HFルートの途中でもし士郎がキャスターを助けていたらというお話   作:ふりかけ@木三中

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14話目 2月8日 朝 黒に染まりし戦士

 

「同盟の話し合いについてなんだけど……」

 

 モグモグと朝ごはんを食べながら、キャスターと今日の予定について話す。

 朝ごはんを食べ終えれば、すぐに遠坂とイリヤたちのもとへと同盟の話をしにいくつもりだったのだが……

 

「よく考えると、俺、遠坂の家もイリヤの家も知らないんだよな……」

 

 今まで会っていたのは遠坂とは学校で、イリヤとは公園でだったからな。

 こちらから彼女達の家を訪れるということはなかった。

 

「場所は私が知っているわ。柳洞寺にいた頃、他のマスターについては調べていたから」

 

 そうなのか……流石はキャスターだな。

 真正面の戦闘においては他のサーヴァントに劣る部分もあるが、それ以外の情報収集能力なんかはやはり優秀だ。

 

「あぁ、それと、忘れない内にかけておかなくちゃね……坊や、手を出しない」

 

 キャスターが何か思い出したようにそう呟き、俺は言われたままに手を差し出す。

 

 その手にキャスターの白い手がそっと握られ、ひんやりとしたキャスターの手の感触が伝わってくる。

 

「――――」

 

 キャスターが小さく呪文を唱える。

 同時に体の中に何かが流れてくるような感覚があった。

 

「――――今のは?」

「強化魔術よ。戦いになる可能性もあるから一応かけておこうと思ってね」

 

 強化魔術……文字通り対象を強化させ能力を向上させる魔術だ。

 生物に、それも他者にかけるものは相当に難易度が高いはずなのだが、こうも簡単に成功させるのは流石は魔術師のクラスのサーヴァントだ。

 

「ふーん……でも、あんまり変わった感じがしないな」

 

 軽く体を動かして感覚を確かめてみるが特に何も変わった感じはない。違和感を覚えないほどキャスターの強化が上手いということなのだろうけど、これだと強化をかけてもらったっていう実感があまり湧かないな……

 

「そうね、それじゃ少し試してみましょうか」

 

 そういうと、キャスターは近くに置いておいた俺の竹刀を手に取る。

 

 まさかその竹刀で俺を――

 

「行くわよ」

「えっ……ちょ、まっ――」

 

 制止する暇もなくキャスターが竹刀を振りかぶる。

 キャスターの竹刀の構えはメチャクチャだったし、筋力だってそれほどないだろう。

 でも、竹刀は竹刀だ。

 思わず目を閉じてくるであろう衝撃に備えたのだが――

 

「あれ……?全然痛くない」

 

 しかし竹刀が当たっても予期していたほどの痛みはなかった。

 感触はあるにはあったが、丸めた紙ではたかれたぐらいの感覚だ。かなり衝撃が軽減されているらしい。

 

「効果は分かったかしら?まぁ、流石にサーヴァントの攻撃を正面から防げるほど強力って訳じゃあないけれどね、流れ弾くらいなら防げるでしょう」

 

 それだけでもありがたい。

 俺程度ではサーヴァントの攻撃の余波だけで死にかねないからな、その確率を減らせるだけでもだいぶ変わってくるだろう。

 

「でも、強化魔術を他人にかけられるんだったら。もっと前からかけてくれても良かったのに」

 

 そう文句を言う俺に、キャスターは一瞬言い淀んだあと口を開く。

 

「…………今だから言ってしまうけれどね。最初は坊やが死んでしまったのならそれはそれで構わないと思っていたの」

 

 そうバツが悪そうにキャスターが語る。

 

「マスターを失うことによるデメリットもあるから積極的に死んで欲しいとまでは思っていなかったけれど、死んでも構わないとは思っていたわ。もし、そうなればセイバーを奪って使うつもりでいたのよ」

 

 わざわざ魔術の指導をしてくれたことからも積極的に死んで欲しいと思っていたわけではないと言うのは本当なのだろう。

 だが……死んでも構わないと思っていたこともまた事実なのだろう。

 

「セイバーがいなくなったから、こうして強化をかけてくれたってことか」

「ええ、まぁ……それもあるけれど……今は一応、坊やに死んで欲しくないとは思っているのよ。単純にメリットどうこうの話としてではなく心情の話として、ね」

 

……少しはキャスターの信頼を得られたと思っていいのだろうか、桜やセイバーのことも守れなかった情けない俺だが、多少なりともキャスターにマスターとして思われているのだったら嬉しくはある。

 

「そういえば……この強化って葛木先生にもかけていたのか?」

 

 キャスターは元のマスターである葛木先生のことをかなり大事に思っていたようだし、やはり彼にも強化をかけていたのだろうか。

 

「えぇ、一応ね。もっとも違和感があって動きが狂うとおっしゃられて、強化部分は腕だけだったけれど」

 

 うーん、特に違和感とかは感じないけどなぁ、強いて言うなら多少厚着をしているような感覚がしないでもないが、言われないと気にならないレベルであり、よっぽど精緻な動きでも求められない限りは特に支障もないだろう。

 

「何にせよ、強化をかけてもらったのはありがたいよ。それじゃ、そろそろ行こうか」

 

 話をしている間に朝飯も食い終わり、出かける準備をする。

 

 目的は同盟への話し合い。

 

 まず目指すは、比較的話の通じそうな遠坂の家だ。

 

 

 

 

「出ないな……留守なのかな?」

 

 意気込んで家を出たものの、いきなり遠坂が不在という問題に出くわす。

 レンガづくりの大きな屋敷の前で何度か呼び鈴を押すが人が出てくる気配はない。

 

「ホントに遠坂の家はここで合ってるんだよな…」

「えぇ、結界も張られてるいるし間違い無いわよ」

 

 今日は学校もないし、出かけるにしても朝早いこの時間なら家にいると思ったのだがな……

 

「うーん。最後に会った時は聖杯について遠坂なりに調べると言っていた。もしかしたらそれかもな」

 

