HFルートの途中でもし士郎がキャスターを助けていたらというお話 作:ふりかけ@木三中
「坊や……ちょっといいかしら?」
時計の針が21時を回った頃、キャスターがコンコンとノックをして俺の自室に入ってきた。
「……ではシロウ、私はこれで」
「あぁ……セイバーの話は分かった。セイバーがそれでいいなら俺も異論はないよ」
「そうですか……後は本人の問題ですが、そちらの方はシロウから……」
「ん、分かったよ」
元々俺と話していた、セイバーが話を打ち切り、自室を後にする。
そんなセイバーをキャスターは横目で見ながら俺の前に品の良い姿勢で座る。
「セイバーと何か話していたの?邪魔をしてしまったかしら?」
「ん?……あぁ、まぁ、聖杯戦争の今後についてとか、セイバーの願いについてちょっと話をしててな。ちょうど今話し終わったところだ」
「ふーん……セイバーの願いねぇ……」
俺の言葉に、キャスターは探るような視線をこちらに向ける。
そう、先程まで俺とセイバーは聖杯戦争の終わりに向けてそれぞれの想いを、これからどうすべきかを話し合っていたところなのだ。
そして、その結論は既に出た。
もっともその内容をキャスターに語ることはできないが。
口を閉ざした俺に、キャスターは聞き出すことは不可能と悟ったのかフッと息を吐く。
「残念ね、セイバーと坊やは前々から少し気まずい様子だったけれど、それも解決してしまったようね」
「まあな……セイバーも俺も覚悟は決まった、とだけ言っておくよ」
「そう……私としては、いずれセイバーとは戦うことになる訳だし、マスターである坊やとは仲違いをしたままの方が都合は良かったのだけれど」
口ではそう言っているが、そこまで残念そうには見えないキャスターの口ぶり。
既に第3の聖杯は完成しつつあり、残る敵対するサーヴァントもアサシンのみ。
最後の戦い……俺とセイバーとの戦いに向けてキャスターも裏でなんらかの策を練ってはいるのだろう。
「それで、なんか用があって俺のとこに来たんじゃないのか?」
「あぁ、そうね。本題を忘れるところだったわ。坊やに聖杯の部品を投影してもらいたくてね」
投影か……第3の聖杯の材料にはイリヤや桜の血液やキャスターが新しく調合した素材なんかを使ってるらしいが、やはり用意するのも難しいものもあるのだろう。
そこで、俺の投影の出番というわけか。
「けど、未だに剣以外のものはちゃんと投影できないぞ、まさか材料に剣を使うわけじゃないだろうし大丈夫かな?」
「そこは私もフォローするし、不完全でも今の聖杯戦争が終わるまで投影が保てばいいだけだもの、問題無いはずよ」
そういう訳で早速、投影にとりかかろうと俺は座禅を組み意識を集中させる。
キャスターはそんな俺の後ろに立ち、肩に手を当てて投影のサポートを行う。
「なんか懐かしいな……キャスターに魔術回路を作ってもらった時もちょうどこんな姿勢だったよな。あの時はメチャクチャ痛かったっけ」
「私の方も坊やが回路もまともに作れないような半人前の魔術師だと知って驚いたわよ」
そんな会話を交わしながら、ほんの数日前より随分とスムーズになった魔術回路の起動を行う。
「それじゃ、聖杯の仕組みとその部品の情報を今から坊やの頭の中に送るから、あなたはただ何も考えずにそれを投影なさい」
頭の中に何やら情報を送られるというのは怖いが、キャスターなら大丈夫だろう。
俺はただリラックスして投影に専念する。
「じゃ、いくわよ」
そんな言葉と共に、頭の中に何かが流れ込んでくる感覚に襲われる。
複雑な図形、術式、紋様、構造、材質。
アーチャーの記憶を備えた今の俺でも全く理解できないそれは、きっと聖杯の仕組みなのだろう。
全くもってその仕組みは理解できないが、それでも丸写しすることはできる。
「投影、開始――」
キャスターの方で何か処理をしてくれているのだろう。
本来、複雑なはずの聖杯の構造だが、それでも俺が何を投影すべきなのかは分かる。
小学生に高度な数学の問題を解けと言っても不可能だろうが、答えがあれば後は写すだけだ。更にその答え自体が簡潔に分かりやすくまとめられているとすればことは容易だ。
それと同じように、俺はあっさりと聖杯の部品の投影に成功する。
「できたぞ……これで、いいのか?」
手の中に現れた金塊のようなものをキャスターに渡す。
仕組みはさっぱり分からないがこれで聖杯は完成させることができるのだろうか。
「えぇ、これで問題ないわね……それにしても、坊やの能力はやはりでたらめね。これほどの代物をあっさりと作ってしまえるなんて」
キャスターが呆れたような目で俺を見る。
俺の能力……固有結界『Unlimited Blade Works』
アーチャーの記憶を介して、その能力は知っている。
