HFルートの途中でもし士郎がキャスターを助けていたらというお話   作:ふりかけ@木三中

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32話目 2月12日 夜 イリヤの看病

 

 買い物から帰ると、早速キャスター達は聖杯の作成を再開した。

 セイバーもなにやら道場で一人物思いにふけるように素振りをしており、邪魔をしては悪いと俺も土蔵で魔術の特訓をすることにした。

 

 まだ、アサシンが現界を続けており、それを倒したとしても最後にはキャスターとの戦いが待っているのだ。

 改めて気を引き締め、投影の練習を行う。

 

 今まで何度も無茶な魔術行使を行ったおかげと言うべきか、宝具の投影もだいぶ感覚が掴めてきて、アーチャーの腕を取り付けた当初ほどの痛みはなく魔術の行使も可能となった。

 さらに投影の精度を上げるためにも、より深く各々の宝具の特性や設計を己の脳裏に刻み付ける。

 

 土蔵の真ん中で座禅を組んで何度も何度も反復するように脳内に設計図を描く。

 

 どれほどの時間そうやっていたのかは分からないが、ガタンと引き戸を引く音にハッと意識を向ける。

 

「シロウ!お腹減った――!」

 

 土蔵に入ってきたのはイリヤだった。

 よっぽどお腹がすいてるのかフラフラとした足取りでこちらに向かってくる。

 開いた扉から空を見ればすっかり暗くなってしまっていた。

 

「しまった、ちょっとだけ特訓するつもりが、もう夕食の時間過ぎてたか。悪いな、すぐ準備するよ」

「まぁ、こっちもついさっき聖杯の作成が一段落ついてキャスターたちはまだ後片付にしばらく時間がかかりそうだからそんなに急がなくていいわよ」

「そうなのか、一段落ついたってことは聖杯の作成は順調なのか?」

「そうね8割方完成と言ったところかしら。後は細かいパーツをはめ込んだり大聖杯との同調をおこなったりしないとダメだけどそれも明後日ぐらいには完成するんじゃないかしら?」

 

 一仕事終えて疲れたとでもいうように、気だるげにしながらイリヤが進捗を教えてくれる。

 完成は明後日か……聖杯なんてものすごい魔術礼装だろうに結局1週間足らずで作れちゃうとはな。

 

「ここまで早く作れたのは間違いなくキャスターのおかげね。流石に伝説で謳われるような魔術師となるとその知識も腕前も大したものだわ。リンや私だけならもっと時間がかかっただろう箇所を効率化してくれて、こちらとしても色々参考になったわ」

 

ふーん、俺から見たらキャスターの魔術の腕前はもはや雲の上ぐらいの存在だが、イリヤや遠坂からしても舌を巻くレベルなのか。

 

「それに間桐臓硯も元々アインツベルンを出し抜くために聖杯についてはかなり研究していたようだし、サクラを介して得たその知識も聖杯の作成には大いに役に立っていたわ」

「そうか……桜がな……」

 

 桜が幼いころより臓硯から魔術の教えを受けていたという話については結局、詳しく聞くことは無かった。あの碌でもない老人のことだからその教えもきっとまともなモノではなかったのだろう。

 けれど、今の桜はそういった魔術に積極的に関わり、自発的にその力を役立てようとしてくれている。

 過去になにか魔術に対して嫌な経験があったとしても、それもまた間桐桜という人物を作る一要素だ。だから、そこから逃げるのではなく、受け入れた上で役立てようとしている桜の今の状況は良い傾向なのだろう。

 

 そんなことを考えながら、土蔵の扉から出ようとした時だった。

 

「――――」

 

 俺の目の前を歩いていたイリヤがくらりと膝から地面に崩れ落ちた。

 

「イリヤ!!大丈夫か!?」

 

 青ざめた表情でいきなりへたり込んだイリヤ、まさか前に言っていた聖杯としての悪影響でも出たのでは無いかと思わずゾッとする。

 今まで安定していたとはいえ、イリヤは既にサーヴァントの魂を数騎取り込んでいるのだ、どんな影響が出てもおかしくは無いだろう。

 そう不安がる俺に、イリヤは辛そうに汗を滲ませながらも俺に笑いかけ、なんとか立ち上がろうとする。

 

