HFルートの途中でもし士郎がキャスターを助けていたらというお話 作:ふりかけ@木三中
「っ……セイバー!」
俺たちの前にセイバーが立ちふさがる。
鼠が獅子を目の前にした時のような圧倒的な威圧感、思わす後ずさりそうになるのをなんとか堪える。
そんな俺に対して、セイバーの後ろに立っていたランサーとアサシンも戦闘態勢に入るように武器を取ろうとした時――
「待て――私一人で十分だ。貴様らはそこで見ていろ」
セイバーがそんな言葉を口にした。
「たとえ私一人でも対魔力がある以上負けることはない、むしろこの狭い教会内ではキャスターの攻撃よりも同士討ちの可能性の方が危険だ」
「……ま、サボっていいってんなら楽でいい。てめぇがやるっていうなら、ここは任せるぜ」
ランサーとアサシンはセイバーの言葉に、武器を収めて大人しく後ろに下がる。
どうやら静観を決め込むつもりのようだ。
これで状況は2体1になったわけだが―――
「キャスター……こっちも俺1人でいく。そこで見ていてくれ」
「は……?何を言ってるの?坊や1人で勝てるわけないでしょう!」
俺の言葉に、キャスターが叫ぶように声を上げる。
「対魔力を持ったセイバー相手ならキャスターの魔術よりは、まだ俺の投影の方が倒せる可能性があるはずだ」
アーチャーの腕をもう一方の右腕でさする。
未だ特訓で満足に魔術を成功させられてはいないが、実戦と言う状況下ならあるいは成功するかもしない。
いや―――必ず成功させてみせる。
「……仮に投影を成功させても、セイバーの攻撃をくらえば坊や程度では簡単にやられてしまうのよ?」
「だろうな……でも、だからこそだ。下手に2人でかかるとセイバーの出方が分かりづらくなる」
「けれど――」
「大丈夫だキャスター、俺を信じてくれ」
キャスターの目をじっと見つめ、そう告げる。
「……分かったわ。坊やは私の弟子だもの。そんなアナタを信じるのも師の務めね」
キャスターが俺の元から一歩後ずさる。
その様子を確認してから、俺もセイバーに向き直る。
「…………」
セイバーはただ静かな構えで佇んでいる、どうやらあちらから攻撃するつもりはないらしい。
だが、その瞳の冷たさからは確かな殺気を感じさせ、攻撃を加えたその瞬間に強力な反撃が待っているのだと予感させる。
「――――ッ」
左手をかかげ、精神を研ぎ澄ます。
下手な攻撃を加えても、次の瞬間に待っているのは死だ。
やはりセイバーに勝つには投影を行うしか方法はない。
「投影―――開始」
魔力回路が励起し、体の中を魔力がめぐる。
アーチャーの左腕と俺の体、同質な、けれども異質な2つの魔力が混ざり合う。
「グッ――――」
瞬間、全身を針がささくれたつような鋭い痛みと、アーチャーの記憶が流れ込む。
「これ……は……」
いくつもの記憶がフラッシュバックする。
幼き日に見た炎に呑まれた地獄の光景。
そこから助け出してくれた男の顔。
月下の下で行われた誓い。
それは俺の記憶でもあり『奴』の記憶でもある。
召喚されたセイバー。
誰のものか分からない赤い宝石。
何気ない桜との日常
目まぐるしくシーンが切り替える。
この風景を見ているのは誰なのか、この光景を体験したのは誰なのか。
主体と客体の境界線はあいまいで、『衛宮士郎』が溶けていくような感覚に陥る。
このままではダメだ、奴の記憶に、情報に、存在に飲み込まれてしまう。
なんとか必死であがき、記憶の奔流を受け止める。
だが、洪水のように流れ込む『奴』の記憶が俺の記憶と混ざりあい、グルグルと渦のように様々な記憶が駆け抜ける。
そうして『衛宮士郎』の意識はそんな巨大な渦の中に呑まれ、なすすべもなく堕ちていく。
そんな中で――1つの記憶が俺の目に止まった。
キャスターと出会ったあの夜の光景。
涙を浮かべるキャスターに思わすセイバーを制止させたことを。
