
「あぁ……監督役としてはまぁ構わんがな。私個人としてはあまり仲良しこよしをされていては面白くないないという話だ」
こいつ……ホントに聖職者なんだろうか……
「アンタは聖杯戦争の監督役とやらなんだろ。聖杯の汚染に関しては今まで知らなかったのか?」
「ふむ――いや、私も実に驚いているよ。まさか、そんなことになっていたとはな。汚染された聖杯……そしてそれを浄化しうるキャスターか……」
めんどくさいことになったというように言峰は頭を振る。
ホントに知らなかったのだろうか、どうにもこの神父は信用ならないんだよな。
「それで……お前は聖杯をどうするつもりなのだ」
「どうするって、今のままだと願いが叶うどころか呪いを振りまきかねないんだろ。だから、キャスターに聖杯を浄化してもらうつもりだ」
もう2度と10年前のような厄災を起こすわけにはいかない。当然、言峰も戦争の監督役として聖杯の浄化に向けて動くのだろうと思っていた。
「――――それでお前は本当に良いのか、衛宮士郎。それが……お前の真に願っていることなのか」
だが、言峰は意外な事を問いかけてしてきた。
「……他にどうしろって言うんだよ。誰が勝利者になるとしても今のままだとまずいだろ」
「あぁ、10年前……いや、それ以上の災厄が引き起こされるかもしれないな。しかし、正義には倒すべき悪が必要であり、英雄には彩るべき悲劇がつきものだ。そうは……思わないか?」
「…………何が言いたいんだ?」
言峰の意図が分からない質問に少しイライラしながら問い返す。
まさか、俺が――10年前のような災禍を望んでいるとでも言いたいのか?
「…………」
俺の問いかけに言峰は答えない、ただ面白がるようにこちらを見ている。
「……聖杯に関する話はもう済んだだろ、そろそろ帰っていいか?セイバー達も待ってるし、熱を出してる後輩の看病もしないといけないんだ」
なんとなく、その視線に耐えかねて話を打ち切り、教会を出ようとする。
だが、そんな俺を言峰が引き止める。
「まぁ、待て。私は立場上中立だからな。こうして情報を提供してくれたお前には、こちらからも何か対価として情報をくれてやろう」
別に対価なんて貰うつもりはなかったのだが、妙なところで律儀だなこの神父は。
「さて、対価とは言ったもののランサーとアサシンの一件についてはお前も既に知ってしまっていたからな……何がいいか……」
言峰がふむと思案するが、それよりも俺は今の言葉に少し引っかかりを覚えた。
「ランサーとアサシンって、柳洞寺でランサーがやられた話か?既に……って元々アンタも知ってたみたいな言い方だな」
使い魔でも飛ばして見ていたのだろうか、特にそのような感じはしなかったのだが……
「あぁ、それは当然だ、ランサーは私が所有していたサーヴァントだからな」
さらりととんでもない衝撃発言を言峰がぶちかましてきた。
「なっ――――!!」
「別に監督役がサーヴァントを所持してはいけないなどというルールがあるわけでもない。私自身が聖杯にかける願いがあった訳ではなく、情報取集のためにランサーにはあちこち駆け回ってもらっていたのだが……まさかアサシンなぞにやられるとはな――」
こちらの驚愕を無視して何でもない事のように言峰が語る。
サーヴァントを連れていた事に対して悪びれもせず、そのサーヴァントが敗退した事についても特に思うところはないようだ。
「柳洞寺でランサーがあの影に呑まれた時、何が起こってるのかよく分からかったんだけど、ランサーは影に呑まれた後どうなったんだ?」
「さてな。あの影はアサシンとの戦闘中にいきなり現れたもので私にも詳細は分からない。ランサーとの契約も影に呑まれた時点で途切れてしまった。私に分かっているのはただそれだけだ」
契約が切れたということはランサーはやはり消滅してしまったという事なのだろう。
朱色の槍を携え、獣のような荒々しさを纏った男の姿を思い返す。
一度は俺の心臓を貫いた男ではあるが、どこか真っ直ぐとした気持ちのよさを感じさせる性格ではあったんだけどな……
「さて、情報の対価について話を戻すが……そうだな間桐の家についての話なんかはどうだ」
間桐の家。
