HFルートの途中でもし士郎がキャスターを助けていたらというお話   作:ふりかけ@木三中

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26話目 2月10日 夜 少女の想い

 

「何故、いまさらワシに逆らう!さくらあああああぁぁ!!」

 

 臓硯は感情に任せて、ただ憤怒の声を叫ぶ。

 

 もうほとんど消滅し、肉体のコントロールを臓硯に明け渡していたはずの桜の精神。

 

 しかし、その桜の精神が確かに今、臓硯の精神に対して抵抗をしていた。

 

 今までも肉体の動きを僅かに鈍らせる程度の抵抗は何度かあった。

 

 しかし、今回の抵抗はそれまでのものとはレベルが違う。

 衛宮士郎たちを襲わせていた影の触手は意図に反して消滅し、肉体は硬直したようにピクリとも動かない。

 

 それはつまり……肉体の主導権が臓硯から桜の元へ戻ったことを意味していた。

 

「まさか……あの小僧の言葉が届いたとでもいうのか?」

 

 臓硯は一瞬、脳裏によぎった考えを馬鹿馬鹿しいと否定する。

 桜の浸食具合はもはや、気合の問題でどうにかできるような段階ではなかったはずだ。

 長年に渡り調整された肉体、自責の念と少年への恋心を利用した精神誘導……言葉が届いたから、などというご都合主義でその戒めを抜け出せるはずはない。

 

 何か……何かカラクリがあるはずだ。

 

 強いていうならば、先程セイバーの主たちに追い詰められて使用した屋敷全体を覆うほどの影の力、あれほどの魔術行使ともなれば臓硯にとってもかなりの負担であり多少桜へのコントロールが緩んだ部分はあるかもしれない……だが、それを差し引いても今の現状はありえない。

 今までの桜は臓硯の支配に対してその精神がかき消えないように抵抗しているだけで精一杯だったのだ、それが急に肉体の主導権を取り戻すほどの芸当を見せるなど……

 

『――――まだ、気づいていないんですか?』

 

 動揺しながらも思考を廻らせる臓硯、その脳裏に桜の声が響く。

 クスクスと、嘲るような声。

 臓硯がその肉体を支配してから一口も口をきかなかった少女が今、精神を通して臓硯に語り掛けていた。

 

『なに……どういうことじゃ!?――お主の肉体は既に掌握し、自我も既に風前の灯火だったはずじゃ!それがなぜここまで――』

 

 憤る臓硯に対して桜は子供に言い聞かせるようにゆっくりと言葉を返す。

 

『だから……それが、間違いなんですよ。お爺様は最初から私を支配できていたわけじゃない、私がわざと支配を受け入れていただけなんです』

 

 わざと支配を受け入れていた――?

 

 桜の言葉に臓硯は呆然とする。

 

 確かにそれならこの段になって、桜がその支配から抜け出すことができたことにも説明はつく。

 

 だが……一体なぜそんな真似を――

 

『いいですよ、このままだとお爺様があまりにも哀れだから最期に聞かせてあげます。あの日――私とキャスターさんが立てた計画を』

 

 そうして、彼女は語りだす。

 

 あの日……聖杯として開花しつつあった桜、その反動で熱が出た彼女をキャスターが看病した時のこと、そして彼女と交じわした会話を――

 

 

 

 

「桜さん……アナタがライダーのマスターなのね?」

 

 熱にうなされ、布団に苦し気に横たわる桜。

 そんな桜を看病すると言って二人きりになったキャスターは、部屋に入るなりそう口にした。

 神代の魔術師たるキャスターには彼女を一目見たときから、聖杯戦争に参加するマスターであること、そして彼女の中に巣食うモノを看破していた。

 

「―――ッ、やっぱり……気づかれちゃってますよね。ちなみに私の中にある『モノ』のことも……」

「えぇ、寄生する魔蟲に聖杯の欠片――あなたが今、熱を出して布団で寝ているのもそれが原因ってことも分かってるわ」

「全部お見通しですか、流石はキャスター……『魔術師』のクラスのサーヴァントってことなんですかね」

 

