HFルートの途中でもし士郎がキャスターを助けていたらというお話 作:ふりかけ@木三中
現在の時刻は夜の22時ごろ。
夕飯を取り終えた後、桜は少し体がダルいと言って早めに眠ってしまった。
本人は少し熱っぽいだけだから心配はいらないと言っていたが、一昨日も熱を出してたし、ぶり返したのではないかとか心配だ。
慎二のこともあってストレスも溜まっているのかもしれない。
「俺が心配してても……桜が治るわけじゃないか……」
とりあえず薬も飲ませたし、俺が桜に対してこれ以上できることもない。
それよりは今、俺のすべき事をすべきだ。
桜が早く寝てくれたおかげ……と言うと不謹慎だが、これで俺も魔術の特訓に専念できる。
夕方にキャスターが言っていたように魔術防御の方法をキャスターから学ぶことにする。
「それで、魔術防御の特訓て何をやれば良いんだ?」
「とりあえず、そもそもの現状の坊やの魔術がどのくらいのレベルか実際に見たいのだけれど」
「あぁ、俺が魔術を使うところを見せればいいんだな?」
「えぇ、でもその前に坊やの工房に案内してくれるかしら?普段の魔術の成果も見たいわ」
「そうだな、分かった。こっちだ、といってもそう大したところじゃないんだけど」
キャスターを連れて、土蔵に行く。
10年間俺が毎日魔術を訓練している場所だ。
◇
「ここが俺の工房……ってことになるのかな。散らかってるけど、とりあえずブルーシートの上にでも座ってくれ」
土蔵の中はガラクタや工具が無造作に転がっている。流石にもう少し整理しておいた方が良かったかな。
キャスターはブルーシートの上にちょこんと座りながら困惑したように周囲を見回す。
「…………私は工房に案内して欲しいと言ったのですが?」
「工房って……だからここだよ。魔術師の工房って魔術の訓練とか研究したりするところだろ?いつもここで魔術の特訓をしてるんだけど」
「は?」
「え?」
キャスターがコテンと首をかしげる、それに合わせて俺も首をかしげる。
「……あぁ、いえ、なるほど分かったわ。隠し部屋か何かがあるのね。現代では一般人相手には魔術を秘匿しなくてはならないものね」
「いや……隠し部屋とかは特にないけど……」
もしかしたら切嗣が作ってる可能性はあるかもしれないが少なくとも俺は知らない。
「…………まぁ、いいわ。もうあまり期待はしないけれど、とにかく魔術を使っているところを見せて頂戴」
ハァとため息をつきながらキャスターが俺に魔術の使用を促す。
なぜ、工房を見せただけでこうも失望されているんだ。
いや、あまり期待されてもそれはそれで困るんだけど……
そんなことを考えながら近くに置いてあった鉄パイプを拾う。
とりあえずこいつを強化するところをキャスターに見てもらうか。
「よし、じゃあまずは魔術回路を作るところから……」
正座して立つパイプの前に座り、目を閉じて神経を集中させる。
魔術の訓練をする時に切嗣以外の他人がいるというのは初めてだが、いつもの手順で落ち着いて――
「待ちなさい……アナタは一体何をしようとしているの?」
途中でピタリとキャスターの制止の声が響いた。
「えっ……?何って魔術を使うために魔術回路を作らないといけないだろ」
俺がそう答えるとキャスターは目頭に手を当てて、嘆くような素振りで俯いた。
「神代と現代では魔術の法則が違うというのは分かっていたけれどここまでとは……いえ、他のマスターは普通に魔術を行使しているから坊やだけなのかしら……なににせよ課題は多いわね……」
天を仰ぎ見るにしてキャスターがため息をつく。
「はぁ……さっきはシンジとかいう男よりは坊やの方がマシだったと思ったのだけれど……撤回しないといけないかもしれないわね」
慎二は本のような魔術礼装に頼らなければ魔術をまともに使えていない様子であったが、それより酷いというのは俺の魔術の評価は一体どうなっているんだ……もちろんキャスターに比べれば俺の魔術なんて児戯のようなものと言うのは分かっているが、この10年間それなりに練習してきたつもりだったんだけどなぁ。
「そう言えば、魔術礼装やその素材とかはないのかしら?工房だと言うのなら一つもないなんてことはないでしょう」
