HFルートの途中でもし士郎がキャスターを助けていたらというお話   作:ふりかけ@木三中

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16話目 2月9日 昼 士郎の料理教室

 

「さて……それでは、魔術回路の起動をしてみましょうか」

 

 土蔵にて、いつものようにキャスターと魔術の特訓をする。

 違う部分は俺の左腕に関してだ。アーチャーの腕を無理やり接続した今、魔術回路を起動できない可能性もある。

 

 とりあえず今は戦いに備えて俺自身の現状を正確に確認しなくてはならない。

 

 特訓用の鉄パイプを前に、座禅をして座り込み魔術を使用する準備をする。

 

「最初は私の補助もつけて行うわ。まず最初は左腕は栓止めをしておくから、左腕以外の部分の魔術回路を使ってみて」

 

 そう言うと、キャスターが俺の左肩に手のひらを重ねる。

 ひんやりとしたその手の冷たさを感じると同時に一瞬の痛みを感じた。

 

 左手の感覚が薄れる。

 キャスターは栓止めと言っていたいたが、要するに俺の体と左腕部分の接続されている部分の魔術回路を閉じ、とりあえず体側だけの魔術回路を起動してみろと言うことだろう。

 

「…………」

 

 全身に流れる魔力を感じ取り、その回路を開く。

 左肩に大きな石を詰め込んでいるかのような異物感はあるが、起動自体に問題はない。

 

 いつもよりだいぶ時間はかかったが、魔術回路を起動させる。

 

「よし――とりあえずは問題ない」

 

 体側のみ、キャスターの補助を受けてなんとかという形ではあるがとりあえずの起動には成功する。

 

「では――目の前の鉄パイプを強化してみて」

 

 言われるがまま、鉄パイプに手をかざす。

 強化自体はいつもやっていることだ、問題なく鉄パイプに魔力を通して強化を行う。

 

「さて、とりあえず、ここまでは……問題ないわね」

 

 キャスターが少し緊張の色を滲ませながらそう呟く。

 

 そうだ……ここまでは特に問題はない。

 

 キャスターが左肩に栓をしているというのは、つまりは左腕無しでいつもの強化を行なっているというだけなのだから、ここまでに関しては成功するのは当然と言える。

 

 問題はここから……キャスターが塞いでいるアーチャーの左腕を解放した後だ……

 

 アーチャーの左腕……奴の肉と魔力が俺のものと混ざり合い反発することになるだろう。

 

 そうすれば、先程目覚めてすぐにアーチャーの腕に呑まれかけたように、奴の記憶などが流れ込んで滅茶苦茶になる可能性もある。

 

 しかし、これから戦い抜く上では毎回キャスターの補助を得て魔術を使うわけにもいかないし、今の俺の現状を確かめておくことは必要だ。

 

「それじゃあ……いくわよ」

 

 キャスターがゆっくりと俺の左肩から手を離す。

 

 同時にドクドクと血液が流れ始め、魔力もまた巡り始める。

 

「ッ――――!!」

 

 瞬間、頭の中に様々な記憶が駆け巡る。

 

 数多の剣と数多の戦闘。

 

 これはきっとアーチャーの記憶だ。

 

 多くの人を救うことで英雄へと至った奴の戦い。

 多くの人に疎まれながら処刑された奴の生涯。

 

 膨大な情報量が俺の頭を塗りつぶす。

 

 俺の人生なんかがちっぽけに感じられるほどの長く重い「奴」の歴史。

 

「ぐっ―――あっ――――」

 

 消える。

 

 俺が……『衛宮士郎』と言う存在が、搔き消える。

 

 アーチャーという存在に俺という存在が呑まれてしまう。

 

「くっ……やはりダメね」

 

 俺の様子を見て、キャスターがさっと俺の肩に再度手を置く。魔力の巡りが止まり、流れ込んでいた記憶もまた止まる。

 

「ふっ、はぁ……はぁ……ありがとう、キャスター……もう大丈夫だ……」

 

 クラクラとした視界、息も絶え絶えになりながら、そうキャスターに告げる。

 そんな俺が落ち着くの待ってから、キャスターが再び口を開く。

 

「今のを見るに、やはり魔術の使用は難しいかしら……日常生活を送る程度ならともかく、魔術の行使となると負担が大きすぎるわね……」

 

 キャスターが指を口元に当てながら考え込む。

 元々、キャスターは俺に投影を使わせようとしていたみたいだが、今の状況では満足に魔術を使用することはできないだろう。

 

「もし、さっきのまま無理やり魔術を使っていたとしたらどうなるんだ?」

「そうね……坊やの精神力にもよるけれど3、4回は使えるかもね」

 

 3、4回……それだけあれば、ある程度のサポートはなんとかできるだろうか?

