HFルートの途中でもし士郎がキャスターを助けていたらというお話   作:ふりかけ@木三中

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12話目 2月7日 夜 喪失

 

 教会から家に帰ると、思ったよりも話が長引いた事もあって、すっかり日も暮れてしまっていた。急いで夕飯作りにとりかからないといけないが、その前に桜の容態を見ておくか。

 

「桜……どうだ調子は?」

 

 桜の部屋に入り、様子を伺う。今まで眠っていたようで、俺の声でぼんやりと目を開けてこちらを見る。

 

「うーん、ちょっと熱が上がってる気がするな……」

 

 今日は安静にしてたはずなんだが、治るどころか病状は悪化している気がする。

 顔も赤いし、目もどこか焦点があっておらず意識も熱に浮かされてるようで少しフラフラしているように見える。

 

「じゃあ、お粥でも作るから待っててくれ」

「いえ、ごめんなさい先輩、今日はあんまり食欲がないんです」

 

 そうか……無理やり食べさせて吐いたりしても仕方ないしな……とりあえず水分補給だけでもさせて……

 

「先輩――ごめんなさい。迷惑ばかりかけて」

 

 どうしようかと考え込む俺に桜がそう申し訳なさそうに目を伏せる。

 病気なんだから桜が悪いわけじゃない、謝る必要も申し訳なく感じる必要もないのに。

 

「私、先輩の足を引っ張ってばっかりですよね……今もこうして先輩にご迷惑ばかりかけて……」

「なに言ってるんだよ、病人は看病されるものだろう。それに桜のこと迷惑だとか思ったことはないよ。いつも料理作るのを手伝ってくれたりしてるじゃないか」

 

 やはり熱で気も弱くなっているのだろうか。

 桜の弱音にそんなことはないと伝える。

 

「はい、ありがとうございます……優しい先輩ならきっと、そう言ってくれるだろうと思ってました。でも……それじゃダメなんです……今のままじゃ……」

 

 何かを思いつめたようにそう語る桜。

 

「――昨日、キャスターさんと少しお話をしたんです」

 

 ぼんやりと遠くを見るように視線を向けながら、桜がそう呟く。

 そう言えば、昨日キャスターが桜の看病をした時、えらく長い間話し込んでたな。

 

「何について話してんだ?」

「そうですね……まぁ、女性の魅力について……みたいな話です。キャスターさんみたいに魅力的な女性にどうやったらなれるかどうか」

 

 俺の言葉に桜は少し言葉を選ぶようにしながら答える。

 

 キャスターが魅力的な女性か……

 俺はキャスターのサーヴァントとしての側面も知っているからそういう観点でキャスターをあまり見たことがなかったが、何も知らない桜からしたらそう見えるのかもしれない。

 確かにキャスター……メディアは元々王家の生まれという事もあってか品が良いしな。食事の作法や何気ない普段の日常の立ち振る舞いにも節々に育ちの良さが伺える。

 また、それだけではなくどこか芯の通った強さもキャスターは持ち合わせている。

 これは、アルゴー船でのイアソンとの一件や、その後の逃避行によって鍛えられたものなのだろう。

 何にせよ桜がキャスターに憧れるというのは分からない話ではない。

 

「それでキャスターさんに色々話を聞いたり、色々アドバイスを貰ったりして……私、強くなろうと決めたんです」

 

 強く?性格面が、という事だろうか?

 確かに桜は少し内向的なところがあるからな。もう少し気が強くなってもいいかもしれない。

 

「先輩……私、強く、強くなりますから……絶対に、負けませんから……絶対に――」

 

 そう呟くように語ると、桜は再びスヤスヤと寝息を立てて寝入ってしまった。

 

 その言葉には何か――決意のようなものが込められているように感じられた。

 

 

 

 

 結局、桜はあの後ぐっすりと眠り込んでしまった。

 起こすのも悪いので、先に夕飯を作りセイバーとキャスターと机を囲み、もぐもぐと食べる。

 

