HFルートの途中でもし士郎がキャスターを助けていたらというお話   作:ふりかけ@木三中

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40話目 2月14日 夜 最後の戦い

 

「さぁ……殺し合いを始めましょう」

 

 寒空の下、キャスターの宣告が響く。

 殺し合い……それがこの聖杯戦争の本来の姿だ。

 

「…………」

 

 ローブを翼のように広げ、空を舞うキャスターを見据える。

 残るサーヴァントはセイバーとキャスターの二人のみ、この戦いこそがホントに最後の決戦となる。

 

「先輩……キャスターさん、これ以外に……方法は無いんですか?先輩とキャスターさん達が戦うなんて……」

「サクラ、あなたも聖杯であるのなら分かるでしょう。確かにギルガメッシュというイレギュラーを取り込んだことで既に願いを叶えるに足る魔力は集まっているわ。けれど、それは1人分だけ、セイバーとキャスター両方の願いを叶えることはできないわ」

「私たちは既にサーヴァントを失っている。もうこの戦争に手出しをする権利はないわ。後にできるのは見守ることだけよ」

 

そんな俺達を見て悲し気に呟く桜に、イリヤと遠坂が窘めようにそう告げる。

 

「桜……俺とキャスター、両方の心配してくれてるのは分かる。けど、もう決めたことだから……だからこそ、桜たちは見届けてほしいんだ、俺達の決着を」

 

桜にとってキャスターは恩人だ、そんな彼女と俺が戦ってほしくないと気持ちは嬉しくもある。だが……こちらもキャスターと最後に戦うことになるとは分かっていたし、そのための覚悟も既に決めている。

 

桜は俺の言葉に小さくうなずくと、イリヤと遠坂と共に戦闘に巻き込まれない場所まで下がる。

それを見届けてから、今度は横に立つセイバーに視線を向ける。

 

「セイバーもいけるな?」

「えぇ、抜かりはありません。覚悟も既に――決まっています」

 

 自らの聖剣をギリッと握りしめるセイバー、その瞳に一切の油断はない。

 かつてのセイバーとキャスターの戦いでは、その高い対魔力もあってキャスターを一刀の元に斬り伏せたが、あれは臓硯の工作もあって不意打ちのような形になっていたことも大きい。

 特にキャスターの宝具『破戒すべき全ての符』は当たりさえすれば、戦況を一気に傾けることのできる強力な宝具だ、そんな相手に油断なんてして良いはずはない。

 

「二人とも、準備は万全というわけね、それでは始めましょうか……と言いたいところだけれど、その前に一つ忘れていたたわね」

 

 言葉と共にキャスターが杖を振るう、その瞬間、僅かに体が軽くなったように感じた。

 

「今のは……?」

「坊やにかけていた強化魔術を解かせてもらったわ。同盟を組んでいた間はともかく、今は敵に塩を送る行為でしかないもの」

 

 強化魔術。

 かつてキャスターにかけてもらったそれは、戦闘において直接的な効果を発揮する場面はついぞなかった。

だが、こうして強化を解かれて妙に軽くなった体にどこか不安を覚え、知らぬ間にキャスターに随分守られていたんだなと実感する。

 

「さて……それでは今度こそ、始めましょうか!!」

 

ゴゴゴッ……と低い地鳴りのような音が響く。地面に目をやれば、土の底から何かが蠢くように這い出してくる。

 

「竜牙兵……」

 

 竜のような奇妙な頭蓋をした骸骨の兵士。

 今までも何度か見たキャスターの使い魔だが、今回のそれは圧倒的な数に加えて一体一体からもそれなりの魔力を感じる。

 総量としてはかなりの魔力量の筈、それをこうも惜しげもなく使うとはまさか……

 

「気づいたようね、えぇ、少しズルをさせてもらったわ、第3の小聖杯を大聖杯に接続した時に、魔力が私に流れ込んでくるように細工をしてね」

 

