HFルートの途中でもし士郎がキャスターを助けていたらというお話   作:ふりかけ@木三中

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13話目 2月7日 夜 似た者同士

 

「……キャスター、怪我はないか?」

「えぇ……多少魔力は消費したけど問題はないわ。坊やは?」

「俺も……怪我は、無い……」

 

 中庭で戦闘を終えたキャスターと合流し、現状を確認する。

 先程までの激闘から一転、臓硯が去り、桜とセイバーもいなくなって、すっかりと辺りは静まり返り風だけがただビュウビュウと吹いている。

 

 キャスターは幸い特に負傷はしていないようだ。

 

 しかし、今回の戦いで失ったものはあまりにも大きい。

 

「セイバーが……影に呑まれた、俺との契約も途切れてる」

 

 セイバーが消滅したという言葉を使いたくなくて、まだセイバーが生きてるんじゃないかなんて淡い期待を込めながら、ただ影に呑まれたことを伝えた。

 

 キャスターはただ短く、そう、とだけ呟く。

 

「それと……………桜が臓硯に連れ去られた。桜の体を乗っ取ってだ。変な虫が体内に埋め込まれてたらしい。桜の体が聖杯と繋がってるとかなんとかで例の影も使ってきた」

 

 先程俺が衝撃を受けた桜の話に対しても、キャスターは驚いた様子も無く、また短く、そう、と呟くだけだった。

 

「…………キャスターは桜のこと気づいてたのか?」

「えぇ、私は魔術師のサーヴァントですもの」

 

 短く返されるどこか冷たさを秘めた返答。

 

 何故それを俺に言わなかったのだと殴りがかりたくなる衝動を必死に堪える。

 

「――――なんで、言ってくれなかったんだ?」

「言ったところで簡単に解決できる問題ではないし、それに言えば坊やはそちらにかかりきりになるでしょう?」

 

 ……俺とキャスターの同盟関係は聖杯を得るという目的の上で成立している。

 確かに俺が桜のことを知れば、聖杯戦争を勝ち抜くことより桜のことを優先していたかもしれない。

 極論を言ってしまえば、キャスターにとっては桜の安否などどうでもよく、俺にそのことについて話す義務もないのだ。

 

 だから、そのことについてキャスターを責めるのはお門違いだ。

 そもそも責められるというのなら桜の間近にいて桜が魔術と関わっていたということに気づかなかった間抜けな俺自身だ。

 それに今はそれよりもキャスターに聞かなければならないことがある。

 

「1つ聞きたい。臓硯はまだ桜の自我を完全に乗っ取っれていないと言っていた。実際、それが原因で今回は撤退していった。なら、今からでも臓硯の乗っ取りをなんとか解除して、桜を元に戻すってことは可能か?」

 

 俺の言葉にキャスターが少し考え込んでから答える。

 

「可能でしょうね。人の精神というのは脆いけれども同時に強固なものでもあるわ。完全に桜さんの自我が消滅していない段階なら十分に桜さんを救出できる可能性はあるわ」

 

 その言葉に少し安堵すると同時に覚悟を決める。

 桜を助けられる可能性があるというなら当然、やらないという選択肢はありえない。

 

 となると次に聞くべきは……

 

「…………キャスターはこれからどうするんだ?」

「どう、とは?」

 

 俺の質問にキャスターが訝しげな顔をする。

 

「キャスターが俺たちに協力していたのはそれが一番聖杯を得られる可能性が高かったからだろ。でも、セイバーは影に呑まれた。なら俺と協力するメリットはもうほとんどないだろう」

 

 俺の力量は俺自身が嫌というほど分かっている。俺がこのまま戦い続けたとしても生き残ることのできる可能性はゼロに等しいだろう。

 

「あら、セイバーと桜さんを失ったことで動揺しているかと思ったけど意外に冷静に物事を判断できているようね。私に泣いて助けでも求めてくるかと思ったわ」

「動揺はしてるさ、怒りとか悲しみとかで頭の中はぐちゃぐちゃだ。それに助けてくれるなら助けて欲しいってのが本音だ。だからこうして聞いてるんだ」

 

 昨日までの日常から一転、セイバーと桜を失ったのだ。心にポッカリと穴が空いたような虚無感はある、同時に臓硯への激しい怒りも。

 

「そうね……今の坊やと協力するメリットといえば、現界のための主従契約を続行できることと特異な魔術の才を持っているかもしれないといったことぐらいだけど……そのどちらも坊やが坊やである必要はないわよね。例えば――――魔術で坊やを傀儡にでもしてしまった方が効率がいいとは思わない?」