「大丈夫よ。別にシロウが思ってるようなことじゃ無いわ。聖杯の材料にするために、さっき私の血をちょっと抜いてね、それで貧血になっちゃったみたい……」

 

 聖杯にイリヤの血を…か

 

 キャスターがいかに優れた魔術師であるとはいえ、流石に無から有を作り出すことはできない。

 今作っている3つ目の聖杯を作るとなれば、既に聖杯として存在しているイリヤや桜の血肉を使うのがたしかに効率は一番いいのだろう。

 しかし、貧血ということはそれなりの量の血をイリヤから抜いたのだろうか。

 無理をして欲しくは無いのだが……

 

「大丈夫よ、既に聖杯は8割方完成しているし、これ以上血を抜いたりなんてことはないわ。もう私の仕事もほとんど終えたし、後はご飯食べてちょっと眠ってれば治るわよ」

 

 そう、俺を元気づけるように笑いかけるイリヤ、そんな彼女に向けて俺は腕を伸ばした。

 

「……分かった」

「わっ…………!ちょっと!」

 

 イリヤの羽のように軽い体を抱え上げ、お姫様抱っこをする。

 イリヤは戸惑いの声を上げつつ、俺の顔を見上げてきた。

 

「聖杯の作成はもうだいたい終わってイリヤは休んでていんだろ?なら、ベッドまで運ぶよ」

「……別に、自分でも歩けるのに」

 

 口をとがらせつつもギュッと小さな手で俺の腕を掴み、イリヤは俺に体を預けてくる。

 

 そんなイリヤの体温を胸に感じつつ、イリヤをベッドまで運ぶのだった。

 

 

 

 

「よし……ご飯も食って薬も飲んだし、後は大人しく寝てるんだぞ」

 

 イリヤをベッドまで運び、貧血用に鉄分を取らせてやろうとひじきの煮物や焼いたサバなどを夕食として食べさせてやった。

 後は俺がいたら気が散って眠れないだろうからと部屋を出ようとしたのだが……

 

「待って、眠れないから何か眠れるまでお話しして」

 

 イリヤのそんな要望にピタリと足を止める。

 話か……寝かしつけるための話となれば、聖杯戦争のことなど頭を使う話はあまり適切ではないだろうしな……

 

「よし、じゃあ、ここは一つ、日本の文化を教える意味もこめて、日本の昔話でも聞かせてやるか。昔々あるところにお爺さんとお婆さんが……」

「つまんない、他の話にして」

 

 そんな、まだ導入すら終わってないのに……

 

「話って言ってもな……そんなイリヤが楽しめそうな話はパッと思いつかないぞ」

「えー、じゃあ、そうだな……恋バナでもしてよ!」

「は?恋バナ?」

 

 目を輝かせてそんなことを言ってきたイリヤに思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

 恋バナか……確かに女の子の好きそうな話ではあるけど……

 

「いや、恋バナと言われてもな……今まで俺は恋人とかいたこともなかったし……」

「そんなこと見てたら分かるわよ。でも、ちょっと気になる娘とか可愛いなと思う時とかはあるでしょ?そういう話が聞きたいの」

 

 気になる娘、気になる娘ねぇ……

 いない訳では無いがこういきなり聞かかれると答えづらい。

 

「うーん、流石にいきなりは答えられないか。じゃあ、例えばセイバーのことはどう思ってるの?」

「セイバー?……そうだな……」

 

 答えに詰まった俺にイリヤが質問を変えてくる。俺がセイバーをどう思ってるのかか……蒼銀の騎士の姿を思い浮かべながら、ただ思い浮かぶことを正直に話す。

 

「……セイバーのことは頼もしい相棒だと思ってる。一度は敵に回った訳だけど、むしろそうやってセイバーの強さを体験する事でその凄まじさを改めて認識することができたよ。今は元に戻ってくれてほっとしてるよ」

 

