二人は、今日もボカージュの陰に隠れて紅茶を嗜んでいた。
草っ原にレジャーシートを広げ、バスケットの中にはバゲットまで用意している。
祖父江と砂部の二人は、他のエスカレーター組と違い、我々編入組の姿を目にしても顔を歪めることがない。
精々、無視を決め込むくらいのものだ(いや、それもどうかと思うが)。
「お前らは隊長を捜さないのか」
そう声をかけても、やはり二人は返事を返さない。
なんだかんだ、こいつらも我々のことを嫌っているのだろう。
「隊長と一番仲が良いのはお前らなんじゃないのか? まさか、隊長の失踪を知らないわけじゃないよな?」
返事なし。
「貴様ら――」
口から悪態が出てきそうになったが、先ほどの押田との喧嘩を思い出す。
二度も同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。
革靴を脱ぎ、私もレジャーシートの上へあがると、二人の正面へと腰を下ろす。
祖父江と砂部はさすがに訝しげな視線を向けてきたが、構わずバスケットへ手を伸ばし、バゲットを握りしめる。
バゲットの頭に齧り付いてやると、思ったよりも美味で、しかし口の中の水分をたちまちに奪われ、なるほど紅茶が必要になるわけだと強く感じた。
「その紅茶、私にももらえないか」
目を丸くしてこちらを眺める二人に「いただきたいのだが」と再度要求すると、渋々といった様子で、砂部が自分のカップの飲み口をハンカチで拭いて紅茶を注ぎ入れた。
差し出されたそれを「ありがとう」と受け取ったものの、一つ疑問がある。
「どうして自分のカップを使った? そこにまだカップは余ってるだろう」
私の指さす先には、いかにも高級そうな花柄のティーカップがひっそりと置かれている。
わざわざ自分のものを使う理由はないはずだ。
「これは、マリー様のものだから」
――それは、つまり。
「捜すのでなく、ここで彼女を待っていたわけか」
「私たち、マリー様のことは理解できてるの。いま、あの方を捜し回るのは、私たちの役目じゃない」
「じゃあ、誰の役目なんだ」
言うと、二人はじっとこちらへ目を向ける。
私か。
……あまり納得もいかないが、文句を言うには口の中の水分が足りないので、とりあえず紅茶をぐいっと飲み干す。
――――。
いや、喉が潤ったからといって、出てくる言葉は不思議とないようだな。
紅茶と一緒に飲み込んでしまったか。
「邪魔をしたな」
そう残して立ち上がる。
砂部は、私の置いたカップをハンカチで丁寧に拭き、再び紅茶を注ぎ入れた。
◇ ◆ ◇
私の存在をマリーらに気取られるのも具合が悪かろうと、そっとルノーFTを離れる。
するとちょうど話が終わったのだろう、某大学選抜に叱られていた三年生諸氏がこちらへ戻ってくるところだった。
先頭を歩いていた編入組のリーダーは、私の顔を見ると、やあと手を挙げる。
「安藤。情けないところを見せてしまったな」
「いえいえ、そんなことはありません」
私が丁重に答えてみせると、彼女は「心にも思っていないことを口にしない方が良い」と言った。
私の嘘は見破るのに容易いらしい。
ばつが悪く、私は「いやあ」とかなんとか言いながら、がしがしと後頭部を掻いてみせた。
「……安藤、少し二人で話せるか」
「説教ですか」
「そんなわけがあるか。ほら、付いてこい」
私の返答を待たず、有無を言わさぬ調子で先輩は歩き出す。
やっぱり叱られるんじゃないかと私は後に続いたが、辿り着いたソミュアの陰で、ばっと先輩は頭を下げた。
「すまなかった!」
「ちょ……いえ、どうして謝るんですか。おかしいです」
先輩は「おかしくなどない」と頭を上げる。
「我々は何もわかっていなかった。視野が狭かった。そのことを、アズミ先輩に気付かされたんだ」
発言の意図がわかりかね、私がどう相槌を打とうか迷っている間に、先輩は言葉を紡ぐ。
「この大会で我々は卒業」
「だから本気でやらねばと思っていた。本気でやらぬエスカレーター組に怒りを抱いていた」