 

 キャスターの冷たい瞳がこちらを睨む。

 

 なるほど……そうきたか、確かにキャスターから見れば俺の様な三流魔術師は操り人形にでもしてしまった方が扱いやすいのかもしれない。

 

「……俺たちの同盟関係はもう破綻している。だから、キャスターが俺と敵対するってんならそれを責めるつもりはない。でも……当然、俺も操り人形なんかになるつもりはない。抵抗はさせてもらうけどな」

 

 俺は静かにそう宣言すると、先程の戦いで使用した竹刀を再び握りしめる。

 

「……そう、ちなみに仮にアナタが私から逃走なり倒すなりといったことが為しえたとして、その後1人で戦うつもりなのかしら?」

「あぁ、桜は取り戻すし、セイバーの仇もうつ。そのために戦いは続ける。たとえ1人になってもな」

 

 そう強い意志を持って返すと、今度はこちらから質問をする。

 

「一応……一度だけ聞いておく。戦わずに退いてくれるつもりはないか?」

「……それをして私に何かメリットがあるのかしら?」

 

 そう……か。

 短い間とは言え、キャスターには魔術を教わったりと世話になったし、一緒に飯を食ったりと楽しい時間も過ごした。

 

 だから、キャスターと戦うというのはやはり抵抗もある。

 

 だが――俺もここで終わるわけにはいかない。

 キャスターがその気なら、こちらも応戦するしかない。

 

「最後に言っとく……色々とありがとうキャスター」

 

 短くそう告げると、今度こそ戦闘態勢に入って、キャスターを睨む。

 キャスターはというと俺の言葉に僅かに目を見開いたが、すぐに冷たい目に戻る。

 

「恩を感じつつも戦う時は戦う。そういうのは嫌いではないけれど、坊やに何ができるというのかしら?」

 

 見下したようにキャスターがこちらを見つめる。確かに、今の俺の武器は右手に握った竹刀だけだ。

 当然、こんなもので切りかかってもキャスターは倒せないだろう。

 

 今のままでは――――な。

 

「ッ―――」

 

 短く息を吐き、精神を研ぎ澄ませる。

 イメージするのは銃の撃鉄。

 ガキリと引き金を下ろし、スイッチを入れる。

 

 キャスターが作ってくれた魔術回路のスイッチ。

 

 やはりキャスターの教え方はホントに上手かったのだろう。

 お陰で俺も少しは強くなった。

 

「強化――――開始」

 

 竹刀に魔力を流し込む。

 繊細なコントロールが要求されるこの作業、いつも一人でやっていた頃の特訓なら失敗していただろう。

 だが、竹刀が俺の『剣』という特性に合っていたからか、それとも実戦の緊張感ゆえか、あるいはやはりキャスターの教えのお陰だろうか。

 鋼鉄のごとく竹刀を固く変化させることに成功する。

 

「いくぞ――キャスター!!」

 

 そして、その竹刀の切っ先をキャスターに向けて振り下ろすが――

 

「なっ――――!!」

 

 ガキンと音を立てて竹刀の動きが止まる。キャスターに当たったわけではない、その手前で何かに止められた。

 

「くそ……これは……」

 

 よく見れば、キャスターの目前に薄紫のオーロラのようなものがかかっている。

 おそらく、キャスターによる魔術の盾。

 見た目はただの光のベールだが、その強度はかなりのものだ。少なくとも、今の攻撃なんかじゃビクともしてない。

 

「中々に良くできた強化魔術ではあるけれど……そんなちゃちな代物を強化したところで、サーヴァントには届きえないわよ」

 

 悔しいがキャスターの言う通りだ。竹刀は強化され鋼鉄並みの強度を得ている。

 しかし、人間相手ならばともかくサーヴァントを倒すにはその程度では到底足りない。

 

 武器がいる。

 もっと強い武器が。

 キャスターの盾を破りえる武器が。

 

 竹刀ではダメだ。

 こんなものを強化したところではやはり限界がある。

 

 周囲を見渡し、何か武器に使えるものかないか探す。

 

 だが、ダメだ。

 

 今、この家にあるようなものは全てサーヴァントを倒しえる武器にはなり得ない。包丁や鉄パイプなんかを強化したとしてもきっと簡単に砕かれる。

 

「どうしたの?まさか、もう諦めるのかしら?今の桜さんは聖杯と繋がることで膨大な魔力を得ているでしょうし、臓硯とやらも魔術師として坊やなんかより数段上のステージにいるわ。この程度の単純な障壁も破れないようでは桜さんを取り戻すなんて到底不可能よ」

 

 キャスターの声が響く。

 

 この程度で諦めるのかと。

 桜を救いたいのならこの程度は簡単に乗り越えみせろとでも言うように。

 

 分かってる、俺に諦めるなんて選択肢は許されない。

 

 武器がない?

