HFルートの途中でもし士郎がキャスターを助けていたらというお話 作:ふりかけ@木三中
「95……96……97……」
昼飯を食べ終え、食後の運動として道場で竹刀の素振りを行う。
剣術の特訓……というよりは、アーチャーの腕になったことで、運動能力に問題がないか確かめるためだ。
「98……99……100っと」
軽く素振りをし終えて、自らの腕を見やる。
痛みなんかは特に感じないが、アーチャーの腕を取り付けたことで微妙に体のバランスが変わっている気がする。
「セイバー、横から見ててどうだった?型とか崩れてなかったか……って、そうか、セイバーはいないんだったな……」
誰もいない虚空に問いかけ、慌てて口をつぐむ。
剣の特訓をしている時は、いつもセイバーが見ていてくれたから癖で思わず聞いてしまった。
セイバーは既に臓硯の手中に堕ち、ここにはいないというのに……
「…………セイバー 」
黒き騎士と成り果てた彼女の姿を思い出し、独りその名を呟く。
思い返すのは、アインツベルンの森で向けられた、彼女の全てを拒絶するかのごとく絶対零度の金色の瞳。
セイバーオルタ 。
セイバーと言う存在を黒き聖杯で貶め、歪めたその姿。
本来の彼女の在り方からは酷く歪な姿だが、あるいはあれもセイバーの一側面ではあるのだろうか。
俺が見てきたセイバーは騎士としての凛とした強さや、時折見せる女の子らしい姿を思い返す。
思えば、俺はセイバーのことをほとんど知らない。
彼女の真名も、聖杯に捧げる願いも。
それは俺が、へっぽこマスターで、俺を通じてセイバーの情報が他の陣営にバレるのを防ぐためだったのだが、こうしてセイバーと敵対することとなったいま、もっと踏み込んで話しておけばよかったと後悔する。
「はぁ……俺がもっとまともなマスターだったら、もう少しセイバーともちゃんと話ができてたのかな」
マスターとサーヴァント 、本来ならもっとしっかりとした絆を結べるものなのだろうか。
そんなことを考えながら、ぼんやりと他のマスターとサーヴァントのことを思い返す。
例えば遠坂とアーチャー
遠坂はなんだかんだでアーチャーを信頼してるように見えたし、アーチャーも皮肉なんかを言いつつも常に遠坂を守るように立っていた。
本来のマスターとサーヴァントはあれぐらいの距離感なもんなのだろうか。
「あー、でもランサーとかはかなり嫌々って感じだったか」
セイバーを召喚した日の夜、奴に襲われた時のことを思い返す。自身のマスターのことを臆病なやつだと、ウンザリしたように愚痴をこぼしたランサー。
結局はランサーのマスターとは言峰のことで、聖杯戦争の情報収集のために奔走させられていたようだから、やつの嫌々っぷりも頷ける。
むしろ本気で優勝を狙っていた訳ではない言峰に従っていたあたり、なんだかんだでランサーは義理堅かったのだろう。
「イリヤのとこなんかは、意外に仲良さそうだったな」
バーサーカーに対して、一見アゴで使っているといった感じのイリヤだったが、その言動の節々にはバーサーカーの強さに対する絶対的な信頼が見て取れた。
バーサーカーの方も、クラスの特性で理性が無い筈なのに、イリヤを見守るその瞳はどこか優しげだった気がする。
言葉を交えることができない、バーサーカーというクラスではあったが、きっとイリヤ達にはイリヤ達なりの信頼関係があったのだろう。
「嫌々に従うって言うならライダーなんかもきっとそうだったんだろうな」
シンジに従うライダーの姿はどこか事務的に感じられた。
あの時は不思議だったが、キャスターの話ではライダーの本来のマスターは桜だろうということらしい。どういった成り行きで慎二に従っていたのかは知らないがあの事務的な態度は偽りの主だったからこそなのだろう。
桜とライダー、本来の主従であった2人に関しては互いにどう思っていたのか、それに関しては、オレは知る術をもたない。
「アサシンなんかもだいぶ謎だよな」
セイバーと桜を臓硯に奪われたあの夜、アサシンはまるで影のように臓硯の側に控えていた。俺にとっては不気味な印象しかないアサシンだがアレで意外に忠義者なのかもしれない。
もっとも臓硯の方はアサシンに対して駒として以上の価値を見出しているかは怪しいところだが……
「あとは……キャスターか」
キャスターに関しては言うまでも無い。
葛木先生は魔術師では無かったが、単なる主従関係以上の想いをキャスターが抱いていたことはそう言った話に疎い俺でも見ていてわかる。
葛木先生からはキャスターのことをどう思っていたのだろうか。
流石に、キャスターのために聖杯戦争なんて物騒な殺し合いに参加するぐらいだし、悪く思っていたというわけでは無いと思うのだが、キャスターが葛木先生に抱いていた思いと同じような感情を葛木先生が持っていたかと聞かれるととても想像ができない。
「しかし……こうして振り返るとサーヴァント とマスターの関係も十人十色だな」
俺とセイバー……それなりに仲良くやっていたつもりではあったが、セイバーがいなくなった今だからこそ彼女のことをもっと知っておけば良かったと後悔が首をもたげる。
いや……まだ、遅くはない。臓硯からセイバーと桜を取り戻し、今度こそ腹を割って話す。
そう決意を新たにして、俺は再び竹刀の素振りを再開するのだった
明日は2話投稿する予定です