異聞帯系企画SSまとめ   作:子無しししゃも

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シュメプトIF戦闘、
プト王VSシュメル王


シュメプトIF戦闘――溟渤に陽の昇る(決戦編)

「やはり、時間をかける程に不利か」

 

 

 

 灰色に染まる海上を、神の神体へと向けトゥトアンクアメンは駆ける。

 

 道を阻むのは、原初の海の眷属たち。

 

 

 

 振るわれた杖、魔力放出によって強化された高速の一閃により、オアンネスくんが二匹同時に絶命し海へと沈む。

 

 だが、まるでその二匹と入れ替わるかのように次々と海の中から這い上がってくるオアンネスくんの包囲はより厚みを増していた。

 

 

 

 正面きっての殴り合いでは絶対的に不利。

 

 いくら太陽と冥界の権能があろうとも、天地を覆い尽くす海を干しきる事など不可能だ。

 

 

 

 加えて、長期戦、消耗戦に持ち込まれても不利。

 

 原初の神とは一つの世界そのもの。

 

 無尽に眷属を産み続け世界の魔力の根源そのものとして存在するかの神に、兵力や魔力の枯渇などという事象は存在し得ない。

 

 

 

 その事実を、トゥトアンクアメンはこれまでイラク異聞帯が関わってきた戦闘の観戦で痛いほどに理解している。

 

 

 

 ならば、とトゥトアンクアメンは事前に立てた作戦を思い浮かべる。

 

 いつか、彼女と戦う事になると思っていた。

 

 いかに倒したものか。

 

 その手段を、筋書を、彼は整えていた。

 

 

 

「『太陽の船』!」

 

 

 

 彼が名を呼ぶと同時、海中から突如として巨大な影が浮かび上がる。

 

 海上に並んでいた、トゥトアンクアメンを包囲する数十のオアンネスくんが跳ね飛ばされ海に沈んでいく。

 

 

 

 トゥトアンクアメンの宝具、夜の船。

 

 夜に冥界を旅する為の、太陽神ラーの帆船である。

 

 本来は海を旅する船ではないが、ナンムの肉体の一部、深淵のアプスーと化しているこの海であれば、何の問題なく。

 

 

 

 包囲が崩れている隙に、一気にナンム神体との距離を詰める。

 

 冥界と化した海を、オアンネスくんを蹴散らしながら船が走る。

 

 

 

『そこです』

 

 

 

「くっ……!」

 

 

 

 あと一歩。残り数秒で、ナンムの死角となる神体の直下。

 

 だが、そう都合よくはいかなかった。

 

 天に響く声と共に、船に突き刺さる衝撃。

 

 

 

 それと同時に、船が止まる。

 

 トゥトアンクアメンが千里眼で確認すれば、水底から無数の触手が船を捕えている。

 

 

 

 そして、動きを止めた船に、嵐のごとく水の砲撃が襲い掛かる。

 

 上空のナンムの神体から生えた、幾十もの竜の首。

 

 それが一斉に、砲火を放ったのだ。

 

 

 

 水の災厄による洗礼を受けえぐり取られ、船が破損する。

 

 太陽神ラーが旅に用いる船だ、流石の強度といえるだろう。

 

 

 

 だが、動きが止まってしまえば。

 

 数十、数百という数のオアンネスくんが、船に殺到し乗り込む。

 

 乗り手である、トゥトアンクアメンを引き裂くために。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 船を見下ろす神の背の上。

 

 オアンネスくんと視界を共有し、ナンムは無言で自身が止めた船を見つめていた。

 

 

 

「あなたの力を疑うわけではありませんが……」

 

 

 

 勝負は決した。客観的に見て、そう思えるような戦況だ。

 

 だが、と和はナンムに進言する。

 

 

 

「かの王が、このように容易く……」

 

 

 

 次いでの言葉を、和は言い切れなかった。

 

 瞬間。ナンムの頭上に、太陽のごとき光球が浮かび上がる。

 