『奴』と『俺』の心象はもはや別物なため、『あの』固有結界を使うことは今の俺にはできないが、それでも宝具や聖杯の部品何かを投影できる当たりキャスターから見ても驚異的な能力なのだろう。
「何はともあれ、あとはこれを錬金してしまえば聖杯は完成よ。大聖杯との接続もしないといけないけれど、その作業も明日の夜には完成しているでしょう」
明日の夜には新しい聖杯が大聖杯と接続されるのか……アサシンの存在が未だ気がかりではあるが、この戦争の終わりが近づいていることを改めて実感する。
「なぁ……1つ聞いていいか?」
「なにかしら?改まって」
「キャスターの願い……それは葛木先生を生き返らせることだろう。でも、ほんとにそれでいいのか?聖杯ってのはすごい力を持ってるんだろう。もっと自分のために使おうとか思わないのか?故郷への未練はホントにいいのか?」
俺の言葉にキャスターは僅かに目を瞬かせてから、ゆっくりと笑みを浮かべ、静かに語る。
「えぇ、宗一郎様の蘇生、それが私の願いに変わりはないわ。別に私は聖人というわけではないのだから、自身の欲望を満たすための願いも、故郷への未練も無いわけではないけれど……今は、それさえ叶えば満足よ」
そう静かに、しかし強い意志を込めて言いきると、今度は俺に質問を投げかけてくる。
「坊やの方こそいいのかしら?これまで共に戦ってきて坊やの性格はそれなりに分かっているつもりだけれど、死者の蘇生に肯定的なタイプだとは思えないわ。てっきり蘇生なんて死者に対する愚弄だとか言い出すんじゃないかと思っていたのだけど」
「……あぁ、正直言って、キャスターの願いに思うところがないわけじゃない。けど……口で言ってやめたりするほどキャスターの決意は軽くないってことは分かってる。だから今はキャスターの願いに横から口出しするつもりは無い」
キャスターは俺の言葉にただ、そう、と呟く。
「…………あの人も……宗一郎様もきっと納得なさらないでしょうね。坊やに似て不器用で――正しいと思ったことはやり遂げてしまう人だから」
そうしてキャスターは僅かに目を伏せて、再び顔を上げる。
「けれど……例え、宗一郎様の本意でなくとも、私は必ずやり遂げて見せるわ」
「……キャスターの気持ちは分かった、その決意の重さもな。だから、軽々しくキャスターの願いを否定したりするつもりはない。けど……もう―つだけ聞かせてくれ。もし葛木先生の蘇生が叶ったとして、その後キャスター自身は……どうするつもりなんだ?」
俺の言葉に、キャスターは思いがけない質問をされたとでも言うように目をパシパシとまたたかせる。
「その後……そうね、それはあんまり考えていなかったわね。受肉を願うわけでもないから、私はこの戦争が終われば消滅するつもりでいたし……」
「消えるって、キャスターはこの戦争に勝っても負けても現世を去るつもりなのか?」
「えぇ、そのつもりよ。可能ならば宗一郎様へ謝罪はするつもりでいるし。もし私や今回の一件のことを疎ましく思っているようであれば記憶を消したりと言った処理をするかもしれないけれど、それだけね。後は……大人しく消えるだけよ」
そう言って、キャスターはただ静かに、緩やかな笑みを浮かべる。
これこそが正しいのだと、それだけで満足だとでも言うように。
「受肉とやらをすれば、葛木先生と一緒に暮らせるかもしれないんんだぞ?なのに、そのまま消えてしまってもいいのか?葛木先生がやられてなきゃ元々そうするつもりだったんだろう?」
「えぇ……まぁ、予想される聖杯の魔力残存量的には受肉も十分に可能でしょうけどね。けれど……そもそも私がこんな戦争に宗一郎様を巻き込んでしまったせいで、間桐臓硯に狙われることになったのよ。今更、おめおめと顔を合わせられるはずがないわ」
だからどんな結末であっても自分は消えゆくだけだと
キャスターのそんな言葉に、俺は口を閉ざす。
この問題はキャスターと葛木先生の問題だ。
俺に何か口出しする権利があるわけではない、だから今はただキャスターに視線を向けるだけだ。
「なににせよ、この戦争もじきに終わるわ。アサシンが消えれば、残るは私か坊や達のどちらかがこの戦争の勝利者となって聖杯に願いをかけるだけよ、決着はその時につくわ」
「確かに……もう無駄な言葉はいらないだろう。後に待っているのは戦いだけだ」
「えぇ、そうね。元々私たちは敵同士なのだから、それが正しい在り方よ。私の願いを否定したいと言うなら、武力を持って私を倒し、否定することね」
「あぁ……そうだな。勝者が願いを叶え、敗者はその願いを否定される。それが聖杯戦争だからな」
聖杯自体が裏のある代物であったり、『この世全ての悪』に汚染されてはいたものの、最後まで生き抜いたものには特権として万能の願望器が手に入るというの……それが、この聖杯戦争の元々の謳い文句だ。
だから……だからこそ、俺はこの戦争に勝ち抜いて勝者の特権を使わせてもらう。