HFルートの途中でもし士郎がキャスターを助けていたらというお話 作:ふりかけ@木三中
ぼんやりと目を開いて、意識を覚醒させる。
俺の家の布団の中。
先程と窓から刺す月の角度は変わっておらず、ほとんど時間は経過していないようだ。
かなり長い旅路をしていたような気分になるが、あれはあくまで精神的なものらしい。
「セイバーは…………!」
慌てて眠るセイバーに視線を向け、しばし待つが変化はない。
セイバーはまるで眠り姫のごとく、まぶたを閉じたままだ。
「パスは繋がっているはずなのだけれど……安定化には時間がかかるか、それとも何かまだ問題があるのが……」
キャスターがそう分析する。
時間の問題ならば待っていれば目覚める可能性もあるが、どれほど待てばいいのかも分からない。
臓硯達がいつ攻めてきてもおかしくない状況だというのに――
そう、歯噛みした瞬間だった。
屋敷にけたたましい警告音が鳴り響く。
結界の警告音がなっているということはつまり――
「臓硯達が来たわ……今、結界と竜牙兵で阻んでるけどすぐに破られると思う。敵の内訳は臓硯にランサー、アサシンよ」
襖を開けて、遠坂が入ってくるなり、鬼気迫る表情でそう状況を簡潔に報告する。
遠坂の後ろにはイリヤも控えていて、武器であろうワイヤーのようなものを手に持っている。
「ッ――クソ、間に合わなかったか」
敵はサーヴァントだけでなく臓硯もいるのか――
半ば予想通りではあるが……あちらも総戦力というわけらしい。
対するこちらの戦力はセイバーが未だ眠ったままな以上、俺にキャスターに遠坂とイリヤの4人だ。
数だけで言えば優っているが、現在の俺は碌に投影もできない状況であり、遠坂やイリヤも優れた魔術師ではあるのだろうがサーヴァントや影の力を有した臓硯と正面から戦うとなれば流石に分が悪いだろう。
「…………時間切れね、セイバー抜きで戦うしか無いわ」
キャスターがふぅ、と嘆息しつつ、そう語る。
セイバーを目覚めさせられなかったことは残念だが嘆いても仕方ない、やれるだけのことはやったのだ、今は現状の戦力でどうにかするしかない。
◇
屋敷から中庭に出る。
そこには、無数に散らばった竜牙兵とその中心で佇む臓硯がいた。
持て遊ぶように竜牙兵の頭蓋を影の触手で喰らっている。
その後ろに控えるように立つランサーとアサシン……
ランサーは覇気のない目でこちらを見つめつつも手にはしっかりと槍が握られており、戦闘は避けられないことを示している。
アサシンも臓硯の後ろで短剣を持って構えているのだが……
「…………?」
なぜだろう、その姿に少し違和感を覚えた。
うまく言葉で言い表せないが……奴の髑髏面、その虚空の瞳に何か思慮のようなものがうかがえる気がする。
それに教会でアサシンを見たとき奴は臓硯を守るようにその後ろに付き従っていた。今も奴の後ろに立ってはいるのだが……なにか距離があるように感じる。
今までの戦闘や教会でのアサシンと、現在目の前にいるアサシン。
違いはライダーの心臓を喰らったということぐらいだが――
「ッ――考察は後か、今はこの状況をどうするかだな」
アサシンへの違和感は少し気になるが、短剣を持っている以上、奴にも戦闘の意思があるという事だ。
ならば今考えるのはアイツらをどう倒すかという事だけだ。
「―――キャスターは臓硯を、遠坂とイリヤはアサシンを頼む。俺は……ランサーと戦う」
そう手早く皆に指示を出す。
…………これが一番マシな布陣なはずだ。
臓硯の影の力に対抗できるのはキャスターだけだし、ランサーを倒せる可能性があるとすれば俺の投影だけだ。正面戦闘力の低いアサシンなら、遠坂達も多少はやりあえるだろう。
もちろん……厳しい戦いになるだろうことは予測されるが、そんなことは初めから分かりきっていたことだ。