 

 

「王様!」

 

 

 

「はい わかっていますよ わが子」

 

 

 

 危機を察知した、和の声。

 

 それに、いつも通りの穏やかな声で返し。

 

 

 

 水蒸気爆発の炸裂と共に、ナンムへと落下してきた光球は膨大な水の壁に阻まれ消滅した。

 

 

 

「ようこそ わが 敵対者」

 

 

 

 そして。

 

 

 

「先ほどぶりだな、ナンム!」

 

 

 

 天を覆う巨大な鯨と並ぶように、宙に浮かんだ船がナンムと和の前に現れる。

 

 そこからひらりと飛び降り、青年が姿を晒し、ふたりの前に着地する。

 

 

 

「来ると 思っていました」

 

 

 

 自身の眼前に立った青年、エジプトの若き神王トゥトアンクアメンを、ナンムは静かに見据えていた。

 

 彼がこうして自分の目の前にたどり着いた事実を、意外などとは思わない。

 

 

 

 トゥトゥアンクアメンの宝具『太陽の船』は一隻だけではない。

 

 冥界を旅する夜の船と、天を旅する昼の船。

 

 その二つから成り立つ宝具だ。

 

 夜の船を囮とし、敵の注目がそちらに向いている隙に昼の船で天を駆け、神の頭上を狙う。

 

 

 

 そのような具体的に彼が取った具体的な戦略をナンムは知らない。

 

 停止した夜の船の中に標的がおらず混乱するオアンネスくんを視界越しに見ていただけだ。

 

 

 

「あなたは 強く賢い 王 ですからね?」

 

 

 

 実のところ、トゥトアンクアメンにとってナンムとは戦闘における相性がいい相手と言える。

 

 事実、現在の戦いにおいてもナンムの人間体……彼女の中枢である神核を保持する人間体の位置を千里眼により掴んでいたからこそ、今この場所にたどり着く事ができている。

 

 

 

 神の背の上で、両勢力が相対する。

 

 神と神、魔術師と魔術師。それぞれの視線が混ざり。

 

 

 

「わが子」

 

 

 

「はい。戦闘の準備は──」

 

 

 

 相対した状態で最初に口を開いたのは、ナンム。

 

 自身の傍に立つクリプター、和に穏やかな声で呼びかけ。

 

 

 

「あなたは 戦う必要は ありません」

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 しかし、彼女が言い渡したのは想定外の言葉。

 

 和が困惑し何かを言う前に、脚に小さな蛇竜が巻き付いて動きを封じ捕らえる。

 

 

 

「どういうつもりだ」

 

 

 

 彼女の行動に、トゥトアンクアメンが疑問を口にする。

 

 クリプターの参戦を、事前に取り決めていた。

 

 令呪こそ残っていないが、王に与する戦力として。

 

 だが、彼女はそうはしないのだという。

 

 それも半ば強制的に、自らのクリプターを縛るという形で。

 

 

 

 警戒というよりも、どこかもやもやとした言語化し難い感覚だった。

 

 戦いを通して、ナンムが穏やかで優しい性格の王である事を知っていた。

 

 

 

 だが。

 

 

 

「知れた ことです」

 

 

 

「化物に いっしょに戦う 供などが 必要ですか?」

 

 

 

 今までの彼女とは違う、底冷えするような声だった。

 

 トゥトアンクアメンに向けた顔には、そのような姿が微塵も見られない。

 

 

 

「……」

 

 

 

 悲しげに、和は目を伏せる。

 

 それでいい、というように、ナンムはトゥトアンクアメンへと向き直る。

 

 

 

「始めましょう どちらの世界が 存続するのに 相応しいのか」

 

 

 

 言葉などもはや必要ない。

 

 そう言いたげな、どこまでも冷たい、海の底のような声。

 

 

 

「ああ……決するとしよう」

 

 

 

