異聞帯系企画SSまとめ   作:子無しししゃも

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シュメプト同盟、戦闘IFです
プロローグ


シュメプトIF戦闘――溟渤に陽の昇る

「静かな海 すてき ですね」

「うん、全くだ!」

 

 まだ日も登っていない、夜と朝の境目の事だった。

 穏やかに波が寄せる海を眺め、ふたりの王は笑顔を交わす。

 

 イラク異聞帯の王、ナンム。

 エジプト異聞帯の王、トゥトアンクアメン。

 両者は同盟を結び、この生存競争を勝ち抜いてきた。

 

 そして先日。

 残り二つの世界になった時に立ちふさがったのは、汎人類史の神、全神パーン。

 両異聞帯の戦力だけでなく、生を選んだ魔術師たちも交えた協力と死闘の末、かの神を破り。

 

 そうして迎える事ができた昨夜、この生存競争が始まってから何度目かの祝勝パーティの余韻は、今もまだふたりの王の中に残っている。

 

「本当に みなさん がんばってくれました」

 

「ああ。誰一人欠けても勝てない戦いだっただろう」

 

 などと言いながらも二人の王の脳裏に激戦の記憶より昨日のパーティの記憶が蘇るのは、それだけ各々の関係が深くなった証左なのだろうか。

 

 まだ完全にふたりを分かつ溝が無くなったわけではないが、少しずつ距離を縮め分かり合えている親と子。

 生きる事に何より真摯な、兵士だった少年。

 死の世界で戦った末、生を選んだ死霊術士の少女。

 二度故国を失い、ふたつの家族との想い出を抱え生きる少女。

 夢の中でかけがえのない人との再会を果たし、少し成長した少女。

 愛する人の死を抱え、それでも強く生きようとする青年。

 

 戦いに巻き込まれた彼ら彼女らがこうして無事に在って笑ってくれている事に、ふたりの王は安堵していた。

 

「改めて礼を言おう、異邦の女神よ」

「わたしからも お礼を 言わせてください」

 

 そして何より、目の前の相手に対する感謝の気持ち。

 自分の世界だけでは、今この場に立っている事はできなかったかもしれない。

 ふたりは、互いの奮闘と変わらぬ友好をたたえ合い。

 

「其方は、かけがえのない盟友だ」

「ありがとう 愛しい わが子」

 

 同時に出たのは、相手を指す異なる言葉だった。

 人から神になった若き王が、原初より神で在り続ける古き王が、お互いの顔を見て困ったように微笑む。

 

 戦いの序盤より友邦としてこの戦争を駆け抜けてきた。

 親交を温め、絆を深めてきた。

 それでもなお、決して譲れぬものがある。

 

 トゥトアンクアメンにとって、ナンムとは同盟相手である。

 同じ神という存在として、対等に並び立ちたい関係。

 

 ナンムにとって、トゥトアンクアメンとは愛しい我が子である。

 神であろうと人であろうと、宇宙の始まりの母からすれば、平等に庇護の対象だ。

 

 その認識の差は、決して埋まる事はない。

 神としての在り方が、天と地ほどにかけ離れてしまっているのだから。

 しかし、だからこそこの場においては相応しいのではないか、と両者は考える。

 今日、どちらの認識が正しいものであったのかが、この上なく簡単な方法で決まる。

 

「ああ、あと少しで決するのだな」

「はい 選定の 時です」

 

 これまでに十の世界が虚空に消えた。

 数多の屍と想いの果てに、ふたりの王はここに立っている。

 

 

「「どちらが、生を紡ぐ事叶う世界なのか」」

 

 そして今日、最後に生き残る世界が、最後に滅ぶ世界が、決まる。

 

────

「ふふ、貴殿とは以前より気が合うと思っていた」

「奇遇ですね、私もですよ」

 

 空っぽになった市街地の中央通りに、二人の男が立つ。

 伸ばした髪で左目を隠した青年、エジプト異聞帯のキャスター、イムホテプ。

 神官服に身を包んだ大柄な男、イラク異聞帯のルーラー、ウル・ナンム。

 