「そういえばさ、キャスターは俺に魔術の特異な才能があるって言ってただろ?具体的にどんなのなんだ?」

 

 今朝、これから俺の魔術をどう鍛えていくかと言う話をした時に俺に強化や投影に関して、特異な才能があると言っていた。

 具体的にはどう言う事なのだろうか、魔力が多いとかそう言う話ではなさそうだが……

 

「あぁ、固有結界のことね」

「固有結界?」

 

 聞き覚えのない言葉に首をかしげる。

 

「えぇ、固有結界――心象風景の具現化し世界を塗り潰す特異な魔術よ」

「へぇ……でも俺そんなの使えないぞ?」

「だから、あくまでも才能があるという話よ。固有結界は魔術と言ったけれど、どちらかと言えば異能に近いの。魔術の技量と言うよりは生まれながらにして持っているかいないかの部分が大きい。でも坊やなら使える可能性があるわ」

 

 なるほど……全く自覚はないが、その固有結界とやらを使える素養が俺にはあるという話か。

 

「具体的にはどんなモノなんだ?」

「さて……固有結界は心象の具現、人によってその形や効果は様々よ。坊やの固有結界がどんなものかは私にも分からないわね」

 

 心象風景を具現化する固有結界。

 人の魂の在り方が様々なように、固有結界も百人いれば百通りの形や効果があるらしい。

 

「なるほど……ちなみにキャスターの固有結界はどんなのなんだ?」

「私?私は使えないわよ。固有結界を持ってないもの」

 

 キャスターでも固有結界は使えないのか……

 俺が使える程度の魔術ならキャスターも使えるだろうと思ったがそう言う訳ではないらしい。

 

「継承したりといったことは可能だけれど、生まれ持っての部分が大きいですからね。まぁ……私がその気になれば固有結界と似て非なる大魔術を構成することもできなくはないけれど」

 

 ふーん、そんなものなのか……

 むしろ、本来生まれ持っているかどうかというものを技術で再現できるキャスターは、やはりすごいのだろう。

 

「あぁ……そういえば私の姉弟子だったキルケー叔母さまは固有結界を使っていましたね」

 

 キルケー……

 

 確かキャスターの叔母にあたる人物で、数多くの英雄たちを誘惑し、スキュラなどの化け物を生み出したという魔女の名前だ。

 

 キャスターの魔術の姉弟子でもあったらしい。

 

「ふーん、その人はどんな感じの固有結界だったんだ?」

「……そうね、豚が……晩餐を……いえ、これは今は関係のない話ね」

 

 何か苦い記憶というような顔をしてキャスターが話を元に戻す。

 

「さて、坊やの固有結界についての話題に戻るけれど……能力を予測するなら坊やの起源や属性が『剣』だからそれに沿ったものになるとは思うわ。心象の具現というけれどそもそも魂の在り方といったものが起源や属性なんかに強く影響を受けますからね」

 

 俺の属性が『剣』……

 キャスターの言葉になんとなく納得する。俺と言う人間を表す言葉になんとなくしっくりときたからだ。

 

「そもそもね、自覚はないでしょうけれど坊やが使っている強化や投影、あれも本来の方法とは違って固有結界の影響を受けた独特なものなのよ」

 

 俺の使っている強化や投影が……?

 普通のやり方をしているつもりなのだが……キャスターの口ぶりからするにそうではないらしい。

 

「そうね……例えばこのスプーンを投影してみるわね」

 

 そういうと、キャスターが食事に使っていたスプーンをポンと投影して見せる。

 流石にその手際は鮮やかで、俺みたいに一々時間をかけていない。

 

「さて……このスプーンなのだけどね、こうして投影魔術で作ったものは世界からの修正を受けるの。だからすぐに消えてしまう。こんな風にね……」

 

 キャスターの言葉と共に、投影したスプーンがサラサラと光の粒子となってかき消えていく。

 もっと精巧に作ったりと、時間を伸ばす方法もあるにはあるが、それでも数日程度が限度だとキャスターが付け足す。

 

「そんなバカな。俺の投影したものは数ヶ月は持ってるぞ」

 

