HFルートの途中でもし士郎がキャスターを助けていたらというお話   作:ふりかけ@木三中

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25話目 2月10日 夜 VSランサー

 

「遅くなりました―――シロウ」

 

 俺を守るように立ちふさがるセイバーが、ランサーの槍をその黄金の剣で弾く。

 

「セイバー……目が覚めたのか」

「はい、少し寝坊してしまったようですが――怪我はありませんか?」

「あぁ……問題ないよ」

 

 正確に言えば、さっきから怪我はしまくりなのだが治癒能力のおかげで問題は無い。

 それに、今はセイバーが来てくれたことがただただ嬉しい。

 

「セイバーか……その姿、あのジジィの呪縛はすっかり取り払われたってわけか」

 

 臓硯によって黒化していた時の禍々しい黒色と氷のような銀髪とは違う、蒼銀の鎧と眩い金髪……本来の姿に戻ったセイバーを見やりながらランサーはそう言葉を投げかける。

 

「えぇ……シロウとキャスターの尽力のおかげです。ランサー、キャスターの宝具なら貴方の戒めも解くことが可能だ。投降の意思は無いか?」

「はっ……別にあのジジィに忠誠を誓ってるわけでもないが、お前らに尻尾を振るつもりもねぇよ」

 

 ランサーはそう吐き捨てるように語ると、会話は終わりだとでも言うように槍を構える。

 セイバーもこれ以上の対話は無意味と考えたのか、ただ無言で剣を構えることで応じる。

 

「…………」

 

 合図など無かった。

 唐突にセイバーとランサー、ふたりの姿がぶれる。

 

「ッ―――!!」

 

 高速で接敵した二人の武器がぶつかり合い、衝撃から産まれたすさまじい風圧が俺を襲う。

 

「はぁぁぁぁあ!!」

 

 セイバーとランサーはそのまま高速の打ち合いを続ける。

 その攻防はアーチャーの戦闘経験を得た今の俺の目でも捉えきれないほどで、ただ赤と金、二つの武器のきらめきと時おり生じる火花から二人の戦いが拮抗しているのだと分析する。

 

「なるほど――最初に戦った時の強さとはまるで別物だな、出し惜しみはしてられねぇか……」

 

 ギィンと一層甲高い音を響かせて二人の武器がぶつかり合い、その勢いを利用するようにランサーが後ろに大きく飛びずさると、そのまま体をくぐめて投擲の姿勢を取る。

 

 あの体勢はかつて奴とバーサーカーとの戦いでも見た、宝具を投擲する際の動作だ。

 

『抉り穿つ鏖殺の槍』

 

 あの技は、呪いの朱槍をルーン魔術の補助を受けたランサーが全力の投擲する技だ。

 

 その威力はバーサーカーすらも『殺しきる』ほど。

 まさに圧倒的なる必殺の宝具だ。

 

 かつてセイバーは、ランサーの宝具をその幸運と直感によって避けたが今回はそうはいかないだろう。

 

 アーチャーの記憶も探り防ぐ手立てを考える――最も有効な宝具はかつててトロイア戦争において英雄アイアスがヘクトールの投槍を防いだという盾、『熾天覆う七つの円環』だ。

 しかし、通常時のランサーの宝具ならばともかく現在の聖杯からのバックアップを受けて威力が増しているであろう奴の攻撃を防御できるかは分からない。

 

 まずい……どうすれば……

 

 死の一文字が脳裏に浮かぶ。

 

 そんな絶望的な状況で――

 

「シロウ―――鞘を」

 

 セイバーはただ、そう静かに呟いた。

 

 鞘―――そのセイバーの言葉で何かパズルのピースがはまったような感覚がした。

 

「抉り穿つ――――」

 

 ランサーが投擲の構えを取る。

 荒ぶる魔力に耐えきれず崩壊する奴の体、そしてその傷をすぐさまルーン魔術の光が癒し、文字通り奴は全力を超えた力を槍に込める。

 

 そんな自傷と再生を繰り返す奴の姿を先ほどまでの俺と少し似ているな、などと思いながら、俺はただゆっくりと目を閉じる。

 

 先ほどからの治癒能力、セイバーが言った鞘と言う言葉の意味を考えながら、自らの精神にゆっくりと潜る、深く、深く、その深奥まで。

 

 そして―――自身の最奥、暗い闇の中で俺は――黄金の鞘を見た。

 

「―――鏖殺の槍」

 

 ランサーの槍、必殺の宝具が放たれる。

 だが、その光景を目にしても俺の中には動揺も恐怖も焦りも無い。

 

 ただ静かに――自分の中に眠るそれを引きずり出す。

 

「――――全て遠き理想郷」

 

