HFルートの途中でもし士郎がキャスターを助けていたらというお話 作:ふりかけ@木三中
「ついたな、ここが柳洞寺だ」
「えぇ、罠が仕掛けられている可能性もあります。シロウ、警戒を怠らないように」
セイバーを連れて、敵がいると思われる柳洞寺にやってきた。
遠坂の話では、柳洞寺に巣食うマスターあるいはサーヴァントが人々から生命力を吸い上げて、魔力を集めているらしい。
幸いにも被害は昏睡程度で死者は出ていないようだが、だからといって見逃すわけにはいかない。
「敵の詳細はまだ全然分かってないからな、場合によっては調査だけになる可能性もある」
「はい、状況を見極める必要がありますが、戦闘に関する最終的な決断はシロウに任せます」
改めてセイバーと方針を確認しつつ、歩を進める。
「てっきり、待ち伏せていると思ったんだが。サーヴァントの気配、しないよなセイバー」
柳洞寺には結界が張っており正門以外から入ることは難しいらしい、だからこそ攻撃されることを覚悟で正門へと続く階段をこうして登っているのだが、特に罠が仕掛けてある気配も誰かがいる感じもしない。
「ありません。この石段には私以外のサーヴァントは――」
セイバーが立ち止まり目を凝らして、何かを見つめるような仕草をする。
「セイバー?何かあったのか?」
「いえ、私の気のせいでしょう。カタナらしきものが見えた気がしましたが、そのような物は何処にもない。――この山門に守り手はいません。境内に向かいましょう」
ふむ……ホントに何もないようだ。街中から魔力を吸い上げるような用意周到なやつなら、手薄な正門にも何か仕掛けてると思ったのが、あっけなく境内の中に入ることに成功する。
◇
境内に入るとそこは不気味なほどの静寂に包まれていた。
寒々とした空気、深すぎる夜の闇、どこか外とは雰囲気が違う。単純に敵地だからというわけではない、なにか根本的な違和感がある。
「セイバー、なんか変じゃないか?」
「えぇ、様子がおかしい。ここまで踏み込んで敵が反応しないなどありえません。それに、静かすぎる」
セイバーも異様な気配を感じ取っているのか、警戒するように辺りを見回す。
「中を調べよう、柳洞寺は50人近い大所帯なんだ。夜中だからといってもこんな静かなわけがないんだ」
セイバーと共に寺の中を進み、辺りを確認する。
すると、そこでは寺の人々が全員衰弱し、眠りに陥っていた。
「一成、一成、大丈夫か」
僧侶達の中に見知ったクラスメイトの顔を見つけ声をかける。とりあえず、呼吸はしているようだが揺すってみても目覚めることはない。
一体ここで何があったんだ――?
「シロウ、あちらの方から何者かの気配を感じます」
セイバーが寺の本堂を指で示す。
あそこにこの惨状を引き起こしたマスターあるいはサーヴァントがいるのか?
罠の可能性もあるが、ここまで近づけば、どうせ敵には俺たちが侵入したこともバレているだろう。意を決して本堂の中に踏み入る。
「ッ――――!」
そこには胸から血を流した男が倒れていた。
ダクダクと流れる血が、今しがたこの惨状になったであろうことを告げている。
倒れている男の顔には見覚えがあった。
葛木宗一郎。
いつも学校で俺たちに授業を教えていた教師の顔。
何故、こんなことになっているのかまでは分からない。ただその土気色の顔と流れるおびただしい血の量を見て、彼は既に絶命しているのだと悟った。
「…………」
彼の傍に立ち尽くす女を見る。
感じる魔力から彼女がこの柳洞寺に巣食うサーヴァントで間違いないだろう。
女の様子を探る。
表情はローブに覆われていて見えないが、どこか呆然としたように男の死体を見下ろしている。紫のマントは返り血と思われる紅で染められ、手には奇妙な形をした短剣が握られている。
「っ……!」
その短剣を目にした瞬間、頭痛がした。
直感的に分かる、あの短剣は危険だ。ただの武器じゃない、なにか――よくないものだ。
「キャスター……!」
セイバーが剣を構えてローブを纏ったサーヴァント……キャスターを睨む。
だが、そんな戦闘態勢に入ったセイバーを前にしても、キャスターはなんのリアクションも起こさない。
それはセイバーには倒されないという余裕の表れか、あるいは……セイバーのことを気にかけられないほど余裕がないのか。
そんなキャスターの行動を侮辱と取ったのか好機と取ったのか、セイバーは身を落とし、セイバーへと切りかかろうとして――
「だめだ、待てセイバー!」
「シロウ……!?何故止めるのです、今をおいてキャスターを討つ機会は――」
「そうじゃない、あの短剣には触れるな!アレは魔術破りだ。もしかすると、マスターとサーヴァントの契約だって断つかもしれない」
その言葉にセイバーが息をのむ。
「では……キャスターは、自らの主を」
手にかけた――のだろうか?