 そこまで分かっていては下手なごまかしは効かないだろう、桜は諦めたように短く息を吐く。

 

 そんな桜も、キャスターの正体には薄々気づいていた。

 

 桜は聖杯自体に興味があるわけではなく、聖杯戦争に参加したのも祖父の命令であったという理由でしかないのだが、それでも最低限のルールは聞いていた。

 

 サーヴァントは『セイバー』や『キャスター』と言ったクラスを与えられて招かれ、そしてマスターにはそれらのサーヴァントを御する令呪というものが与えられる。

 

 士郎の手に浮かんだ赤い痣や最近彼が家に住まわせることになったセイバーとキャスター、詳しい経緯は流石に分からないが自らが慕う少年が此度の戦争に参加しており、キャスターと何かしらの関係を持っていることは明白であった。

 

「キャスターさんは先輩の味方……なんですよね?」

「まぁ、現状は同盟を組んでいるから、そう言えるかしらね……そう言う貴方はどうなのかしら?ライダーのマスターではあるけれど、坊やを倒そうってわけじゃないのよね?」

 

 桜の正体を看破したキャスターは当初、桜が寝首を欠くために士郎に近づいては無いかとも考えていた。

 しかし何日か士郎や桜と日常を過ごす中で、彼女が少年に敵意を持っていないということぐらいは分かっていた。

 

「……そうですね、キャスターさんになら話してもいいかもしれませんね」

 

 そう呟くと、桜はポツポツと自らのことについて語りだした。

 自らの産まれについて、間桐の家に養子に出されたこと、そこで魔術の『教え』を受けたこと、ライダーを召喚したこと、士郎が今回の戦争に参加していると知って困惑していること。

 

 普段の彼女なら、例え口が裂けてもこんな話を他人にすることはなかっただろう。

 

 それでもキャスターに話したのは、どうせ全てを見透かされているならと思ったのか、熱で気が弱くなっていたのか、あるいは――無意識の内にキャスターが自分と同じ『穢れた』側の人間だと思っていたからかもしれない。

 

「…………」

 

 そんな桜の話をキャスターは無表情で聞いていた。

 悲惨な過去や彼女の中に巣食う蟲の話についても、ただ淡々と頷くだけだった。

 

 それはキャスターが冷酷なわけではなく、自身も『裏切りの魔女』と呼ばれ過酷な生涯を送った彼女には下手な同情や慰めは何の救いにもならないと知っていたからだ。

 

「……………なるほどね」

 

 そして全ての話を聞き終わった後、キャスターは短くそう呟いた。

 

 彼女からより詳しい話を聞いたことで、此度の戦争で暗躍するものについてはおおよそ理解できた。

 

 間桐臓硯。

 

 聖杯を造りだした御三家の一人であり、500年の時を生きる外法の魔術師。

 

 桜に悪趣味な蟲を埋め込み、聖杯戦争を自らの有利に進めるために聖杯の欠片なんてモノまで埋め込んだ。

 

 そして――葛木総一郎、自らの主を殺したのもその蟲使いで間違いないだろうとアタリをつける。

 

 主の仇が判明し、いかにむごたらしく殺して復讐するかを考えたいところだが、それよりも今は桜に対して聞くべきことがある。

 

「桜さんのこと――坊やは知っているのかしら?」

「……いいえ、先輩は何も知りません。お爺様のことはもちろん、私が魔術に関わっていることも――」

 

 やはりそうか、と桜の言葉を聞いてキャスターは納得する。

 あの少年の性格なら、桜が臓硯に体を弄繰り回され、戦争に参加させられていると知ればもっと大騒ぎしているだろう。

 

「……言うつもりはないのよね?」

「はい……お願いします。キャスターさんも私の体のことは先輩には黙っていてください……先輩は、先輩と住むこの家は私にとって唯一の場所なんです。魔術のことや私の中におぞましいものがいると先輩が知れば、私はもうここにはいられなくなる……」