「けれど、卒業するのは我々だけではなかった。エスカレーター組の連中も同じだ」
「そんなことすら、我々はわかっていなかった」
無理もない。
……無理もないと、そう思ってしまうこと自体、間違っているのかもしれないが。
「エスカレーター組の連中と、初めて会話というものをした気がする」
「少し、遅すぎたのだろうな。奴らも、我々も――お前らの先輩として情けない限りだ」
「私にとっての先輩は、編入組の先輩たちだけです」
我々はエスカレーター組の連中から何も学んでなどいない。
戦車道の何たるかを教えてくれたのは、すべて編入組の先輩たちだった。
それでどうして、奴らを先輩などと――、
「いいや、違う。エスカレーター組の連中も、お前らにとって見れば同じ先輩なのだ」
「…………」
「納得がいかないか。そうだろうな。我々がそうさせてしまった。けれど、聞いてくれ、安藤」
がっしと両肩に手を置かれる。
「我々だけじゃない。あいつらを頼っても良いんだ。これまでもこれからも」
「何故なら我々はチームメイトなのだから」
先ほど奴らと大喧嘩をしていたとは思えない先輩の言葉に、私は拍子抜けしてしまい、曖昧に「ええ、はい」と答えた。
◇ ◆ ◇
いつぞやの先輩の言葉をふいに思い出した。
隊長の居所を知っているとしたら、編入組の先輩諸氏でなくエスカレーター組の方だ。
気は進まない。気は進まないが――彼女の言葉を信じてみても良いとは思う。
今がその時、というわけなのだろう。
「……仕方ない。行くとするか」
BC自由学園の寮は、編入組とエスカレーター組とで明確に区分けされている。
これは編入組に対する差別ではないし、エスカレーター組との対立構造を煽るためでもない。
単に、中等部から入ったのと高等部から入ったのでは用意される寮が違うだけ。
引っ越しの手間を省くため、エスカレーター組の連中は中等部の頃から同じ部屋を使い続けるのだ(というのが学園側の主張)。
用もなければ互いに干渉することもないし、実のところ、エスカレーター組の寮を訪ねるのはこれが初めてのことになる。
入り口からエスカレーター組の寮生に冷たい眼差しでじろじろと観察され早くも帰りたくなってきたが、このくらいは予想できたことだ。我慢しようじゃないか。
寮の作りは編入組のそれとは異なっており、豪奢な装飾の門をくぐると、大きなホールになっていた。
隅には歓談スペースのようなものが設置され、右に二つ左に二つ、個室へ繋がる廊下が続いている。
ノープランでやって来たので、件の先輩の部屋がどこにあるのかはわからない。
仕方なしに、迫害意識の薄いと思われる通りがけの中等部の子を「ねえそこの君」と捕まえる。
編入組の生徒を見るのは初めてなのか「な、なんでしょう」と怯えた様子だったが、柔和な表情と語り口に努めると、やがて目的の相手の部屋まで案内していただけた。
「すみません。二年の安藤ですが」
そう言って扉をノックすると、少し間を空けて、中から先輩の顔が覗く。
「…………なに?」
と、かなり溜めてからの発言だ。
よほど我々への嫌悪感があるのだろう。露骨な表情が物語っている。
いやいや、腹を立てるようなことじゃない。落ち着け安藤。
「マリー隊長がいなくなったこと、ご存じないですか」
「知るわけないでしょう」
怒りを押し殺し、なるべく明るく振る舞って問いかけたというのに、冷たくぴしゃりと断られてしまう。
……あーはいはい、あくまでその態度を貫くわけですか。
「隊長と仲が良かったように見えたので何かご存じかと思ったんですが」
「相談する相手を間違えました。失礼します」
さすがに怒りを滲ませながら答える。
と、ふいに表情を変えた彼女はぽつりと呟いた。
「……相談?」
「ええ、それが何か」
眉を動かし、思案する素振りを見せた彼女は「ちょっと待ちなさい」と部屋の中へ戻っていく。
苛立ちながらも言われた通り待てば、現れた彼女の手には一枚の便箋があった。
「これをあげる」
「なんですか、これ」
「あの子の行きそうなところをまとめた、リストよ」
んうん?