 そこに、自分たちは今から殺し合う相手なのだという現実を、改めて認識し。

 

 両者が動いたのは、言葉を交わすと同時。

 

 和を拘束したものと同じ、蛇竜の体がトゥトアンクアメンの足元から伸びる。

 

 

 

 しかし、和の脚を拘束しているものと違いへし折るだけの力を込めたそれは、跳躍したトゥトゥアンクアメンの動きに対応できず空を切る。

 

 

 

 トゥトアンクアメンを追いナンムが目線を上げる。

 

 その目に飛び込んできたのは、敵の姿ではなくまばゆい閃光。

 

 

 

「目くらまし ですか」

 

 

 

 視界を光に閉ざされたナンムは、即座に魔力探知に感覚を切り替えようとし。

 

 

 

「そこだ!」

 

 

 

 だが、ナンムがまともに対応するだけの時間は与えられなかった。

 

 落下速度と光の魔力放出による身体強化で、トゥトアンクアメンは一瞬にしてナンムの眼前へと移動する。

 

 気迫と共に、ナンムの腹を薙ぐように振るわれた杖。

 

 それは、脆弱な彼女の体を引き裂く。

 

 

 

「……!?」

 

 

 

 はず、だった。

 

 

 

 トゥトアンクアメンの一撃は確かにナンムの腹を薙ぎ払っていた。

 

 彼の筋力を考えれば、直撃すれば体を上下に分割されるであろうほどの威力を持った一撃。

 

 

 

 だが、確かに命中したはずの攻撃は、なんの感触も与えずナンムの体を通り過ぎていた。

 

 まるで、水の中をすり抜けたかのように。

 

 

 

 幻術の類? 否。

 

 高い対魔力を持つ彼に、そのような小手先の術は通用しない。

 

 

 

 では、なんだ。いや、迷う暇などない。

 

 反撃として、宙に浮いていた水の槍が何本も放たれている。

 

 

 

 先んじて射出された一本を杖の一振りで払い、残りを回避しようとする。

 

 

 

「ぐっ!」

 

 

 

 しかし、その内の一本が、避けきれず左肩に深々と突き刺さった。

 

 肩を庇いながらトゥトアンクアメンはナンムから距離を取る。

 

 

 

 回避際に牽制のため、太陽光を束ねた光線を放つがやはりナンムに命中しても体をすり抜けるかのように、何の損傷を与えた様子もない。

 

 

 

「いけませんよ 我が敵よ」

 

 

 

 それは、ごく一部の神のみが持つ権能の一種だった。

 

 零落した彼女が失っていたはずの、星の海の神としての真の力。

 

 

 

 本当は、欠片程だけ残っていた。

 

 だがその権能を行使するという事は、精神性が原初の彼女、今以上に致命的に人の子と分かたれたものに侵される事を意味している。

 

 

 

 一時的なものとはいえ、あのような怪物に成り下がるのは二度とごめんだ。

 

 だから使いたくはなかった。

 

 しかし、彼女は母ではなく化物としてエジプトのわが子と戦うと誓った。

 

 加えて自分の世界を存続させる、最後の戦だ。

 

 そうして、彼女はこの力を振るうと決めた。

 

 

 

「星空に 触れようと するなんて」

 

 

 

 宇宙規模の神だけが、持つ力。

 

 原子が人間の体をすり抜けるように、存在規模が違いすぎるが故の不干渉性という、当然の物理現象を示す権能。

 

 

 

「大きすぎて 通り抜けて しまいますからね?」

 

 

 

──銀河生命論、という。

 

 

 

 

 

「ぐ、がっ!」

 

 

 

 そして、回避など無意味というように、連撃が襲い来る。

 

 トゥトアンクアメンの体が、足元の神体より生えた竜に薙ぎ払われ、地面を跳ね吹き飛ばされる。

 

 二柱の神と一体化している強靭な肉体のおかげか、深手は負わずに済んだ。

 