 両国の政治家としての立場を持っていた彼らは、共に裏方としてこの戦争を駆け抜けた戦友である。

 軍略においてイムホテプより勝るウル・ナンム。

 医療技術についてウル・ナンムより勝るイムホテプ。

 

 互いに相手より勝る知識を共有しあい、互いの得意分野である建築について語らい、時に持論を戦わせ。

 さらには戦後処理や癖の強い両勢力の仲裁という仕事をこなし、苦労人という共通点を持っていたこのふたりは確かに友であったのだろう。

 

 命の奪い合いの戦の前というには、実に穏やかに両者は笑顔を交わし合う。

 戦闘の前に握手でも、とでも言いだしそうな和やかな空気の中。

 

――壮絶な破砕音が、周囲一帯に響き渡った。

 

 突如として、ふたりの周囲の市街地、その家屋が次々と倒壊する。

 土煙が立ち登り、二人の視界を覆い隠す。

 

 その煙の向こうには、ぎらりと光る無数の眼光。

 

「ふむ」

「さて」

 

 だが、まるで既定路線だとでも言うように両者は動じない。

 杖を構え、天に手をかざし。

 

「『月輪の複合神殿(エ・テメン・ニグル)』!」

「『静謐の石塔』!」

 

 二人が己の宝具の名を叫んだのは、同時だった。

 町の西部より、巨大な神殿が立ち上がる。

 町の東部より、三角の石塔……ピラミッドが姿を現す。

 

「ふ、ハハハハ!」

「ぷ、ふ、ふふふ」

 

 そこまで来てこらえきれず、二人は笑いだす。

 土煙は晴れ、その彼方にいた眼光たちはすっかり姿を晒していた。

 二人の周囲を取り囲むのは、オアンネスくんの群れとエジプトのクリプターにより再編された人造兵士の群れ。

 そして、町の東西には両軍の兵士に加護を与える神殿とピラミッド。

 

 この混迷の状況の説明は、実にシンプルだった。

 両異聞帯の戦士である以前に、両者は政治家である。

 戦争とは、位置についていざ勝負、などという単純な武と武のぶつかり合いで決するものではない。

 

 戦いが始まる以前より、相手を確実に仕留めるために万全の準備を整えていたのだ。

 

「ああ、本当に我々は──」

「──気が、合いますね」

 

 何も戦士として武器を手に殺し合うだけが戦争ではない。

 異聞帯の宰相である彼らは、その事実を痛い程に理解している。

 

 そして、直接に矛を交える事なき彼らの戦が始まる。

 

────

「……ここに至り私が確実に勝つ、などとは驕るまい。だが、一つ聞かせてくれ」

 

 砂塵が舞う砂漠の中で、二人の戦士が相対する。

 少し言葉を選びながら問いかけたのは、二又の大槍を携えた赤髪の女性だった。

 イラク異聞帯のランサー、ラハム。

 

「御託は不要だ。さっさと言うがいい」

 

 どこか気遣うような声に不遜な言葉と声色で答えたのは、褐色の肌を大きく晒した少女。

 エジプト異聞帯のライダー、トトメスⅢ世。  

 

「……別れの挨拶は、済ませたか?」

 

「貴様には関係の無いことだ」

 

 ちらりとあらぬ方向に目を向けるラハムの言葉を、トトメスは冷たく切り捨てる。

 ラハムが見たのは、生存している他世界のクリプターたち、そして避難した民たちが集まっている戦闘区域の外にある街だった。

 

 そして、避難している民の中には、トトメスと連鎖的に召喚された彼女の義理の母親、ハトシェプストも混じっている。

 

「あるとも」

 

 素っ気ないトトメスへと返されたのは、真摯な目線。

 深い後悔と、悲しみを湛えた。

 

「弟を亡くしたよ。なんの前触れもなくな」

 