「一年半付き合ってきたし、あらかたの検討はつくわ」
「はあ」
「……いらないの?」
眼前に突き出されたままの便箋を、慌てて「いりますいります」と手に取る。
突然のことに驚いて反応ができなかったが、手助けをしてくれたということなのだろう。
「なにか言葉はないの?」
「いえその、ありがとうございます」
「どういたしまして。まったく、編入組の生徒は、人間として最低限の礼儀すら知らないのかと思ったわ」
一言余計だ。
「いえいえ、それを言えば、貴女の狭量で冷たい態度も、後輩に示すものではないように思いますが」
思わず言い返してしまうと、先輩は「口が減らない後輩ね」と苛立ちを隠そうとしない。
とはいえ、それで仕舞いだ。諍いは続かない。
「ともかく助かりました。急ぐので、これで失礼します」
私が頭を下げると、先輩は心底うんざりした表情で言葉を返した。
「……まあ、今度くる時は、お茶くらい出すわ」
◇ ◆ ◇
先輩とは、その後、ぽつぽつと思い出話に花を咲かせた。
初めてソミュアを動かすのに苦労して迷惑をかけたこととか、練習試合で一度だけ先輩相手に勝利をおさめたこととか。
思い出は些細なものばかりだったが、私と先輩たちとの間には確かに積み上げてきたものがあるのだと自覚できた。
やがて少しだけ互いに口を閉ざすタイミングができて、嫌な沈黙ではなかったが、ふと視線を前にずらした。
すると、いつの間にルノーFTを降りていたのか、マリーが右から左へ横切っていくのが見える。
「…………?」
遠目だったが、覚えた違和感の正体はすぐにわかった。
マリーの表情だ。
彼女はいつになく深刻そうで、張り詰めていて、決意を滲ませている。
私は柄にもなくその顔に見蕩れてしまい、しばらくの間、自分の名が呼ばれているのに気付かなかった。
「安藤、安藤」
「……あぁ、すみません、なんでしょう」
「アズミ先輩がお呼びだ」
先輩に示された方を見れば、確かに遠く彼方でアズミ先輩が手招きをしていた。
仕方なしと歩を進めようとすると、背後から呼び止められる。
先輩は「言い忘れていたが」と前置きし――、
「次の編入組のリーダーは、お前だ。よろしく頼むぞ」
◇ ◆ ◇
三年校舎の屋上。隊長の姿なし。
食堂の最奥、窓際の席。隊長の姿なし。
ボカージュの中心。隊長の姿なし。
図書館二階、社会学の棚の隣。隊長の姿なし。
学校から距離の離れたケーキ屋。隊長の姿なし。
何カ所も何カ所も、リストに記載された場所を全て回ったのだが、隊長の姿はどこにも見当たらなかった。
「あぁ……まったく……」
まさか意地悪く偽のリストを掴まされたのだろうか。
――いやいや、さすがにそこまで手の込んだ真似はしないだろう。
というか、エスカレーター組の連中を信じることができないで何がチームメイトという話だな。
せっかくリストを作っていただいたというのに、あの先輩に申し訳ない。
「一体、どこへ消えたというんだ、あのお嬢様は……」
何度かエスカレーター組の連中と遭遇したが、奴らも居所の見当がつかず八方塞がりということだった。
捜索を始めてから、すでに3時間ほども経過している。
だだっ広い学園艦の中だ。
私の方は艦内を全て回り切れたわけではないが、エスカレーター組の連中は、人海戦術をもってして、そのほとんどの捜索を終えているだろう。
――奴らに見つけられないものが、私一人で見つけられるものだろうか。
なんて、さすがにこれだけ捜し続けて成果が出ないと、弱気にもなってしまう。
「おーいっ! 安藤くんっ!」
私の名を『くん』付けで呼ぶ人間は一人しかいない。
「……あぁ、押田くん?」
見れば、押田は手を振りながら、息を弾ませて近付いてくる。
「どうだ、進展はあったか?」
「いいや、なにも。そちらは?」
