異聞帯系企画SSまとめ   作:子無しししゃも

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シュメアス戦、決着後のSSです


シュメアス戦――手向けの花を

 イラク異聞帯の大洋は、珍しく嵐が止み風も凪いでいた。

 

 ごくわずかな地上から数十キロは離れたなにも無いその海上を、イラクの王は独り歩く。

 

 

 

「遅くなって しまいました」

 

 

 

 休みなく海上を歩き数時間、ある一点に辿り着いて彼女は足を止める。

 

 この辺りは本来、あまり水深が深い海域ではない。

 

 だが、その海底は先日と比べ地殻変動でも起こったかのように抉られ、海面からでも見て取れる無残な傷跡を晒している。

 

 

 

 そして何よりも、遮るものが何もないこの海洋において王の神殿の基柱を除き唯一、聳え立つものがここには存在した。

 

 そっとそれの一端に触れ、空を見上げるイラクの王。

 

 その視界には、基礎部が海に横たわる形で、それでもなお伸ばされた構造の一部が天を覆うほどの巨大な物体が。

 

 何らかの現代アートか建築物としか思えないそれ。

 

 

 

 これが一個体の生物の骸であると、事情を知らずに見て理解できる人間がいるものだろうか?

 

 

 

 アステカ異聞帯の支配者、怪王ツィツィミトルの亡骸。

 

 数日前にこの世界を襲った星喰いの災厄は、今はもう動く事なくその体を海に浸していた。

 

 

 

 二つの世界の激突が終わり、イラクの王はその傍に、アステカの王が地球で使っていた体……娘の亡骸を葬った。

 

 それから、被害の確認と復旧、民の被害を回復するための次の『海嘯』の準備に数日。

 

 ようやく時間が空き、彼女は今この場所にやって来ている。

 

 

 

 目的の……手向けの品を、その手に持って。

 

 

 

「あなたが 地上を見た記憶に 少し映っていた だけだったから」

 

 

 

 彼女は目を閉じる。

 

 思い返すのは、星を渡る超越種の怒りと血に塗れた過去。

 

 アステカの王との交戦で彼女の肉体の一部を食らい、そこから記憶を完全ではないものの垣間見た。

 

 ……攻撃の手が鈍ったのを、覚えている。

 

 永遠に平穏が続くかと思われたこの世界を食い荒らす怪物なのに。

 

 愛する子どもたちを殺す、憎むべき敵であるのに。

 

 

 

 それは、もしかしたらの自分自身の姿に思えてならなかったから。

 

 同時に、自分が彼女のもしかしたらの姿であるように思えたから。

 

 頭の端に浮かんだその考えが拭えなかったのだ。

 

 

 

「ちゃんと作れていなくて 変な形だったら ごめんなさい」

 

 

 

 少しだけ開いた藍の瞳に悲哀の色をにじませた後。

 

 謝罪の言葉と共に、イラクの王は手向けの品をもうここにはいない誰かに見せるように持ち上げてみせる。

 

 

 

 

 

 わたしの世界には存在しないものだったから、あなたの記憶に加えてわたしの娘に話を聞いて再現しました。

 

 あの子も、そこまで詳しく知っていたわけではなかったけれど。

 

 

 

 それでも、これが最も相応しいように思えたのです。

 

 

 

 

 

 長い長い命のうちに、一度しか実を結ばなかった、あなた。

 

 

 

 

 

――生涯でただ一人の娘が誰かの元に行くのは許せなかった。

 

――地球の劣性に惹かれるなど、なんという恥知らずだ。

 

 ただ二柱だった星の民としての、気高い超越種の、あなた。

 

 

 

 

 

――自らの孤独が際立つのが嫌だった。

 

――自らの娘を羨ましいと思いたくなかった。

 

――…………自分の愛した子が、離れていくのが嫌だった。

 

 だからこそ自分の奥底にあった繊細な心に気付けなかった、母親の、あなた。

 

 

 

 ただ一度だけ花を咲かせて……散ってしまった、あの子。

 

 

 

 そんなあなたたちに、手向けるには。

 

 

 

「それと 最後の あの言葉 本当ですよ?」

 

 

 

 自分の世界を荒らし子どもたちを食らったあなたを恨んでいる。憎んでいる。

 

 でも、それだけではない。

 

 純然たる生命と生命の闘争、生存競争の勝者として、彼女の命を奪う時に伝えた言葉は紛れもない本心だった。

 

 

 

 同じ古き母なる神として、星の海の民として、もし、■があったなら。

 

 その時はあなたと――。

 

 

 

「……これくらいに しておきましょうか」

 

 

 

 それだけを伝えて、イラクの王は苦笑して言葉を止める。

 

 あの戦いで意思が通じる事はなかったけれど。

 

 あなたはきっと、長い話はあまり好きそうではない気がしたから。

 

 それでも、かつてこの世界にあった空の星を全部数え終わるくらいの、とても長い話になると思うけれど。

 

 

 

「おやすみなさい」

 

 

 

 短い別れの言葉と共に、イラクの王は手の内にあるものをゆっくりと足元の水面へと離す。

 

 

 

 

 

 穏やかな、風の無い凪の夜だった。

 

 どこまでも続くように見える、果てのない大洋。

 

 それはまるで、空を満たす星の海を写し取ったかのようで。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな茫漠とした、独り歩むにはあまりに寂しい世界に、淡い黄の花が二輪。

 

 そっと寄り添うように揺れ近付き、そして水底へ静かに沈んでいった。

 

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