 特訓など少しスパルタ気味なところもあるが、セイバーは常に俺のことを案じてくれていて、そのおかげで俺も何度も命を救われた。

 俺のようなへっぽこマスターを切り捨てずについてきてくれるセイバーには感謝しかない。

 

「セイバーは相棒か……ちなみにセイバーの容姿についてはどう思ってるの?恋バナなんだからそういうことも話さないとね」

 

 中々根掘り葉掘り聞いてくるな……セイバーの容姿か……改めて言うのは気恥ずかしくはあるが……

 

「……本人に言ったら、怒られそうだけど可愛いと思ってる。あんまり女の子を褒めるのは得意じゃ無いから上手く言えないけど……なんというか、その……とにかく可愛いとは思う」

 

 セイバーについて俺の語彙じゃ上手く言語化できないが、あの金砂のような髪色も、エメラルドのような瞳も、普段の少年のような凛々しさと時折見せる少女らしい表情もその全てを好ましく思っている。

 

「なるほどなるほど、セイバーは可愛い、と……じゃあリンは?確か同じガッコウとやらに通ってるのよね?」

 

 遠坂か……確かにクラスメイトではあるが、この聖杯戦争に関わるまではそこまで深く話したこともなかった。

 こうして聖杯戦争に関わってからよく話すようになり、今では同じ屋根の下で同居するようになったのだ。

 

「遠坂は……あれで学校では結構優等生って感じで高嶺の花って印象だったけど、こうやってしばらく一緒に暮らしているうちに割と抜けた奴だってことも分かってきた。でもそれで遠坂のこと見損なったなんてことは全然なくて、むしろ新しい一面を見れて新鮮だと思う」

「ふーん、まぁシロウは結構世話焼きな所あるし案外ズボラなリンとは相性いいかもね。それで?リンみたいな見た目はシロウ的にはどうなのかしら?年の割にはちょっとお胸が育ってない気がするけど」

「……それ本人の前で絶対言うなよ、殺されても知らないぞ」

 

 イリヤの失礼極まる発言を窘めつつ、遠坂について考える。

 

「そうだな……遠坂は学校でもクラスのマドンナとか言われるだけあって美人だとは俺も思うよ。けど、あれで結構猫みたいに自由奔放なとこもあってそういうところも可愛いと思う」

「なるほど、美人で可愛いか……美人はともかく、可愛いと評するとはリンが聞いたら照れそうね。じゃあサクラのことはどうかしら?確か前からよく家に来てたんでしょ?」

 

 桜か……1年ほど前からよく俺の家に家事手伝いなんかをしにきてくれる後輩、彼女のことは今まで可愛いとか綺麗だとかそういう目で見たことは無かった。いや、どこか無意識の内に見ないようにしていたのかもしれない。

 そんな後輩のことを改めて考える。

 

「桜は元々内罰的というかおどおどした部分があってな、慎ましいことは美徳だとは言うけど桜のそれは行き過ぎてる気がして、ちょっと心配してたんだ。でも、最近は臓硯の一件もあってか何というか前向きな印象を受けることが多くなった。前までは伏し目がちだったのに、最近は前を見据えて笑うことが増えたりさ、そういう桜を見てると……うん、可愛いと思うよ」

 

 以前までの桜ももちろん可愛いとは思うが、最近の桜はより魅力が増したと思う。

 

 ……と言うか俺、3人とも可愛いって言ってるな……語彙力もそうだが、そもそもちょっとちょろすぎる気がする……けど、ホントに3人とも可愛いのだから仕方ない。

 

「なるほどね……サクラの頑張りはちゃんと伝わってるわけか、じゃあキャスターについてはどう思う?同性の私から見ても中々綺麗だと思うし、シロウも気になってるんじゃないの?」

「確かに綺麗だとは思うけど……」

 

 キャスターについては素直に綺麗だと思う。学校のアイドルと言った感じの華やかさを持った遠坂や、素朴な可愛らしさを持った桜とはまた違う、絵画や彫刻を見てるかのような美しさがキャスターにはある。絹のように白い肌、海の青を思わせる艶やかな髪色、文字通り神話の人物と言った感じだ。