 

「……今、魔術を使うことを考えていたのでしょうけど、3、4回というのは坊やが耐えられる回数ではなく、死ぬまでの回数よ。1度でも魔術を行使すればアナタはタダでは済まないわ」

 

 それは……そうだろうな。

 魔術回路を起動しようしただけで今の大騒ぎだ。魔術を使用すれば肉体的にも精神的にも相応の代償を払うことになるだろう。

 

「もう少し、時間と資源に余裕があれば義手でも作ることも可能なのだけれどね……」

 

 義手か……

 確かにアーチャーの肉体を使うよりは、そっちの方が負担が少ないのかもしれない。

 しかし、流石にキャスターでも義手をポンと作ることはできないらしい。

 

 それになにより――

 

「――アーチャーは俺にこの腕を残した」

 

 左手の手のひらをじっと見つめながら静かに語る。

 

「――さっき、魔術を使おうとした時、アーチャーの知識や記憶が流れ込んできたんだ。アイツの戦闘経験やアイツが見てきた宝具の数々がな」

 

 それらの記憶は今の俺では、とても処理できたものではなかったが、それでも僅かに垣間見たそれらはきっと、今の俺に足りていないもので、一番必要なものでもある。

 

「奴がこの腕を俺に残したのはきっと、単純に命を救うためだけじゃない。この腕が武器となり得るからだ」

 

 奴の知識と経験。

 それは上手く引き出せれば、きっと何事にも変えがたい武器になり得る。

 

「今の俺じゃ臓硯達に勝つのは難しい、この腕の力は必要だ」

「ま……そうね、一々私がアシストするわけにもいかないし、魔術なしで戦い抜くというのは現実的ではないものね……そのアーチャーの腕を使って戦うしかないわ」

 

 キャスターの言葉を聞きながら、左腕を握りしめる。

 今のままでは、俺はきっと足手まといになってしまう。なんとかして、この左腕を使えるようにならないとな……

 

 

 

 

 その後も、何度か魔術を使う練習はしてみたが、芳しい成果は得られなかった。

 

 アーチャーの左腕は結局コントロールできないままだ。

 

 無理矢理に魔術を使おうと思えば使えるかもしないが、特訓でそこまでやる訳にはいかないとキャスターに止められてしまった。

 

 そんなことをしているうちに、時計は正午を回り、肉体的にも精神的にもこれ以上は危険だとキャスターが判断したため、とりあえず昼飯を兼ねて休憩を取ることになった。

 

「はぁ……この調子だと、中々厳しそうだな……」

 

 ため息をつきながら、昼飯を作るためにフライパンを探す。

 イリヤや遠坂達も食べるだろうし、いつもより多めに作らなければならないか……

 いや、よく食べるセイバーがいなくなったからな……総量はそんなに変わらないか。そんなことを考えながら、フライパンを手にした時だった。

 

「ウッ――――あっ!」

 

 左腕にズキリと鈍い痛みが走り、思わずフライパンを落としてしまう。

 

 ガランと音を立てて、フライパンが床に転がり、その音を聞いて居間にいたキャスターがやってきた。

 

「大丈夫?さっき魔術を使おうとした反動がまだ残ってるのかしら」

「いや、大丈夫だ。ちょっと腕が痺れただけで問題はない。利き腕じゃないんだし別にこれくらいは――」

 

 痺れを堪え、なんとかフライパンを拾おうとする俺の言葉を遮るようにキャスターが口を開く。

 

「まったく……坊やが意地っ張りなのは、これまで過ごしてきて分かってきたけれど、こんな時まで意地を張る必要はないでしょう。あなたはもう少し、人に頼ることを覚えなさい。ここで堪えたからといって何にもならないわ。坊やがしなければならないことはなに?料理を作ることじゃなくて桜さんとセイバーを取り戻すことが目的でしょう、それなら今は休んでおきなさい」