その光景を皮切りに次々と記憶が溢れ出る。
キャスターと同盟を組んだこと、イリヤにバーサーカーの戦いっぷりの記憶を見せてもらったこと、桜とキャスターが親し気に話していたこと、キャスターに魔術を教わったこと、桜やセイバーを奪われたこと、キャスターと料理を作ったこと、そして今――こうして戦っていること。
これは『アーチャー』の記憶じゃない。
俺の……『衛宮士郎』だけのものだ。
「…………」
いつか見た夢、たった一人で荒野を歩くアーチャーの姿を思い返す。
やはり俺とあいつは別物だ。
今の俺の傍にはキャスターがいてくれる。
イリヤや遠坂も俺の帰りを待っている。
そして……セイバーと桜、2人のことも絶対に連れ戻す。
「だからさ……お前も力を借せよ、アーチャー!!」
干渉されるということは、干渉できるということ。
そう、イリヤは言っていた。
アーチャーの左腕、その暴れまわる魔力を強引に押さえつけ、掌握する。
そしてアーチャーの……いや、もはや俺のものとなった左腕の中に眠る無数の戦いの記憶、その中からセイバーとの戦いに必要な情報だけを探し当て、その再現を行う。
迸る魔力、構成される骨子、鍛え上げられた刀身。
右手と左手、それぞれの手にズシリとした感触が現れ、力強く握りしめる。
『干将莫邪』
白と黒の双刀、アーチャーが愛用していた宝具。
投影したその切っ先をゆっくりとセイバーへ向ける。
「いくぞ……セイバー……」
「宝具の投影……なるほど、1人で私の前に立つだけのことはあるということですか……」
俺の投影を見てセイバーが僅かに目を細める。そんな彼女に向けて俺は渾身の力を込めて左手に持った黒刀を振るう。
「ハッ――!!」
「!!…………」
甲高い金属音をたてつつ俺の斬撃をセイバーが受け止め、カウンターとして返って来るセイバーの攻撃をもう一刀の剣でなんとか捌く。
そのまま再度セイバーに攻撃を加えるが、その斬撃もセイバーに受け止められてしまう。それでも、完全に衝撃は殺しきれなかったようで彼女の体が僅かに後退した。
「はぁぁぁぁあ!!」
矢継ぎ早に剣を打ち込む俺と、その攻撃を的確に受け止めるセイバー。
火花を散らせつつ一打、二打、三打と互いの剣が重なる
キャスターの強化の効果もあるのだろうが、少なくとも一方的に打ち負けるという事態にはならずになんとか渡り合えている。
幸いなことにセイバーは宝具を使用する素振りは見せていない。
この教会の狭さゆえか、俺程度の小物に宝具を使う必要はないと言う余裕ゆえか、あるいは――セイバーにまだ一欠片でも俺に対する慈悲が残っているのか。
何にせよ、宝具を使ってこないと言うならこれはチャンスだ。あの剣の真名を解放されてしまえばこちらに防ぐ手段はないからな。
これならまだ、なんとか――
「――まさか、宝具を使われなければ勝機がある、などと甘いことは考えていませんね」
セイバーの冷たい声が響く。
分かっている。
これは0だった可能性が天文学的な確率で可能になり得たと言うだけの話だ。
セイバーと剣の特訓をしていた時は、手を抜いているセイバー相手に結局一太刀も入れることはできなかった。
しかも、今のセイバーは聖杯からの無尽蔵な魔力を得ることで、俺のような三流マスターと契約していた時と違って、その身から溢れんばかりの魔力を感じるほどに強くなっている。
対してこっちはアーチャーの腕を使いこなせるようになったとはいえ、完全に投影のリスクまでもが消えたわけではじゃない。
投影を使えるのは感覚から言って4回ほど――いや、今1度使ったから3回ほどが限度だろう。
有効打が加えられない以上、状況的に不利なのはこちらだ。このまま打ち合っているだけでは最後に地面に転がっているのは俺の方になるだろう。
「このっ――――!」
手に持った双剣をセイバー目がけて投げる。