つまり、慎二や桜の家についてか……
慎二から間桐家の事情を聞き出すのは難しそうだし、桜も魔術には関わってないらしく聞く事はできないだろうから確かにちょっと興味はあるな。
「まず、そもそもの始まりについて話をしようか。200年前、とある魔術の家系が3つ集まって聖杯を作ろうとした。その奇跡にすがるためにな」
その話は前にもなんとなく聞いている。
協力して聖杯を作り上げたが、結局、聖杯を使い願いを叶えられるのは1組だけだと分かり、今の聖杯戦争が始まったのだとか。
「その3つの家系は御三家などと呼ばれるがな、此度の聖杯戦争にもかつて聖杯を作り上げたもの達の末裔が参加している。遠坂、アインツベルン、マキリのな」
なるほど遠坂は遠坂凛の、アインツベルはイリヤのことか
そして最後のマキリというのが……
「マキリというのは今で言う間桐の家のことだ。遠坂は土地を、アインツベルンは聖杯の器を、そして間桐はサーヴァントの使役システムなどを手がけていてな。お前の手に刻まれている令呪も間桐の家が考案したものだ」
そう言われ、手のひらに刻まれた赤い刻印を見る。
セイバーとキャスターの戦いを止めるために1つ消費し、残り2画となった令呪。
強力な力を誇るサーヴァントの動きを制限するようなものを間桐の家が作ったのか……
「そして、それらのシステムを作った当時の間桐の当主の名をマキリ・ゾォルケンという。今は間桐臓硯と名乗っているがな」
言峰が静かに語った名前には聞き覚えがあった。
「えっ……その名前って確か……」
「あぁ、お前が会ったという間桐慎二の祖父だ。もちろん実際に祖父という訳ではなく何代も前の人間だがな」
「いや……でも、確か聖杯が最初にできたのって200年前ぐらい前……製作期間とか考えたらそれより古い時代の話なんだろ?なんでそんな時代の人間が生きてるんだ?」
「魔術師にとって寿命を延ばすなどというのは珍しくもない話だ。もっとも500年ともなれば流石に色々とガタもきているだろうがな」
500年……それほどの年月をあの老人は生きてきたのか……
「間桐の魔術は蟲を扱う。その蟲を利用し、他者の体を奪うことでこの500年もの時間、生を繋いで来たのだろう。全く生き汚い話ではあるが、その執念には私も感嘆するよ」
他者の体を奪う……か、おぞましい話だ。
「でも……遠坂から間桐の家はもう魔術師として衰退したって話を聞いたぞ。それに慎二が連れてたライダーは倒したんだ。間桐の家はもう今回の聖杯戦争とは関係ないだろう」
間桐臓硯が得体の知れない存在だということは分かった。だが、少なくとも今回の件にはもはや関係がない筈だ。
「ふむ……確かにな。お前の話を聞く限りではそうなのだろうよ」
何か含みを持った言い方をして、言峰が答える。
「そういえば――――」
急に言峰が話題を変えるような言葉を発する。
その言葉はどこか興味深げな様子と何か笑いを堪えられないといった奇妙な感情が込められているように感じた。
「―――お前の後輩とやらが熱を出して寝込んでいるらしいな、容態はどうなのだ?」
後輩。
桜のことだ。
間桐桜、慎二の妹で、間桐の人間である桜の。
「別に……ただの風邪だろうから、ちょっと寝てれば治るだろう」
そうだ、その筈だ。
ライダーを倒したあの夜、間桐臓硯から桜は魔術と関わりがないという話は聞いた。
桜からも魔術の話なんて一度も聞いたことはない。
今回の風邪も疲れからくるもので聖杯戦争とはなんの関わりもない。
だから……なんの問題もないはずだ……
「そうか……私はその娘と面識はないが、早い回復を願っている。お前も看病をしてやらねばならないのだろう。そろそろ帰るか?」
「あっ……あぁ、そうだな」
促されて席を立つ。
扉から出ようとする、俺に言峰が言葉をかける。
「……気をつけるのだな、衛宮士郎」
桜の風邪のこと……ではないだろう。聖杯戦争に関する話か。
「気をつける……って何にさ」
「全てにだ。聖杯戦争は各々が自らの願いの為に動く戦いだ。敵が味方に、味方が敵に簡単にひっくり返る。自分の近くにいる者が味方だと油断をするなという話だ」
そんな忠告を背に、どこか逃げるように俺は教会を後にするのだった。