 なら、作り上げるだけだ。

 キャスターを打倒しえる武器を。

 

「投影開始――――」

 

 キャスターは言っていた。

 本来、俺に向いているのは強化よりも投影かもしれないと。

 なら、できない道理はないはずだ。いや、やらなくてはいけない、キャスターの盾を破りえる武器の投影を。

 

 俺の脳裏に、俺が今まで『観た』武器の情報が流れる。

 

 ライダーの短剣、アサシンのクナイ。

 

 その程度ではダメだ、キャスターの盾を破りえるものでなければ。

 

 ランサーの槍、アーチャーの双刀。

 

 これもダメだ、投影は可能かもしれないが今の俺の肉体ではそれらを十分に扱いきれない。

 

 セイバーの剣。

 

 俺が見てきた中で最も美しく、最も強力な黄金の剣。

 

 だが、この剣を模倣しきる技術は今の俺にはない。

 

 今の俺が投影可能でその力を十全に振るえるもの。

 そして、キャスターの盾を破りえるもの。

 

 それは――

 

「――――破戒すべき全ての符!」

 

 左手に短剣が現れる。

 それはキャスター自身の宝具だ。

 契約破りの短剣であり、あらゆる魔術を初期化するこの宝具。

 もちろんそれは、キャスターが編んだ魔術の盾も例外じゃあない。

 

 薄紫の光のオーロラにその短剣が触れた瞬間、

 パリンとガラスが割れるように崩れ去っていく。

 

「ここだ――――!」

 

 すかさず、右手に持った竹刀をキャスターに振りおろす。

 

「ッ――――」

 

 だが、ダメだ。

 キャスターすんでのところではローブ広げて、宙に飛んでしまった。

 竹刀の切っ先はキャスターの顔を掠っただけで、空振りに終わってしまった。

 

「……………」

 

 空を舞うキャスターがこちらを見下ろしてくる。

 よく見れば、その顔には先程の竹刀で僅かにかすり傷がつけられており、ツーと赤い血がほのかにキャスターの顔をつたっている。

 

「私の宝具をね……英霊の象徴たる宝具の再現、ありえるとは思っていたけど、まさか本当に成しえるとは……」

 

 その赤い血を指先で舐めるように拭い取ると、そう言ってその指先を興味深げに見つめる。

 

「なるほど……坊やの剣はサーヴァントにも届きえるか……なら、こういうのはどうかしら?」

 

 その言葉と共にキャスターの目が怪しく光る。

 

「がっ――――ぐっ――――!!!!」

 

 瞬間、脳が揺さぶれるような衝撃を受ける。

 

 これは――暗示魔術だ。

 

 意識を奪い相手を操る魔術。

 いつかの特訓でキャスターが俺にかけたのと同じ、しかし、それ以上に強力なもの。

 

「ぐっ…………!」

 

 視界が反転し、地面が揺れる。

 肉体と外界の境界線が朧気となり、だんだんと自分を見失っていく。

 魔術回路を励起させて自分の体を支える骨組みにしようとするが、もはや俺は『自分』という感覚を見失ってしまっていた。

 

「間桐臓硯はこう言った搦め手も使ってくるでしょう。この程度の暗示に呑まれるのなら、どの道アナタはそこまでね……」

 

 ぐるぐると回る視界の中、どこからともなくキャスターの声が響く。

 

 なんとか足を踏みしめその場に止まろうとするが、もはや足がどこにあるのか、地面がどこにあるのかそれらの感覚すら曖昧だ。

 

「……………」

 

 だんだんと意識が埋没していくのを感じる。

 重りをつけて水の中をもがくかのような束縛感。

 早く、『自分』を取り戻さなければ俺の意識は体のどこか奥底へと沈み込み、キャスターの操り人形となってしまうだろう。

 

「抵抗できないのかしら?ならば……結局、この程度ということなのね。坊やの戦おうとする意思なんて……」

 

 どこか落胆するかのようキャスターの声が響く。

 

「囚われた桜さんのことも消えたセイバーのことも……結局はその程度なのね……」

 

 嘲るような、詰るような口調。

 そんな訳はない、こんなところで終わっては桜にもセイバーにも合わせる顔はない。

 

 それは分かっている。

 

 だが、体が動かない。

 どうやって動かせばいいのか分からない。

 

 そんな風に考える思考もだんだんと鈍くなってくる。

 

「…………そもそもアナタは何故、私に向かってきたのかしら?」

 

 …………?