 土蔵には俺が数ヶ月前に投影したガラクタなんかがいくつも置いてある。

 息抜き半分に投影したものでもそれほどの期間は持っているのだ、そんなすぐに消えてしまうなんてありえない。

 

「えぇ、だから坊やの投影は特殊なのよ。おそらくだけど、坊やの投影は作り出すと言うよりも固有結界の中から取り出しているとでも言った方がいいのでしょね。だから世界の修正力から受ける影響も少ない」

 

 取り出している……か、確かに言われてみるとそうかもしれない。

 俺の投影は魔力でモノを形づくっているというよりは、もっと……なにか俺のナカにあるモノから作り出している表現の方がしっくりとくる。

 

「そう考えると、おそらく坊やの本分は強化よりも投影の方が向いているのでしょうね。固有結界という材料を持って剣を完璧に投影できるのだから」

 

 俺の本分が強化よりも投影か……

 

「坊やの投影は魔術の原則……等価交換を無視しているわ。そして、その力の真価は計り知れない。もしかしたら……宝具だって投影できるかもしれないわね」

 

 宝具の投影……英雄の象徴たる武具を俺が再現できるなどにわかに信じがたいが、キャスターが言うのならば可能性はあるのだろう。

 

「ただ、期待させてしまったのなら悪いけれど投影はともかくとして……固有結界については坊やがこの聖杯戦争中に使用できるようには多分、ならないわね」

 

 そうキャスターが残念そうに告げる。

 

「固有結界の展開にそれなりの魔力を用いるし、それに坊やの特性は剣の強化や投影だと考えると、使いこなすには剣に対する知識や理解がないとダメでしょうね。こればかりは一朝一夕でどうにかなるものではないわ」

 

 キャスターの言っていることはなんとなく分かる。

 俺の投影は宝具すらも作り出せる可能性があるらしいが、それはなにも一から生み出しているわけではない。

 オリジナルとなるモノがあって、それを模倣するに過ぎないのだ。

 今の俺が知っている宝具の数なんて限られているし、鍛えたとしても投影可能なものはほんの一握りだろう。

 もっと長い月日をかけて技術を磨き様々な宝具を見て回ったりしたならばともかく、今の俺が固有結界とやらを使用したとしてもそこまで強力な能力にはなり得ないのだろう。

 

「将来的にはともかく……今の坊やではリスクとリターンが釣り合っていないわ。ならば今は単純な投影や強化を鍛えた方が手っ取り早いというわけね」

 

 やはり、そう簡単には強くなれないか……

 少し項垂れるが、俺が宝具を投影できるかもしれないと言うのは朗報だ。これで多少は戦力になり得るかもしれない。

 

「キャスター……少しいいですか?」

 

 話題が一区切りしたところで、ここまで門外漢の魔術の話題だったからか黙って俺たちの話を聞いていたセイバーが口を開く。

 

「シロウの属性や起源の話なのですが……『剣』で間違い無いのですか?」

「えぇ……魔術回路を作るときに坊やの体を調べたから間違い無いわ。珍しい属性ではあるから私も驚いたけれど」

 

 キャスターの返答にセイバーが少し考え込む仕草をする。

 

「キャスター、シロウの体を調べたといいましたが。その時に何か見つかりませんでしたか?」

「いえ、そこまで精密に検査したわけでは無いけれど、先ほどの固有結界の話以外は特に異常はなかったわ」

 

 不思議そうな顔をするキャスターにセイバーが意を決したように口を開く。

 

「もしかしたらシロウの体の中には――――」

 

 セイバーが何かを語ろうとした瞬間だった。

 何か背筋にゾクリと冷たい気配が走るのを感じた。

 

「ッ――――この感じは――――」

 

それと同時にシャンシャンと鳴るけたたましい警戒音が響く。これは、屋敷に侵入者があったことを示す音だ。

 

「敵襲か!!」

 

 慌ててもしもの時のために部屋の隅に置いておいた竹刀を手に取る。

 セイバーとキャスターも先程の夕飯の和やかなムードは完全に消え、鎧とローブをそれぞれ身に纏い戦闘態勢に入っている。

 