「貫け、Nereies―――!」
「一斉射撃、Fixierung,Eilesaive―――!」
キャスターが大気を凝結させて生み出した無数のツララを、遠坂が魔力を込められた宝石をそれぞれ臓硯とアサシンに向けて打ち出す。
「くかか――その程度の攻撃は今の儂には効かん」
「…………」
対して臓硯は生み出した影の触手で迫りくる無数のツララを全てからめとり、アサシンは跳躍することで遠坂の攻撃を避ける。
「待ちなさい!」
攻撃を避けるアサシンにイリヤが手に持った銀の糸から鳥のような使い魔を生み出して追撃をおこない、遠坂とイリヤはそのままアサシンを追い詰めるようにその姿を追う。
「ふぅ……やはり通常の魔術による攻撃はあの攻撃は効かないか、でもそれならこれはどうかしら?」
そして臓硯の影によって攻撃を防がれたキャスターは今度は見せ付けるように短剣を構える。
「契約破りの宝具か……それを用いても、桜の肉体との結びつきを切れるとは思えんが、聖杯とのリンクが切れてしまえばちと面倒じゃの」
警戒するように短剣を見つめる臓硯、そんな奴に対してキャスターが猛攻をかける。
「Etona!Aello! Nereies!Juppiter!」
紡がれるは神話の魔術。
太陽のような火球が、鋭い疾風が、巨大な氷塊が、紫色の光弾が、無数に生み出されたそれらが一斉に臓硯に迫る。
臓硯はそれら全てを影に取り込むようにして無効化するが、流石にこれほどの魔術となれば一度に捌ききれないのか、その体が僅かに後ずさる。
「ぬぅ……流石は神代の魔術師というわけか……」
臓硯がうめきつつも、影の触手を伸ばしてキャスターに反撃するが、キャスターが手をかざすと影はドロリと溶け、その合間を縫うようにキャスターが短剣をもって奴に迫る。
「ふむ、やはり一筋縄ではいかんの……」
臓硯はキャスターの宝具から逃れるように身を退かせつつも絶え間なく影の触手をキャスターにさしむける。
そんな2人の戦いを横目に確認しながらも、俺は対面するランサーに視線を向ける。
「俺の相手はお前って訳か……だが、丸腰じゃねえか。それでいいのか?」
ランサーが俺にそんな言葉をかける。
今の俺は何も武器は持っていない。竹刀なんかを持ち出したところでランサー相手には何の役にも立たないだろうと考えたからだ。
やはり、あいつを倒せる可能性があるとすれば、投影による宝具の使用しかないだろう。
キャスターは使い時を考えろと言っていたが、今やらなければ待っているのは死のみだ。
「――――投影開始」
投影すべき武器を想起する。
ランサーにルールブレーカーを用いれば、臓硯の呪縛を解くことも可能かもしれないがセイバーとの戦いを見ている以上あちらも警戒しているだろう。
それにランサーの宝具は強力だ。
バーサーカーとの戦いでランサーが見せた『抉り穿つ鏖殺の槍』
あれを撃たれればアーチャーの記憶にあるあらゆる宝具を用いても防御できるかは怪しい。
投影の余力がもうほとんど無いことなどを考えても、宝具を使われる前に速攻でランサーを倒すしかない、それこそが俺の唯一の勝ち筋だ。
もう後のことを考えている余裕はない以上、ただ俺の記憶の中にあるもっとも強力な宝具を投影する。
「――――『約束された勝利の剣』」
セイバーの剣、俺が見てきた中で最も美しく最も強力な宝具。
いつもの彼女が振るう黄金の輝きと影に呑まれた彼女が見せた漆黒の輝き、2つの輝きを思い描きながらその再現を行う。
「グッ――――」
ただでさえボロボロな肉体に激痛が走る。
内臓はちぎられたかのように引きつり、脳は蝋燭みたいに溶け、魔術回路はずたずたに破壊されていくのを感じた。
支払った代償の痛みを感じながらも俺の手の中に現れた剣を見る。
セイバーの剣……その表面だけをなぞったハリボテ、いやオリジナルの出来と比較すればそれにすら及んでいないような剣だが今はこれに頼るしかない。