当然、そんな破れかぶれの一撃はあっさりセイバーに撃ち落とされてしまうが、これで互いにワンアクションの隙ができた。
その間に、アーチャーの記憶を探る。
セイバーを打倒しえる『武器』と『技』をアーチャーの記憶の中から探すために。
竜殺しの剣、山をも穿つ螺旋剣、血に飢えた魔剣、様々な『剣』の情報が頭の中を駆け抜け、その中からただセイバーを打倒しえる剣のみを探す。
「あった―――」
先ほども投影した『干将莫邪』
その双剣を持ってアーチャーが生み出した奥義『鶴翼三連』
これならばセイバーにも届きうる可能性はある。
だが―――駄目だ
『鶴翼三連』は投影による数の力と『干将莫邪』の引き合う性質を利用して相手を撹乱する技だ。
しかし、この狭い教会内では十分にその効力を発揮できないし、今の俺ではそう何度も投影を使うこともできない。
他にもアーチャーの記憶を探るが――該当なし。
セイバーを倒す手段は無い。
アーチャーの記憶には他にも強力な宝具はあるにはあるが、今の俺では投影しきれない、あるいは扱いきれないものだ。
これではセイバーは倒せない。
「……………」
だが、絶望はしない。
アーチャーの記憶にセイバーを倒す術がないのなら、俺の記憶を使うまでだ。
俺が歩んできた軌跡、俺が重ねてきた経験、それらは決してアーチャーに劣るものではないはずだ。
「投影開始――――」
自らの記憶を頼りに『武器』を投影する。
それに刻まれた『技』と共に。
「…………その刀は――」
僅かにセイバーの顔に困惑の色が浮かぶ。
そうだよな、セイバーはこの刀を知らないのだから当たり前だ。
手に持った長刀を構える。
月夜に反射し淡い光を放つ刀身をなぞり、いつか見た構えを取る。
かつてキャスターが召喚したアサシンが振るっていた刀。
俺はイリヤにその戦いの記憶を見せてもらった。
たが、セイバーはその戦いを見ていない。
ただ刀を振るうことに一生を捧げた男。
その男が振るっていたしなやかな長刀。
そして到達した剣技の極致。
それら全てをセイバーは知らない。
「秘剣――燕返し」
それはアサシンが追い求め完成させた魔剣の深奥。
3つの長刀がセイバーを囲むように現れ、疾風のごときスピードで迫る。
この技の描く軌道は曲線的で、それが3つ重なることで3次元的な檻のようになっている。
上下左右どこにも逃がれる空間は無い。
「くっ……!ならば――――」
対するセイバーの行動も迅速だった。
彼女は自らの黒剣を振るい、その斬撃は膨大な魔力をともなって嵐のように吹き荒れる。
「クッ…………!!」
魔力の奔流は迫る長刀のうち1つをその勢いで押さえつけ、そうしてできたわずかな空間からセイバーの体が後ろに吹き飛ぶ。
膨大な魔力放出を行うことでセイバー自身の体を強引に後ろに吹き飛ばそうという考えらしい。
卓越した剣技も当たらなければ意味はない。
後ろに避けられてしまえば、刀が何本あろうがその切っ先は届き得ず、放たれた長刀がただ虚しく空を切る。
だが、避けられようとも構わない。
俺の目的はそもそもセイバーを殺すことじゃないんだから。
「ッ―――」
無理矢理後ろに吹き飛んだセイバーが衝撃で姿勢を崩し、地面に片膝をつきつつ剣を杖のようにして立ち上がろうとする。
あの勢いで吹き飛んだというのにすぐに体勢を立て直そうとするのはさすがセイバーだ。
だが、僅かとはいえ今、この瞬間は完全に無防備な体勢となっている。
それは決定的すぎる隙だった。
「投影開始――――」
俺の手の中に現れた現れた『ソレ』をセイバーがじっと見つめる。
そんな彼女に対して、右足を踏み込んで距離を詰め、左手を振り上げる。
「――――破壊すべき全ての符!」
キャスターの宝具、契約破りの短剣をセイバーの胸に突き立てる。
傷つけるためじゃない、臓硯の呪縛から解放するためにだ。