「いや……残念ながら、俺はそんなもの作れないし、切嗣も俺が知ってる限りではそんなものは残していかなかった」
どちらかといえば切嗣はあまり俺に魔術に関わってほしくなかったみたいだからな、そういうものは何も残っていない。
「普通は魔具の類を作ったりして魔術の修練をしたりするのですけどね……」
「うーん、そういうのは習わなかったなぁ……あぁ、でも投影魔術の練習でガラクタを投影したりはしてるけど」
「投影魔術……ちなみにどんなものを普段投影しているのかしら?」
「あぁ、ちょうどその辺りに置いてある奴は全部投影したやつだよ」
「――――これが?」
キャスターが近くにあった投影品のヤカンを手に取りマジマジと見つめる。
そんな大したものでもないのにそう観察されると少し恥ずかしい。
「……これは、投影してからどのくらいたつのかしら?」
「えーと、そのヤカンが1ヶ月前ぐらいで、そっちの自転車の車輪が3カ月まえぐらいだったかな。まぁ息抜き半分でやったもんだし、がらんどうで大したことないものだけど」
「これで……大したことない、か……なるほど少しは教え甲斐が出てきたかしらね。すぐには無理だけれど鍛えれば面白いことになるかもしれないわね」
キャスターが俺の中身を見透かそうとでも言うように俺の瞳をジッと見てくる。
何か分からないけどキャスターのやる気が入ったみたいだ。
「まぁ、とりあえず今日のところは魔術回路のスイッチを作るところまででも……」
キャスターが話の途中で急に言葉を切り、虚空を見上げる。
その顔には僅かに緊張の色が浮かんでいた。
「――サーヴァントよ」
静かに、しかしハッキリとした声でキャスターが告げる。
その言葉に、俺も一気に気持ちを戦闘へと切り替える。
「――侵入されてるのか?とりあえずセイバーのところに……」
「ここじゃないわ、柳洞寺の話よ」
柳洞寺……俺には全く気配は感じ取れないが、キャスターは元々そこを拠点としていからか、それとも魔術師の腕が俺なんかより数段上だからか、柳洞寺にサーヴァントが忍び込んだことに気がついたようだ。
もはやあの場所にはキャスターがいないので他のサーヴァントが狙う理由もないはずだが……いや、あそこは結構良い霊地みたいなことを遠坂が言ってたな。それが狙いなのかもしれない。
「どうするのかしら、私としてはあの場所を穢されたくないから出来れば向かいたいのですけれど……決定権はアナタに委ねるわ」
「……どのサーヴァントか分からないけどこのまま手をこまねいていても仕方ない。とりあえず柳洞寺に向かおう。セイバーを呼んでくるよ」
土蔵から駆け足でセイバーの元へと向かう。
柳洞寺……あの場所にまた行くことになるとはな……
◇
セイバーとキャスターと共に柳洞寺に押し入る。
境内の雰囲気はキャスターと出会った日とは違い、どこかジメッとした水っぽさがあった。
「ふん……どうやら、私が不在の隙をついて神殿を乗っ取られたようね。私好みに整然とした造りをしていたのに随分と陰気なものに改悪されたものだわ」
俺には魔術的な違いはよく分からないが、この柳洞寺の主はキャスターからすでに別の者へと移っているらしい。
「そう簡単に奪えるものではないわ。恐らく、前もって準備していたのね。となると……恐らく私達を嵌めた相手が……」
嵌めたというのは葛木を殺した相手ということだろう。
となれば、今いるサーヴァントも敵の可能性が高い、警戒心をより引き締める。
「それで……サーヴァントはどこに……」
周囲を見渡すが人影は無い。
柳洞寺にいた僧侶達や一成はセイバーとキャスターが戦った夜にキャスターによって衰弱させられた後、俺が救急車を呼んでおいたので今は全員病院にいるはずだ。
そのおかげで柳洞寺は人の気配もなく、不気味なほど静かな空間が広がっている。
「ん……何の音だ?」
いや、よく耳を澄ませば静寂の中に僅かに奇妙な音が聞こえる。
金属音。
ガキン、ガキンと何かで何かを弾くような甲高い音が断続的に聞こえている。
「これは……誰かが戦闘してるのか?」
状況が読めない、他のサーヴァント同士が戦っているのだろうか?