 手の中に黄金の鞘が現れ、そこからあふれた光の壁がランサーの宝具を拒む。

 

 それはもはや、防御なんて次元じゃない、完全なる遮断。

 

 必中と必殺の概念を秘めたランサーの宝具を、黄金の鞘は完全に遮断していた。

 

「セイバー、今だ!」

「えぇ……約束された―――勝利の剣!!」

 

 そして、俺のかかげた鞘と投擲された槍とが拮抗する状態でセイバーも自身の宝具を開放させる。

 セイバーの剣から放たれる光の奔流、黄金の柱のようなソレが、動きを止めた朱い槍を焼き払い、その担い手にも迫る。

 

「ッ――――」

 

 宝具を放った直後で決定的な隙を晒していたランサーは避けることも敵わず、セイバーの攻撃を真正面から浴びる。

 

「ガッ―――」

 

 奴の体が攻撃の余波で吹き飛び、ズブズブとその身を焦がしたまま壁に打ち付けられる。

 そのまま沈黙するランサー。

 

「終わった……のか?」

 

 倒れ伏すランサーを見ながらポツリとそう呟く。

 

 正直アイツに勝てる可能性はほとんど無いと思っていたのだが――

 

『全て遠き理想郷』

 

 あの、凄まじい治癒と防御を兼ね備えた宝具のおかげで勝つことができた。

 

 何故、あんなものが俺の中にあったのかは分からないが、きっとあれはセイバーに由来する宝具なのだろう。

 

「セイバー……さっきの宝具は……」

「えぇ、あれは私の宝具です。かつて切嗣が私の召喚に使用した触媒でもあります。まさか、シロウの中にあるとは思いませんでしたが……おそらく10年前に切嗣がシロウの体に埋め込んだのでしょう」

 

10年前――あんなものを埋め込まれた記憶は無いが、機会があるとすればおそらくあの火災の中で切嗣が俺を助け出した時だろう。

 

 瀕死の俺を助けるために治癒の力を持ったあの宝具を埋め込んだのだ。

 そしてその宝具は⒑年の時を経て再び俺のことを救ってくれたことになる。

 

 改めて自身の体を見回す。

 ランサーにつけられた傷や投影の負担によってボロボロになった魔術回路なんかも完全に治癒しているらしい。

 

 流石に、移植したアーチャーの左腕はこの状態が『正常』と判断されたのか、新たに腕がニョキニョキ生えてくるなんてことはなったが、ほとんど死に体だった俺の傷をここまで癒すとはホントにすごい宝具だ。

 

「でも、なんでいきなり宝具の治癒能力が機能したんだろう?怪我して発動するとかなら、もっと前から機会はあったはずだけど……」

「それはシロウが私とのパスを繋ぎ直したからです。アレは私の宝具ですから、影に取り込まれ私とのパスが切れているときは沈黙していましたが、再契約を行うことで私の魔力に反応して再び起動したのでしょう」

 

 なるほど……

 パスを繋ぎ直したのはセイバーを目覚めさせるためだったが、まさか俺の中に眠るセイバーの宝具まで目覚めさせることになるなんてな……

 

 そんなことをセイバーと話していると、唐突に低い声が響いた。

 

 地の底から響くような鬱憤とした声が。

 

「おい……何、終わった雰囲気出してんだよ。決着はまだついてねぇだろうが……」

 

 言葉と共に、ゆっくりと……倒れていたランサーが起き上がる。

 その身はセイバーの宝具を受けて右半身はほとんど消し飛んでおり、全身の皮膚も黒く焼けただれている。自慢の槍もセイバーの攻撃で消滅した。

 

 どう見ても、もう戦える状態じゃない。

 

 それでも――その瞳はただ、まっすぐに俺達を見据えている。

 

「セイバー……満身創痍の相手とはいえ油断はするなよ……」

「はい、この状況で立ちあがるとは……太陽の御子クーフーリン、彼もやはり歴戦の英雄だ。侮ってかかれば痛い目にあうのはこちらの方でしょう」

 

 相手が手負いだからと油断したりはしない、そう思わせるだけの凄まじい執念がランサーの瞳には込められていた。

 

「…………」

 

 僅かに流れる沈黙、そしてセイバーがランサーの切り込もうと僅かに足に力を入れた瞬間―――

 

「――――妄想心音」

 

 ランサーの胸を、異形の腕が貫いていた。

 

「なっ…………」

 

 溢れ出る血しぶきが視界を覆い、次に飛び込んできたのは光の粒となって消えゆくランサーの姿だった。

 

 今の攻撃――あれは――

 

「――――アサシン!!」

 

 いつの間にそこに立っていたのか、屋根の上から髑髏面のアサシンがこちらを見下ろしており、その異形の左腕にはランサーのものと思われる心臓が握られている。

 

「…………」

 

 アサシンは仮面の下から僅かに見える口を開け、手に握った心臓をバクリと喰らう。

 

 その光景に、奴が教会でライダーを宝具で屠り、その心臓を喰らっていたことを思い出す。

 

 キャスターの話では、アサシンは他のサーヴァントを喰らい自らの肉体を改造することで強化することができるらしい。

 

 今、奴がランサーを心臓を宝具によって取り込んだのも自らの力をさらに増すためなのだろうが……それにしてもなぜ、このタイミングなんだ?