「ハァァァァ!」
なけなしの魔力を振り絞ってランサーに特攻を仕掛ける。
「はぁ……全く楽な仕事だと思っていたが、こんな死にぞこないみたいなのを相手すんのもこれはこれでなぁ……」
だが、満身創痍の状態で繰り出される技がサーヴァント相手に届くはずもなく、嘆息混じりにランサーは俺の攻撃を軽くいなす。
「くそっ……!!」
それでもかまわず必死に攻撃を続ける。
立ち止まってしまえば、もう動けなくなるような気がして。
「ガッ――グ――」
体中の神経が悲鳴を上げる、筋肉は既にボロボロで、骨は軋むような音を立てている。
「あっ――――グ、ガハッ!」
唐突に体から力が抜け落ち、ガクリと膝から崩れ落ちる。
それと同時にどす黒い血反吐を吐血し、手に持っていた剣も形を保てずに霧散していく。
「どうやら、限界を超えちまったらしいな。もともとセイバーとの戦いで体の中はボロボロだったんだろ?まぁ、その健闘は認めてやるよ」
倒れ込む俺をランサーが見下しながらそう語り、手に持った槍を俺に放つ。
「グッ……くそ……」
投影による負担からか体に力が入らない。
体の中はすでにズタボロらしく、目や耳から血が垂れてくる。
それでも、なんとか重い体を引きずりランサーの攻撃を避けようと試みる。
「ガッ――――!!」
だが完全に避けることは叶わず、わき腹を抉られ、傷口からは血が噴水のように流れる。
「チッ、その体でよく這いずり回る……だが、もう流石に動けないだろう」
ランサーの言葉の通り、もう指一本動かす力も残っていない。
体からは血がダクダクと流れ出し、辺りに赤色が広がっていく。
体の外側はランサーに傷つけられた傷で、内側は無茶な投影による負担で血が止まることは無い。
ランサーの槍の切っ先がゆっくりとこちらを向く。
宝具の真名までは解放するつもりは無いらしい。
当然か、もはや動く力のないガキ一人を仕留めるだけの簡単な作業だ。
「くそっ……」
毒づく言葉を吐くが、それもちゃんと発声できているのか。
少しでも抵抗するために体を動かそうとするが、石のように冷たくなった体はいう事を聞いてくれない。
「…………」
そんな俺を憐れんでいるのか、見苦しいとでも思っているのか、ランサーは冷たい目をしながら緩慢な動作で朱い槍を振り下ろす。
死に体の相手を仕留めるためだけの単調な軌道。
平時ならば避けられたであろうそれは、しかし、今の俺には必殺の一撃だ。
「う……ごけ、よ」
僅かでもいい、少しずれればこの攻撃は避けられる。
体中から余力を振り絞り、吠えるように叫ぶ。
「うぉおおおおおおおお!!」
ガキンッという音、飛び散る火花。
見れば―――奴の槍が地面に深く突き刺さっていた。
「あっ…………?」
一瞬、自分でも何が起きたのか分からなかった。
避けたのか?奴の槍を?
どうやら俺はなんとか半歩ほど体を動かすことで、奴の攻撃を避けたらしい。
だが、俺にはもはや動く力は残っていなかったはずなのに――
「グ……ッウ……」
自分自身でも、避けたという事実に少し驚きながらよろよろと立ち上がる。
先ほどまでは、指一つ動かせないぐらいに弱っていたはずなのに、今は少し体が軽い気がする。
「…………」
ランサーはそんな俺に対して追撃を仕掛けるでもなく、何か警戒するようにこちらの様子をうかがっている。
なんだ?奴は一体何を警戒してるんだ?
俺も、ランサーから視線を外さないように警戒しながら、自身の体を見やる。
「え……なんだ、これ?」
そして、飛び込んできた光景に思わず困惑の声を上げてしまう。
いつの間にか体から流れ出る血が止まって、傷口が手品みたいに消えていた。
そしてズタボロだったはずの俺の体―――その体が、揺らめくような黄金の光に包まれていた。
明日は2話投稿します