 だが、骨が軋む音。

 

 すぐに追撃が来る。まずい。距離を取れ。

 

 

 

 脳は体に命令を出すが、実際の動きが追い付かない。

 

 体が、一瞬硬直する。

 

 

 

「なっ……」

 

 

 

 それは、ナンムの持つ『正気喪失』と呼ばれるスキルの影響だった。

 

 精神を侵し動きを封じる、喰らい取り込んだ邪神の力。

 

 とはいえ、異聞帯の王相手ともなればその影響は限られてくるだろう。

 

 スキルの名の通り、正気を失わせ発狂させる、という程の影響は望めまい。

 

 だがそれでも強者と強者の戦闘において、一瞬とはいえ無理やりに恐怖を引きずり出され体が硬直するのは決定的な隙を与える事になる。

 

 

 

 その事実を証明するように、トゥトアンクアメンの左足を、腹を、足場から生えた水の槍が刺し貫く。

 

 人の身であれば、間違いない致命傷。

 

 苦悶にうめきながらも、彼は一度戦いを仕切りなおすため、魔力放出の爆風により自ら吹き飛ばされる形で後退する。

 

 

 

 着地しナンムの姿を見据えると、彼女の頭上には海栗うにを思わせる巨大な水球と、そこから次々と生える数十の水の槍が。

 

 

 

「くっ……!」

 

 

 

 一瞬の間を置き、射出された槍が暴風雨のごとく降り注ぐ。

 

 だが、トゥトアンクアメンが先の二の舞を演じる事はなかった。

 

 

 

「ホルス神の光よ!」

 

 

 

 彼が杖を一振りすると同時、宙にいくつもの光がきらめき、そこから無数の光条が放たれる。

 

 水と光が空中で衝突し、幾十もの炸裂音が周囲に響き渡る。

 

 

 

 これが、神と神の戦闘。

 

 魔術を上回る神秘、権能と権能の衝突。

 

 

 

「そうか……これが、其方の全力なのだな」

 

 

 

 感慨深げに、トゥトアンクアメンは呟く。

 

 無制限の魔力使用。無尽蔵に生み出される神代の魔獣。

 

 天地の海、その双方より放たれる猛攻。 

 

 眼前で、敵として振るわれて初めてわかる、水の脅威だった。

 

 エジプトの原初の水神も、このような力を持っていたのだろうか。

 

 

 

 そして、先の衝突では互角に見えて、戦局はナンムの方向に傾きつつある。

 

 ふらつくトゥトアンクアメン。

 

 ホルス神の千里眼が与える癒しと修復により塞がったはずの傷口から、どろりと血が零れ出す。

 

 先の攻防で散った水飛沫を浴びた全身から、激痛が訴えられる。

 

 

 

 霊基を汚染し己の眷属へと書き換える原初の海の神権、侵蝕海洋。

 

 ナンムから放たれるあらゆる攻撃が、その余波が、継戦能力を削ぎ落す猛毒だ。

 

 

 

 何度もそれを受けてしまった。もはや、長くは戦えないだろう。

 

 切り札を切るなら、今だ。

 

 

 

「ならば、僕もそれに応えよう」

 

 

 

 覚悟を決める。相手が追撃を行う様子はない。

 

 無理に攻め急がなくても勝てると、状況を理解しているのだ。

 

 

 

 ならば──

 

 

 

「冥界の帳よ、此処に──『其は清浄なる審判の間』!」

 

 

 

 ──その予測を覆す。ここで、勝負を決める。

 

 

 

 選んだのは、トゥトアンクアメンの切り札である宝具の開帳。

 

 しかし、その前兆を感じ取ってなお、ナンムは動かない。

 

 トゥトアンクアメンに以前聞いた、冥界を生み出す宝具。

 

 もう一つの宝具と合わせ、彼の世界のクリプターを救う鍵となった力。

 

 だが、無駄に終わるという予測がナンムにはあったのだ。

 