 他のサーヴァントが戦闘をしていれば多分、キャスターが気付くだろうし遠坂が知らぬ間にやられてしまったということはないだろう。

 なら、やはり聖杯について調査していてどこかに行っていると考えるべきだろう。

 

「……いつ帰ってくるか分からないのに待つのもアレだよな……」

 

 桜の肉体が臓硯に完全に乗っ取られるまではまだ暫く猶予があるというのがキャスターの見解だが、だからといって時間を無駄にするわけにはいかない。

 

「仕方ない、先にイリヤ達のところに行くか」

 

 イリヤの真意は少し分からないところがあるが、今回の目的はあくまでも話し合いだ。

 おそらく戦いになる可能性は低いだろう、そんな軽い気持ちで俺たちはイリヤの住むという城へと向かうのだった。

 

 

 

 

「こんな森の中に城があるんだな……」

 

 街の外れ、日の光も遮るほど鬱蒼とした森の中を歩く。

 キャスターの話ではこの森の奥にイリヤが拠点としている城があるらしい。

 

「ボーッとしてないで気をつけてちょうだいよ。ここはすでにバーサーカーのマスターの陣地なのですから。トラップとなる魔術も幾つか仕掛けられているわ」

 

 辺りを見回している俺にキャスターが注意を促してくる。

 

「特に攻撃をしてくる様子はないし、仕掛けられているトラップも私ならば簡単に解除できるものだけれど、坊やの力量で森に迷えば一生城にはたどり着けないわ。私から離れることのないように」

 

 詳しい原理は分からないが、決められた道順通りに進まなければ城にはたどり着けないようになっているらしい。

 ホントにキャスターがいてくれて良かった。

 もし、キャスターの魔術がなければイリヤに直接道のりを教えてもらうことぐらいしか城へたどり着く方法はなかっただろうからな。

 

「そう言えば、バーサーカー……ヘラクレスのことはキャスターは生前から知っていたんだよな」

 

 これから向かうイリヤが連れたサーヴァント……ヘラクレスについてキャスターに話を聞く。

 

 キャスターとバーサーカーは神話の中で接点があるはずだ。

 

 キャスター……コルキスの姫メディアが乗ることなったアルゴー船。

 その船には彼女の国に伝わるという金羊の皮を手に入れるという無理難題に挑むためギリシャの英雄達が多く乗船していた。

 

 船長にして、のちにメディアと婚姻を結ぶこととなる、イアソン。

 弓の名手にして見目麗しい女性であったという、アタランテ。

 不死の薬を実現させ神々の怒りを買った名医、アスクレピオス。

 海神ポセイドンから強靭な体を授けられたという、カイニス。

 迷宮に籠る魔獣ミノタウロスを退治したという英雄、テセウス。

 星々の光をもって船乗りを導くという双子、ディオスクロイ。

 

 そうした、名だたる賢者や英傑達が乗り込む中でなお最も高名であったと言っていいのが怪力無双の英雄、ヘラクレスだ。

 

 もっとも神話によってはヘラクレスはコルキスへとたどり着く前に途中で船を降りたという話もあるのだが、何にせよかの英雄についてはキャスターはある程度知っているのではないだろうか。

 

「えぇ、全く。最初にヘラクレスが召喚されていると知った時は青ざめたわ。正面からはもちろん搦め手でもってしても通じるような相手ではないもの」

「あぁ、ヘラクレスはただでさえ怪力で有名なのに、バーサーカーで召喚されてパワーアップしてるんだもんな」

「いえ……バーサーカーで現界していることはむしろ幸運かしらね。彼がもし理性を保っつことができる他のクラス……アーチャー辺りで呼ばれていれば今頃戦争は彼の勝利に終わっていたでしょうから」

 

 ヘラクレスが弓の名手でもあるという話は知っているがそれほどなのか……狂化して向上した能力よりも、理性を失ったことによって技術も無くしてしまったことの方がパワーダウンであると……生前のヘラクレスはよっぽど強かったのだろうな。

 もっとも……どちらにせよ今のバーサーカーも『十二の試練』という強力な宝具を持っているらしい。

 低ランクの攻撃を弾き、12個の命をストックできる今の彼を殺しきれる者など早々いるとも思えないが……

 

「っ…………止まって!」

 

 そんな事を考えながら歩いていると、急にキャスターが制止の声を上げる。

 見れば、その視線は10メートル程先の木へと注がれている。

 

「そこの木の後ろに隠れているのは分かっているのよ!出てきなさい!」

 

 キャスターが杖を掲げ木の陰に向かって叫ぶ。

 その声に観念したかのように木の後ろから人影が姿を現わす。

 

「遠坂!なんでこんなところに!?」

 

 木の陰から出てきたのは遠坂だった。

 家にいないと思ったらこんなところにいたのか…

 

 遠坂は戦闘の意思は無いようで手を上げてこちらに近づいてくる。その後ろには彼女のサーヴァントであるアーチャーも控えているが、こちらも特に武器なんかは持っていない。

 

「こんにちは衛宮君、戦闘する気はないから安心してちょうだい。念のため様子を伺っていただけよ。アーチャークラスなら遠距離の方が有利だし戦うつもりならこんなに不用意に近づかないでしょう」

 

 遠坂が杖を掲げるキャスターに戦闘の意思がないことを示す。

 その言葉にキャスターはチラリと俺の方を見てきたので、頷くと、大人しく杖を下ろした。

 

「ふーん、彼女が件のキャスターね……」

 

 そんなキャスターを遠坂が興味深げに見つめる。

 そういえば、遠坂にキャスターの話はしたけれど、実際に顔を合わせるのは初めてか。

 キャスターも遠坂のことを警戒するようにジッと見つめている。

 

「アーチャーのマスターで遠坂家の当主、遠坂凛よ……あなたがキャスターね。衛宮君から話は聞いてるわ。色々と、ね……」

「自己紹介は必要ないわよ。今回の戦争に参加しているマスターについては一通り調べさせてもらったもの。戦い方や、能力もね……」

 