 ズル――なんて言うつもりはない。

 これは戦争だ、持ち得る手札を使うのは当然のこと。

 特にキャスタークラスのサーヴァントの特性は道具作成や陣地作成などのスキルを活かして下準備をし、戦うのが本来の戦法だ。

 であれば、こう言った手を使ってくることもこちら織り込み済みだ。

 

「セイバー相手なんですもの、これぐらいのハンデはなくてわね。さぁ、行きなさい!」

 

 キャスターの号令と共に骨で組まれた剣や槍を持った竜牙兵達がこちらへ突撃してくる。 

 さらにはなんらかの魔術を使ったのか、周囲を薄い紫がかった霧が覆う。

 視界が完全に防がれたという訳では無いが、それでも目を凝らさなくては遠くは見えないほどだ。

 この霧で視界を奪い、竜牙兵の物量で俺とセイバーを分断しようという作戦だろうか?

 

「視覚強化……投影開始――!」

 

 眼球を強化し、この霧の中でも問題なく動けるように視覚を補強する。

 それと同時に干将莫邪を投影し、両手に握りしめる。

 

「フッ――――!」

「ハァ――――!」

 

 黒白の双剣と黄金の聖剣

 3つの切先が滑らかな軌道を描いて、迫り来るを竜牙兵を打ち砕く。

 

「やはり、竜牙兵程度ではもはや足止めにすらならないか……弟子がここまで育ってくれたのは師としては嬉しくあるけれど、敵対している現状では手放しには喜べないわね」

 

 崩れ落ちる竜牙兵を眺めながら、キャスターがそう嘆息する。

 魔術の師匠であるキャスターに褒められるのは俺としては嬉しいが、セリフとは裏腹にその声音にはまだまだ明らかな余裕の色が見て取れる。

 

「あまり美しい戦い方ではないけれど、せっかく聖杯の魔力があるんですもの――蹂躙させてもらいましょうか」

 

 瞬間、キャスターの背後に無数の魔法陣が浮かぶ。

 まるで花畑に色とりどりの花が咲くかの如く映し出されたそれは、1つ1つが強力な魔術を撃ち出すためのものだ。

 

「――――」

 

 キャスターが何かの呪文を誦じる。俺の耳では聞き取れないそれは、神話の時代の呪文、神言による詠唱だ。

 

 業火、疾風、氷塊、竜牙、閃光、雷鳴、光弾

 

 放たれた魔術は多種多様な現象として、俺とセイバーに襲い掛かる。

 そのどれもが強力な魔力を込められたモノ、対魔力を持つセイバーはともかく、俺程度では一撃喰らっただけて死にかねない。

 

「投影開始――熾天覆う七つの円環」

 

 アーチャーの左腕から読み込んだ宝具を投影する。トロイア戦争にてアイアスが使用したという盾の宝具。

 7枚の花弁のように展開されるそれは、1つ1つが城壁のような強固さを秘めている。

 

「くっ………」

 

3枚ほど盾を破られたが、キャスターの魔術による一斉掃射をなんとか防ぎきる。

 

「…………」

 

そして、その隙を好機と見たのか、セイバーがザッと土を踏みしめながら一歩前に出る。

 

「約束された――」

 

 宝具の使用――早々に決着をつける気なのか。

 セイバーの体から魔力が吹き荒れ、黄金の剣がその輝きを増す。

 

「ッ――――」

 

 だが、キャスターとてそれを安易と見逃してくれるはずはない。背後に先程のものより2回りほど大きな魔術陣が浮かび上がり、その砲門がセイバーを狙う。

 

「――――神言魔術式・灰の花嫁 」

 

 紫の光を放つ極光が魔術陣から撃ち放たれる。

 

 かつて、魔女メディアは自分を捨てた英雄イアソンを恨み、燃え盛る業火を持ってして彼の子供と恋敵である女を焼き払ったという。

 

 この魔術はまさに、その業火の再現だ。

 