 故に、妨害もしない。

 

 

 

 いかに彼の持つ権能が強力なものであるとしても。

 

 いかに自分が持つ力が全盛期より衰えていたとしても。

 

 

 

 自分のような規模の巨体を、神威を、押し留める事など不可能だ。

 

 ただ魔力を消耗し決着を早めるだけの結果に終わるだろう。

 

 

 

「な あれ?」

 

 

 

 ……結局それは、慢心と呼ばれるものだったのだろう。

 

 最強無敵、そんな子どもじみた言葉を現実とする絶対的な防御の権能に守られているが故の、それを発動するにあたって精神が変質しているが故の、神としての傲慢さ。

 

 

 

 現実は彼女の想定を裏切った。

 

 ズン、という腹に響く音。

 

 ナンムが己の感知能力で、自身の神体の直下を見れば。

 

 

 

 そこには、海を裂き地の底へと続く、自分の体躯を呑んで余りあるほどの巨大な亀裂が。

 

 

 

「其方が愛した民たちが住まう世界は、冥界そのものであった」

 

 

 

 それだけではなく、高度が維持できない。

 

 冥界に引きずり込まれているのだとナンムは即座に認識するが、それでも遅かった。

 

 原初の海が、海を突き抜けなお地下深い異界へと封じられる。

 

 

 

「つまり、この権能を万全に振るえる場所だ……!」

 

 

 

 もとよりこの区域の土の下には、イラク異聞帯の地下世界である冥界が広がっていた。

 

 そのため、宝具で別の冥界に書き換える事に必要な魔力もある程度までは少なく済み、その分のリソースを空間の強度、そして広範囲に広げる分に振り分ける事ができた。

 

 

 

 もはやこの戦場に、ナンムの領域は存在していない。

 

 天を覆う領域は、星の海ではなく冥界の闇。

 

 地を覆う領域は、深淵の海ではなく冥界の大地。

 

 

 

 冥界に叩き落しただけでは、本来ならナンムの力を制限する事はできない。

 

 シュメールの冥界の底には、ナンムの肉体の一部である深淵の海アプスーがあるからだ。

 

 

 

 だが、ここはもはやシュメールの冥界ではなく、トゥトアンクアメンの力により作り替えられたエジプトの冥界である。

 

 地母神の力と真っ向から抗する、異教の死の領域だ。

 

 

 

「ここでもなお、その力を保てるか、原初の母よ!」

 

 

 

「────!」

 

 

 

 返答は、殺意の濁流だった。

 

 トゥトアンクアメンの足元から、無数の触手が、竜の牙が、空中からは水の槍が、水球の質量爆弾が次々と乱れ撃ちに放たれる。

 

 そこから感じ取れたのは、明確な焦り。 

 

 

 

「それが答えだな」

 

 

 

 突き刺さる殺意を、この戦争のさ中で何度か感じた死の気配を察知し、ナンムが背後に跳ぼうとする。

 

 だが、動く事すらできなかった。

 

 攻撃の尽くを避け、距離を詰めたトゥトアンクアメンの一撃が、両脚を薙ぎ払ったからだ。

 

 

 

「其方には、見せた事がない姿だった」

 

 

 

 その髪は夜の帳のように黒く染まり、肌は褐色へと変じ。

 

 瞳は彼が権能を得た神性、オシリス神が司る一面である植物を象徴するかように美しい翠に。

 

 

 

 冥界の地に在り、オシリス神に近いものへと変じた、エジプトの王の真の力。

 

 

 

「これが、其方と同じ神としての……僕の全霊だ!」

 

 

 

 何らかの権能を振るおうと掲げられた、ナンムの左腕。

 

 しかし瞬間、天から突き立った光の柱によってその左腕が蒸発した。

 

 すぐさま再生は始まるが、攻撃を無力化できなかった事にナンムが目を丸くする。

 

 

 