 

 教会での一件は分かる。

 臓硯達は圧倒的に優勢だったし、ライダーは完全に戦う力も気力も残っていないようだった。そのライダーを処分するついでにアサシンの能力の増強を図ったと言うのは胸糞悪い話ではあるが、理解できる。

 

 だが、先ほどランサーはまだ闘う意思があり、なにより俺たちは忍び寄るアサシンの存在に気づいていなかった。

 下手にランサーを殺して俺たちに存在を悟らせるよりも、俺を不意打ちで殺してセイバーを弱体化させたほうが合理的だったのではないか?

 

 もちろん、ただ俺の考えすぎという可能性もあるが……アサシンからはなにか、得体のしれないものを感じる。

 

「…………」

 

 セイバーと共に武器を構えつつも警戒するようにアサシンを睨む。

 奴の表情は面に覆われていて読むことはできない。

 

 だが……唐突に奴がその口を開いた。

 

「―――既に大勢は決した、死を恐れる訳ではないが無駄に命を捨てるつもりもない。私はここで退かせてもらうとしよう」

 

 最初に対峙した時の片言交じりのぎこちない喋り方とは違う、流暢な喋り方でアサシンがそう語ると、その身を夜の闇に潜ませるようにどこかへと消え去ってしまった。

 

 一瞬、追うことも考えたが今は戦わないですむというならそれに越したことはない。今はアサシンとの戦いよりも優先すべきことがあるはずだ。

 

「衛宮君……!!」

 

 突然のアサシンの退場に少し困惑する俺に、アサシンを追ってきたであろう遠坂が声をかけてきた、隣にはイリヤもいる。

 2人とも、体に多少の切り傷なんかはあるが、特に大きな傷もないようだ。

 

 アサシンが俺たちの前に現れたということは、相手をしていた2人がやられてしまったのではないかと心配だったのだがどうやら杞憂だったようだ。

 おそらく、2人との戦闘の途中で離脱してここまできたのだろう。

 

「衛宮君、アサシンは?」

「逃げた……ランサーの心臓を喰らってな。遠坂たちは怪我はないか?」

「えぇ、そもそも私たちと戦ってる時はアサシンは本気じゃなかったらしいわね。ダガーを投げて私たちを足止めこそしてたけど、結局宝具は使ってこなかったもの」

 

 本気を出していなかったか……戦闘の途中での逃亡と言い、勝つ気が無かったのか……

 それに奴が言っていた言葉も気になる、『既に大勢は決した』と奴は言っていた。

 

 確かにランサーこそやられたが、あちらにはまだサーヴァントにとって天敵ともいえる影の力を持った臓硯がいる。

 アサシンが最初から本気で遠坂たちと戦い、そして逃亡することもなければ状況はまだまだ分からなかったと思うのだが……

 

「シロウ、アサシンの言動は気になりますが、今はキャスターの加勢に向かいましょう」

 

 そうだな……なににせよ、ランサーは倒してアサシンもどこかへと消えさった。

 対して、こちらの戦力は誰も失うことなく目覚めたセイバーまで加わった、この状況は俺達とって有利だ。

 

 この状況ならあるいは……桜を救うこともできるかもしれない。

 

 

 

 

 キャスターと臓硯は戦いつつ場所を移動していたようで、俺たちが戦っていた中庭とは屋敷を挟んだ裏側にいた。

 未だ決着はついていないようで、キャスターの放つ魔術と臓硯の繰り出す影の触手がせめぎ合っている。

 

「ぬぅ……小僧、それにセイバーまで……」

 

 臓硯は俺たちの姿を見るや、その瞳を大きくわななかせる。

 

「ランサーは消滅し……アサシンは応答なし……まさかここまで追いつめられるとはの」

 

 怒りからか、瞳を充血させつつも臓硯がうめくように呟く。

 

 そして――

 

「じゃが、最後に笑うのは儂よ。儂にはまだ桜の肉体がある、黒き聖杯とつながった桜の体がの!」

 