 

 だが……キャスターを『そういった目』で見ることはできない。やはりキャスターにとっての唯一の相手は『彼』だけだろうから。

 

「そ……私の見た感じ、士郎とキャスターは意外に相性悪くなさげな気もするんだけどな……付き合ったりしても意外に上手くいきそうじゃない?」

「……まぁ確かに、例えば俺がセイバーを召喚する前にキャスターに出会ってて、キャスターも葛木先生に出会う前に俺と出会ってたりすれば、今とはまた違った関係になってたかもな」

 

 流石にイリヤが言うように恋仲になっているとは想像しづらいが、少なくとも葛木先生の為に戦う今のキャスターとは別の接し方をすることになって、また違った関係性を築いていたかもしれない。

 例えば今よりもっと魔術を学んで深い師弟関係になっていかもしれないし、初めから彼女が俺のサーヴァントであったならば明確な主従関係になっていたかもしれない。

もちろんそれらはいい方向にだけ変わるのではなく、聖杯を求めて殺し合うことになってたかもしれないし、キャスターの魔術で洗脳されたりと言ったことにもなっていたのかもしれない。

 

 だが……それは、もはや考えてもわからないことだ。

 

「あの日の夜……柳洞寺で俺とキャスターは出会って、彼女を助けて、その後一緒に戦うことになって……今がある。それだけだ。なら、それがきっと俺とキャスターの運命で、あるべき関係だったんだろう」

 

 もし、の話なんてしてもしょうがない。

 今の俺にとってキャスターは同盟相手であり、魔術の師匠であり、いずれ戦うべき相手、それだけだ。

 その関係こそが俺とキャスターの運命だったのだろう。

 

「ふーん……運命ね、じゃあ……私は?私はどうなの?シロウは私のことどう思ってるの?」

 

 少しためらいがちにイリヤがそんな質問をしてきた。もしかしたら今までのカウンセリングじみた質問責めもこれを聞くための長い前振りだったのかもしれない。

 

「そうだな……イリヤのことも可愛いとは思ってるよ、散々他の娘に可愛いって言った後だから説得力がないかもしれないけど、それは本心だ。けど、そうだな俺がイリヤをどう思ってるか……って聞かれると正直よく分からない」

 

 俺の答えにイリヤの顔が曇る。

 ここは嘘でも大事に思ってるとか、好きだとか言うべき場面だったのかもしれない。けれど、俺はあえてそれをしなかった。

 

「あぁ、勘違いしないでくれ。別に嫌いだとか言ってるわけじゃないんだ。けど、そもそもイリヤとこうして過ごしているのも、臓硯から聖杯たるイリヤを守るためであって、それがなし崩し的に今も続いているだけろ?だからイリヤと俺の関係って何なのか、俺がイリヤをどう思ってるのかって事を考える機会が無くてさ」

 

 思えば、俺はイリヤのことを深く知らない。

 

 アインツベルの末裔だとか、聖杯としての機能を有しているという話は聞いた。

 でも、イリヤが何を想い、何を願っているのか。何が好きで何が嫌いなのか。

 そう言った内面についてはほとんど知ることはなかった。

 

 そんな状況で軽々しく好きだとか言うことはしたくなかった。

 

「でも……うん、そうだな。イリヤとこうして話してるのは楽しいし、これからもイリヤと一緒にいたいとは思う。それが俺の正直な感想だ」

 

 あるいはそれが、好意というものなのかもな。

 

 そんなことを考えつつイリヤの方に視線を向けると、彼女も布団で恥ずかし気に口元を隠しつつも視線を返してきた。

 

「私も……」

「うん?」

「私もシロウと一緒にいて、こうして話してるのは楽しいわよ」

 

 それは……なんとも嬉しい話だ。

 

「あー、ちょっと、もう、体調も良くないし寝るわね!」

 

 そう言ってイリヤは布団を頭からかぶりこんんで寝入ってしまう。

 

「じゃ、おやすみなイリヤ」

 

 そんな様も可愛らしいななんて思いながら、俺も部屋を出るのだった。

 

 

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