 剣を取り、険しい目つきでジッと宙を睨むセイバー。

 

「侵入者は2人です、迎撃の用意を」

 

 敵の気配を探っていたようでセイバーがそう報告してくる。

 2人ということはサーヴァントとマスターということだろうか。

 

 この狭い部屋じゃ、戦闘もまともにできない。

 迎撃のため外に出て敵の様子を探る。

 

「…………誰も、いないな」

 

 庭に出ても、特にサーヴァントの気配は感じない。夜の闇にただ、耳障りな警告音だけが響く。

 

 一体敵はどこに――

 

「シロウ!危ない!」

 

 周囲を見回していると、突然、セイバーが俺の服の襟をぐいっと引っ張り、俺の体が宙に浮いた。

 

「わっ、なにを――」

 

――するんだ、という抗議の声は先程まで俺がいた場所にコンッと甲高い音を立てて刺さったクナイを前にかき消される。

 

「ッ――アサシンか!」

 

 セイバーが夜の闇に剣を向ける。

 気がつけば、その闇の中に髑髏の面が浮かんでいた。

 

「飛び道具持ちか――キャスター!シロウを頼みます」

 

 そう叫んで、セイバーはアサシンに斬りかかり、アサシンはそれを避けるように屋敷の隅へと逃げる。

 

 おそらくセイバーは俺が狙われるのを恐れて、アサシンを俺から引き離そうとしているのだろう。

 くそっ……悔しいな、結局セイバーに守ってもらうしかないなんて、せめてセイバーをなんとか援護できたらいいのだが……

 

 やるせなさにギリッと竹刀を握りしめる俺にキャスターが語りかける。

 

「大丈夫よ、アサシンのクラスは正面からならそれほど強力ではないわ。不意打ちを避けた時点でほとんど勝利は決まったも同然よ。私達がセイバーの邪魔をしなければね」

 

 キャスターが状況をそう冷静に判断する。

 確かにアサシンは反撃するように短剣を投げるが、その全てをアッサリとセイバーは切り落としている。

 

 ジリジリとアサシンに距離を詰めるセイバー。

 このままいけば、セイバーの剣がアサシンを斬りふせるはずだ。

 

 柳洞寺でランサーを呑み込んだ黒い影が再び現れないか気がかりだが、それもキャスターがいれば対処できるはずだ。

 

「それより、気になるのはもう1人の侵入者ね……一体どこに――」

 

 その時、ジャラジャラと言う音が空から聞こえてきた。反射的に体を横に逸らすと、ザンっと音がして短剣が俺の近くに突き刺さった。

 

 これは……アサシンの短剣か?

 いや、違う。よく見ると短剣に鎖が繋がれている。

 

 この形状……この武器を俺は見たことがある。

 

 確かこの武器を持っていたのは……

 

「ぐっ…………」

 

 短剣から伸びた鎖がまるで意志を持った蛇のように動き、俺の周囲を囲む。

 

「しまっ……」

 

 ジャラリという音と共に、鎖が俺を捉えようとする。

 逃げようとするが間に合わない、俺の体が鎖に絡めとられて空中に吊られ――

 

「――――Aello!」

 

 キャスターの指から放たれたカマイタチのような疾風が鎖を切り裂いた。

 

「うわっ!」

 

 鎖に吊られた俺は、それが切られれば当然落下する。情けない声を上げて尻餅をつく俺を横目に、その鎖の持ち主が姿をあらわす。

 

「やはりお前は……ライダー!!」

 

 鎖付きの短剣、紫の衣を纏い、目を眼帯で封じた奇妙な出で立ち。見間違えるはずがない、慎二が連れていたサーヴァント、ライダーだ。

 

「ライダー……消滅したというのは、やはりそう見せかけていただけだったというわけね……」

 

 ライダーを見てキャスターがそう呟く。

 消滅したように見せかけていただけか……確かにあの時、慎二の狼狽ぶりにライダーが消えたと思い込みそこまでしっかりと確認をしていなかった。霊体化して逃げる事は可能だっただろう。

 

「Ele Hekate―――‼」

 

 キャスターの周囲に数個の魔法陣が展開され、そこから細長い紫のビームが発射される。

 

「…………」

 

 だが、ヒラリとライダーは身を翻してそれを躱すと、そのまま、家の屋根や木を蹴って縦横無尽にその体躯を駆け巡らせる。

 

 この動き――速い

 

 慎二が連れていた時よりもかなり速くなっている。

 あの時は手を抜いていたのか?