 かつてイリヤに見せてもらったキャスター達とバーサーカーの戦闘の記憶、その中でキャスターはこの大魔術をもってしてバーサーカーを一度屠っていた。

 あのバーサーカーの宝具を突き破れるほどの魔術というだけでも恐ろしいが、今回のものはあの時よりもさらに膨大な魔力と熱量を感じる。

 

「くっ―――――」

 

 セイバーが宝具の使用を中断してその光線を避ける。

 避けた――ということは、あの光線はセイバーの対魔力を持ってしても防ぎきれないものなのだろう。聖杯の魔力も使用しているとは言え、規格外の魔術行使だ。

 これが――神代の魔術師の真の実力か。

 

 その後もキャスターは2撃3撃とセイバーを狙い攻撃を続ける。

 セイバーはなんとか後ろに飛び退きながら砲撃を躱しているが、このままではまずい、俺がフォローしなければ――そう考えて手にした干将莫耶をキャスターに投擲しようとした時だった。

 

「なっ―――!?」

 

 急に力が抜けたかのように、セイバーが膝からガクリと崩れ落ちる。

 そうしてバランスを崩したセイバーの右肩をキャスターの光線が掠め、赤い血が舞い散る。

 

「セイバー!?」

「これは……くっ……」

 

 痛みに顔を歪めつつも、セイバーが虚空に向けて剣を振りかぶる。

 

 一体、何を――?

 

 訝しむ俺をよそに、キャスターがセイバーへと声をかける。

 

「ようやく気付いたようね、この霧には薬を混ぜてあるの、竜を眠らせる薬をね。対魔力があるとはいえ竜の因子を持つセイバーにはよーく効くでしょう」

 

 その言葉に、ハッと周囲を包む霧を見渡す。ただの目眩しだと思っていたが、そんな効果があったのか……竜牙兵達を召喚したのも最初から薬が回るまでの時間稼ぎだったのだろう。

 竜を眠らせた逸話をもつキャスターに竜の因子を持ったセイバー、そんなかみ合わせの悪さにセイバーが真名を隠そうとしていたのはこういう事態を危惧してのことだったのかと今更ながらに痛感する。

 

「……シロウ、問題はありません。体が少し痺れるがそれだけだ。戦闘の継続に不都合はない」

 

 剣を振るい、その剣圧で辺りの霧を薙ぎ払ったセイバーがキャスターを見据える。苦しげに肩で息をしてはいるが、その手にはしっかりと剣が握られていてまだ十分に戦えそうだ。

 だが、キャスターはそんなセイバーを見ても余裕の表情を崩さない。

 

「えぇ、これだけでセイバーを倒せるなどとは初めから思っていないわ。せいぜい、動きを鈍くする程度でしょうね。だから、これは単に布石よ……私の結界から逃げられなくするためのね」

 

その言葉と共に、キャスターから溢れんばかりの魔力が迸る。

 それを見て、俺は理解する。

 

 あぁ……俺はキャスターの恐ろしさが全く分かっていなかった。

 

 聖杯の力を手にした臓硯があれほど猛威を奮っていたのだ、ならば、キャスターほどの魔術師が聖杯の力を手に入れればどうなるか――その脅威を真の意味で認識できていなかった。

 

「聖杯の魔力をもって、偽りの楽園をここに――『偽・巡り還る理想郷(エリュシオン)』」

 

 キャスターの言葉と共に、目の前の光景が塗り替わっていく。

 夜闇に包まれた柳洞寺の景色が、白く白くひたすら白い景色へと――

 

「これは……固有結界か?いや、それに近い大魔術か……」

 

 世界の塗り変わるこの感覚を、俺はアーチャーの記憶を通じて知っている。

 固有結界……世界を自らの心象風景で塗りつぶし理を捻じ曲げる大禁呪。

 

 かつてキャスターは固有結界を使えないと自ら語っていたから、正確にはそれに似た大魔術なのだろうが、やっていることはほとんど同じなもののはずだ。

 