確かに周囲には他に気配はなく、状況から考えるとサーヴァントである彼女が契約破りの短剣をもってマスターとの契約を断ち、そして命までも奪ったのだろう。
それならば辻褄は合う、一目見ただけで分かるほどに簡単なシナリオだ。
「キャスター、貴様――主に手をかけたな!」
怒号と共にセイバーが突進する。
その声を聞いて、ようやくキャスターが振り返った。しかしその動作はどこか緩慢で、まるで生気がない。
一閃する刃。
セイバーの剣はキャスターの衣を引き裂き、キャスターは風に吹かれた木の葉のように余波で後ろに吹き飛び、倒れ込む。
「セイ、バー……?そう、止めを刺しにきたわけね。誰の筋書きだが知らないけれど、周到なこと」
キャスターはゆらりと立ち上がりなら、セイバーを見る。その唇にはどこか自棄めいた笑いが浮かんでいた。
「黙れ、主を裏切ったものの言葉など聞きたくもない。自らの行いを恥じ、ここで裁かれるがいい」
「は――私がマスターを殺した?宗一郎様を私が?ふ――あははははは!それは愉快ね、えぇ、こんな事になるのなら本当にそうしてしまえばよかった…!」
先程までの幽鬼じみた雰囲気から一転、狂ったようにキャスターが笑い出す。
気になる言葉がいくつかあったが、それを問いただす前にスッと正気に返ったようにセイバーに向けて手をかざし、その魔力が集まる。
「――目障りよセイバー、主もろとも消え去りなさい」
発せられた言葉は氷のような冷たさと、烈火のような怒りが込められているように聞こえた。
「ッ――――」
セイバーも改めて剣を構える、そうしてサーヴァント同士の激突が始まった。
「――Etna」
キャスターの呟きと共に、指先から灼熱の炎が迸る。地獄の業火を思わせるほどの圧倒的な熱量。
彼女が一言で放ったそれは、きっと俺なんかが生涯かけても届かないほどに高みにある魔術だ。
だが――
「ハァッ――――!」
セイバーは臆する事なく炎に突っ込み、勢いを緩めることなくそのまま歩を進める。
赤い炎は溶けるように消え失せ、セイバーの身にはなんら影響を及ぼしていない。
高ランクの対魔力を持っているセイバーは大抵の魔術は無効化できると聞いた。
キャスターがどこの英雄か、どれほど高名な魔術師かは分からない。だが、魔術を扱う以上、彼女がセイバーに勝つということは、そもそも傷つけるということすらほぼ不可能に近いだろう。
「なっ――――」
自らの魔術を無効化され、キャスターが絶句する。そんな彼女に向かって、セイバーが剣をキャスターの首元に向けて振り上げる。
キャスターはよろめくように後ろに倒れこみながら攻撃を躱す。しかし、不可視の剣を完全に躱すことはできず、顔を隠していたローブが大きく振り払われた。
「――――」
その素顔を見て――場違いにも見惚れてしまった。
深い海のような長く青い髪、触れれば溶けてしまいそうなほどに白い肌。
ただ、それ以上に目をひかれたのが彼女の瞳だった。
だって――彼女の蒼い瞳は、涙で濡れていたから。
「キャスター……覚悟!!」
セイバーが剣を振りかぶりキャスターを睨む。キャスターにはもう避けるだけの余力は残っていないだろう。この勝負は次の攻撃をもってしてセイバーの勝利に終わる。
これで……いいはずだ。
キャスターは町の人々から魔力を集めている、まだ死者こそ出ていないがそれは許される行為ではない。
それに、ここで逃してはマスターを裏切って依代を失った彼女が現世に留まるためにどんな手段に出るか分からない。
ここでキャスターを倒す、それがきっと――正しい流れのはずだ。
改めて倒れこむキャスターを見る。
セイバーの剣が彼女を切り裂くまであと僅か。
だが、キャスターはそんな状況で自身に迫る剣でも、目の前に立つセイバーでもなく、どこか一点を見つめていた。
どこか、哀しさと愛しさが込められた視線。
涙に濡れた瞳は万感の想いを持って「ソレ」を見つめている。
なんだ、キャスターは一体何を見てるんだ――?
視線を追う、そこには彼女が殺めたはずの葛木先生の遺体があった。
何故だ、お前はマスターを裏切ったんだろう。
町の人々の命を弄ぶような魔女なのだろう。
だったら、なんで――あんたはマスターを想って泣いてるんだ!
疑問が溢れる、その間にも時は刻み、セイバーの剣がキャスターへと迫る。
そうして俺は――
「止まれ―――セイバー!」
気がつけばそんなセリフを口にしていた。