 

 これでは、キャスターの魔術も当たらないのではないか?

 そう焦る俺をよそに、キャスターは淡々と魔術を唱える。

 

「Arachne――――Etona――――!!」

 

 呪文と共にライダーの俊敏な動きが僅かに鈍る。おそらく魔術で動きを阻害したのだろう。その僅かな隙をついて、太陽のように眩い火球がライダーの体に炸裂しメラメラと音を立てて燃える。

 

「ッ―――この程度で……!!」

 

 キャスターの魔術にライダーが僅かに怯む、だがそれだけだ。鬱陶しげに体を左右に揺らすと炎もかき消えてしまった。

 体には多少の火傷の痕はあるがダメージと呼べるほどのものではない。セイバーほど高ランクではないがライダーも対魔力のスキルを所持しているようだ。

 

「少年共々……貴女には大人しくしていて欲しいのですが――」

 

 そう小さく呟くと、ライダーが眼帯に手をかける。

 

 何をするつもりだ―――?

 

 警戒のためにライダーの一挙一同をジッと見つめる。

 

 そして眼帯が解かれようとした時……

 

「坊や、目を閉じなさい!!」

 

 キャスターの叫び声に反射的に目を閉じる。

 瞬間、体がズシッと重くなるような感覚が襲った。

 

「な……なんだ、キャスター?何が起こってるんだ?」

 

 何が起こっているのか、目を開けていいのかも分からずに困惑しながらキャスターに問う。

 

「ライダーの真名はメドゥーサ!ギリシャ神話の怪物よ。石化の魔眼の逸話くらいは坊やも知っているでしょう」

 

 メドゥーサ……その名前は知っている。

 おそらくギリシャ神話に登場する怪物としてもっとも有名な存在と言っても過言ではないだろう。

 蛇の髪を持ち、目を合わせた相手を石に変える魔眼を持った魔性の存在。

 

 そして、おそらくライダーは今、その魔眼を解放したのだろう。

 

「…………」

 

 目を閉じたまま自分の体を改めて確認する、手も足もちゃんと動く。

 大丈夫だ……石にはなってない。少し体に重圧がかかったが、それもキャスターからライダーの正体を聞いた時少し軽くなった気がする。

 

「魔術障壁……魔眼で一気にケリをつけるというのは難しいようですね……流石は女神ヘカテーの巫女、中々の魔術の腕だ」

 

 ライダーの口ぶりからするにキャスターが防御してくれたのか……石になっていないのは単純に目を合わせなかったからというだけではないらしい。

 

「クッ……坊や、あなたは奥に引っ込んでなさい。相手は魔眼持ちよ、防御しているとはいえ坊やでは直接目を合わせたらアウトだわ」

 

 石化を免れ、ホッとした俺にキャスターの険しい声が飛ぶ。キャスターの防御でも完全に防げるわけではないのか。

 今、俺が手に持っている竹刀で目を瞑って突進したとしてもライダーのスピードに当たるわけはない。

 キャスターの言う通り、奥に隠れているのが一番安全なのだろう。

 

 かといって、先程のキャスターの魔術を弾いたライダーを見るに、キャスターが絶対にライダーに勝てるという保証もない。

 

 せめて何か、サポートできることは……

 

 そう考えて立ち竦む俺に再びキャスターが声をかける。

 

「……別に逃げろといって言っている訳ではないわ。桜さんのところに行ってあげなさい」

 