 

 呆れたようなキャスターの言葉。

 ……確かに、俺が一番すべきなのは桜とセイバーを救うことだ。なのに、ここで変に意地を張って左腕が使えなくなったりしたら、それこそ馬鹿らしい行為だ。

 

「そうだな、今は変に意地を張っても仕方ないか……でも、今は遠坂はいないし、イリヤは料理なんか作れなさそうだしな……作り置きもないし……」

 

 遠坂は今、彼女の自宅に魔術の道具や生活用品やらなんやらを取りに戻っている。臓硯との戦いに備えて俺の家に泊まり込むつもりらしい。

 

 イリヤはお嬢様という感じで料理なんかしたことなさそうだしな……

 

「あぁ、そういえばキャスターは料理できるだっけ?」

 

 桜に対して、料理は女の嗜み、みたいなことを言っていたはずだ。

 なら、今日はキャスターに昼飯を作ってもらおうかと視線を向けたのだが、当のキャスターは気まずそうに視線をそらす。

 

「キャスター?」

 

 チラリとキャスターを見ると、言い訳するようにポツリと呟く。

 

「……れないのよ」

「え?」

「料理が作れないって言ったのよ!そもそも私は生前は王女だったのよ、料理なんて作らないに決まってるでしょ!」

 

 堰を切ったようにキャスターが叫ぶ。まぁ確かにキャスターの逸話を考えるとあんまり料理とか作りそうな感じではないが……

 

「でも桜にはできるって……」

「桜さんの前で見栄を張りたかったのよ。あの娘、私の事を慕ってくれてたみたいだし……」

 

 バツが悪そうに、声を潜めるキャスター。

 ただ、俺はそんなキャスターを見られてなんとなく嬉しいと思う気持ちがあった。今まで俺が見てきたキャスターはサーヴァントとしての冷酷な一面や魔術の師匠としての一面に葛木先生の事を偲んでいる姿なんかの印象が強かったからな。

 キャスターにもできないことはあるんだというか、それで見栄を張ったりする少し子供っぽい一面なんかが見られて新鮮な気分だ。

 

「えーと、じゃあさ、せっかくの機会だし俺が教えるからキャスターも料理作ってみないか?別に料理作るの自体が嫌とかではないんだろ?」

「……そうね、坊やの腕はそんな状況だし、他人を頼れと言ったのは私だものね……後学のためにも学んでおくのは悪くはないかしらね……」

 

 キャスターの了承も得たので、早速昼飯作りを始めることにする。

 

「それじゃ、何作ろうかな……あんまり難しいのもあれだし、今ある材料で作れそうなのは……みそ汁と親子丼でも作るか」

「みそ汁は柳洞寺で食べたことはあるけれど……ダシとやらを作ったりしないといけないのよね……親子丼とやらは聞いたことも無いし……」

 

 キャスターが難し気に眉根を寄せている。

 俺にとっては普段よく食べている物ではあるが、外国の、それも過去の時代から召喚されたキャスターにとってはほとんど未知の食べ物なのだろう。

 

「まぁ、作り方は教えるからさ。とりあえずは……そうだな、親子丼に使う鳥肉でも切ってくれよ」

 

 キャスターに指示を出しながら、包丁の持ち方などを教える。

 今までキャスターからは魔術を教わる立場だったので、逆にこうして教える立場に回ると言うのはなんだか不思議な気持ちだな。

 

「そうそう食材を猫の手みたいにして押さえてさ、それで大体均等になるように一口サイズぐらいに切って……」

「一口サイズ?一口ってどれくらいよ……」

 

 おっかなびっくりと言った手つきでキャスターが鶏肉をさばく。

 かなり綺麗に切れてはいるが、少しペースが遅いか。

 

「キャスター、均等に切るって言っても、別にそんなグラム単位できっちりしなくてもいいんだぞ、お店じゃないんだし」

「いい加減なものなのね……薬の調合なんかだったら、グラム単位の誤差で大失敗につながるのに……」

 

 料理が上手くない人には、レシピを無視して勝手にアレンジを加えてしまう人と、逆に杓子定規になりすぎて応用が利かない人がいると聞いたことがある。

 キャスターはどうやら後者のタイプみたいだな。まぁ、本人が言っているように魔術師として薬やら魔具やらを作る時の感覚が抜けないのだろう。

 