「……」

 

「大事な人に最期の言葉すら遺してもらえないのは、想像よりも堪えるものだぞ?」

 

 そう、言うものの。

 すまない、貴公には貴公の関係性があるのだろうな。余計なお世話だったか。

 と直後に謝罪を連ねるラハム。

 

 荒々しい戦士であり神であるのに、変なところで繊細だな。

 そんな事を考えながら、やれやれ、とあきれた様子でトトメスは首を振り、少し考えて。

 

「……この戦に臨む前に、話はしている。余計な気遣いは必要ない」

 

「そうか。私は無駄な事を言ってしまったようだな」

 

「ふん。シュメールの神は随分とお節介なものだ」

 

 ふ、と微笑み、ラハムは槍を構える。

 険しい表情をほんの少しだけ和らげて、トトメスはラハムに背を向けて数歩の距離を取る。

 

 死線に臨む戦士に、それ以上の言葉は、それ以外の思考は不要とでもいうように。

 開戦の合図を待ちながら、殺意と殺意が交差する。

 

────

 

「わが子 頭が高いですよ 跪きなさい」

 

 空に浮かぶ神の巨体の上に、イラクの王とクリプターはふたり佇んでいた。

 急に言われた彼女らしからぬ傲慢な王のような言葉に、クリプター、和は少しだけ困惑して。

 

「わが王、緊張されていますか?」

 

 ああなるほど、とナンムの前に跪く形で、頭の位置を下げる。

 直後、ひんやりとした手が頭に置かれた事を和は感じ取る。

 

「ふふ わたしが 緊張していると 知って 撫でさせて くれるのですね」

 

「……いいえ。王に撫でていただくのは、いつでも」

 

 嬉しい事を言ってくれるわが子に頬を緩ませながら、ナンムは戦いの日々を思い返す。

 この戦いで、彼女にはたくさんの事を教えてもらった。

 子は親に与えられるだけではないという事。

 子は親から、発つ事ができるという事。

 

「エジプトの あなた」

 

 それを踏まえて、改めて最後の敵の事を考える。

 

「あなたもまた かけがえのない わが子です」

 

 これまで彼女は、『親』という立場として戦いに臨み勝ち抜いてきた。

 守るべき自分の世界に対して、敵の王に、戦力に、民に対して。

 

「でもあなたは わたしを 母ではないと 言うのですね」

 

 くるり、と和に背を向け、ナンムはエジプトの王が立つ海岸へと目を向けた。

 愛する娘には見せたくない、おぞましい表情だったから。

 

 エジプトのわが子に対して怒りはなかった。母と呼んでくれない不満はあるけれど。

 どのような結末になっても後悔はしないだろう。

 どのような結末であれ、とても悲しいだろうけど。

 

「ああ だったら 望みどおり そう 接するべきなのでしょう」

 

 こんな顔をするのは、何千年ぶりだろう。

 そう思考して、何千年ぶりという事実に、自分は本当にこの世界を、子どもたちを愛しているのだと、彼女は再確認する。

 

「この戦いの 間だけ あなたを わが子とは 呼びません」

 

 相手がそう望むならば、それも一興というものだ。

 

「母ではなく」

 

 そして、相手が自分の世界を、愛しいわが子たちを脅かす敵であるのなら、本当はこうやって対応するのが正しかったのだろう。

 

「化物の わたしが 丸呑みにして あげますね?」

 

 潰れていた左の目が開く。虚ろの眼窩に、ぼろぼろと涙のように無数の眼球が生まれては消える。

 かつて、シュメールの神々全てを滅した時のように。

 残酷な蛇のように、最古の神が口を歪め微笑む。

 

 

 

「其方は得難き戦友だった」

 

 開戦の刻限まで、残り数分を切っていた。

 トゥトアンクアメンは、海岸線でひとり彼方を眺め呟く。

 

「おや、それは私に言っているので?」

 

「そうだな。其方も確かにある意味で、得難き戦友だ」

 

