異聞帯系企画SSまとめ   作:子無しししゃも

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シュメルVS太平洋、敗戦後のSS
和さんと邪神ちゃんの話


シュメル太平洋戦――自存の源

 薄ぼんやりした暗闇が無限に続く空間。

 イラク異聞帯、原初の海の精神世界で、彼女は「おや」と小首をかしげた。

 直後に空間が捻じれ、一人の人間が姿を現す。

 

「居眠りですか? それとも気絶?」

 

 人間……イラク異聞帯のクリプター、宮寺和に、少女は食事内容が鶏か牛どちらがいいか聞くように、軽い調子で尋ねた。

 

 現実世界で意識を失った際に辿り着ける領域だ(なお少女は和が意識を失っている時に一定確率で勝手にこちらに来るように自分の権能で操作している。非常に迷惑)。

 さて今回の理由はどちら? という毎度の質問である。

 

「どちらにせよ、随分と血まみれになってしまってご苦労様です。勝てましたか?」

「……いいえ」

 

 傷を負っている和を見ての淡泊な労いの言葉に、和は戦いの結末を告げる。

 イラク異聞帯は太平洋異聞帯に敗れ、この世界は遠からず虚数へと消え失せるという事実を。

 

「ほうほう、それは残念」

 

 大して感慨もない様子で、神は適当な相槌を打った。

 和は彼女がそういう性格で、そのような存在なのだと知っている。

 

 ここではない、外宇宙の神。地球に顕現したところをナンムと争い、取り込まれた敗者。当の本人が、最初にそう語っていた。

 

「それじゃ、貴女は太平洋に行くんですね。お土産話、あの世に来たら聞かせてくださいねー」

 

 あなたに聞かせてもらった話だけでも、飽きなさそうな場所じゃないですか。

 あっちもオアンネスくんみたいな魚いるんでしょ? そういうブームなんですかね?

 

 少しだけ楽しそうに、神はぺらぺらと軽薄に語る。

 彼女はいつもこのような調子だった。

 ナンムの精神世界で意識を保ってはいるものの、やる事はと言えばたまに外界を観測できる程度。

 

 ナンムと契約している関係なのか、クリプターである和だけがこの退屈極まりない住居に足を踏み入れる事ができる客人だ。

 この人間に外の世界の話をあれこれ聞くのが、五千年の退屈の中で初めて得た楽しみというものだった。

 

「いいえ」

 

 だが返ってきた否定の返事に、彼女はきょとんとした顔を見せる。

 

「ナギ、あなたの生きた時代に一番近いのは太平洋だと言っていましたよね? 他の世界の方がいいのですか? ルーマニア? イランとか?」

 

 心底意外そうに、神は候補を挙げていく。

 目の前の人の子の選択など、最初から理解の外にある様子で。

 

「私は、この世界と……王と、最期を共にします」

 

 だが、静かに微笑む和が語った結末。

 

 瞬間、空気が変わった。

 間を置かず、透明な精神世界の足場が一面の肉塊の海へと変じる。

 まるで何かから目を逸らすように、能面のような無表情を浮かべた少女は、和に背を向け。

 

「アハハ、ハハ! 地球の生命は、神は滑稽ですね!」

 

 おかしそうに、体を震わせて笑っていた。

 

「我が子を守りたい、などと必死に願って、外なる宇宙の怪物を食らってまで生に縋りついて!」

 

 彼女は邪悪な怪物だった。

 地球の生命を食らい、代わりに自身の落とし子を繁栄させるために地球にやって来ていた。

 

「そんな事をほざいておきながら、唯一滅びを逃れさせてあげられる子すら破滅に巻き込む!」

 

 だから、この世界が滅ぶと聞いて、心底楽しいのだろう。

 

 ……とは、彼女を見続けてきたクリプターは、考えなかった。

 

「これが、私が託した命の果てか。何とか言ったらどうだ、ナンム!!」

 

 その感情は、嘲笑ではない。

 並みの神霊では及びが付かぬほどの魔力の濁流を伴った、憤怒。

 肉塊の海が沸騰する中で、少女の姿をした始原が精神界の虚空に叫ぶ。

 回答は、無かった。

 

「こんなザマになるなら、最初から私に食われておけばよかったのに!」

 

 心の底にあったのは、深い失望。

 

「私が代わりをやっていたら、子ども達を狂った輪廻に巻き込む事なんてありませんでした!」

 

 地球の支配権を争い敗れた、生命の母たる神である彼女。

 だが、己を食らい世界を存続させた相手が、子を愛しその存続を願う、同じ母なる神であったという事実が、どれだけの慰めになった事だろうか。

 

「戦争になろうと、他の世界など一捻りにしてやりましたよ!」

 

