「……あー、こうしてただボケーッと消えるのを待つのも退屈だなぁ」
ここに、勝敗は決した。
ニューヨークとアーカム、生き残るべき世界をかけた決戦の敗者は、一面の星空と化した異界の空を眺め、その言通り退屈そうに呟く。
無尽に湧き出す外宇宙の生命体と神性、それを迎え撃つ人間の英知、近代兵器の群。
勝利の栄冠は、人でなく神に輝いた。
その決定打は、ニューヨーク異聞帯の一大拠点、繁華街を逆侵攻により壊滅させられた事だった。
重要拠点の破壊による生産能力の奪取。
それは皮肉にも、ニューヨーク異聞帯が成立した年代に汎人類史のアメリカが勝利した大戦、その決定打となった一要素といえる戦略爆撃と同様の手法である。
「おいフレディくん、どうせ残された時間も少ないんだ……」
「一緒にウォッカでも飲まないかい?」
戦意を失い、重撃をその身に受け、致命傷を負ったニューヨーク異聞帯の王、ルイス・バカルターは力無く地面に体を預ける。
その身は彼の生きた街のルールに従い、徐々に崩れ通貨へと化していく。
そんな死に体の彼が呼びかけたのは、これまでの戦いを共に戦ったクリプターだった。
「は、はは……そういえばいつも断ってたよね」
それに答えたのは、蚊が鳴くような弱弱しい声。
ニューヨーク異聞帯に流れ着き、ここまで戦い抜いたクリプター、フレディ・メイウッド。
彼もまた、体に空いたいくつもの穴から血を流し、地面に横たわっていた。
「……たまにはお酒に付き合うのもいいかも?」
腕一本で体を引きずり、ルイスの傍まで亀の歩みのようにゆっくりと動くフレディ。
てっきり断られると思ったよ、と目を細めながらルイスは微笑む。
「いいね、それでこそ我がニューヨークのクリプターだ!」
ぐいと一杯煽った後、ルイスは大げさな声と動作と共に瓶を差し出す。
それを受け取り、数秒困惑した後で、フレディは意を決したようにそれを口に含み。
「げほっごほっ!」
「アハハハ! 初めてのお酒には刺激が強すぎたかな?」
思いっきりむせるフレディと、そうなるだろうとわかっていたので笑うルイス。
「ゴホッ……」
「おいおい、悪かったよ。そんなムキにならなくても……」
もう一度、せき込む声。
別にこんな時に負けず嫌いなんて発揮しなくていいのに。
そうルイスは苦笑してフレディを止めようとして、改めて彼の方を見る。
「……あはは、ごめん」
王と同じように苦笑するフレディ。
しかし、彼がむせたのは再びウォッカに挑戦したからではなく。
地面に散らばった、赤色の飛沫がその理由を物語っていた。
ひゅう、ひゅうという浅い呼吸が繰り返される音。
わかっていたことではあるけれど、もう長くはない。
幾度となく見た、死に瀕する人間の姿だ。
いくつもの世界を滅ぼしたこの英雄様も、成り上がるために数えきれない程殺して来た同類共も、こうして同じように息絶えていくのだ。
それをルイスは少しだけ皮肉に思う。
「それにしても、キミが酒に付き合ってくれるとはね。それも、ボクみたいな奴にさ」
少しだけ、自嘲するように。
苦しみから意識を少しでも離してやれるように。
しみじみとルイスはフレディに語り掛ける。
「ちょっとだけ、悪い子になっちゃったのかい?」
そして、いつものような、彼をからかっていた時と同じ笑顔で尋ねてみる。
会った最初は、フレディが悪に染まる様を見て楽しんでやろうと思っていた。
今ではあまり思わないが、その時の意地悪い考えが少しだけ首をもたげる。
「……いや、普通ならこんな時でもお酒なんて飲もうって思わないよ。それも、悪党から渡されたのならなおさら」
そんな問いに返ってきた答えは、予想していたそのままで。
こんな時でも生真面目だねキミは、とルイスは笑う。
「だったら…どうして付き合ってくれたんだい?」
それは当然の質問だった。
死の間際でも未成年飲酒という彼の思う悪にはみ出ようとは思わず、それを提案したのが悪党であればなおさら。
フレディの言葉を見れば、ルイスの最期の酒に付き合ってやる理由など何一つ無かった。
しかし現にフレディはこうして共に最期を迎えようとしている。
何故なのか、と聞くのは当然だ。
ルイスはこれまで、フレディの考えを手に取るようにわかっていた。
所詮は20にもなっていない若造だ。
その自分には到底理解できない愚かしい正義感も、良くも悪くも純粋な性根も、戦いと共に育った信念も、彼はずっと見届けてきた。
でも、今だけは見えなかったのだ。
思いがけずであるが、中国異聞帯攻略の時に、フレディに自分の底を晒してしまった。
悪人ではあれどにこやかで優しい王という仮面ではなく、彼を世界間戦争の道具として利用しているだけの犯罪者である自分を。
そんな自分に最期までフレディが付き合ってくれる理由がわからなかった。
この状況になって、自分の銃を拾われて撃ち殺されるなんて最期もあるんじゃないかと思っていた。
「そんなの、当たり前だよ」
微かな困惑を笑顔で隠す王を、見透かすかのように。
フレディは穏やかに笑う。
そして。
「あなたと最後に過ごす時だからだよ、親友」
その答えは、彼が想定していたものとは全く違って。
思わず、目を普段よりも見開いたルイス。
「フレ――」
その言葉の意味を問おうとして、フレディの顔を見て。
その問いに答えが返ることはないのだと理解して、言葉を止める。
思えばルイスが純粋に驚くところをフレディは見た事がなかった。
宇宙的存在に対する恐れ混じりの驚愕や錯乱に近い状態こそあったが、飄々とした彼が普通に驚くところは見た事がなかったのだ。
これまで振り回されてばかりだったけど、ようやく少しだけ仕返しができた気がして、思わず頬をほころばせてしまう。
ただ――
「……」
――閉じゆく意識と視界の中で一瞬だけ見えたその表情はあまりにも朧げで。
ああ、王様のそんな表情、祝勝会の席で見てみたかったなぁ。
そんな事を考えながら、正義を求めた少年の意識は、守りたかった世界と大嫌いな親友より先に、無に呑まれた。
「フレディくん……君は、本当に愚かだよ……」
君にはこれは似合わないね、とウォッカの瓶をフレディの手から拾い上げた、直後。
彼の手は崩れ、コインと紙幣へと変換され散らばる。
支えを失った瓶が地面に落ち砕け、少しだけ残った中身が地面へと広がりアルコールの匂いを立たせる。
まあどうせ独りで飲む気分でもなかった、別にいいやと目を地から空へと移す。
「ああ、でも……」
自分のような人間に最後まで付いてくるヤツなんて、いないと思っていた。
万が一にもいたとしても、自分に寄ってくる同類の連中なのだろうとも思っていた。
それが、まさかあんなお人よしの善人だなんて。
まったく、運命とは皮肉なものだ。
「そう呼ばれるのは、悪くない気分なんだね」
肉体が崩れ落ちる、刹那。
悪徳の街を作り出し頂点に在り続けた王は、善も悪もない、無邪気な子どものように笑った。
― 空想断絶 ―