「ふうっ……と、こんな感じで良いのかしら?」

 

 最初は少し勝手が分からなかったようだが、トントンと包丁で鶏肉をさばいていく。その手つきは滑らかで、初心者のものとは思えない。

 料理は作ったことがないとは言っていたが、元々、手先は器用なようだ。

 

「そうそう、そんな感じだ。結構、包丁の使い方は上手だな」

「まぁ……自身の象徴である宝具が短剣になるぐらいには色々なものを捌いていますからね……弟や子供なんかも……」

 

……反応に困るから、いきなり重い話をぶちこんでくるのはやめてほしい。

 

「えーと……そういえばさ、キャスターの時代の食文化とか俺はよく分からないんだけど、よく食べてたものとかあるのか?」

 

 話を変えるようにキャスターに質問する。

 キャスターはコルキスという国の出身だったらしいが、俺はあまりその国について知らない。

 それにキャスターが生きていた時代は神話の時代でもあったので、その食生活には純粋に興味があった。

 

「そうね私がよく食べていたもの……」

 

 口元に手を当ててキャスターが考え込む。それからポツリと料理名を口にした。

 

「……キュケオーン」

「キュケ……なんて?」

「いえ…………何でもないわ、アレはホントに一生分は食べたからもう食べたくないもの……そうね、私の故郷では羊肉や小麦料理なんかが名産だったかしらね、後は色々とフルーツなんかも採れたからよく食べていたわね」

 

 キュケオーンとやらについては口を閉ざして教えてくれなかったが、キャスターが産まれた国、コルキスでは酪農や農業が盛んで、食文化もそこそこ発展していたらしい。その豊かさを求めて戦争を仕掛けられることもあったのだとか。

 ちなみに、コルキスは黒海という海に面した立地でもあるのだが、魚などはあまりとれず、魚料理なんかはそれほど発展しなかったらしい。

 

 そんな話をしながらも調理はどんどんと進み、最後にみそ汁の味見を行う。

 

「うーん、不味いってわけじゃないいんだけど……どうにも味が整ってないんだよなぁ」

 

 キャスターが味付けしてくれたのが、どうにも違和感がある。調味料のバランスとかの問題だろう。味噌や塩を追加して味を調える。

 

「いきなり和食からって言うのはやっぱり難しかったかな。キャスターは現代の調理器具にも食材にも慣れてないし、その上自分がほとんど食べたこともないような料理をいきなり作ろうって言うのはハードルが高かったか」

 

 思うに、キャスターは料理が下手というより、そもそも正解がよく分かっていない状態なのだろう。

 サーヴァントは聖杯からある程度の知識は得られるらしいが、日本の詳しい食文化までは得られるとは思えないし、ほとんど食べたことのないよく知らない料理を作ろうなんてプロの料理人にだって難しい話だ。

 

「料理を作るのがこんなに大変だとはね……」

「いや、でも結構楽しかったよ。最近は桜に料理を教える機会もめっきり減ってたしな。キャスターの国の話なんかも聞けたし」

 

 機会があれば、またキャスターと一緒に料理を作ってみたいなと思えるぐらいには楽しかった。

 その時は、和食じゃなくてもっとキャスターなじみの深い食べ物のほうが良いだろう。キャスターの故郷コルキス……現代では確かジョージアという国名になってるんだったか。

 日本人にはあまりなじみ無い国だが、キャスターの話を聞いてたら少し興味が沸いて来たな……ジョージア料理の本とか売ってたりするんだろうか……

 そんなことを考えながら、キャスターとの料理を終えるのだった。

 

 

 

 

「うん、中々おいしいわねこれ。キャスターが作ったんでしょ?上手いじゃない」

 

 遠坂、イリヤ、キャスターの3人と食卓を囲んで昼飯を食べる。

 キャスターと共に作った料理は中々好評なようで、遠坂からお褒めの言葉をいただく。イリヤもパクパクと食べており口にあったようでなによりだ。

 

「そういえば、私が持ってきた荷物とかどこに置いとけばいいかしら?」

「あぁ……そうだな、遠坂には客室でも使ってもらうかな……後で案内するよ」

 

 遠坂は臓硯に対抗する策を建てるためにも、俺の家に泊まり込むようで既に自宅から生活用品や魔術の道具なんかをまとめて持ってきている。

 