「こちらも駄目だ」
言って、押田はハンカチで額の汗を拭う。
「これだけ捜し回って見つからないというのは……まさかマリー様……事件や事故に巻き込まれたのでは……」
「それはないだろう。おそらく自ら失踪したんだと思うが」
私が言うと、押田は片眉を持ち上げた。
「安藤くん、どうしてそう判断できるんだ? 単なる勘か?」
「……そういえば、何故だろう」
あぁ、そうだ。祖父江と砂部がまったく狼狽えた様子を見せなかったからだ。
隊長の身に何かあったんなら、さすがにあいつらも――。
「て、それ、もしかしてあいつらは隊長の居場所も把握してるんじゃないのか?」
……まったく、先ほど問い詰めておくんだったな。
「あいつらとは誰のことだ」
「祖父江と砂部だ。押田くん、あいつらの連絡先を知っているだろう。電話をかけてみてくれないか」
言うと、押田は「いいだろう」と頷き、スマートフォンを操作する。
しばらくコール音が続いたが――、
「出ないな」
「仕方ない。ボカージュまで出向くか……」
押田を置いて歩を進めようとすると、「ちょっと待て!」と止められる。
「君のそういうところが良くないんだ! 安藤くん、事情を説明しないか!」
……まぁ、言われてみれば、協力を仰いだのに何も説明がないのは礼に欠いているか。
ボカージュにて二人とした会話の内容をかいつまんで話すと、押田は「なるほどな」と顎に手をやった。
「確かに二人は事情に精通している可能性がある」
「だろう?」
「しかし、それ以上の会話がなかったということは、二人にも伏せたい内情があるのかもしれない。それをわざわざ問いただすというのは、どうだろうか」
――驚いたな。
「君にも他人を慮るほどの度量があったのか」
「君は私をなんだと思っているんだっ!」
「押田くん。君は普段の言動や行いを省みた方が良い」
怒り出す押田をさておき、考える。
確かに彼女の言葉はもっともで、二人がいくら事情を知っていたとしても、問い詰めて出てくるものは何もないかもしれない。
話せるものなら初めから話しているだろうからな。
しかし、となればどうするか。
事件や事故ではない。隊長は自ら失踪したんだ。
これだけ捜して見つからないのだから、気紛れでその辺りをぶらぶらと彷徨いているというわけでもないだろう。
――――。
いや、待てよ。
そもそもの話、どうして彼女は姿を消したんだ?
「……押田くん。知っていたら教えてほしいんだが。今日、隊長は授業に出席していたのか?」
「む。ようやく口を開いたかと思えば謝罪ではないのか。失礼だな」
「そういうのは良いから、答えてくれないか」
「まったく。――授業へは出席していたようだな。複数のクラスメイトの証言がある」
失踪は、放課後からか。となれば、失踪の原因が戦車道関連なのは間違いないだろう。
――私は、決意の表情のマリー隊長を目にしている。
いくら普段の言動があれだろうと、気紛れに映ろうとも、根っこのところはなかなか変わるものではない。
あれだけの覚悟があって、戦車道の練習を放棄するような真似、するはずがないと思うのだが。
「……あぁああああ、まったくわけがわからんなっ!」
「と、突然どうしたんだ、安藤くん!」
とにかく捜すぞ。それしかない。
学園艦の中はあらかた捜し尽くした。もう候補は数少ないはずだ。
残る場所は――艦内、下層部か?
いや、彼女はあまり艦内へ降りたがらないだろう。いつだって日の光を浴びていたいはずだ。
かといって艦上にいるとは考えにくいしな……。
――まさか。
「学園艦の外へ出たのか?」
「なんだと?」
その可能性はある。確かにある。
しかしそうなってくると候補は無限に広がってくるぞ。
どうする? 艦外の捜索まで手を伸ばすか?