 ということは――警戒すべきはこのキャスターの生み出したこの世界が、はたしてどのような理を持って動いているかという事だ。

 

 改めて、辺りの景色を見る。

 

 空は不気味なほどに綺麗な青空が広がっていて、足元には一面の白ポプラの花々が咲き乱れている。

 美しい光景のはずなのにどこか寒々とした印象を受けるこの光景はきっと、伝承にてメディアが治めたという冥府の地『エリュシオン』の再現なのだろう。

 だとしたら、やはりこの世界はただ美しいだけでなく、何かあると考えるべきだ。

 そう考え、手に持った双剣を改めて強く握ろうと思ったのだが――

「えっ……なんで……」

 先ほど投影したばかりの筈の『干将莫邪』が俺の手の中で魔力の粒となって零れ落ちるように霧散していく。

 投影の際に何か綻びがあった訳でも、目立ったダメージを受けて形を保っていられなくなったわけでもないというのに。

 

「くっ――投影開始――」

 

 異常なことが起きているという焦りから冷や汗を額に浮かべつつも、改めて投影を行う。

 

 だが、完璧に投影したはずのそれは、またもや瞬時に魔力の粒となって消え失せてしまう。

 

 キャスターの生み出した結界の影響だろうか、だが一体どんな能力が働いてこうなっているのか――

 

「うっ……クッ……」

「セイバー!大丈夫か!?」

 

 キャスターの能力に困惑する俺をよそに、今まで沈黙していたセイバーがより苦し気な声を上げて座り込んでしまった。慌てて駆け寄るとセイバーの体も先ほど霧散した『干将莫邪』と同じように魔力の粒へと還元しつつあった。

 今はまだ、耐えているようだがこのままではセイバーは消滅してしまうだろう。

 

「ふふっ、驚いたかしら。ここはエリュシオンの野の再現、死した魂の終着と再生を司る場所よ。私以外のあらゆるモノは魔力へと還元されその姿を失う、それがこの世界のルールよ。例えセイバーの対魔力があってもそのルールには逆らえないわ」

 

 余裕の表れなのか、宙に浮かぶキャスターが自らの能力について語る。

 

 エリュシオン……その場所では死した者たちの魂を浄化され、現世でのしがらみを失い、記憶を忘却し、自己という形を溶かす。

 そうして無垢なるものへと戻った魂を来世へと輪転させるのだという。

 

 キャスターの再現したこの空間は自分以外のあらゆるモノの形を溶かし、魔力の粒へと変化させ、消滅させる力があるようだ。

 

 だが、ここで一つ疑問が残る。キャスターは自分以外の全てがその能力の対象だと言った。

 なら、当然俺もそれに含まれているはずだ。

 

 だが、俺の体には特に何の変化も見られない。セイバーすら逆らえないこの世界の『消滅』というルールを俺程度が防げるはずが無いというのに。

 

 となれば、恐らく何かが俺を守ってくれている。そして、それはきっと――

 

「流石は理想郷の名を関した宝具……私の生み出した偽りの理想郷ではそれを消滅させることはできないようね」

 

 キャスターが俺を……俺の中に存在するものを忌々し気に睨みながらそう嘆息する。

 

 セイバーの宝具『遥か遠き理想郷』

 

 かつて切嗣が俺に埋め込んだセイバーの宝具はいまだ俺の中にあり、今もこうして俺を守ってくれている。

 俺がこの空間の影響を受けないのもこの宝具のおかげなのだろう。

 

 だが……それだけでは、やはり勝てない。

 

 流石に投影したモノにまでは『遥か遠き理想郷』の効力も及ばないようでかき消えてしまうし、『遥か遠き理想郷』はセイバーの宝具である以上、彼女が消滅すればその力を失う。

 武器を生み出せずキャスターに有効打を持たないこの状況ではいずれ時間切れとなって負けてしまうだろう。

 

 どうする――?今から、セイバーに『遥か遠き理想郷』を返すか?