「……改めて聞いとくんだけどさ、遠坂は俺たちと共に戦ってくれるってことでいいんだよな?」

 

 成り行きでアインツベルン城前の森では遠坂達と協力して黒いセイバーと対峙する形になったが、明確に同盟を組んだりしたわけではない。

 今一度、しっかりと話し合いをしておいた方がいいだろう。

 

「俺はキャスターのマスターだし、自分の意思で戦うことを決めている。イリヤは聖杯ということもあって臓硯に狙われるだろう。でも……遠坂は違う、すでにアーチャーを失っているんだ。これ以上聖杯戦争で戦い続ける理由もないだろう。ひっそりと篭るなり、どこかへ遠くへ逃げるなりすれば臓硯も見逃してくれるかもしれない。それでも戦うのか……?」

「当然よ。私がここで逃げ出すような性格じゃないってことぐらい、衛宮君だって分かってるでしょう?」

 

 俺の質問に、遠坂は迷うことなく返事を返す。

 確かに……遠坂は途中で逃げ出すようなタマではないよな……

 

「それに、臓硯が見逃してくれるかもしれないっていうのも希望的観測でしょう。確かに私はアーチャーを失ったけど、令呪自体はまだ残ってるのよ。マスターとしての権利を持ったものをみすみす見逃すほど甘いとも思えないわ」

 

 状況は圧倒的に臓硯の優勢で進んでいる。4騎のサーヴァントと桜の肉体を用いた影の力、逆らうサーヴァントはもはやキャスターだけという状況ではあるが、臓硯は中々用心深い性格らしい。

 遠坂の言う通り、逃げれば安全と言う保障があるわけではないか……

 

「それに……桜のこともあるしね」

 

 ポロリと漏れ出たように遠坂が呟く。

 

 桜のこと……?

 確かに桜は今、臓硯に体を乗っ取られてしまっているが、その話を遠坂が持ち出すとはな。

 

 俺の家に桜を泊めてはどうかと発案したのは遠坂だし、その辺のことで彼女なりに責任を感じているのかもしれない。

 

「桜のことなら、完全に俺のせいだ。いつも近くにいたのに桜の異変に気づかなかったんだから。協力してくれるのは嬉しいけど、遠坂が責任を感じることじゃない」

「ん……?あぁ、いや、そういうつもりで言ったわけではなかったんだけど……そうね、まぁまだ桜は助かる可能性はあるんでしょう?なら、協力は惜しまないわよ」

 

 責任を感じる必要はないと告げたのだが、何故かしどろもどろなリアクションをする遠坂、まぁなににせよ協力してくれるというなら助かる話だ。

 

「あぁ、戦力は少しでも欲しい状況だからな。遠坂が協力してくれるっていうなら頼もしいよ。それじゃ……これからよろしく頼む」

「えぇ……よろしくね衛宮君。ただ……1つ確認しておきたいのだけれど……」

 

 にこやかに俺との協力関係を受け入れてくれた遠坂、だがそこで少し声のトーンを落とし、真面目な顔つきで1つの質問を投げかけてくる。

 

「もし――桜が完全に臓硯に乗っ取られて、その自我が完全に消滅した時はどうするの?」

 

 遠坂からの質問に顔をこわばらせる。

 ありえる可能性の話、しかし無意識のうちに考えないようにしていた話だ。

 

「――キャスターの話だとすぐにそうはならない、その前になんとかする」

「キャスターの見立ても何か絶対の保証があるわけじゃないわ。いつ桜の自我が消滅したっておかしくはないのよ」

 

 遠坂の言う事はもっともだ、こうしている間にも臓硯の浸食は進んでいるだろうし、いつ『その時』がきたっておかしくはないのだ。

 

「もし、最悪の事態になった時に躊躇いがあれば衛宮君の命だって危ないわ。『その時』の事は覚悟しておくことね」

 

 遠坂の冷ややかな声が響く。

 

 覚悟……か。

 

 分かっている、遠坂の言っていることは正しい。

 

 ただ……それでも、俺は桜を―――

 

「…………まぁ、あんまり仮定の話をするのもあれだけどね。さっきは保証はないといったけれど、魔術師のクラスのサーヴァントたるキャスターがしばらくは保つと言ってるわけなんだし……それより今は、現状やこれからの話をしたほうが有意義ね」