「安藤くん。しかし寄港日はまだ先だろう。マリー様はどうやって艦外へ出たというんだ?」
「いくらでも手はあるだろう。実家のヘリでも何でも使えるだろうし」
「ふむ。しかし安藤くん。当然、こちらもマリー様のご自宅は訪ねている」
「執事が言うに、本日、マリー様はまだご自宅に戻られていないということだったんだ」
「はたしてあの執事が嘘をつくだろうか」
「それはまた……。嘘はついていないだろうが、伏せた情報は山ほどありそうだな」
何も事情を知らないのだとしたら、祖父江と砂部以上に、彼女の実家が動いていなければおかしい。
「実家のヘリを利用していないとすれば、残る候補は――」
「……アズミ先輩?」
「ありうるな」
スマートフォンを取り出し、アズミ先輩にコールする。
待つこと十数秒、やがて応答した先輩は『どうしたの?』と言葉を発した。
「単刀直入に訊きますが、うちのマリー隊長を知りませんか」
『なにそれ。知ってるけど……て、そういう意味じゃないわよね。何かあったの?』
その言葉だけで、ハズレとわかった。
「すみません、事情は後ほど説明します。失礼します」
『あ、ちょっと!』
アズミ先輩の言葉を途中で切断。申し訳ないが、いまは長話をしているような時間はない。
「安藤くん、どうする」
「一旦、考え直しだ」
実家を利用していない、アズミ先輩の協力もない。
となれば、学園艦を出ている線はないとみて良いだろう。
だとすれば、艦上の捜索漏れか、はたまた艦内に降りたか。
――――。
「……よし。私は艦内を捜索する」
「馬鹿なっ! これから艦内を捜すのかっ!? 艦上の何倍の広さがあると思っているっ!?」
押田の言葉も一理ある。
日はすでに水平線に沈もうとしている。
今の時間から艦内をまともに捜していたら、日付が変わるだろう。
「けれど、それでも隊長がいるかもしれないなら行くしかない」
単純に、艦上の捜索漏れを期待するより、まだ捜索をしていない艦内の方が隊長の見つかる可能性は高いのだ。
なにも艦内をぐるっと一人で回る必要はない。
押田が来てくれるのなら二人がかりだし、隊長がもし仮に艦内にいるのだとすれば船舶科の連中の目撃証言もあるだろう。
不確かな情報ばかりだが、一つだけはっきりしているのは、私は必ずマリー隊長を見つけなければならないということだ。
そのためなら、骨の一本や二本は折ってみせようじゃないか。
「……まったく、まさか君に諭されるとはな」
ふいに押田が言った。
「諭した記憶などないが」
「ふん。まぁ良いさ」
言いつつ、押田はスマートフォンを取り出す。
「君は先に行くと良い。私は他のみんなに連絡しておこう。手分けして艦内を捜索するぞ」
「――お前に指示されたくはないな。私は私の意思で隊長を捜索しているんだ」
「まったく、受験組の人間は可愛げがない」
「そちらこそ」
歯ぎしりをする押田を残し、私は学園艦中心に位置する司令塔を目指して歩き始めた。
艦内に降りるのならあそこから入るのが手っ取り早いと、いつかに聞いた覚えがある。
夕暮れのなか一人で司令塔へと向かう生徒が珍しいのか、通り過ぎる人たちからは怪訝な目を向けられる。
そんな目には慣れているもので、私は構わず足を進めた。
――やがて司令塔へと辿り着き、入り口に設置された急勾配の階段を上がって、そっと艦内へと入る。
狭い通路をぽつぽつと歩けば、人気は少なく、もしかして無人なのではと思わせるほどだ。
数分歩いて船舶科の人間とすれ違った時には少し胸を撫で下ろした。
「やあ、人捜しをしているんだが、この辺りで普通科の生徒を見かけなかったかい。髪の毛を巻き上げた、お嬢さま然とした子なんだけど」
そう訊いてみたは良いものの、「見てないですね」とあっさり答えられる。
すぐに見つかるとは思っていない。当然だ。
めげずに、生徒とすれ違う度、声をかける。何度も何度も。
けれど答えは全てノーだ。隊長は見つからない。
歩き疲れて、段々と足も重くなってきた。
「……さすがに心が折れそうだ………………ん?」
ふいに、鼻孔をくすぐる何かがあった。
どこか懐かしく、親しみ深い感覚。
すんすんと匂えば、なるほどそれは――、
「蕩けるような、甘い香りだ」