 いや、そんな隙を見せれば流石にキャスターが黙っていないだろう。

 

「――――」

 

 短く息を吐き、宙に浮かぶキャスターを見据える。

 セイバーが動けない以上、俺がキャスター倒さねばならない。

 

 キャスターの産み出した、消滅という『理』

 

 それを打ち消すには術者であるキャスターを倒すか、あるいは――さらに別の『理』を持って世界を捻じ曲げるか。

 

「――――体は剣でできている」

 

 綴る詠唱は、外部に働きかけるモノではなく、自己のイメージを強固にするためのモノ。

 

「――血潮は鉄で心は硝子 、幾たびの戦場を越えて不敗 」

 

 固有結界の展開――その方法はアーチャーの記憶を通じて理解はしている。

 

「――ただ一度の敗走もなく、 ただ一度の勝利もなし 」

 

 だが、これはアーチャーの模倣ではなく、『衛宮士郎』自身の言葉であり、その心象の具現だ。

 

「――担い手はここに孤り、剣の丘で鉄を鍛つ 」

 

 自らの歩んできた道のりを想起し、あらゆるものが自らの形を忘れるキャスターの作りし楽園の中で、『衛宮士郎』と言う自己をより強くイメージする。

 

「――ならば、我が生涯に意味は不要ず 」

 

 回路を励起し、魔力を回す。

 アーチャーの腕のおかげかキャスターに特訓してもらっていたおかげか、固有結界の展開に十分なだけの魔力はある。

 

「この体は――無限の剣で出来ていた 」

 

 焔が迸り、炎が舐めるように世界を塗り替えていく。

 

 丘に突き刺さった無数の剣、かつて全てを失った火災、あの時を想起させる曇天の空。

 

「固有結界……素養があるのは分かっていたけれど……そう、これが坊やの心象なのね」

 

 キャスターがそんな風景を眺めながら、呟くようにそう語る。

 そこに込められている感情は果たして同情か憐憫か。

 

「それにしても、なるほど……私も実際に目にするのは初めてだけれど、結界同士が重なるとこうなるわけね」

 

 固有結界を展開はしたが、それでキャスターの結界を完全に上書きできたわけではない。

 

 不気味なほどに青い空とどんよりと曇った灰色の空

 

 白い花々が咲き乱れる野原と無数の剣が刺さった赤き丘

 

 2つの景色が同時に展開され、互いに世界を塗りつぶさんとする。

 

 その様はまるでキャンパスの上で絵の具を混ぜているかのようで、マーブル模様に弾き合う2つの色は決して交わることなく互いの世界を喰らい合う。

 

「固有結界は心象風景の具現、その強度も想いの強さによって決まるわ。どちらの想いがより強固か勝負といきましょうか」

 

 つぎはぎの景色が陣取りゲームのように互いの結界を侵食し合う。

 俺はただ、その狭間に立ち、キャスターを静かに見据える。

 

 傷を癒す黄金の鞘、心象を具現した剣の丘、アーチャーから譲り受けた左腕

 俺が今までの歩みで得たモノ、その全てを持ってして俺はキャスターに勝ってみせる。

 

「Ere・Hekátē――」

 

 キャスターが無数の光弾を俺に向けて放つ。

 

「――投影開始」

 

 展開した固有結界の上では、キャスターの結界の能力を受けることはなく、投影した干将莫耶は先ほどのように消えてしまうこともない。

 

 二振りの剣を振るい、キャスターの放った光弾を切り払う。

 数え切れないほどに放たれた全ての光弾を防ぎ切ることはできないが、致命傷さえ避ければ十分だ、後はセイバーの宝具が癒してくれる。

 

「ハァ――――」

 

 そうして振るった剣をそのままの勢いで、キャスターに向けて投擲する。回転しながら黒と白、二つの刀は錐揉みする様に回転しながらキャスターに迫り――

 