 そう言って2人が見つめ合う。

 その言葉には多少の牽制の色が含まれているが、とりあえず今すぐここでドンパチしようというつもりは互いにないらしく後ろに控えているアーチャーも動く様子はない。

 

「えーと、遠坂はこんなところで何やってたんだ?まさかバーサーカーを倒しに来たのか?」

「いいえ、衛宮君から汚染された聖杯の話を聞いてから私なりに残ってた資料とか地脈を調べたりしててね、アインツベルンにも話を聞きにきたのよ」

 

 アインツベルは御三家の1つだし、聖杯を作って提供したりもしてるらしい。汚染された聖杯について話を聞きにくるのはある意味当然の流れか。

 

「衛宮君こそ、こんなところで何してるのよ、バーサーカーを倒しにきたって感じじゃないわよね。セイバーを連れてないもの……彼女は留守番してるのかしら?」

 

 その言葉に僅かに返答に詰まる。

 セイバーは……

 

「セイバーは……もう、やられてしまった」

 

 その言葉に遠坂が驚愕の声を上げ、後ろに立つアーチャーも僅かに目を見開く。

 

「セイバーが!?いったい誰に、セイバーはステータスだって高かったし、キャスターも一緒にいたんでしょう。それなのにやられるなんて……」

 

 遠坂の驚きはもっともだ、俺もあんなことになるなんて思ってなかったんだから……

 

「間桐臓硯だ……あいつが桜の体を使って――」

「桜が?ちょっと、桜がどうしたのよ、まさかあの子に何かあったの!?」

 

 説明しようとする俺を無視して遠坂がまくし立てるように質問をしてくる。

 俺の家に桜を泊まるように提案したのは遠坂だ、だからかは分からないが今の遠坂のかなり動揺しているように見えた。

 

 とりあえず順を追って、遠坂に説明しようした時だった。

 

「――待て、2人とも静かにしろ」

 

 今まで沈黙を保っていたアーチャーが口を開いた。

 その表情は険しい様子で森の奥を見つめている。

 

「キャスター……君も感じたか?」

「えぇ、この魔力……戦闘が行われているわ」

 

 アーチャーとキャスターが目配せしてそう語る。

 

 耳をすませてよく聞いてみれば、何かを破壊するような音とそれに伴う地響きも聞こえてきた。

 

 戦闘が行われているのは間違いない……方角からするにイリヤ達がいるという城の方向だ、イリヤとバーサーカーが何者かと戦っているのだろう。

 

 だとしたら、相手はまさか臓硯か?

 

 キャスターの読みでは桜の体が馴染むまではしばらくアイツは自由に動けないだろうという話だったのだが――

 

「あの影の魔力は感じないわ……それと確認できる魔力から数えるに敵は2人ね。臓硯本人はおそらく出張ってきていないわ」

 

 キャスターがそう報告してくれる。

 臓硯本人は来ていないのか……ならライダーとアサシンが戦っているのだろうか。

 いくら2対1とはいえ、あのバーサーカー相手には厳しい戦いだと思うのだが……

 

「何か……妙な感じがするわね、感じる魔力量があまりにも多い……聖杯の力を得たとはいえライダーやアサシンがこれほどの力を持っているとは思えないのだけれど……」

 

 キャスターは何か引っかかりを覚えているようだ。臓硯が何か仕掛けたのか……何にせよこのままイリヤが倒されてしまうようなことがあればこちらとしても困る。

 

「行こう、キャスター。とりあえず状況を確認しないと。遠坂達もくるよな?」

「……えぇ、けど出会い頭の全滅を防ぐためにも衛宮君達とは別方向から行くわ」

 

 そう短く告げると遠坂がアーチャーと共に森の中を駆けていく。

 確かに、詳細は不明だがバーサーカーと戦うような相手なら警戒はしておくに越したことはない。

 

「キャスター、俺たちも行こう」

 

 俺の言葉にキャスターはコクリと頷くと、険しい目つきで前を見据える。

 そして俺たちはイリヤ達が戦闘しているであろう場所へと駆け出すのだった。

 

 

 

 

 森の中を走り抜ける。

 1歩ずつ近づくたびに戦闘の音が鮮明に聞こえてくる。絶え間なく聞こえてくる音は爆音と言って良いほどの音量で、その戦闘の激しさを物語っている。

 

「ここか……!」

 

 爆音の発生源へと到着する。

 城から少し離れた場所、木々のない広けた場所で戦闘は行われていた。

 辺りの地面は陥没し、戦闘の衝撃ためか近くに生えていたであろう木が何本かなぎ倒されている。

 その惨状を見てもどれだけこの戦闘がどれほど激しいものなのかが分かる。

 

「…………」

 

 足を止め、様子を伺う。

 その場から確認できるサーヴァントは2人、少し離れた位置にはバーサーカーのマスターであるイリヤも立っている。

 

 目を凝らしそれぞれのサーヴァントの姿を見る。

 

 まず1人はバーサーカー。

 大剣を振るうその巨体にはいくつかの大きな切り傷がついており、裂けた切り傷からは血がダクダクと流れ地面を濡らしている。

 そんなバーサーカーをイリヤは不安げに見つめている。

 バーサーカーの宝具は低ランクの攻撃ならば弾く効果があるはずだが……その奴に傷をつけるとは……

 

 もう一方のサーヴァントを見る。

 予想と違い、ライダーでもアサシンでもない。

 だが、その姿……いや、その武器には俺は見覚えがあった。

 

「あいつ、まさか――ランサーか!?」

 

 奴が構えている朱い槍、必中と必殺の呪いを持った魔槍ゲイ・ボルク。

 棘などが生えて禍々しい形へと変化しているがそれは間違いなくランサーが所持していたものだ。

 

「何で、あいつが――」

 

 ランサーは柳洞寺で影に呑まれて消えてしまったはずだ。奴のマスターであった言峰もそう言っていた。

 

 改めてランサーの様子を確認する。

 

 その相貌は以前のランサーとは大きく変わっていた。

 何らかの生物の骨のような鎧を身に纏い、そこから見える生気を感じさせない白い肌には紋様のようなものが描かれている。

 そして、もっとも以前のランサーと違うと思ったのは奴の目だ。

 以前のランサーは好戦的な態度で、獣のように爛々と輝く瞳をしていた。

 だが、今の奴の瞳はどこか鈍い光を宿し、その雰囲気も好戦的というよりはむしろ気怠げなものを纏っている。

 

「なるほど――影に取り込んだサーヴァントを魔力に還元せずに聖杯の力で染め上げてそのまま使役しているのね。まさか、こんな事までできるとは――」

 

 キャスターが呻くように呟く。

 取り込んだサーヴァントを使役している?