なら、誰と誰が―――
とりあえず、先ほどの金属音がどこから聞こえているのか探ろうと、目を瞑りもう一度、音に耳を集中させる。
だが、聞こえてくるのは寒空に吹く風の音だけだった。
先程の金属音は聞き間違いか、あるいは俺たちに気づいて戦闘を止めたのか……
そう考えていた時だった。
「あ…………?」
その瞬間、体全体に悪寒が走った。魔術の機微なんかに疎い俺でも分かる。
たった今、何かこの寺の中の雰囲気が大きく変わった。
何か――まずい、不吉な気配がする。上手く言葉に言い表すことはできない。
ただ、俺はこの感覚を知っている。
10年前の大火災。
その中で嫌という程感じた『死』の気配、それとよく似ている。
「今のは……何かがいきなり現れた?この感じサーヴァントではないの……?」
当然、キャスターもそれを感じ取ったのだろう、少し困惑する素振りを見せながらも警戒するように周囲を見る。
セイバーも険しい顔つきで剣を握りしめている。
「気配はあちら……池の方からね。ただ、何か妙な感じがするわ。気をつけてね」
そうして俺たちはキャスターに連れられ、気配の感じる方へと向かった。
◇
「あいつは――――ランサー!?」
そこにはセイバーを召喚した夜、最初に戦ったサーヴァントであるランサーが立っていた。
腰まで池に水を浸かり、奴の宝具である朱色の槍を携え、髑髏の面を被り黒いボロ切れを纏った何者かと対峙している。
「あれは…………なんだ?」
ランサーがこの場にいることには驚いたし、その対峙者の髑髏面もどこかおぞましい存在感を放ってはいる。
だが……それよりも目を引くのがランサーの周囲を覆う異様なものだ。
何か、ランサーの周りに黒いものが蠢いている。
黒い影……としか形容できないそれは、ジワジワとランサーの周りの水を侵食するかのようにして広がりつつあった。
なんだあれは……あの髑髏面の能力なのか……?
「テメェは……セイバーのマスターか?なんで、お前らが――――ッと!」
ランサーが僅かにこちらを見て、意識を俺たちにそらす。
それは、僅かな隙だった。
俺たちに意識を向けたと言っても、ランサーは歴戦の英雄だ。
当然、周囲にも注意を向けたままだったのだろう。
だから、その隙を狙って髑髏面の敵が音もせずに放った短剣もアッサリとランサーは撃ち落とすことができた。
ただ、それでも僅かに……ほんのコンマ何秒か動作が遅れた。
それは、隙と呼ぶには余りにも僅かな時間。
けれど――『ソレ』にとっては充分過ぎるほどの時間だった。
「――――」
パシャリという水音。
黒い影がまるで獲物を喰らう蛇の如き機敏さでランサーに絡まる。
「グ…………こいつは!」
苦悶の声を上げるランサー。
空中になにか文字が刻まれた石のようなモノが投げられ、ランサーの体を淡い光が包む。
恐らく魔術による結界かなにか。
でも、ダメだ。
その光も黒い影にズブズブと染まっていき、ランサーの体が湖面に沈んでいく。
本来は澄んだ色をしていたはずの柳洞寺の池は気づけばコールタールのように真っ黒になっていて、そこに沈んでしまったランサーの姿もその黒色に呑まれてすぐに見えなくなってしまった。
まさか……今のでランサーがやられてしまったのか?
セイバーやアーチャーとも渡り合っていたほどの戦士がこんなにもアッサリ――?
「ヌ――心臓ヲ食イソビれタカ」
呆然とする俺をよそに、ランサーと対峙していた何者かが、奇妙な発声で名残惜しげなセリフを口にする。
「マさカ――乱入者トはナ」
そう言って……黒いボロ衣のようなものをまとい髑髏の面を被ったそいつが俺たちに視線を向ける。
「なるほど、奴が真のアサシンのサーヴァントというわけね……」
キャスターが呟く。
真の……という言葉は気になるが、あの髑髏面の正体はアサシンのサーヴァントらしい。
アサシンと僅かに睨み合い、緊張した時間が流れる。
そして、アサシンの顔がカタリと首をかしげ――
「ヌッ――――」
次の瞬間、アサシンの体は後ろに大きく跳躍していた。
何事かと見れば、奴が先ほどまでいた場所に池から伸びた触手が突き刺さっている。
なんだ――?
あの影はアサシンの能力じゃないのか?
なんで、アサシンを襲ってるんだ?
「サーヴァントデあれバ、見境ナシカ……空腹ナラば、私デはナク奴ラヲ喰ラウが良イ」
そのままアサシンは飛び退くように後退を続け、俺たちから離れようとする。
「くっ……待て、アサシン!」
セイバーが追跡しようと、剣を構えて奴を追おうとする。
だが――
「――――」
池の中から影が触手をシュルシュルと伸ばし、セイバーとキャスターを品定めするかのように蠢く。
「セイバー!先ほどのランサーの様子を見る限り、この黒い影に触れるとマズイわ。アナタがどれだけ対魔力があろうと、どれほど強力な力を秘めていようと、サーヴァントである限りあれに触れれば終わりよ」
キャスターがセイバーにそう警告する。
確かに、あの影の詳細は分からないが対魔力のスキルならランサーも所持していたはずだ。その奴が成すすべなく飲み込まれたのだから触れただけでアウトと考えたほうがいい。
セイバーは下手に手を出せずに、足を止めて影の触手を睨む。
とは言え、このまま見ているだけという訳にもいかない。
あの影はどうにかしなくては……
だが、そもそもあの『影』は倒せるようなものなのだろうか……?