「ッ――――」

 

 刀身がその身を引き裂かんとする直前に、陽炎のごとくその姿が揺らめき消える。

 

 魔術による幻影、だが――

 

「――後ろか」

 

 キャスターの姿がかき消えたことに対する焦りは無い、自分でも驚くほどに冷静に状況を把握できている。

 まるで武術の世界で言う心の眼でも開いたかのようだ。

 これは、俺自身の戦闘経験によるものか、あるいは左腕から読み取った弓兵の記憶によるものか――

 

 とにかく、頭は異常にまでに冴え渡り、キャスターの位置が、動きが、これから何をしようとしているのかが手に取るように分かる。

 

「我が骨子は捻れ狂う――いけ、偽・螺旋剣!」

 

 宝具を投影、変形し、振り向きざまに矢にして放つ。

 

「宝具の変形――そんなことまで、できるなんて……けれど!!」

 

 狙い定めていたはずのキャスターの姿がパッと消える。今度は空間転移による瞬間移動か……共に戦っている時も何度か見た手だ。

 

 だからこそ――この武器を選択した。

 

「クッ―――ウッ―――」

 

 先ほどの場所から少し右上の空間に現れたキャスターが呻き声と共に僅かに吐血する。

 見れば、蝶の羽のように広げていたロープは破れ、そこから覗いた右腕からは血が流れ出ている。

 

 かつて英雄フォルグスが所持したという、螺旋剣。

 その剣には空間を削り取る能力がある。

 例え空間跳躍で逃げる相手でも空間そのものを削り取れば問題はない。

 

「ここまでやるとはね――けれど――!!」

 

 だが、キャスターも魔術で咄嗟に防御したのだろう、それなりのダメージではあるが致命傷には至っていない。

 

「Atlas!」

「グッ――!」

 体がズンッと見えない鉛の鎧でも着せられたかのように重くなる、恐らく魔術で重力をあげたのだろう。

 ただでさえ、攻撃直後で決定的な隙を晒していた俺は、ピクリとも動けなくなってしまう。

 

 キャスターはその隙を逃すはずもなく、痛みに顔を歪ませつつも、その背後に浮かんだ魔術陣がこちらに照準を向ける。

 

「正直――坊やがここまでやるとは思わなかったわ。けれど、最後に勝つのは私よ」

 

 魔法陣が唸るような音を上げて回転し、魔力を充填する。この魔力量、宝具並みの大魔術を俺に向けて放つ気か。

 

『神官魔術式――』

 

 勝利を確信したのか、キャスターの口元がニヤリと釣り上がる。

 

 今から防御用の宝具を投影しても、キャスターの呪文が唱え終わる方が早いだろう。

 

 確かに俺に逆転の手段は無く、この勝負はキャスターの勝ちだ。

 

 だか、それはもし俺が1人で戦っていたのならばの話だ――

 

 

『約束された――』

 

 

 キャスターの瞳が驚愕に彩られる。

 俺に意識を割きすぎて、セイバーの存在を忘れていたな。

 

 毒と結界の力で今まで動けなかったセイバーだが、俺の固有結界でキャスターの結界を相殺し、ここまで俺がキャスターの注意を引きつけていたのだ。

 宝具の解放に力を練る時間は十分にあった。

 

『――勝利の剣』

『――灰の花嫁』

 

 キャスターが咄嗟に魔法陣をセイバーに向けて、その宝具を迎撃する。

 

 紫と黄金、2つの光は眩い輝きを放ち、衝突する。

 

「ぐぅ…………」

 

 閃光と衝撃があたりを包み、思わず目を背ける。

 そして、その光と音が止んだ後には地面に墜落し、倒れ伏したキャスターの姿があった。

 

「…………」

 

 『神官魔術式・灰の花嫁』で威力を相殺したのか、あるいはセイバーが最後に威力を緩めたのか、キャスターは宝具の直撃を喰らいつつもそこまで大きな外傷はない。

 だが、既に余力も残っていないようで顔を俯け地面に枝垂れかかるように伏している。

 