 

 それなら、俺のサーヴァントであった彼女も――

 

「ッ――――」

 

 その時ようやく気づく。

 この場にいたサーヴァントは2人だけではなかった。

 今までバーサーカーの巨体に隠れて見えなかったが、もう1人のサーヴァントがバーサーカーと剣を交えている。

 

 黒い甲冑を身にまとった剣士。

 少し見た目が変わりバイザーで目は覆われているが間違いない、彼女は――

 

「セイ、バー……………」

 

 思わず口から言葉がもれる。

 臓硯によって影によって呑まれたはずの彼女。

 まさか、臓硯に操られているのか――

 

「■■■■■■―――!!」

 呆然とする俺をよそに状況は動く。

 バーサーカーの大剣が振るわれ、大地を砕きえるほどの力が込められたそれがセイバーへと迫る。

 

 そして――

 

「フッ――――!!」

 

 ガギィンと甲高い音を立てて、セイバーの剣がバーサーカーの大剣を弾く。

 見れば、その剣からは闇のように深く黒い光が放たれている。

 可視化できるほどの膨大な魔力放出、これも臓硯の影響なのだろうか……

 

「■■■■■■―――!!」

 

 剣を弾かれたバーサーカーが僅かに姿勢を乱す、そしてその隙を見逃すセイバーではない。

 

「約束された――――」

 

 セイバーが剣を振りかぶり、黒い光が収縮し剣に込められる。

 

「――――勝利の剣」

 

 解放された宝具の真名。

 

 漆黒の光を宿してなお、気高さと美しさを持ったセイバーの剣。

 しかし、そこに込められた魔力は膨大なものであり、光の奔流が斬撃となって辺り一面を吹き飛ばす。

 

「ぐっ…………」

 

 凄まじい衝撃に思わず目を覆う。

 そして、次に目を開けて来た時に飛び込んできたのは上半身が綺麗さっぱり消え失せたバーサーカーの姿だった。

 支えを失ったように下半身がゴロリと地面に転がる。

 

 その光景に絶句し、タラリと冷や汗を流す。

 

 俺がセイバーを召喚した日、バーサーカーとも戦闘になった。

 その時は、その凄まじい怪力を前にセイバーが翻弄されていた。

 しかし今はまるで逆だ、セイバーが膨大な魔力をもってバーサーカーを圧倒している。

 

「バーサーカー!!」

 

イリヤの悲痛な叫びが響く。

 

「■■■■■■――!!」

 

その叫びに応えるように、バーサーカーが雄叫びを上げ、体を再生させていく。

 

『十二の試練』

 

 バーサーカーの宝具。

 苦難の報酬として得た神々より与えられた強力な不死性。

 

 そうだ、バーサーカーにはまだ、この宝具がある。

 

 でたらめな不死性と防御力を持ったこの宝具がある限りセイバーがどれだけ圧倒的な力を持っていたしても、バーサーカーを殺しきることは容易じゃない筈だ。

 

「……再生するたびにその攻撃に対する耐性を得るか……聖杯の魔力があるとはいえ、私の剣ではこの辺りが限度だな」

 

 セイバーが嘆息するようにそう呟く。

 口ぶりからするに既に数回バーサーカーを宝具で屠っているのだろう。だが、これ以上はさしものセイバーでも厳しいらしい。

 

「ランサー、あとは貴様に譲ろう」

 

 その言葉に、それまで横に控えて援護に徹していたランサーがゆらりと槍を構え直す。

 

「……おい、爺さん。こいつはもう殺しちまっても良いんだよな?」

 

 冷たい瞳でバーサーカーを睨みながら虚空へとそう問いかけるランサー。

 

 いや……虚空に話しているのではない。

 

 よく見れば、ランサーの近くに小さな蟲が飛んでおり、それに向かって語りかけていた。

 

 おそらく臓硯の放った使い魔だろう。

 わざわざあんなモノを使うということは、やはり臓硯は自由に動き回ることができないという証拠だ。

 桜の体をまだ完全に乗っ取れていないからこそ、あんなモノを中継してランサー達に指示を出している。

 この場にライダーとアサシンの姿が見えないのも、自由に動けない自分の周囲に置くことで警護させているのだろう。

 

「バーサーカーは処分して構わん。お主らのように聖杯の泥を使って使役するかとも考えたが狂化しているとなれば手綱を握るのも一苦労であろう。どの道、そろそろ聖杯の器も満たしていかなければなるまい。ギリシアの大英雄ともなれば、さぞかし良い贄となろうよ」

 

 ランサーの問いに、蟲を通して臓硯が言葉を返す。

 聖杯の泥を使っての使役……詳しい原理は分からないが、やはりランサーとセイバーの変貌の原因はこいつか……

 

「呼んでもないのにギャラリーまで来やがったしな……ここらで、そろそろ終わりにするか」

 

 そう言ってチラリとランサーが俺たちに視線を向けるが、直ぐにバーサーカーへと視線を戻すと、槍の穂先をその巨体へと向け、体全体をくぐめるような姿勢をとる。

 

 ランサーの四肢に力が籠められ、吹き出る魔力が空気を揺らす。

 