 

 話を変えるように遠坂が話題を振る。

 確かに、要は臓硯に乗っ取られる前に桜を助けだせさえすればいいのだ。

 

「それで?衛宮君の方の現状はどうなの?魔術は使えそうかしら?」

「正直、厳しい状態だな……キャスターが言うにはこれでもだいぶアーチャーの腕は馴染んでる状況らしいけど、魔術回路を起動しようとするとやっぱり抵抗があるんだ」

「まぁ、そりゃあ拒絶反応ぐらいあるわよね……キャスターが治療してそれなんだから、私がそう簡単にどうにかできるとも思えないし……」

 

 遠坂が難し気に呟く、ただでさえ戦力が足りていない状況なのだからなんとしてもアーチャーの腕は使いこなしたいのだが、やはりそう簡単な話ではないよな……

 

「具体的にアーチャーの腕を使うと、どんな感じになるの?」

 

 今まで黙って話を聞いていたイリヤが口を開く。

 どんな感じか……言葉では説明しにくい感覚ではあるのだが、特訓でアーチャーの腕を使った時の感覚を思い出しなら口を開く。

 

「なんと言うか……怖いんだよな。あの腕を使った時、アーチャーの情報や記憶が一気に流れ込んでくるんだ」

 

 いや、情報や記憶などという纏まりのあったものではなかったか。

 もっと断片的で、しかし巨大なもの、いうなればアーチャーという存在そのものか……

 

「あのまま使ってると、俺が俺でなくなるような。『アーチャー』という存在に『俺』という存在が塗り替えられてしまうんじゃないかってそんな感じがするんだ」

 

 もちろん、そうなっても俺がアーチャーになるというわけではなく、もっと混ざったものなるかもしれない。

 でも、少なくともそれは今の『衛宮士郎』とは別の存在になるだろう。あるいは、俺の精神自体が持たずに崩壊してしまうかもれない。

 なんとなく、そんな予感がしてなかなかアーチャーの腕を使いこなせないでいる。

 

「……要するに、アーチャーの腕を使ってると、彼の記憶なんかが流れ込んできて自分を見失いそうってことなのよね」

 

 俺の言葉をイリヤがまとめて、興味深げに俺の事を見つめる。

 イリヤの赤い瞳に俺の姿が映りこむ。

 

「なるほど、アーチャーの記憶か……それに聞いた感じだと、反発というよりはむしろ侵食といった感じね。なかなか興味深い現象だわ……きっとアーチャーとシロウの2人だからこそなのでしょうね。普通に腕を移植しただけじゃあこうはならない、2人の特殊な関係性ゆえなのね」

 

 イリヤが何かよく分からない言葉を口にする。俺とアーチャーの特殊な関係性?

 どういうことかと聞く前に、キャスターがイリヤに諫めるように言葉をかける。

 

「イリヤスフィール……聖杯としての機能をもった貴女にはある程度状況の予測はついているのでしょうけど、坊やに魔術を教えているのは私よ、余計なことは言わないで」

「……まぁ下手にアーチャーについて語っても混乱するだけかもしれないし、それがキャスターの方針というなら従うけれど……」

 

 キャスターの言葉にイリヤはどう説明したものかと考えるような素振りを見せつつ再び口を開く。

 

「でも、そうね……これだけは言わせて、干渉されるということは干渉できるということでもあるわ……乗っ取られそうだと言うのなら、こっちから乗っ取るぐらいのつもりでいかないとアーチャーという存在に喰われてしまうわよ」

 

 干渉されるということは、干渉できるということでもある……か、確かにそういう発想はなかったな。

 なんとかアーチャーの腕から流れてくる情報や記憶の波に耐えようとしていたが、ある意味それは受動的な姿勢だったのかもしれない。

 

「確かにアーチャーは英雄と呼ばれる存在だった。戦いにまみれた人生を送り、様々な経験をしたのでしょうね。でも、だからといってその人生にシロウの人生が劣るわけではないでしょう?」

 

 イリヤの言葉を受けて、自らの左腕に視線を向ける。

 アーチャーの腕……ごつごつとした無骨な手は、奴が戦いに明け暮れた証なのだろう。

 

 そんなアーチャーの力を、俺は振るうことができるのだろうか……

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