「…………勝負はついたな」

 

 キャスターの結界がその構造を保っていられなくなったのか、溶けるように消えていく。

 俺も展開していた固有結界を解除し、周囲の風景が本来の月明かりに照らされた柳洞寺の境内へと戻っていく。

 

「やはり……ダメね、ここがマスターのいないサーヴァントの限界かしら。坊やがセイバーの足を引っ張ってくれればなんて考えもあったけれど、もうそんな段階ではないわね。えぇ……全く、あなた達は良いサーヴァントとマスターだわ」

 

 自嘲じみた笑いと共にキャスターが俺とセイバーを見つめる。

 

 俺たち2人にたった1人でここまで戦い抜いたキャスター、その覚悟は見事なものだ。

 

「けれど――聖杯はすでに満ちている。私自身の体に命令式を刻んでその命を捧げれば……」

 

 キャスターが地面に横たわったまま、自らの手にした短剣をその白い首筋へと突き立てようとする。

 

 あぁ、全く、キャスターの覚悟は見事のものだ、だから、こんな暴挙にも出るんじゃないかと予想はしていた。

 

「ハァッ――――!」

 

 投影した竹刀で、キャスターの手から短剣を弾く。

 自らの命を捧げて聖杯を起動するつもりだったのだろうが、そんなことはさせない。

 

「フフッ……自害すらできないとはね……いいわ、アナタ達の勝ちよ。聖杯はあなたたちのモノ。さぁ、私を殺しなさいな」

 

 遂に諦めたのか、自暴自棄めいた笑みを浮かべながら、キャスターがそんなセリフを力なく呟く。

 

「……勝者が聖杯を手にし願いを叶える。それが、この聖杯戦争の在り方だ」

 

 項垂れるキャスターに俺はただ、静かに語りかける。

 

「だから……俺は、俺の願いを叶えるためにこうしてキャスターと戦って勝たせてもらった」

「――願い?けれど……坊やには願いが……」

 

 俺の言葉にキャスターが困惑したように、こちらを見る。

 

「あぁ……元々俺には聖杯にかけるような願いは無かった。けど、俺にも叶えたい願いができてさ」

 ――俺の願い

 

 キャスターとの決戦前、言峰より投げかけられた問いかけを思い返す。。

 

 

 

 

「お前はそれでも、キャスターを許容するのか……衛宮士郎よ」

 月明かりの下、言峰の問いが俺へと投げかけられる。

「……確かにキャスターは罪を犯したのかも知れない、裁かれるべき悪人なのかもしれない」

 言峰の語るキャスターが本来のマスターを殺したという話や、生前の彼女の所業について俺は確かめる術を持たない。

 しかし、キャスターが穢れを知らぬ聖人君子だとは俺も思ってはいないし、むしろ必要性があれば彼女はきっとその手を血で染めるだろうということは予想はついた。

 それは『悪』と呼ばれるべきものなのかもしれない。 ならば、断じることが『正しい』行為なのだろう。

 だったら、俺の返すべき問いは決まっているはずだ。

 

 俺が……『正義の味方』が為すべきことは……

「分からない……」

 ポツリと、ひねり出すようにそう答える。

「なに?」

 俺の答えに言峰がいぶかしげに眉を上げる。

「……あんたの言う通り、キャスターもきっと善人だってわけじゃないんだろう」

 何故、彼女がマスターを殺めたのかは知らないが、おそらく俺に言うとまずいと言う後ろめたさがあって今まで黙っていたのだろう。

 

 彼女の生前の逸話にしても、その悪辣さは神話に語られている。

 

 ならば、その罪は断じられるべきだろう。

 

 それでも……

 

「それでも……罪人が幸せになってはいけないのか?」

 俺の言葉に言峰が目を見開く。

 