 おそらく、ランサーは宝具を使ってバーサーカーにトドメを刺すつもりなのだろう。

 

 セイバーを召喚した夜もランサーに宝具を使用された。

 その時の話では、あの槍には因果の逆転による必中の力と貫いた相手の傷の回復を阻害する呪いがかけられているらしい。

 

 しかも……今バーサーカーに向かって放たれようとしている宝具はかつてセイバーに放ったものとは使われる槍は同じでも、その威力は恐らく異なる。

 刺突ではなく投擲の構えを取っているということもそうだが、もっと膨大な魔力とおぞましい気配を感じるからだ。

 

「いくぜ――――」

 

 槍を大きく振りかぶるランサー。

 肉体をルーン魔術で強化しているのか体中に文字が浮き出る。

 

『――――抉り穿つ鏖殺の槍!!』

 

 渾身の力を持って槍がバーサーカーに向かって投擲される。

 その凄まじい衝撃はランサー自身の肉体も保たないのか、ブチブチと肉が裂け血が溢れ出ている。

 

 同時にルーン魔術が発動し、ランサーの傷が修復され、そしてまた投擲の衝撃でランサーの体から血が吹き出る。

 

 崩壊と再生を繰り返して、ランサーの肉体から限界を超えた威力で槍が撃ち出される。

 

 空気を震わすほどの魔力と自壊するほどの衝撃によって放たれた朱い槍。

 

 槍自身が秘めた呪いと投擲による強力な威力を込められたソレはまさに必殺の一撃だ。

 

「■■■■■■――!!」

 

 凄まじい速度で放たれたそれにはバーサーカーは避けることも防御することも敵わず。

 ただ、真正面から槍がバーサーカーの心臓を抉る。

 

 ランサーの槍とバーサーカーの肉体。

 必殺の概念を持つ宝具と不死の概念を持つ宝具。

 まるで故事の矛盾のごとく奇跡と奇跡がぶつかり合う。

 

 そして、その結果は――

 

「へぇ……まだ、ギリギリ原型を保っているか……セイバーが数を削ってなければ……こっちもヤバかったかもな」

 

 バーサーカーはランサーの宝具を受けながらもなんとか大地に立っていた。

 だがその体はボロボロと崩れ始めており、命のストックを使い切ってしまったのか、あるいは不死という概念をランサーの槍の必殺の概念が上回ったのか、再生を始める気配はない。

 

 もはやバーサーカーの消滅は秒読みだろう。

 

 ランサーは戦いは既に決したとでも言うように槍の穂先を肩にかけて、その有様を見つめている。

 

「……相手はギリシアの大英雄だ。もはや蘇ることはないだろうが、トドメはきっちりと刺しておけ」

 

 槍を収めたランサーに対して、セイバーが冷たい声でそう語ると、手に持った剣を瀕死のバーサーカーに向けて振るう。

 

「駄目……駄目よ、バーサーカー……!」

 

 まさに今、剣を振りおろさんとするセイバーと、もはや動くこともできず倒れ込むバーサーカーの間に割って入ろうとでも言うようにイリヤが駆け出す。

 

「ッ―――危ない、戻れ、イリヤ!」

 

 そんなイリヤを見て思わず俺も前に出てしまった。

 

 だが、距離的には俺よりもイリヤの方がバーサーカー達に近い。

 イリヤはバーサーカーの前に盾となるかのように立ち、セイバーの剣をその身で受けようとする。

 

 駄目だ、間に合わない。

 

 イリヤの首が吹き飛ぶ光景が脳裏をよぎる。

 

 しかし――

 

「■■■■■■――!!」

 

 主を守るためか、ボロボロに崩れた体でバーサーカーが巨剣を振るう。

 

 その反撃はセイバーにも予想外だったのか、咄嗟に回避しようと仰け反るが、その巨大な剣の切っ先が身につけた黒いヘルムを掠る。

 

 パキリという音。

 

 セイバーの黒いヘルムに亀裂が入り、そのまま砕けて地面に落ちる。

 

「――バーサーカー…………最後まで自らの主を守ったか…………」

 

 露わとなった金色の瞳でセイバーが消えゆくバーサーカーを見つめる。

 

 主を守るために最後の力を振り絞った狂戦士、そしてそんな彼の最期を見つめる黒い騎士の心境は俺には読み取れない。

 

 だが――――

 

「…………」

 

 セイバーは飛び出してきた俺に視線を移すと、剣を握り直し俺へと向ける。

 

 その冷たい瞳と氷のように張り付いた表情からはセイバーの真意は分からない。

 

 しかし、その行為は紛れもなく俺たちへの敵対を表している。

 

「セイバー…………」

 

 セイバーが臓硯に何をされたのか具体的なことは分からない。

 だか、少なくとも今、彼女は俺たちにとっての敵なのだと認識しなくてはならない。

 

「――イリヤ…………手を」

 

 未だに呆然とした表情のイリヤに向かって手を伸ばす。

 今のセイバーは敵だ、余分な感情を切り払い、ただこの白い少女を助けることだけを考える。

 

 なんとかしてこの場から逃げださなければならないが、下手に背中を見せたらその瞬間に切り捨てられる。

 

 そう思い、とりあえずイリヤの手をとったのだが――

 

「――――」

 

 その行動で、完全にセイバーも俺を敵と認識したのか剣を振り上る。

 

 くそっ――なんとかしてセイバーを――

 

 そう考えた時だった。

 

「!!」

 

 セイバーが突然、あらぬ方向に向けて剣を振るう。

 

 それと同時に響く、金属音。

 

 見ればどこからともなく放たれた矢をセイバーが弾いたようだ。

 

「アーチャーか!!」

 

 今まで様子を見ていたのだろう。物陰から飛び出して来たアーチャーが手に二振りの刀を持ってセイバーに切りかかる。

 

 対してセイバーはそれを難なく受け止め、火花が舞い散る。

 そして二撃、三撃とアーチャーが打ち込むがその全てをセイバーはいなす。

 繰り広げられる剣戟、甲高い金属音が森の中に響く。

 