「…………!!」
短剣の切っ先がセイバー触れるとともにその黒い鎧が溶けるように消え落ち、本来の青いドレスが露わとなる。
銀色の髪も、塗られた絵の具が消えるように艶やかな金色の髪へと戻っていく。
「うっ…………」
セイバーの体が糸の切れた人形のようにクタリと倒れこみ、そんなセイバーの体を慌てて支える。
「セイバー、大丈夫か!?」
「…………シ、ロウ」
小さな声で、しかし確かにセイバーが俺の名を呟く。
答えるようにセイバーの顔を覗くと、セイバーと目が合った。。
そのエメラルドのような瞳には確かな暖かさがあって、セイバーが戻ってきてくれたのだと実感できた。
「……キャスターに随分と鍛えられたようですね――シロウ」
「あぁ、けどキャスターだけのおかげじゃないさ、どこかの誰かさんが剣の稽古の時に散々叩きのめしてくれたおかげで俺もだいぶ度胸がついたからな、そうじゃなきゃあんな短剣をセイバーに当てることはできなかったよ」
俺の言葉に僅かに笑みを返す共にセイバーが瞳を閉じる。
一瞬ヒヤリとしたが、どうやら気を失っただけのようだ。
ホッと息をついて、セイバーを胸に抱きとめる。
「へぇ……俺の槍を喰らって生きてたのも驚いたが、まさかセイバーまで倒すとはな……こりゃ驚いたぜ。大金星じゃねぇか」
そんな俺たちに対して今まで静観していたランサーが、僅かに愉快げな気配を滲ませながら声を上げた。
「……だが、その活躍もここまだな。人の身でサーヴァントを打倒したのは驚いたが、その代償は安くはないだろう」
一転、ランサーが冷たい瞳で俺を睨む。
確かに先程の戦いでの3度の投影、さすがに少し無茶をしすぎた。
左腕は痺れでまともに動かせず、全身も鉛でもつけているかのように重い。投影はもはやまともにできないだろう。
それでも、なんとか先ほど投影した『破壊すべき全ての符』を牽制するようにランサーとアサシンに向けて構える。
セイバーは意識を失っている。
ちらりと後ろを見ればキャスターは杖をランサーに向けて応戦するような体勢をとっているが、対魔力を持ったランサーに勝ち目がどれほどあるか……
なんとか奴らから逃げ出したいところだが、下手に動けばその瞬間にランサーの槍に貫かれてしまうだろう。
「…………」
流れる沈黙、互いの出方をうかがい、隙を探る。
そして、ジリリとランサーの体が僅かに動いた瞬間だった。
唐突に奴が口を開く。
「あん……?帰ってこいだ?チッ、臆病なジジイだぜ……セイバーをやられてビビったか。このままやってれば勝てるものを……」
おそらく、臓硯から何らかの指示があったのだろう。
不満げな顔をするランサーの足元に影が広がり、水に沈むかのようにランサーとアサシンの姿が影の中に呑まれていく。
そして2人の姿が消え、静まり返った教会の中でハッと息を吐く。
「勝った……のか?」
「えぇ……そのようね。坊やあなたの勝ちよ。セイバーはあなたのもとにいるもの」
呆然と呟く、俺にキャスターがにこやかに語りかける。
そうか……俺は勝ったのか……
臓硯達には逃げられたし、セイバーも気を失ってしまっている。
それでも、セイバーを臓硯の呪縛から解放することはできた。
胸の中で眠るセイバーに視線を向ける。
臓硯の力に呑まれていた時のセイバーはまるで死人のように青白い肌をしていたが、今は血の通ったように暖かな肌色でセイバーが確かに生きているのだと感じさせる。
「う…………あ…………」
セイバーの無事を確認して、緊張の糸が途切れたのだろうか。
急速に意識が遠のき、ぐらりと倒れこむ。
「あ……セイ、バー……」
そんな中で、胸に抱いたセイバーの手を強く握りしめる。
もう二度と……セイバーを誰かに奪われないように。
「……………」
そうしてセイバーの暖かな体温を感じながら、俺の意識は闇に落ちていった。