 

 揺らぐ意識にキャスターの疑問が聞こえてくるが、質問の意図が分からない。

 

「坊やはそもそも聖杯戦争には巻き込まれただけなのでしょう。訳も分からずセイバーを召喚したのがそもそもの始まり」

 

 それは……そうだ。

 そもそも俺は聖杯戦争なんてものもサーヴァントなんてものも知らなかった。

 セイバーを召喚したのもただの偶然だ。

 

「そのセイバーも、もう影に呑まれて消えてしまったわ。アナタが戦う理由はもうないのではなくて?」

 

 戦う理由?

 

 確かにセイバーは消えてしまった。

 

 聖杯戦争に勝ち残って、彼女に聖杯を与えるということはもはやできない。

 

 でも、まだ桜が臓硯に……

 

「桜さんのことだって……言ってしまえばただの後輩、結局は他人なのでしょう。坊やが彼女を助けるために命をかける理由なんてあるのかしら?」

 

 尚もキャスターが言葉を続ける、その口調にはどこか人を堕落させるようなら甘い響きがあった。

 

 桜が他人……か。

 

 確かにそうなのかもしれない。

 

 桜が俺の家に来るようになって1年以上経つが、俺は桜の家の事情なんて何にも分かってなかった。

 

 結局、その程度の関係でしかなかったのかもしれない。

 

 それに、仮に今キャスターから逃れて臓硯に立ち向かったとしてもライダーとアサシン、そしてあの影を従える奴に勝てる可能性がどれほどあるというのだろうか。

 

「坊やは私に逆らわず逃げるべきだったわ。セイバーや桜さんのことを忘れて一目散に、自分のことだけを考えてね。そうすればこんなことにならずに済んだかもしれないのに」

 

 そう……なのだろうか、キャスターの声を聞いているとなんとなくそんな気もしてくる。

 確かに今俺がやっているのは愚かな行為で、逃げ出すことこそが正しい行為だったのかもしれない。

 

 自分の中の戦意の炎がかき消えていくのを感じる。

 比例するように意識も闇に沈んでいく。

 

 俺は何故――戦っていたのだったか――?

 

 セイバーに聖杯を与えると約束した――

 桜たちがいる日常を守りたかった――

 

 でも、それがホントに戦う理由なのか?

 

 確かにそれらの気持ちも嘘じゃない。

 そのためならば命を張れるつもりだ。

 

 でも、それらは言わば外付けの理由だ。

 

 桜やセイバーがいなくなれば俺は戦いをやめるのか?

 

 いや違うそんなことはない、俺はきっと戦いを続ける。

 

 それは何故だ?

 

 瞬間、脳裏に様々な光景がよぎる。

 

 かつて見た炎に焼かれる街並み、その地獄から救い出してくれた男の顔、月下の下で行われた誓い、セイバーを召喚したあの夜のこと、日常の中の何気ない桜の笑顔。

 

 あぁ、そうだな。

 

 俺の戦う理由なんてきっととても単純だ。

 

 それはいわば、衛宮士郎が衛宮士郎であるために――

 

 そう考えた瞬間に、体に感覚が戻った。

 

 拳を握りしめ、足を踏みしめて倒れまいと必死堪える。

 

「ッ――くっ、はぁ……はぁ……」

 

 気がつけばグルグルと回っていた視界は安定し、四肢にも感覚が戻っていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 呼吸を整えながら、空を舞うキャスターを見上げ静かに語る。

 

「セイバーのこと、桜のこと、それも戦う理由だけどさ。なんというか……もっと根本的な理由もある」

 

 セイバーを召喚した夜。

 確かに俺は何も分かっていなかった。

 

 だが、その日の夜に教会で言峰に問われたのだ。

 戦いを続けるのか今ここで降りるのかと、俺はその時自らの意思で戦うと決めたのだった。

 

「確かに初めは巻き込まれただけだった。でもその後セイバーと共に戦おうと決めたのは俺自身の意思だ。なら、途中でそれを放りだす事は出来ない。それは例えセイバーが消えたとしてもだ」

 

 正しいとか間違ってるとかじゃない。

 俺にそんな器用な生き方はできない。

 