そんなことを考えていると突然、目の前が真昼間のように明るくなった。
「Etona――!!」
気がつけばキャスターが魔術を発動していた。
太陽のような炎の塊がキャスターの指先から触手に向かって放たれる。
「な…………!」
だが、それが影の触手に触れるとズブズブと呑まれるように炎が搔き消えていった。
まるで真っ黒な紙に他の色を塗ったところで黒色のままであるように、その影の深い闇はキャスターの魔術を受けても微動だにしていない。
なんだ今のは……確かにセイバーも対魔力でキャスターの魔力を無効化することはできたが、今のはそれとは少し違う感じがする。
弾いたのではなく吸収。
キャスターの魔術だけじゃない、セイバーが剣を振るったとしても、きっとあの黒い闇にはすっぽりと呑まれてしまうだろう。
なんとなくそんな感じがした。
くそっ、なんなんだ、あの黒い影は――
「ふぅん……虚数魔術の性質か……なら、無闇に攻撃しても吸収されるだけね……」
魔術を無効化されたことに驚いている俺とは違い、キャスターはある程度予想していたかのような口調で冷静に相手を見つめている。
そんなキャスターを影が敵と認識したのだろうか、今まで無造作にしならせるだけだった触手が見定めるかのようにピタリと動きを停止させ、そして次の瞬間、襲いかかるように一斉にキャスターに向かって伸びた。
「キャス――――ッ」
咄嗟にキャスターの前に立って盾となろうとするが間に合わない。まずい、キャスターがやられる。
黒い触手はキャスターの白い首元へと迫りる。
そして――
「なるほど……カラクリは大体読めたわね」
その直前でキャスターが腕を振るう。
ただそれだけで、霧散するように黒い影が消え失せていった。
夜の闇に紛れるように黒い影がドロドロと溶け落ちていく。
「あれ……?」
「ふぅ……全く。アサシンには結局逃げられてしまったわね」
アサシンが消えた方向を見ながら、キャスターがそう呟く。
「え……今のであの影を倒せた……のか?」
「倒した……と言っても今の影は使い魔……いえ、それは少し違うわね……呪いが一人歩きしているとでも言った方がいいのかしら。ともかく、本体は別にいるはずだけれどね」
「そうなのか……いや、そうだとしてもあの影はランサーすらも倒しちゃうような奴だったから、ヤバい存在なのかと思ったんだけど……キャスターはあっさり倒しちゃったな」
影が消え、元の澄んだ色に戻った池を見る。
呑み込まれたランサーの姿は見えないがやはりあの影にやられてしまったのだろうか……
「えぇ……確かにあの影は触れたサーヴァントを呑み込む性質があるようね。けれど、あれはまだ呪いであり魔術の範疇にあるものよ、それならば触れる前に対処することはできるわ」
なるほど……ランサーのような普通のサーヴァントはあの影に触れただけでやられてしまうが優れた魔術師であるキャスターならば触れられる前にあの影を倒すことができると。
キャスターはランサーのような対魔力を持った相手に勝つことは難しいだろうし、そう考えるとなんかじゃんけんみたいな関係だな。
「ただ……恐らく今のはただの残滓のようなものに過ぎないわ。影を通じて感じた魔力量は明らかに異常なモノだった……あの影の本体と戦うことになれば、流石にこう簡単にはいかないでしょうね」
あの影を操る本体……か。
「アサシンは影の正体を知っているみたいだったけど、アイツが操ってるって感じじゃなかったよな。だとすればアサシンのマスターが本体とか?」
「さて、そこまでは流石に分からないけれど……あの影は独立して動いているように見えたわね。自動操縦を行うタイプなのか、あるいは本人すら無意識に動かしているのか……」
確かにさっきの影の動きは単調で、とにかく動いているものや自分を攻撃してくるものを見境なしに狙っているだけのように見えた。
でも、サーヴァントすら倒せるようなものを無意識に動かすなんてできるのだろうか。
「仮説はいくつかあるのだけれどね……まだ何とも言えないわね……」
キャスターも影の正体はハッキリとは分からないらしい。
先ほどの黒い影の姿を思い返す。ユラユラと不気味な出で立ちでありながら、どことなく放っておけば消えてしまうような危うさを感じた影の姿。
「っ…………」
そんな風にあの影のことを考えていると、何故だろうか。
一瞬、よく知る後輩の顔が脳裏をよぎった気がした。