 

 桜は必死でそう訴える。

 彼の近くにいることだけが私の全てなのだと、多くの幸せをの望むつもりは無い、だからそのちっぽけな幸せだけは奪わないで欲しいと。

 

 そんな桜を見て、キャスターがポツリと呟く。

 

「そう……アナタは、坊やに恋をしているのね」

 

 桜はそのキャスターの言葉には答えず、ただ赤みがった顔のまま顔をそらす。

 そんなキャスターの反応を微笑ましいモノのように見つめならキャスターが口を開く。

 

「……まぁ、坊やの性格的にも下手に真実を教えても事態を混乱させそうだものね……いいわ、いつまでも隠し通せるかは分からないけれど、とりあえずは黙っておいてあげる」

 

 その言葉にほっと息を吐く桜、そんな彼女にキャスターは少し真面目なトーンで話しかける。

 

「ただ、アナタ自身も現状をきちんと把握できていないないようだから、そこを改めて確認しておくわ。臓硯の狙いは恐らく大きく分けて2つ……いや2段階というべきかしらね」

 

 キャスターが臓硯が立てているであろう計画について説明する。

 

「まず1つ目は桜さんの体に埋め込まれた蟲を使ってその体を乗っ取ることよ。年齢も若く、魔術の才の溢れるその体は永き時を生きた魔術師にとっては喉から手が出るほどほしいものでしょうからね。そして2つ目は埋め込んだ聖杯の欠片を使って桜さんを聖杯へと仕立て上げること。そうすれば、膨大な魔力が手に入るし、聖杯に力を使えば疑似的な不老不死の肉体を手に入れ得ることも可能だものね。もう一つの本来の小聖杯との兼ね合いもあるでしょうけど大筋としての計画はおそらくそんなものよ」

 

 それらの話はなんとなくではあるが桜も把握していた。

 元々、臓硯は桜を養子として受け入れたのは、その胎盤を使って産み落とした子供を第5次聖杯戦争の際に使うつもりだったという話を聞いたことがある。

 予想外に戦争の開始が早まった今回では間に合わせに桜の体を使うというのも頷ける話だし、自らの中に埋め込まれたという聖杯の欠片に関してはしっかりと話は聞いたことは無かったが薄々異物として感じていた。

 

 このままいけば、私は聖杯の闇に呑まれ祖父の傀儡となるのだろうか――

 

「けれど――私の見立てだと、臓硯の思惑通りにことは運ばないわ」

 

 しかし、キャスターはそんな臓硯の計画の失敗すると断じた。

 

「それは、なんでですか?」

「ふむ……なんと説明すべきかしらね、何となく自覚はあるのでしょうけど……」

 

 そして、僅かに逡巡するようにそぶりを見せた後、何かを決断したように口を開く。

 

「そうね……桜さんも自らの生い立ちについて話してくれたんだし、私も生前の話について語ろうかしら」

「キャスターさんの……?」

 

 臓硯の計画についての話からいきなり話題が転換し、少し戸惑うが純粋にキャスターの生前の話については興味もあり大人しく話を聞くことにした桜、そしてキャスターは自らの生前について静かに語り始めた。

 

「私もね……あなたぐらいの年頃の時に恋をしたことがあったわ。生前、まだ私が何も知らない少女だった頃にね。あなたのように純朴な恋ではなく様々な思惑の元で生まれた歪んだ恋だったけれど――でも、当時の私にとっては全てを捧げてしまってもいいと思えるほどの恋だったわ」

 

 どこか、遠くを見るようなキャスターの瞳。

 その瞳に浮かぶのは郷愁か、恋心か、あるいは――もっと別の感情なのか、桜には判断がつかないまま語りは続く。

 

「最初はね、彼の為に何かできたらいいと思ったの。ただ彼の傍にいて、私という存在が彼の助けになればそれでいいとね。だからあらゆる方法で彼に尽くしたわ」

 