 苦笑するトゥトアンクアメンに、どういう意味ですかとこれまた苦笑交じりの声が答える。

 声の主は、彼の腰布に糸で繋がれた人形だった。

 

「……もちろん、私もそう思っていますとも」

 

 邪悪な笑顔を浮かべるその人形に、表情を間違えているぞ、と笑って指摘するトゥトゥアンクアメン。

 一度決定的な決別を経験した、自分の世界の魔術師。

 太平洋との戦いのさ中紆余曲折あり何故かこのような人形の姿になってしまったが、その精神は健在である。

 

 己のクリプターであった彼と全力でぶつかり合った。

 戦いを終え、人の姿こそ失ってしまったが生き残った彼と、何度も話し合った。

 互いに意思を確認し、結果少しはわかりあえた……と、思う。

 

 完璧な相互理解など不可能な相手である事はわかったが。

 それでもきっと、妥協点を探り合う事はできるのだ。

 

「信頼しているぞ、ジョルダン」

 

 トゥトアンクアメンの短く、しかし力強い言葉に、ジョルダンは人形の目を一瞬丸くする。

 おやおや、といういつもの態度に、少しだけ本心に近付いた柔らかさが混じっていた気がした。

 

「お任せを。輝かしい未来を掴みましょう、我が王よ」

 

 表面上は穏やかに、だが一方では仰々しく、いつものように。

 異邦の魔術師は、相も変わらず信用のならない笑みを浮かべる。

 

 

 

「原初の母。僕と共に、戦い抜いてくれた戦友よ」

 

 そして、改めてトゥトアンクアメンは顔を上げ、空を見上げる。

 死闘の舞台というには爽やかすぎるとまで思える、雲一つない晴れ空だった。

 

「其方の偉大な力を、共に戦う中で多少なりとも理解したつもりだ」

 

 だが、知っている。

 この蒼穹すら、一瞬で喰らい尽くすほどの怪物が存在することを。

 空の全てを塗りつぶし自分の世界に書き換える程の力を持っているのが、これまでを共に戦った友であり、今これから相対する相手なのだと。

 

「そして、完全な神として生まれた苦悩も」

 

 それも、知っている。

 完全な神であるという事に、どれだけの苦悩があったことか。

 彼女の苦悩と人間に対する想いを考えれば、かの世界こそが存続するに相応しいのではないか、と一瞬だけでも思ってしまったくらいに。

 

「しかし、諦められない」

 

 そして、実際に矛を交えるにしても勝ちを掴み取れる相手なのか、と尋ねられれば、はっきりと答えられる自信はトゥトアンクアメンには無かった。

 遥かなる天空、その外部領域そのものを肉体とする、最古の神。

 

 自分がこれから挑むのは、創世より続く宇宙の摂理そのもの。

 

「僕は、この世界を存続させてみせる」

 

 だが。

 力を込め、震えを止めて、彼は力強く立つ。

 たくさんのものを抱えて、彼は今この場に立っている。

 

 打ち倒してきた王たちに、其方たちの犠牲を無為にはしない、最後まで勝って見せると誓った。

 

 あと一歩で存続が叶う世界。そこに住まう、大切な民たち。

 ……何よりも愛した()に、託されたこの命。

 

「そのためならば、日輪を閉ざす闇も──」

 

 煙る水平線の彼方には、宇宙をそのまま切り取ったかのような巨鯨が浮いていた。

 そして、その体躯を中心として明け空を黒く塗りつぶしていく、原初の海という名の夜の闇が。

 

 かつてシュメールの神の(ことごと)くを、この戦争でいくつもの異聞を滅ぼした災厄に、だが彼は怯まない。

 朝日が昇る。決戦の火蓋が切って落とされる。

 

「──星の海さえも、超えてみせよう!」

 

 昼夜混じり合い荒れ狂う原初の混沌が如き海へと一歩踏み出し。

 陽光を背に若き神王が駆ける。

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