 ただ、俺は一度戦うと決めた。

 戦い続ける理由なんてそれだけで充分だ。

 

「あなたは――」

 

 空を舞うキャスターが、俺を見つめる。

 その瞳は先程のまでの冷たい色合いとは違い、どこか暖かな感じがした。

 

「――少し、宗一郎様と似ているわね」

 

 そうポツリと小さく呟くと、キャスターがローブを畳み地面に降りてくる。

 

「………いいわ、今の坊なら傀儡にするよりもそのままの方が有用そうね。魔術も多少は様になってきたようだし」

 

 杖を収めるキャスター……戦闘するつもりはもはやないらしい。

 

 俺はキャスターに勝てたのか?

 いや…違うな、本気でキャスターが俺を傀儡にするつもりなら、やりようはもっとあったはずだ。

 戦闘中にキャスターが俺にかけた言葉はどこか俺を激励し、奮起させるような言葉でもあった。

 

「もしかして……最初から俺を鍛えるために戦ってたのか?」

「えぇ、坊やには下手な練習よりも実践形式の方が手っ取り早いと思ってね」

 

 なんだ……演技だったのか……

 こっちはキャスターと戦うってことにかなり覚悟を決めて挑んだつもりだったのに。

 

「といっても、もし坊やが醜態を晒すようなことをしていればその時はどうしていたか分からないけれどね。もし、私と戦いたくないだとか甘いことを喚いたり、ただ無様に助けを乞うだけだったりとヌルい覚悟だったのならばきっと見捨てていたでしょうね」

 

 この言葉は……多分、嘘って訳ではないな。

 俺に価値なしと判断すればキャスターは本当に俺を傀儡にしていただろう。

 だが、なんとかキャスターのテストをクリアすることはできたらしい。

 

「じゃあ……同盟関係は続行ってことでいいのかな?」

「えぇ……けれど、一応言っておくけれど私の目的が聖杯だということに変わりはないわ。臓硯を倒すためにも、桜さんを助けることに協力はするけれどそのことは忘れないで頂戴ね」

「あぁ分かっている。その辺りをなぁなぁにするつもりはないよ。キャスター」

 

 元々キャスターとの同盟関係は対等のつもりでいたが、やはりセイバーがいたこちらの方がどこか優位に立っている部分はあった。

 だか、今日俺はセイバーを失った、これでホントにキャスターと対等になれたと言える。

 

「サーヴァントを失ったマスターとマスターを失ったサーヴァント、ある意味ではお似合いだろう。改めてよろしく頼むよキャスター」

「ふっ……なるほど、確かに私たちは互いにパートナーを失った者同士ね。そういう意味では私達は似た者同士なのかしらね」

 

 キャスターに手を差し出し、キャスターもその手をとる。

 それぞれの目的はキャスターは聖杯を得て葛木先生を蘇生させること、そして俺は臓硯から桜を救い出すこと。

 それぞれが互いに失ったもののために戦う、そんなコンビがここに結成されたことになる。

 

「さて……それでは、とりあえず現状の確認とこれからの方針を改めて確認しましょうか」

 

 そうだな……正直、桜の身に何が起きたのかはよく分かってない、今一度しっかりと把握しておいたほうがいいだろう。

 

「桜さんについてだけれどまだ完全に乗っ取られてはいないのでしょう?恐らく、本来はもう少しタイミングを見計らって万全の状況で体を乗っ取るつもりだったけれど私の存在を警戒して時期を早めたから不完全な形になったのね」

 

 臓硯もそんなことを言っていたな。

 キャスターがいたおかげで乗っ取りが不完全になったことを幸運と思うべきか、時期が早まったことによって対策を立てる暇もなかったと考えるべきか……

 

「自我が残っているのは幸いだったと言うべきでしょうね。しばらくはあちらも自由に振る舞うということはできないと思うし、今まで耐えてきたのならすぐさま自我が消滅するということはないと思うわ。もちろん……悠長に構えている暇もないけれどね」

 

 その言葉にひとまず安堵する。

 猶予がどれだけあるかは分からないが、今すぐにでも臓硯を倒さなければいけないという訳ではないらしい。

 ならば、今は桜をどうやって助けるかをしっかりと考えるべきだ。

 

「キャスターの宝具で桜を臓硯の支配から解放するってことはできないのか」

 

 契約破りの短剣。

 サーヴァントとマスターの繋がりすらも断つ宝具ならば、桜を救い出せるのではないだろうか。

 