 その話を聞いて桜は自らの影をキャスターに重ねる。

 私も――先輩がそばにいてくれればそれでいい、そして少しでも彼の助けになればと思って毎日の家事などにも精を出していたのだ。

 

「彼の目が私を見ていなくとも、彼の声で褒められることはなくとも、彼が私の思いに答えてくれなくても――私はただ彼の側に居られればそれで満足だった。そう思っていたわ――」

 

 桜はキャスターの言葉にますます自分を重ねる。

 

 そうだ、私も同じだ。

 最近、先輩はセイバーさんや姉さんと話すことも多いけど、それでも構わない。

 私はただ、彼の近くいることができていればそれだけで――

 

「けれど、そんな歪な関係は長くは続かなかった。結局、彼は私から離れて別の女を選んだわ」

 

 その言葉に桜は目を見開きつつも、恐る恐るキャスターに尋ねる。

 

「それで――キャスターさんはどうしたんですか?」

「殺したわ、その女を丸焼きにしてやったのよ。男の方は生かしてやったけど……その一件で彼とは完全に縁が切れたわ。その時すでに故郷を追われる身ではあったけど、ついに彼の元にもいられなくなって全てを失ったのよ」

 

 キャスターは自らの物語の顛末を、ただ簡潔にそう告げた。

 

「私は女を殺したわ。アナタの場合は――どうかしらね?もし、坊やがアナタではなく別の女性を選んだとしたらアナタはどう思うかしら?」

「――――先輩が誰かを選ぶとしても……それは先輩自身が決めることです。私には関係ありません」

「坊やの話をしてるんじゃないわ。アナタがどう思うか、どうしたいかを聞いてるのよ」

 

 気まずげに目をそらしつつも返答する桜。

 しかしキャスターは聞きたい言葉はそんなことでは無いといいうように質問を重ねる。

 

「それは……もし、もしも……先輩が私以外を選んだのなら私は大人しく……」

「大人しく?大人しく引き下がると言いたいのかしら?アナタはそれでいいのかしら?」

「よくはありませんけど……でも、仕方のないことです」

「桜さん、アナタは昔の私とよく似ているわ。だから、なんとなく分かるの、もしアナタがこのまま坊やの近くにいれば――最悪の結果を招きかねないわ」

「―――最悪の結果?」

 

 キャスターの言葉をおうむ返しに質問する桜。

 

 だが本当は分かっていた。

 

 彼女が何を言いたいのか、『そうなった』時に自身がどんな行動を取るのかは。

 

「えぇ、まぁ大人しく身を引くというのも悲しいことではあるけどね、でもそれが最悪の結果と言っているわけではないわ。あなたはそれに耐えきれずもっとおぞましくて愚かしい方法をとる」

「――――私が人を殺す、とでも言いたいんですか?」

 

 自身の中にある仄暗い影、自らの想い人が他の女性と関わってる時に感じる思いをどこか自分でも自覚していた。

 もし先輩が自分以外の『誰か』を選んだとして、キャスターがかつて行ったというようにその『誰か』を殺すかもしれない。

 少なくとも桜自身にはそうなる可能性を否定することはできなかった。

 

「むしろ1人殺すだけで済めばまだマシかもしれないわね。一度タガが外れてしまえばあなたはきっと全てを壊す。文字通り全てを――坊ややあなた自身、あるいは世界そのものまでもね。そうなれば当然、間桐臓硯の計画もご破算よ」

 

 全てを壊す。

 その瞬間、様々な光景が桜の脳裏をよぎる。

 

 いつも通っている学校、自らにつらく当たる血のつながらない兄の姿、時おり学校ですれ違う血を分けた姉のこと、おぞましい蟲達がはい回る工房、自分なんかにも優しく接してくれる先輩のこと、そして――自分自身のこと。

 

 好きなもの嫌いなもの、好きな人嫌いな人。

 

 当然様々なものがある。

 