「くっ…………」

 

 攻めきれないアーチャーが歯がゆげな声を上げる。

 

 優勢なのはセイバーの方だ。

 速さと力ともにアーチャーよりも優っている。俺がマスターだった時ならともかく今のセイバーにはアーチャーでは勝ち目はない。

 

「フッ――――」

 

 セイバーが一歩踏み込み剣をアーチャーの頭上に向けて振り下ろす。

 アーチャーは双剣をクロスするようにしてなんとか防御するが、セイバーの一太刀によってその双剣は打ち砕かれてしまう。

 

 バラバラと破片と化した黒と白の曲刀がアーチャーの手からこぼれ落ちる。

 

 アーチャーは完全な丸腰、そんな奴に向かってセイバーがトドメの一撃を振るう。

 

 黒い剣の切っ先が奴の首元へと迫り――

 

「――――投影開始」

 

 ガキンと甲高い金属音と共にセイバーの剣が払われた。

 見れば、いつのまにかアーチャーの両手には砕かれたはずの双刀が握られている。

 

「まさか――今の投影は――」

 

 その光景に、キャスターが呆然と呟く。

 

 投影――アーチャーの剣を生み出す能力は投影によるものなのか。

 

 待てよ、それって――――

 

「何をしている、さっさと逃げろ!!」

 

 アーチャーの投影に対して何かを気付きかけた時、その思考を遮るように奴の怒号が響いた。

 

 そうだ――今はそんな事を考えている場合ではない。

 

 ここから逃げださなければ――

 

 イリヤを抱え、弾かれように走り出す。

 遠坂とキャスターも一緒だ。

 

 アーチャーもそれを確認すると一拍遅れて、セイバーから身を翻し背を向けて駆け出した。

 

「――どうするよ、追うか?」

 

 そんな俺たちに対して、のんびりとした口調でランサーがセイバーに問いかける。

 

「――私の宝具を使用すれば目的であるイリヤスフィールまで巻き込む可能性がある。それに、追跡ならば足の速い貴様の方が適任だろう、後のことは任せる」

 

 セイバーはそう語ると、目を瞑り、剣を地面に突き刺してその場に佇む。自ら手を出すつもりは無いという事らしい。

 

「ハッ……元の主人をその手にかけるのはやはり抵抗でもあるのか……かの騎士王様ともなれば『アレ』に呑まれても根っこはお行儀の良いままらしい……」

 

 ランサーはそう呟くと、俺たちに向かって駆け出す。

 追っ手はランサーだけのようだが、当然それを喜べるわけがない。追いつかれれば奴1人でも俺たちを殺すことはそう難しくはないだろう。

 

「ぐっ――はぁ……はぁ……」

 

 風を切る音を聞きながらひたすらに足を動かす。キャスターの強化のおかげか一歩一歩の進みが大きい気がする。イリヤを胸に抱きながらものすごい勢いで森の中を駆け抜ける。

 そんな俺の横を遠坂は自前の強化を施した脚で、キャスターはローブを広げ飛行するようにして並走する。

 

「くそっ――これでも振り切れないか――」

 

 常人から見れば今の俺たちはとんでもない速さで走っているはずだが、やはりその程度ではサーヴァントは振り切れない。

 グングンとランサーが距離を詰めてくる。

 

「ならば――喰らいなさい、Yupiteru!!」

「投影開始――――完了、ゆけ!」

 

 足止めをしようとキャスターとアーチャーが攻撃を放つ。

 キャスターの指先から放たれた光弾とアーチャーの黒弓から放たれた矢がランサーに向かって襲いかかる。

 

 だが――――

 

「悪いな、その程度の魔術や飛び道具じゃ俺には効かないんだよ」

 

 ランサーの歩みは止まらない。

 魔術はかき消え、アーチャーの矢は不自然な軌跡を描いてランサーから逸れる。

 

 恐らくそれぞれ対魔力となんらかのスキルによるものか……

 

「チッ――――やはり遠距離からではダメか」

 

 忌々しげに呟くと、アーチャーが双剣を投影しランサーに斬りかかる。

 だが、その剣をランサーは槍であっさりと受け流し、反撃するように突きを放つ。

 

「前に戦った時はその手品にちょいと驚いたが、所詮は弓兵。真正面からじゃテメエにゃ勝ち目はねぇよ」

 

 ランサーの嵐のように振るわれる槍の乱撃をアーチャーが二刀でなんとか捌く。

 しかし、その表情は歯を食い締めて苦悶の色を浮かべており、明らかな劣勢が見て取れた。

 

「アーチャー !」

「ぐ、早く逃げろ――凛!」

 

 立ち止まりアーチャーの名を叫ぶ遠坂。

 しかしアーチャーの声に再び、弾かれたように走り出す。

 

 アーチャーが時間を稼いでくれているが、きっと長くは続かない。

 なんとかしてランサーから逃げ切らなければ――

 

「――シロウ、もう降ろして。アイツらの狙いは私よ。私が残れば多分シロウ達までは攻撃してこない。だから、もう――」

 

 俺に抱かれたイリヤが、淡い笑顔を浮かべながらそんな諦めの言葉を口にする。

 

 確かに、奴らの目的がイリヤというのはその通りなのだろう。

 だからこそ、セイバーの宝具を使用して俺たちを吹き飛ばすという方法をとるのではなく、こうしてわざわざ追いかけて来ている。

 

 それでも――

 

「ダメだ。イリヤのことをアイツらに渡すつもりはない。絶対にイリヤのことは守り抜く」

 

 そう宣言して、イリヤのことをより強く抱きしめる。

 

 桜の肉体は臓硯によって乗っ取られ、セイバーも奴に奪われてしまった。

 

 これ以上、誰かを失うところは見たくない。

 

「シロウ………」

 