 確かに、キャスターは罪を犯したかもしれない、決して少なくない人々を害し殺人まで犯している。

 葛木先生を蘇生させようという彼女の願いに関してもそうだ、無くなったものは元には戻らない、人は死ねばそこで終わり、そんな当たり前の自然の摂理を捻じ曲げようとする誤った行為なのかもしれない。

 それでも……俺はこれまで共に戦ってきたキャスターを見て、彼女には幸せになって欲しいと思った。

 

『でも……しょうがないじゃない……だって、好きになってしまったんだから』

 

 自らの願いを捨て、葛木先生のために戦う理由をそう困ったように笑いながら語った、キャスターの姿を思い返す。

 あれほど葛木先生を愛している彼女が、彼と共にいられないのは嫌だと思った。

 

 何が間違っているとか正しいとか関係は無い、俺はただ、彼女の幸せな姿が見たいと思った。

 

「――悪人だからといって、罪人だからといって幸せになっちゃいけないって訳じゃないだろう」

 そう言葉にした瞬間、様々な光景が脳裏をよぎる。

 火に呑まれた街中で、助けを縋る人々から逃げるように走ったあの日の光景が。

 数多の騎士の亡骸と打ち砕かれた剣の上に孤独に立つ騎士王の姿が。

 愛するものを失って、涙を流す魔女の姿が。

 

「ッ――――」

 

ギリッという歯ぎしりの音、見れば言峰は苦々しい顔でこちらの睨んでいた。

 

「つまらんな……よもや貴様からそのような答えが出ようとは」

「別に、お前を楽しませるために俺もみんなも戦っているわけじゃない」

 

 確かに、俺の答えは月並みで凡庸なものなのかもしれない。理想に殉ずるわけでもなく、現実に徹するわけでもないただ甘ったれただけの答えなのかもしれない。

 言峰が俺に何を望んでいたかは知らないが、きっとそれは求めていた回答ではなかったのだろう。

 奴は俺の言葉に苛立だしげに視線を宙にさまよせたのち、諦めたようにドサリと近くにあった岩へと腰掛ける。

 

「ふん、この世すべての悪の生誕は叶わず、待ち続けていた正義の味方は偽物どころか凡百の答えしか見出せないとはな……全く期待外れだ……」

 偽物……か、その言葉にかつて切嗣と約束を交えたあの夜の光景がフラッシュバックする。

 確かにかつての俺の理想とは、衛宮切嗣から受け継いだ理想とは俺の答えはズレてしまっているのかもしれない。

 それでも、もう迷いはない。俺なりに考えて出した結論だ。

「グッ……ガハッ……」

 岩に腰掛けていた言峰が、苦しげに咳き込む。

 見れば、その手にはべったりと赤い血がこびりついていた。

 

「ふむ……キャスターは首尾よく、聖杯を浄化したらしいな。アレと繋がっていた私の命もここまでか……」

 

 こうなることは分かっていたのか、言峰は特に驚いた様子もなく吐血で赤く染まった自らの手を見つめている。

 

「アインツベルンの娘もキャスターの魔術の腕なら無事に保護されているだろう、さっさと迎えにいってやるがいい」

 

 促され、俺も歩き出す。

 奴はつまらなさそうにコチラを見ていたが、ふと思い出したように口を開いた。

 

「あぁ……だが、セイバーとキャスターどちらが願いを叶えることになったのか見届けられないのは、少々残念だな……」

 

 そんな言葉にピタリと歩みを止める。

 別に奴の捨て台詞に腹立った訳ではなく、最期に言っておこうと思ったからだ。

 

「……そういえば、セイバーを召喚した夜に、アンタに聖杯にかける願いは何かと聞かれたことがあったな。あの時は無いと答えたけど――俺にも願いができたんだ」

 

 いつかの教会での問い。

 

 あの時の俺は聖杯にかける願いを持ち合わせていなかった。

 

 だが、今は違う。

 

 

「俺の、願いは――――」

 

 

 

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