HFルートの途中でもし士郎がキャスターを助けていたらというお話 作:ふりかけ@木三中
朝――時刻は6時ごろ、チュンチュンと遠くでさえずる鳥の声を聞きながら朝食を作るために台所へと向かう。
「ん……桜にキャスターもう起きてたか……って何やってるんだ?」
居間に入ると既に桜とキャスターが起きていて、俺に魔術を教えていた時のように、キャスターが座っている桜の肩に手を添えて何か呪文を呟いていた。
昨日、イリヤが血を抜かれていたように桜にも何かするつもりなのだろうか?
「あら、坊や、おはよう。今は聖杯の完成の目途もたって余裕ができたから、桜さんの魔術について色々と師事していたのよ」
現在の桜は臓硯の魔術知識を得ることでかなりハイレベルな魔術師となっているが、やはり臓硯の魔術の知識は当然ながら臓硯のために最適化されたものだ。
桜は属性やらが特殊だということもあって、魔術を使うとなれば色々とアレンジも必要なのだという。
その調整をキャスターと共にしていたということらしい。
「おはようございます、先輩。今、キャスターさんと話してて葛木先生がキャスターさんのマスターだったって話を聞いたんですけど先輩は知ってました?まさか先生がマスターだったなんて私驚いちゃって……」
挨拶と共に、桜がそんなことを聞いて来た。魔術の指導をしながら身の上話でもしていたのだろう。桜は先生がマスターだったということによっぽど驚いたのか少し興奮気味だ。
てっきりキャスターからその辺りの話は既に聞いていると思っていたのだが、まだ聞いていなかったのか。
「あぁ、その辺の話は承知済みだよ。ちなみに、キャスターが柳洞寺にいたときは葛木先生の婚約者ってことになってたらしいぞ」
「婚約者!?凄いですね……なんだかロマンチックです」
婚約者という単語にうっとりとした眼をする桜にキャスターが呆れたように声をかける。
「あのねぇ、婚約者と言っても寺の者たちに説明するための方便よ。宗一郎様も流石に本気で結婚なんてするつもりはなかったでしょうから?」
「そうなんですか?でも、話を聞いている限りキャスターさんって葛木先生のこと好きだったんですよね?」
桜の言葉に、キャスターは虚を突かれたような表情をし、次の瞬間には顔を真っ赤に赤面させエルフ耳をぴょこぴょこと揺らす。
「な……そ、それはそうだけれど、だからといって結婚なんて話には……」
「えー、でも、キャスターさん先生の話をする時すごくうれしそうな顔してますよ?」
キャスターは自分では常に冷静なつもりなのだろうが、実際は割とすぐ感情が表情に出ている。特に葛木先生の話をする時は本当に嬉しそうな顔をしているのだからその好意は丸わかりだ。
「わ、私の気持ちはともかくそもそも宗一郎様が私のことをどう思っていらっしゃったのか分からないし……」
「えー!絶対、葛木先生もキャスターさんのこと好きでしたよ。キャスターさんこんな美人さんなんですから」
「そ、そうなのかしら……」
桜の言葉にキャスターは照れをごまかすように自身の髪先を指でいじっている。
葛木先生がキャスターのことをどう思っていたか、か……
俺は実際にキャスターと葛木先生が共にいる場面を見たことが無い。
初めてキャスターと出会った時は葛木先生は既に亡くなっていて、後はキャスターから先生の話を聞いただけだ。
だが、それだけでも葛木先生はきっとキャスターを大事に思っていたのではないかと感じる。
そもそも、そうで無かったらこんな物騒な戦争に魔術師でもない先生が参加しなかっただろうし、キャスターが先生のことを好きになることもなかっただろう。
「そういえばさ、実際、もし順調に戦争に勝ち進んでたらキャスターは先生と結婚するつもりとかあったのか?」
以前、キャスターに聞いた話ではもし聖杯をキャスターが順調に勝ち取ったしても、元々の願いであった故郷に帰るという願いではなく、葛木先生と共にいることを選んだだろうという話だった。
もちろん、結婚となれば葛木先生側の都合もあるが、キャスター的にはやはり結婚する気はあったのだろうか?
「いえ――例え、聖杯を勝ち取っていたとしてもそこまでは望みはしなかったでしょうね」
だが、返ってきたのは意外にも否定の言葉だった。
愛していて共に居たいというのなら結婚なんかも乗り気かと思ったのだが……
「そこまでのことを望むつもりは無いわ。私はただ……あの方のお傍に居られればそれで良かった。それだけで私は十分幸せだわ」
そう語るキャスターの言葉、その言葉の裏に僅かに恐怖が含まれているのを俺は感じていた。
あぁ、その恐怖には俺も覚えがある。きっとキャスターは幸せになることを恐れているのだ。
自分のような人間が幸せになってもいいのかと、幸せになった後にまた全てを失いはしないのかということに恐怖しているのだろう。
それはきっと彼女の生前の有り様が深く関係しているのだろう。
幼少の頃は、王女として満ち足りた生活を送っていた。
少女になると、その小さな幸せを捨てて愛する男との未来をとった。
そして最期は愛した男から捨てられて全てを失った。
そうしたキャスターの人生が、幸せというものに恐怖を感じさせ、また自分などが幸せになってはいけないと戒めている部分もあるのかもしれない。
思えば、故郷に帰りたいという彼女の最初の願いだってそうだ。
懐かしき家族に会いたいでも、痛ましい過去を変えたいでも無く、ただ過去を偲ぶあまりに小さな願いにもその有り様は現れている。
そして今、キャスターはそんな小さな望みすら捨てて葛木先生のために戦っている。
例え座に存在する『メディア』にとって、それは何ら益をもたらさない行為だと理解しながらも。
だが……聖杯戦争の勝者は1組だけ、聖杯に願いを捧ぐことができるのはセイバーかキャスターのみだ。
セイバーの選定のやり直しという悲壮な決意を持った願い。
キャスターのささやかながらも強固な意思が込められた願い。
どちらも決して軽々しいものではないのだろう。
……俺はどうしたいのだろうか。
俺自身に聖杯にかける願いはない。
けれど、俺のするべきこと、俺の望むべき未来はあるはずだ。
俺の願い、俺の望みは……