 先程のように叫ぶのではなく、説得するような声音でキャスターがそう語る。

 

 桜……そうだ、桜が家にいるんだった。

 騒ぎを聞きつけて起きてきてしまう可能性もある、とりあえず桜を安全な所に避難させなくてはならない。

 

「ッ――――悪い、キャスター!ここは任せる」

 

 そう叫んで慌てて駆け出す。

 

 桜――無事でいてくれよ。

 

 

 

 

「桜……桜!起きてるか!」

 

 息を切らしつつも桜の部屋に入る。

 桜はどこか虚空をぼんやりと見つめるように薄暗い部屋の中で佇んでいた。

 

 やはり騒ぎを聞いて目が覚めてしまったのだろう。不用意に外に出てこなかったのは幸運だった。とりあえずはこのまま部屋の中にいてもらうとしよう。

 

「詳しく言えないんだけど、今ちょっと外で色々あってな、とりあえず桜はこの部屋で――」

 

 焦りながらもそう呼びかけるが桜は虚空を向いたまま、反応を返さない。

 まるで夢遊病患者のようだ。

 

「――――桜?」

 

 俺の呼びかけにようやく桜が視線をこちらに向ける。

 

 その表情はどこか、人間離れしていた。

 

 人形のように無表情であり、人間以上に闇を秘めているような表情。

 

 ドロリと濁った瞳、口元には貼りついたような軽薄な笑みが浮かんでいる。

 

「…………お前、誰だ?」

 

 何か確信があった訳ではない、ただ気づけばそんな言葉が漏れていた。

 

「ふむ、こうもすぐに気づくとはの――魔術の腕はからきしだが、中々に勘は良いようだの」

 

 ニヤリと桜の顔が歪む。

 そして桜の顔で、桜の声で、桜でない何者かがカラカラと笑う。

 

「お前……誰だ、桜をどこへやった!!」

 

 咄嗟に竹刀を『そいつ』に向ける。

 

 こいつは……桜じゃない。

 桜の顔をしているけど別人だ。

 

「ふむ……この声ならば、分かるかな、衛宮士郎よ」

 

 桜の声が、しわがれた老人のものに変わる。

 

「間桐……臓硯……!!」

 

 その声は、かつて対面した桜達の祖父を名乗った老人のモノ。

 だがなんで、桜の姿をしてるんだ?

 

 魔術を使った変装か?

 

 ――――いや違う。

 

 自分の思い至った推理に頭の血が引いていくのを感じる。

 

 間桐臓硯、500年の時を生きた魔術師。

 ヤツに関して言峰はこう言っていた。

 

 他者の体を奪うことで、500年のあいだ生を繋いできた、と。

 

「まさか……お前、桜の体を――――」

 

 その言葉に桜が――桜の体をした臓硯が肯定するかのようにニヤリと軽薄な笑みを浮かべる。

 

「なんでだ!なんで桜をお前が!桜は魔術と関係ないんだろう!それに、慎二を倒した時、間桐は聖杯戦争にはもう関わらないと言ってただろ!なんで……なんで、こんな――そもそも桜はどうなったんだ!生きてるのか?桜!おい桜聞こえてるのか!!」

 

 疑問と怒りが一気に溢れ出し、ひたすらに桜に向かって叫ぶ。

 

 今喋っていたのは桜ではなく臓硯だった。

 じゃあ桜はどうなったんだ?

 

 こいつが桜の体を乗っ取ているんだとしたら、桜の意識は――

 

「そう、騒ぐでない。喚きたいのは儂の方だと言うのに……お主のせいでこちらも色々と算段が狂ったのだからな」

 

 煩わしいそうに耳を塞ぎ、侮蔑するような目で臓硯がこちらを見る。

 

「算段だと……?」

「あぁ、全く……わざわざ舞台を整えてやったというのにキャスターを始末するどころか助けてしまうのだからな……おかげで儂の計画にもいくつか狂いが出た」

 

 舞台を整えた……キャスターを始末……?