 だが、自身の心に抱えた闇がそれら全てを飲み込むという光景を桜は簡単に想像できてしまった。

 

「でも――でも、先輩はまだ誰かを選んだわけじゃありません。確かにセイバーさんや姉さんと最近話す機会は増えたみたいですけど、まだそれだけで――」

「えぇ、それだけね。でも、恋する乙女を狂わせるにはその程度で十分でしょう。もしかしたら愛しの彼が自分から離れていってしまうかもしれないと思うだけで」

「だったら――――私はどうすればいいんですか?私は先輩の近くに居られればそれでいいのに……でも、先輩の近くにいたら私が先輩を傷つけてしまうかもしれない」

 

 目を伏せ、沈鬱な表情で体を震わせる桜。

 そんな彼女の髪を撫で、キャスターが優しく語りかける。

 

「さっき私とアナタが似ていると言ったけれどね……明確に違う点が一つあるわ。私が恋した男は私の元から去ってしまったけれど、アナタが恋をした坊やは違うでしょう。アナタが彼を想えばきっとそれに答えてくれるわ。坊やと私はまだ短いつきあいだけれど、あのお人よしの少年がアナタを拒絶したりはしないってことぐらいは分かるもの」

「かも、しれません。先輩は優しい人ですから。でも……私、不安なんです。私なんかがホントに先輩を好きでいていいのか、近くにいていいのかって。何ができるか考えて今は先輩の家事の手伝いなんかをしてます……先輩は私の料理を褒めてくれているけど……それもきっと私がいなくたって先輩は別に困らないはずです」

「……坊やならきっと好きでいるのにも、近くでいるのにも理由なんていらないとでも青いセリフを口にするのでしょうけど……そうね、これは坊やと言うより桜さんの感情の問題なのよね」

 

 そこで一度、言葉を切り、改めてキャスターが口を開く。

 

「1つ――方法があるわ。聖杯のこともアナタの問題も解決する方法がね――」

 

その言葉に俯いていた顔をパッと桜が上げる。

 

「簡単よ、強くなればいい」

「強く――ですか?」

「えぇ、そうよ。自分自身の闇に打ち勝つほど。そして坊やにもこれが自分だと言えるほど強くなるの。精神的にも肉体的にも――ね」

 

 強くなる。

 確かに、今の無力で引っ込み思案な自分とは違う『間桐桜』になれることができれば、もっと先輩の役に立つことができるかもしれないし、堂々と接することができるようになるかもしれない。

 

「でも……強くなんて言っても、私はどうすれば……」

「大丈夫、きちんと考えているわ。間桐臓硯を利用するのよ。先ほど言った奴が桜さんの体を乗っ取る計画をね」

「お爺様を利用……?」

 

 キャスターの言葉に桜はコテンと首をかしげる。

 

「えぇ本来はおそらく桜さんの肉体を時間をかけて乗っ取るつもりなのだと思うわ。けれど、私の存在に気づけば警戒して体を乗っ取る時期を早めるはず……その時、体をわざと明け渡して精神は消えないギリギリで耐えるのよ」

「わざと体を乗っ取らせるんですか……」

「もちろん然るべき時が来たら体は取り返すし、完全に乗っ取られないようにするための精神防御の方法なんかは教えるわ。ちょうど坊やにも教えるつもりだし」

「でも、それって一時的と言え先輩と敵対することになるかもしれないんですよね……大丈夫なんでしょうか?もしかしたら先輩を傷つけるようなことになるかもしれないし……」

「可能性は……あるわね。けれど、今のまま手をこまねいている方がマズイ事態になりかねないわ。間桐臓硯がどう動くにせよ坊やの障害になりかねないもの。それに坊やなら大丈夫よ。どんな結果になったとしても桜さんが彼のことを想っていれば、坊やもアナタを見捨てたりはしないわ」

 

 そんなキャスターの言葉に桜は静かに……しかし、決意を秘めた目をしてコクリと頷く。

 