「いいえ、それは多分無理でしょうね。彼女の体に埋め込まれた蟲はおそらくかなり昔に埋め込まれたものよ。長い年月をかけて肉体と同化するほどに……『破戒すべき全ての符』では物理的な繋がりまでは断てないし、仮にそんな状況で無理矢理繋がりをたてば、間違いなく生命に支障が出るわ」

 

 そうか…『破戒すべき全ての符』を使って一撃で解決というのが理想だったのだが、やはり、そう簡単にはいかないか。

 

「そうなると取れる手段は臓硯となんとか交渉して肉体から追い出すか、桜さん自身が自力でなんとかするか、長い時間をかけて治療するかの3つでしょうね」

 

 臓硯と交渉……と言っても聖杯戦争は奴の優勢で進んでいる。こちらに差し出せるようなものもないし、交渉材料がない以上は奴に要求を呑ませることは無理だろう。

 

 桜自身がなんとかする……こちらもあまり期待できないだろう。

 自我が消えないように耐えているだけでも桜はよく闘ってくれているのだ、後はなんとか俺が助け出してやらなければなるまい。

 

 残るはなんとか治療することだが……キャスターの話では長い時間が必要らしい、少なくともホイと魔術を使って治療できるような簡単な話ではないだろう。

 治療している間は臓硯も抵抗するだろうし奴が従えているライダーやアサシンも動くだろう。

 なんとか臓硯を無効化して捕縛し、サーヴァント達は倒すしかないか……

 

「ライダーとアサシンは倒さないといけないだろうけど……頭数で臓硯に負けている以上こちらは圧倒的に不利だな」

 

 あちらは臓硯を入れて3人、こちらは2人、しかも俺は魔術師としてはほぼ素人ときてる。戦力としてはあまりに心もとない。

 

「えぇ、だから……他の陣営と臓硯に対する同盟を組んではどうかと思うの」

 

 キャスターがそう提案してくる。

 他の陣営との同盟か……確かに2人だけで戦うよりはまだ現実的か……

 

「けど、そう簡単に他の陣営が同盟を組んでくれるかな?」

「臓硯は2騎のサーヴァントを従え、サーヴァントを取り込む影まで使ってくるわ。それは他の陣営にとっても面白くないでしょう。受けてくれる可能性は高いと思うわ。それに、仮に同盟自体は組めなくても、臓硯の情報を教えておけばサーヴァントを倒してくれる可能性もあるわ。あとは隙を見て桜さんを救出すれば良い」

 

 確かに臓硯の存在を他のマスターたちに知らせておくだけでもだいぶ違うか……

 

 此度の聖杯戦争ではセイバー、ランサーが退場した。

 そして、臓硯のもとにはライダーとアサシンが、俺のもとにはキャスターがいる。

 残りは遠坂のアーチャーとイリヤのバーサーカーだ。

 アーチャーは分からないが、バーサーカーならばアサシンとライダーの2人を相手にしても倒せる可能性は十分にあるだろう。

 

「じゃあ、今から早速、遠坂とイリヤに話しに行くか?」

「いえ……今日はもう休みなさい。今日は体力を養って、2人に会うのは明日にすべきよ」

「でも……万が一、遠坂とイリヤが臓硯に狙われるようなことがあったら……」

「おそらく、臓硯自身まだそう自由には動けないでしょうし、そうなれば敵はアサシンとライダーだけよ。あの影がなければアーチャーもバーサーカーもそう簡単にやられはしないでしょう」

 

 確かにアサシンやライダーは白兵戦に滅法強いというわけではない。

 仮に戦闘になったとしてもバーサーカーを連れたイリヤはもちろん、魔術師として俺なんかよりよっぽど強い遠坂も逃げ切ることはできるだろう。

 でも、それだって絶対という確証があるわけではない。

 やはり、今すぐ行くべきなのではないだろうか……

 

「……坊やは自分で思ってるよりも疲労しているわ。心も体もね。場合によっては同盟を拒否されてアーチャーやバーサーカーと戦闘になる可能性もゼロではないのよ。今日は大人しくお休みなさい」

 

 確かに、遠坂はともかくイリヤなら臓硯を1人で倒せると言って同盟を突っぱねられ逆にその場で戦闘になる可能性もなくはないか……

 それに……俺だけじゃなくキャスターも今日は戦闘をこなしているのだ、彼女だって疲弊しているはずだ。

 

「……分かった。今日はもう大人しく休んで明日に備えよう」

 

 こうしてセイバーと桜を失った長い夜は、ようやく終わりを迎えたのだった。

 

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