 そんな俺をボンヤリとイリヤが見つめる。

 イリヤのことは渡さない、いや、イリヤだけじゃない。ここにいるみんな誰1人として失うつもりはない。

 

「――私の転移魔術ならばここから逃げられるわ」

 

 俺の横を飛行するキャスターがそう提案する。

 転移魔術とは要はテレポートみたいなものだろう、それなら確かにランサーの足よりも早くここから逃げられる。

 

「ただ、柳洞寺にいた頃ならともかく今はそこまで魔力に余裕もないし、自分の陣地でない場所からの転移となると負担も大きいわ。今、坊やに残っている2画の令呪――その全てを使ったたとしても、転移できるのは私を含めて3人が限度ね」

 

 キャスター自身を含めて転移できるのは3人が限度――

 

 転移とは相当高度な魔術のはずだ。

 令呪の補助があるとは言え、それを自らの陣地でもない場所で使用できるキャスターはやはり破格の魔術師なのだろう。

 

 だが、それでもキャスターと共に転移できるのは2人までということかーー

 

 チラリと横目に走る遠坂を見る。

 

 この場にいるのは俺にイリヤに遠坂の3人。

 2人が転移で逃げられる限度ということは、必然的に誰か1人はここに残ることになる。

 

「誰か2人を送った後、すぐにまた転移で戻ってくるつもりだけれど、連続で使用するとなれば、魔力を貯めたりするのにさすがに数十秒ほど時間がかかるわ。残った者はその間、たった1人でランサーから逃げなければならない」

 

 数十秒。

 僅かな時間ではあるが、あのランサーから逃げることを考えるとあまりにも長い時間だ。

 

「――――私が残るわ、衛宮君達は逃げてちょうだい」

 

 キャスターの言葉に意を決したように遠坂が口を開く。

 

「遠坂!お前!」

「別に自己犠牲の精神ってわけじゃないわよ。ただ、合理的に考えてこれが一番良いってだけ。奴らの狙いがイリヤってことは渡したらきっとマズイことになるってことだし、衛宮君と私なら、私の方が生存率は高いでしょう」

 

 そう言って、遠坂は足を止めて背後を振り返る。

 

 俺も背後に視線を向けるとアーチャーがランサーの槍に貫かれ地面に伏していた。

急所はなんとか避けたのか消滅こそはしていないが、もはや戦闘はできないだろう。

 

 ランサーはアーチャーへのトドメよりもイリヤの捕獲を優先するようで、俺たちの方に視線を向け、再び歩を進め始める。

 

「さぁ――――早く行って。迷ってる間にもランサーはこっちに来てるのよ」

 

 遠坂はポケットから宝石を取り出すと、俺たちへと向かってくるランサーを睨む。

 

 遠坂は本気だ、本気で1人でここに残りランサーと戦うつもりだ。

 

「坊や……迷っている時間はないわよ!早く私に掴まって!」

 

 そう言って、キャスターが俺に対して手を伸ばす。

 

 そうだ、迷っている時間はない――

 

 右手を握りしめて、覚悟を決める。

 

 そして――

 

「キャスター!二つの令呪を持って命ずる、遠坂とイリヤと共に転移しろ!」

 

 その言葉に令呪が消費され、左手の刻印が完全に掻き消える。

 

「なっ…………!」

 

 キャスターが驚きの表情のまま、遠坂とイリヤの体を手で掴み、そのままキャスター、イリヤ、遠坂の3人の姿がパッと消える。

 

 これでいい……もう誰かを失うところは見たくないから。

 

 それに……遠坂は俺よりも自分の方が生存率が上と言ったが、必ずしもそうとは思えない。

 確かに、数日前までの俺ならばそうだっただろうが、今はキャスターのお陰である程度戦えるようになっている。

 サーヴァント相手でも多少の時間稼ぎぐらいならできるはずだ。

 

 そう考え、ランサーを睨む。

 奴も既に俺の元へと追いつき、転移せずに一人残った俺をマジマジと見つめている。

 

 そんなランサーに対し、俺はどう攻撃されても対応できるように魔術回路のスイッチを入れ奴の出方を伺う。

 

「まさか……自分を残して他のやつを逃すとは……バカな奴だ」

 

 だが、奴の起こした行動は攻撃ではなく口を開くことだった。

 出会い頭に攻撃してこなかったことには少し驚いたが、その手には槍が握られたままで俺の事を見逃してくれるわけではないらしい。

 奴にとっては哀れな自殺志願者に最後の言葉をかけてやっているだけなのだろう。

 

「お前……言峰のサーヴァントだったんだろ……なんで臓硯に従ってるんだ?」

 

 攻撃してこないというのなら都合はいい、少しでも時間を稼ぐためそんなことを問いかける。

 

「言峰?あぁ……あの神父か。確かになり行きはどうあれアイツも俺のマスターだったからな。大人しく従ってはいたが……その契約もすでに切れた、ならば、もう従う必要性もないだろう」

 

 なんでもないようにランサーが語る。

 その言葉からは言峰に対する情なんかはまるで感じられない。

 

「マスターが変わったからってそんな簡単に……」

「ハッ、おかしなことを……サーヴァントって言うのは……いや英雄なんてもんがそもそも都合よく使われる兵器にすぎない。俺たちは元々そういう存在だ」

 

 どこか自虐的な口調でランサーがそう語る。

 

「にしても……命じられていた目的の娘は転移で消えちまったか……お前からキャスターに言ってあの娘を差し出させればテメェは見逃してやっても構わねぇぜ」

 

 目的の娘……イリヤを差し出せとランサーが語る。

 

 ……そんな提案は論外だ。

 口では答えず、ただランサーを睨みつけることで返答する。

 

 やはり戦闘は避けられないか。

 

「ま……頷くとはハナから思ってなかったが……はー、めんどくせーな。見逃してやるって言ってるのによぉ……」

 

 そんな俺を見ながらコキコキと気だるげに首を回すランサー、その様子からはまるで敵意は感じられない。

 しかし、その腕はゆらりと手に持った槍を握りしめて――

 