 怒号のような臓硯の声が響き渡り、それと同時に屋敷全体を黒い影が囲む。

 月明かりも影で遮られ、まるで闇に押しつぶされるかのような錯覚に陥る。

 

 黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒、黒

 

 辺り一面を覆う漆黒。

 

 臓硯の生み出した影が俺たちに迫る。

 

「このっ――Neun!!」

「投影開始――ハアッ!!」

 

 遠坂が魔力が込められた宝石を撃ちだし、俺も投影した干将莫邪を奴に向けて投げつける。

 だが、俺達の攻撃は影の深い暗闇に吸い込まれるように消えていき、その侵食速度は緩まることもなく俺達へと迫る。

 

「―――坊や!!」

 

 キャスターが俺たちを守るように立ち、手をかざして影を霧散させるが、それ以上のスピードで影は湧き出てくる。

 おそらく聖杯の魔力量にモノを言わせた物量攻撃、これではキャスターが影に対処できるといってもいずれは呑まれてしまうだろう。

 

「サーヴァントである限り、この影に逆らうことはできん。手駒が無くなろうが儂の勝利は揺るがん」

 

 流石にこれほどの魔術行使となれば、聖杯の力があっても臓硯自身にかなりの負担がかかるのか、息を切らし脂汗を額ににじませながらも、しかし湧き出る影が止まることは無い。

 すでに俺たちがいる場所以外は真っ黒な影で埋まり、屋敷全体が黒い絵の具でも溶かしたかのようなありさまだ。

 

 マズイな……今はキャスターが凌いでくれているが、このままでは全員影に呑まれるのも時間の問題だろう。

 

 どうする……影があふれるこの状況では、臓硯を取り押さえたりすることも難しい。

 

 『全て遠き理想郷』を用いても、その効力の恩恵があるのは一人だけ。

 セイバーがやられれば彼女の宝具である鞘は効果を失うし、俺がやられればマスターを失ったセイバーはじり貧になるだろう。

 

「……シロウ、私の剣ならばあるいは臓硯を倒せるかもしれませんが――」

 

 セイバーが険しい顔つきで俺にそう進言する。

 確かに、生半可な攻撃では影に阻まれるだろうがセイバーの『約束された勝利の剣』の桁違いの威力なら影ごと吹き飛ばして臓硯にも届き得るかもしれない。

 しかし、臓硯を倒すという事は、奴が巣食っている桜自身もまた――

 

「……ダメだ、それは許可できない」

 

 考えるよりも先に言葉が口に出ていた。

 分かっている。このままでは全滅するということは理性では分かっている。

 今のままでは全滅し、桜のことも結局は救えない。

 それよりは今ここで桜ごと臓硯を殺すことが最善の道だということは理解はしている。

 

 でも……だめだ、やはり桜を殺すなんてことは……

 

「桜……頼む!もう止めてくれ!」

 

 ただがむしゃらにそう叫んだ。

 

 あれが桜ではなく、臓硯だということは理解している。

 

 それでも、桜の意識が残ってるんじゃないかなんて希望を抱いて、桜を殺さなくて済む手段が何かあるんじゃないかと思って、ただ縋るようにそう叫んだ。

 

「桜…………!」

 

 情けない、みっともないことは分かってる。

 桜を殺す覚悟もなく、桜を助ける力もなく……ただ彼女の名を叫ぶことしかできない。

 

 俺の言葉も虚しく、臓硯は桜の顔でうすら寒い笑みを浮かべ、奴の生み出した影はじりじりと俺達に迫ってくる。

 

 そんな絶望的な状況で――

 

「ほら……言った通りでしょう。坊やはアナタを見捨てるようなことはしないって」

 

 そんなキャスターの声が響いた。

 どこか、嬉しそうなその声は、この危機的な状況にはあまりにも場違いだった。

 

 言った通り……?何の話だ?

 そんな話はキャスターとはしていないはず……?

 

 思わず困惑の目をキャスターを向ける。臓硯も眉を顰めてキャスターを見つめる。

 

 その瞬間――

 

「ぬぅ――バカな、これは――」

 

 臓硯の動揺の言葉と共に、俺達に迫っていた影が形を保っていられないとでもいうようにドロリと溶け落ちる。

 屋敷全体を満たすように存在していた影も消え失せ、眩い月明かりが俺達を照らす。

 

「なぜじゃ――なぜ今になって……」

 

 焦燥したような臓硯の声、その表情は驚愕に彩られている。

 

 キャスターが何かしたのか?

 

 いや違う、外部から何かしたのではない。

 

 臓硯のこの焦りよう、これは――

 

「何故、いまさらワシに逆らう!さくらあああああぁぁ!!」

 

 そんな臓硯の怒鳴り声が屋敷中にコダマした。

 

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