 暗闇の世界で永遠を過ごす自分に、接触してきた人の子。

 肉体を失ってこの世界で得た仮初の器が、人に寄りすぎているせいだろうか。

 下等生物に心を開いているなどと認めたくはなかったが、しっかりしていて、でもどこか不器用な彼女に我が子に向けるような好意を抱いていた事は否定できない。

 

「それに……それに!」

 

 振り返る。

 目の前にいるのは、人の子。

 神の生きる永劫と比すれば、瞬き一度にも満たない時間で朽ちてしまう、脆弱な個。

 これから終わってしまう、命。

 

「……あなたを、死なせたりはしなかった」

 

 ナンムの写し身のような姿が、和を抱きすくめる。

 

「ルーラー……姪の臭いがするアイツを脅してでも、あなたの意識を奪って相手に引き渡してでも、全ての手を尽くして貴女を生かしてあげた」

 

 弱弱しく、だが途切れる事はなく語り続ける。

 それが無意味な仮定なのだと、未来は何も変わらないのだと理解した上で、それでも言葉が溢れて止まらない。

 

 ナンム、愚かなナンム。あなたの母としての情だけは信じていたのに。子に死を選ばせるのか。

 

「違いますよ」

 

 その嘆きを、ナンムが最悪の選択を行った事に対する怒りを、和は否定する。

 

「王は、私にこの結末を許してくださいました。……かつて縛られていた私に、自由に選んでいいと言ってくれた」

 

『あなたに 最初に 言いましたね “この世界で自由に生きていい” と』

『その約束を 本当の意味で 果たしましょう』

 

 戦いの前に王に告げられた言葉を思い出す。

“自分が幸福と思える結末を、自分で選んでほしい”と。

 それが悩みに悩んで出した結論であった事を、知っていた。

 

「理解、できない。……あなたを縛り付け憎まれようと、生きて、くれるだけで」

 

 呆然と立ちすくむ少女。

 子に死を許す親。

 それは、生命の神として到底理解できない思考だった。

 

「ありがとう。あなたも、王と同じで優しい人です」

 

 呻く神に、和は静かに感謝を告げる。

 

 悩み続けて、自分に死の選択肢を許した王。

 子を縛り付けてでも、生きてほしい彼女。

 

 どちらも、正しいと思ったから。

 結論は違えど、どちらも自分のためを想ってくれているのだとわかっているから。

 

「……そうですよ。しかもナンムより私の方が優しいのです」

 

 撫でるように、少女は和の傷に触れる。

 人間は脆弱だ。その上、痛覚などという余計なものまである。

 今も、この子は苦痛に苛まれているのだろう。

 だったら、自分が贈ってやれるものは。

 

「だから、せめて痛みなく眠れるようにしてあげます」

 

 思案し、結論を出した彼女の言葉と共に、足元の肉塊がぴたりと動きを止める。

 次いで、この空間全体が真白に揺らいでいく。

 同時に和が感じ取ったのは、自分の意識が薄らぐ感覚。

 

 ここで意識を手放せば、なんの苦痛も無く終われるのだろう。

 もう二度と目覚める事もないのだろう。

 地球生命が嫌いな神の、せめてもの慈悲。

 

 でも。

 

「ごめんなさい。帰る場所が、あるんです」

 

 自分の終わりはこの場所ではない。

 謝罪の言葉と共に、空間の揺らぎが止まる。

 

「……そう。フラれちゃいましたね」

 

 有無を言わせぬ否定に、薄々わかっていた、と神は弱弱しく頷いた。

 見れば、和の体は徐々に透明になっている。

 意識が浮上しかけているのだろう。

 

「いってらっしゃい」

 

 まるで、出かける子を送り出す親のように。

 世界の侵略者には似つかわしくないと本人でも思う、穏やかな声色だった。

 

 せめて最後に母親ごっこくらいさせてくださいよ。

 どうせ、いいところはこれから全部あなたが持っていくんですから。

 聞こえてはいないだろうけど。

 己を喰らった神に向けて、彼女は皮肉交じりに呟く。

 

 

「寝坊助の兄じゃないですが、夢でもひとつ見るのだとしたら」

 

 この空間から去っていく愚かな下等生物に、ひらひらと手を振る。

 次ぐ言葉は、彼女には聞かれたくない。そう思って、言うのを遅らせた。

 

 ナンムもあの子も、自分には理解しがたい選択をする。

 ……本当に腹立たしい、地球の生物。

 苦笑しながら、濡れた顔を袖で拭って。

 

「あなたといっしょに、この世界(子どもたち)のために戦いたかったなぁ」

 

 地球の生命を眺め続けていた外宇宙の神は、一つだけ、溜息を付いた。

 

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