シュメルVS太平洋戦の前
「そうか……太平洋に赴くのだな」
「はい 彼女たちの 答えを 確かめるために」
エジプト異聞帯中枢部、王の住居にて。
この世界を統べる王とその友邦、二柱の神は言葉を交わしていた。
「彼の異聞帯は僕がこの同盟を持ちかけた理由の一端である故、思うところがあるな」
「懐かしい ですね」
イラク異聞帯の太平洋異聞帯への侵攻。
イラクの王が同盟相手である彼に伝えに来ての会合。
そこに至り、エジプトの王はどこか遠くを見るような目で語る。
自分が彼女の世界に、共同戦線を持ちかけた理由について。
「其方を同盟相手に選んだ理由は、以前に話した通りだ」
「ただ、少しだけ私情もあった」
「私情 ですか」
国に関わる大事に私情を挟むなど褒められた事ではないのだが、と彼は苦笑する。
「『初めから神として在るものと話をしてみたい』と思ったのだ」
「……」
意外そうに、イラクの王は言葉に耳を傾ける。
それは、神として世界を統べる者という一見似通った身に見える両者の、大きな違いだった。
イラク異聞帯の王、女神ナンム。
宇宙創成、始まりの時より神で在り続ける存在。
「僕は、最初から神というわけではなかった」
だが、エジプトの王は違う。
彼は元々、人として生を受けた身であった。
「自分の在り方に悩んだ日もある。だからこそ、そう考えてしまった」
だから聞いてみたい。
元から神であるという事は、どのようなものであるのか。
「不思議な ものです」
「貴方とは 真逆なのに わたしもまた 自分の在り方に 苦しみ続けているのです」
そして、それを考えていたのはエジプトの王だけではなかった。
「だから 純然な神でもない 人でもない 同時に どちらも併せ持つ あなたと 話してみたかった」
同盟が結ばれる前、イラク異聞帯の内部でそれについての議論は荒れに荒れた。
太平洋異聞帯の外交戦略により、どの世界が彼らの隠れた協力者なのかわからない状態。
特にイラク異聞帯は太平洋異聞帯からの宣戦布告を受けている。
そんな状況で同盟を持ちかけてくる異聞帯など、あまりにも疑わしい。
状況を鑑みれば、信用し難い相手だろう。
結局、同盟は締結された。
最後には、イラクの王が相手の王を見て決めた事だった。
「そうだったのか? それは思いもしなかった」
「産まれながらの神というのは、在り方に悩む事などないのだろうと」
意外だ、と驚くエジプトの王に、イラクの王はそうですか? と首を傾げる。
「ふふ 意外と そうでもないのですよ?」
「そうか、やはり話してみたいとわからないものだな」
神である。世界の支配者である。
でも、わからない事はいくらでもあるものだ。
その事実がおかしくて、互いに、笑って。
「……時間を取って悪かった。其方にも戦の準備があるだろう」
「気にしないで ください わが子の激励 とても 嬉しかったですよ」
戦の前の忙しい時期に悪かった。
その謝罪に屈託のない笑顔を返し、イラクの王は背を向ける。
「そうです 一つだけ 伝えねばならない 事が」
「うん?」
だが、即座に振り向く。
大切な事を忘れていた。
別れの挨拶の代わりとでも言うように、イラクの王は語る。
「神としての在り方に ついて」
いずれ戦う事になる相手だ。
だがもしも、最後に生を勝ち取ったのが彼ならば。
神の先達として、自分のような後悔をしないでほしいと、そう考えて。
「あなたが 天に君臨する 神であろうと するならば そのまま 歩み続けるといいでしょう」
「きっとあなたは それでも 良き神になれます」
この私のように、とイラクの王は真剣な眼差しと共に語る。
自賛など、彼女にしては珍しいとエジプトの王は内心で思う。
「でも」
だが、それはどこか酷く空虚な、自嘲するような感情に塗れていた。
「私は 今のあなたを 輝かしいと 思うのです 不完全な神の あなたを」
次に吐き出されたのは、意外な言葉。
眩しいものを見るような目。先ほど以上に、真摯な表情。
星の海そのものを血肉とする彼女も、陽光に目が眩む事があるのだろうか?
「もし 神と成ってなお 人の子の傍で 共に 在り続けたいならば」
「……どうか どうか」
だが、次いだ言葉で。
ああ、違うのだとエジプトの王は理解する。
「貴方に残る 人の心を 手放さないで」
「それは 最初から神として 完成された存在には無い 宝なのです」
彼女が眩く思ったのは、陽光ではなく──
寂しそうに微笑むイラクの王の目を見て、エジプトの王は静かに一度、首を縦に振る。
「……わかった。盟友の、先達の意見として、参考にしよう」
「ふふ 母の意見としても 参考にして いいのですよ」
いたずらな子どものような表情を浮かべるイラクの王に、困ったような笑顔で答えるエジプトの王。
人であっても神であっても、他の世界の王であっても。
宇宙の創造主である彼女にとっては愛しい子である。
だが一方で、彼にとっては一つの世界を統べる王として対等でありたい存在。
それは、友邦でありながら断絶した、思考の差だった。
「……僕はただ、盟友として其方たちの勝利を信じている。今日伝えたかったのはそれだけだ」
「ふふ ありがとう」
最後に残った二つの世界として、どちらの思う関係が正しいものであったのか激突する未来が訪れるのだろう。
両者は、そう信じている。願っている、と言ってもいいだろうか。
「それでは またしばし お別れです」
「前の 祝勝会は とても楽しかったので また やりたいですね?」
「うん、そうだな! あれはとても楽しかった」
「是非ともまた、次はもっと盛大にやるとしよう!」
互いに、神という超越者とは思えない世俗的な会話を交わして。
数秒の後、イラクの王の姿はかき消える。
神として永劫の昔より在り続ける王と、人から神に成った者としてこれからも育っていく王。
彼らの最期の会話は、こうして終わった。