 まさか……

 

「そうか、お前が葛木先生を!」

 

 先程、アサシンが襲ってきたことから考えても間違いない。

 元々のアサシンから真のアサシンを召喚し、罠にはめて葛木先生を殺したのはこいつだ。

 口ぶりからするに本来はあの夜、柳洞寺で俺たちにキャスターも殺させるつもりだったのだろう。

 

「よもやキャスターを助けるとは全く予想しておらんかったからの。こうして計画よりも桜の肉体に移る時期を早めなければならなくなった。桜の体に埋め込んだ蟲を摘出されてしまう可能性もあったからの」

 

 蟲……そんなものを桜の体に埋め込んでいたのか……

 

「なんでだ……桜は魔術とは関わりがないって言ってただろう。なんでそんなもんを――」

「ふむ、儂としてはあの様な言葉を真に受ける方が不思議じゃの。戦争とは化かし合いじゃ、他者の言うことを簡単に信じるなど愚の骨頂よ。実際……キャスターは桜の異変に気付きながらもお主には伝えておらんかったようじゃしの」

 

 キャスターが気づいていた……?

 でも、そんなことは一言も言っていなかった……黙っていたのか?

 

 いや――今はキャスターのことを言っている場合ではない。

 そもそも俺が一度でも桜に真偽を問いただしていればこうはならなかったのだ。

それをしなかったのは、俺の甘えだ。

 桜が戦争に関わってくれなければ良いとどこかで望み、それ故に希望的観測をした。

 そして、臓硯の話がオレにとって都合が良かったからろくに考えもせずに受け入れたんだ。

 

「何故、キャスターがお主に伝えなかったのかまでは知らぬが、魔術師のサーヴァントが桜の近くにいるとなればあまり悠長に構えているというわけにもいかないのでな。こうして、行動に移したというわけよ。いや、儂としても本来はもう少し時間をかけて桜の精神をすり潰してからコトに挑むつもりだったがの……」

 

そう苦い顔をして臓硯が語る。

 

「お陰で侵食率は7割ほどといったところか、全く忌々しい」

「7割?……じゃあ桜はまだ――」

「自我はまだ残っておる。肉体の主導権は奪ったが、そう簡単に精神までは消えぬらしい。流石は長年に渡る聖杯の侵食に耐えてきただけのことはある」

「聖杯の侵食だと……?」

 

 こいつ……蟲を埋め込むだけじゃなくて何か他にも桜にしているのか。

 

「うむ、桜には前回の戦争で用いられた聖杯の欠片も埋め込んである。それを利用して桜を聖杯へと至らせるためにな」

 

 どこか嬉々とした様子で臓硯がそう語る。

 聖杯へと至らせる……桜の体を聖杯にしようってことか?

 そんなことが可能なのか……

 

「調整は中々難儀じゃったがの。じゃが、その苦労のお陰で儂が想像していたよりも高い完成度で桜は聖杯へと至った。こんな芸当も……できるほどにな」

 

 そう言うと、臓硯の……桜の体の影が歪に揺らめく。

 禍々しい魔力と共にその影が広がり、縦横無尽に伸びていく。

 

「これは―――」

 

 その黒い影には見覚えがあった。

 柳洞寺でランサーを飲み込んだ奇妙な黒い影。その影の触手がいま目の前に広がっていく。

 

 そうか、これは桜の聖杯としての力を利用したものだったのか。

 だから、ランサーほどのサーヴァントであってもあっさりと倒すことができた。

 

「ッ…………!!」

 

 そんなことを考えている間にも影はジワジワと面積を増していく。

 マズイ、この影を俺がどうにかできるとも思えない。このままではランサーのように呑み込まれてしまうだろう。

 

「そうだ……令呪を使えば……」

 

 キャスターならこの影にも対処できるし、セイバーなら臓硯を取り押さえることもできるかもしれない。

 

 逃げるにせよ戦うにせよとりあえず令呪で2人を呼んで――

 

 そう思って、視線を右手の令呪へと移した瞬間だった。

 

「ッ――――」

 

 何か――大事なものが喪失していくのを感じた。

 