「だが、まぁ……そんなに死にたいってんなら……お望み通り殺してやるよ」

 

 殺気もなく自然体な様子で手に持った槍が穿たれる。

 道端に生えている花を手折る程度の気軽さで、そしてそれとは裏腹に凄まじ力を込められた槍が俺に迫る。

 

 その軌道は間違いなく俺の心臓を貫くもので、この速さでは回避も難しい。

 

「投影――――開始!」

 

 俺の右手にアーチャーの使っていた陰陽の形を模した双刀、そのうちの一振り、黒色の刃を持った干将が現れる。

 

「ぐっ――くそっ――!!」

 

 アーチャーに比べれば俺の投影技術も筋力は非力なものだ。

 アーチャー本人が凌ぎきれなかったランサーの槍を受け止めきれるはずもなく、剣はあっさりと砕かれる。

 

 ただ、それでもランサーの槍は本来の的であった心臓からは僅かに軌道が逸れる。

 

 そして、その槍の矛先は俺の左肩を貫いて――

 

「あ――――え?」

 

 肩にぬるりと赤い液体がかかる。

 痛みはなかった、ただ不気味なまでに貫かれたたはずの左肩が軽い。

 

「ッ――――」

 

 まさか、という恐怖に心臓が高鳴る。

 その事実を確かめるため恐る恐る、ゆっくりと視線を左肩へと向ける。

 

「あ、あぁ――――」

 

 そこにはあるべきものがなかった。

 

 俺の左腕が。

 

 肩から先の部分が千切れ飛んでしまっていた。

 足元には俺の左腕だったものが転がり、傷口からは赤い血だけが滝のように流れ出ている。

 

「ぐぅ、う――――」

 

 止まらない、止まらない。

 必死になって残された右手で傷口を抑えるが、とめどなく流れる赤い血が俺の体を染めていく。

 

「バカが――大人しく降伏していればこんなことにはならずにすんだのよぉ……」

 

 ランサーはそんな俺を蔑むように睨みながら、その足で俺に向かって蹴りを入れる。

 

「ゲ――グッ……!」

 

 俺の体はサッカーボールみたいに吹き飛び、近くの木に背中を打ち付けてズルズルと地面に崩れ落ちる。

 

 凄まじい衝撃に脳は揺さぶられ、呼吸もまともにできない。左肩からはさっきよりも勢いを増して血が流れ出ている。

 

「さて……目的の娘には逃げられちまったか――」

 

 無様に転がる俺をよそに、ランサーは宙を睨み僅かに目を細めてそう呟く。

 そうだ、イリヤ達はなんとか逃げ切った。

 それなら俺の犠牲も無駄ではなかったということだろう。

 そう思いせめてもの意趣返しに僅かに微笑み、残された力でランサーを睨みつける。

 

「――その傷じゃ、もはや助ることはないだろう。この槍にかけられた回復阻害の呪いによって治療も不可能だ。間違いなくお前は死ぬ」

 

 そんな俺に向かって淡々とランサーが死亡宣告を下す。確かに流れる血の量は明らかに致死量、宝具の呪いだと言うのならキャスターでも治療は難しいだろう。

 

「――だが、まぁ、お前はかつて一度、俺の槍に貫かれながらも生きていた。あるいはひょっとすればひょっとするかもな――」

 

 そう言い残すとランサーはもはやこの場に用は無いというように踵を返して、どこかへと去っていってしまった。

 

 対して残された俺はなんとか立ち上がろうとするが、もはやその力が体には残されていなかった。

 ただ、暗い森の地面を流れ出る赤い血で濡らしながら静かに横たわる。

 

 セイバーを召喚する以前に学校でアーチャーとランサーの戦いを目撃した俺は、奴の槍にその身を貫かれたことがある。

 その時は何故か体が治癒していたが、そんな奇跡がもう一度起こる様子はない。

 

 じわじわと意識が薄れていく。

 

「坊や――――大丈夫!?」

 

 転移してこの場に戻ってきたのか、キャスターが倒れこむ俺に向かって叫ぶ。

 だが、もはや俺には返答する体力も残っておらず、ただぼんやりとキャスターのことを見つめる。

 

「なんとか治療を――駄目ね、呪いがかけられている。なら、何かで左腕の代用を――駄目だわ今から用意してたのではとても間に合わない……」

 

 蒼白とした顔でキャスターが俺の傷口を抑える。なんとか治療しようとしてくれているらしいが、やはりキャスターでも難しいらしい。

 

 だんだんと体の先端が冷えるように温度を失くし、感覚も消え失せて行く。

 

 あぁ――俺はここで死ぬのか。

 

 桜やセイバー、キャスターのこと。

 

 まだまだしなければいけないことがあるはずなのに、体がもう動かない――

 

 そんなことを考えながら目を瞑ろうとした時だった。

 

「――――キャスター、頼みがある」

 

 薄れゆく意識の中で、男の声が聞こえてきた。

 

 この声は……アーチャーのものだ。

 

 ぼやけた視界の端に赤い弓兵の姿を捉える。

 ランサーの攻撃による負傷からか、その脇腹がごっそりと抉れていた。

 だが、アーチャーはその赤い血が流れる傷口を抑えることもせず、ただキャスターへと静かに言葉を続ける。

 

「――――君の宝具で――――この小僧には――――」

「先程の投影はやはり――――アナタの真名は――本来、霊体との移植は――――」

 

もはや意識を保っていることは難しく、ただ2人の会話が断片的に聞こえてくる。

 

「…………分かったわ、あなたがそれで良いというのなら……坊やのことは……衛宮士郎のことは任せてちょうだい」

 

 そんなキャスターのどこか悲しげな呟きを聞きながら、俺の意識は闇へと落ちていった。

 




FGOに出たランサーオルタはメイヴちゃんカスタムの代物なので、SNのランサーが泥に呑まれてオルタ化してもまた違った感じになると思うですが、分かりやすさ優先で同じ見た目として描写しています
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