 こうして、誰も知らぬ舞台裏で女二人による長い長い計画が密かに進行し始めていたのであった。

 

 

 

 

 そして計画通りに事は進み、ついにその時はやってきた。

 

『キャスターさんのアドバイスを聞いて、私も強くなろうと思ったんです。先輩の足手まといにならないように強く……だからお爺さまのことを利用させてもらいました。自我を乗っ取られないように耐えてる間、私もただ手をこまねいて見ていた訳じゃないんですよ』

 

 冷ややかな声で桜はただ臓硯に話しかける。

 

『干渉されるということは干渉できるということでもあります……お爺さまが私の心を乗っ取ろうとしている間に、私もお爺さまの心を覗かせてもらっていました』

『儂の心じゃと……?』

 

 桜から計画の全容を聞かされ、驚愕に打ち震えながらも臓硯がそう聞き返す。

 

『はい。お爺様の精神、感情、記憶……全部見させてもらいました。欠落している箇所もあったけれど……500年の歳月、その記憶と知識はとてもタメになりました』

 

 クスクスとどこか笑うような口調で桜が語る。

 

『今まで私が大きな抵抗をしていなかったのは、記憶を覗いて学んでいたからです。お爺さまの魔術の知識を……』

 

 今でこそ没落してしまったが元々間桐……マキリは御三家として数えられた魔術の名家だ。その実質的な当主として500年の間君臨してきた間桐臓硯。その知識の価値は計り知れないほど大きい。

 

『やっぱり全部計画通りって訳にはいきませんでしたけどね。お爺様がセイバーさんやランサーさんを使役したことは予想外でしたし、ライダーのことや先輩の腕のことはとても残念でした……でも、おかげで私とても強くなりました。老いたお爺さまなんかよりよっぽど……』

 

 そこで少し声のトーンを落とし、桜は神妙な調子で臓硯に告げる。

 

『お爺さまの知識は先輩のために有効利用させてもらいます。ですから……お爺さまはもうお休みください』

『ふざけるな……十数年しか生きていないような小娘ごときにワシの大願を潰されてたまるか』

 

 目を血走らせ、憤怒に声をたぎらせながら桜に言葉を返す臓硯。

 しかし、それだけだ。もはや肉体の所有権は桜にあり、臓硯は何もすることはできない。

 そんな哀れな老人に桜はただ静かに語りかける。

 

『はい……お爺さまの聖杯にかける執念も記憶の中で見せてもらいました。本当に大したものだと思いますよ。でも……知らないんですか?』

 

 クスリと笑って、桜は臓硯に最後の言葉を告げると魔術回路を励起させ自らの中に潜む蟲を逆に侵食させていく。

 

『恋する女の子の想いはそんなものよりよっぽど強いんですよ』

 

 その言葉を最後に、間桐臓硯の意識は……500年の時を生きた魔術師の生は、終わりを迎えることとなった。

 

 

 

 

「ッ―――桜、なのか?」

 

 臓硯が……桜の体を乗っ取っていた奴が急に倒れ込み、しばらく動きを止めてしまった。

 その表情はどこか苦悶の色を浮かべているようでもあり、何かを憐れんでいるようでもあったが、しばしの間のあとゆっくりと立ち上がった彼女が次に浮かべていたのは緩やかな笑顔だった。

 

 今まで日常で何度も見てきた、大切な後輩の表情。

 

 彼女の笑顔を俺が他の誰かと見間違えるわけはない。

 

「はい――遅くなってしまって、ごめんなさい。他にも謝らなければいけないことはたくさんあります。でも、今は――こう言わせてください」

 

 そこで桜は言葉を切り、改めて俺に視線を向ける。

 

「ただいまです――――先輩」

 

 桜に対して言いたいこと、聞きたいことは山ほどある。

 でも、こう言われてしまえば返す言葉は一つしかないだろう。

 

「あぁ、おかえり――桜」

 

 




桜とキャスターの回想は8話のときのものです。
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