 俺の中にある、2つのつながり。

 セイバーとキャスター、2人のサーヴァントとの契約。

 

 そのうちの1つが失われていく。

 

「セイバー!!」

 

 このつながりは彼女とのものだ。

 必死になって彼女の名を叫ぶ。

 

「嘘だろ……くそっ、来てくれセイバー!!」

 

 一縷の望みをかけて令呪を行使し、サーヴァントの名を呼ぶ。

 だが、俺の前にセイバーが現れることも令呪が消費されることもなかった。

 

 それは、つまり彼女が消滅していたことを意味していて……

 

「ふむ、アサシンの方は首尾よくセイバーを倒したようだの。キャスターの方は影で取り込むことは難しいが、ライダーに対魔力がある以上そちらもじきに終わるじゃろう」

 

 セイバーが倒された……

 そんな臓硯の言葉が心に突き刺さる。

 

 臓硯の言葉からするに、ランサーのように影に呑まれてしまったのだろう。

 

 今まで、俺の命を何度も守り、支えてくれた彼女が、もう――

 

「くそっ――――」

 

 絶望している暇はない。

 キャスターはまだやられていないようだが、先程の様子を見る限り、少なくともそう簡単にライダーに勝てると言うことはないだろう。

 アサシンがセイバーを倒したのなら、こちらかキャスターのもとに加勢に向かうはず。

 こうしてる間にも状況はどんどん不利になりかねない。

 覚悟を決めて、キッと臓硯を睨みつける。

 

「ほぅ……まだ、闘志は失せぬか。なかなか見上げた根性よな……しかし、残念じゃな。何にせよお主にもう勝ち目はない」

 

 その言葉と共に黒い影が蠢く。

 

 柳洞寺で見た影はただ反射的に動いているような印象を受けたが、今は臓硯のコントロール下にあるようだ。

 

 影が鋭利な触手のようなものへと形を変え、シュルシュルと狙いを定めるようにこちらにむける。

 

 逃げ場はない、影は部屋全体を覆うように広がっているし、こちらから反撃することも難しいだろう。

 

 くそっ……俺は死ぬのか……こんな所で……セイバーも桜もキャスターも守れずに!

 

 ゆらりと影が動く。

 

 蛇が獲物を喰らうように、その影が俺に襲い掛かろうとした時――

 

「ぬぅ……これは……体が……!!」

 

 ――その瞬間、臓硯が苦悶の声を上げ、苦しげに眉根を寄せた。

 

 影の触手は形を保っていられないようで、ドロリと溶けるように消えていく。

 

 これはまさか……

 

「むぅ……桜め、まさかまだ抵抗するとは……10年もの責め苦の中でも自我を保っておったのだから当然といえば当然ではあるが……」

 

 桜……桜が俺を攻撃しないように抵抗してるのか?

 

「桜!桜なのか!?声は聞こえてるのか?すぐに助けてやる。だから、もう少し……」

 

 必死になって桜の名前を叫ぶ。

 しかし、肉体の主導権は未だに臓硯にあるようで、再び影を呼び出すとその闇の中へと自らの体をうずめてしまう。

 

「まぁよい……手駒はすでに揃った、今宵はここで幕引きじゃ」

 

 忌々しげに臓硯がそう語ると、桜の体を包んだ影が地面へと潜るかのように消えてしまった。

 

「おいっ、待てよ!桜!桜!」

 

 慌てて影が溶けていった地面を叩くが、もはや完全に影も消え失せ、なんの変哲も無い床が広がるだけだった。

 

「逃げた……のか?」

 

 アサシンとライダーも撤退したのだろう。先程まで断続的に聞こえていた戦闘音もピタリと聞こえなくなった。

 

 だが、当然ながら助かったなどとは思えない。

 

「桜……セイバー……」

 

 茫然と2人の名前を呟く。

 桜は臓硯に体を乗っ取られて、セイバーは消滅した。

 

 夕方までは……2人と普通に話していた……だが、たった一夜の間に俺はその2人を失ってしまったのだった。

 

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