 銀河生命論、宇宙そのものである原初の神の権能も、ナンムの真の肉体と言える星の海から切り離された冥界においては十全には機能していない。

 

 

 

 腕を砕く。脚を引き裂く。

 

 光が、杖が、原初の神の体を削り取る。

 

 権能の残滓か、時折攻撃がすり抜けるが、それすら気にならない速度で損傷を与える。

 

 

 

 ナンムの血肉も次々と再生するものの、拮抗は崩れ徐々に傷が増えていく。

 

 世界そのものであるという理由での無限の魔力も、この閉ざされたエジプトの冥界という空間ならば、ただの一柱の神の分しか残っていない。

 

 

 

 原初の神を打ち倒す状況は、整った。

 

 体内のどこかにある神核に、一撃を与える事さえできれば。

 

 神の命に、あと一歩で届く。

 

 

 

「う、ぐ……!」

 

 

 

 しかし、そこまでだった。

 

 体に大きな傷と毒を負った状態での、原初の神の体躯を墜とすだけの規模での宝具の大規模展開。

 

 その体は、冥界の加護を受けてなお完全に癒すには消耗しすぎていた。

 

 

 

「こ、んな、時に……」

 

 

 

 トゥトアンクアメンの口から血が零れ出し、彼はがくりと膝を付く。

 

 一瞬の事だ。本来であれば、すぐにでも態勢を立て直し回避する程度の事はできたかもしれない。

 

 悪かったのは、敵の眼前で致命的な隙を晒してしまったこと。

 

 

 

 ナンムの右腕が、変異しぶわりと広がる。

 

 彼女の神体から生えているものと同じ、無数の蛇竜。

 

 

 

 怪物の腕が、トゥトアンクアメンを抱擁せんと襲い掛かる。

 

 回避、迎撃へと振り分ける思考も余裕も、今の彼には残っていない。

 

 

 

 日輪を蝕む闇のように広がる竜の群に、彼は死を覚悟する。

 

 

 

 

 

「出し惜しみ無しのフル使用です。原初の神であれど……ごく一瞬ならば止められるでしょう」

 

 

 

 だが、それが振り下ろされる事は無かった。

 

 ナンムの目が、驚愕に見開かれる。

 

 

 

 その目線が向けられていたのは、トゥトアンクアメンの腰布に糸で結ばれていた人形。

 

 汎人類史の魔術師──ジョルダン・アルカーディの魂が入った人形が、コミカルに、だが悪辣に笑う。 

 

 

 

 ナンムの動きを停止させていたのは、彼が放った一撃だった。

 

『疑似複製魔術回路式拘束魔術弾』。

 

 ガンドにも似たそれは、本来であれば高位の神格であるナンムにはとても通じるものではない。

 

 だが、ジョルダンが複製してきた多数の魔術回路、その全てをただ一発につぎ込めば。

 

 味方に強力な加護を与える冥界神の権能により、強化を施されていれば。

 

 相手が、少なからず疲弊している状態であれば。

 

 

 

 とはいえ彼の言葉通り、ここまで場と条件が整っていたとしても、動きを止められるのはほんの短時間。

 

 次の瞬間には再びナンムの腕は動きだし、トゥトアンクアメンの命を刈り取る事だろう。

 

 

 

 

 

「そして、そのごく一瞬を逃さないと信じています。我が王よ」

 

 

 

 ただ──ジョルダンが仕える王には、その『ごく一瞬』で十分だった。

 

 

 

「っ、っ……!」

 

 

 

 涼やかな声で告げる魔術師の言葉に、礼を返す余裕などは無い。呼吸を整えるだけでやっとだ。

 

 ナンムが隙を見せた。重要なのは、ただそれだけ。

 

 目の前の事実に、トゥトアンクアメンは杖を握り締める。

 

 眼前の怪物を、決して負けまいという覚悟の元に睨み付ける。

 

 いつもの朗らかで優しい彼を知る者を見れば怯えるであろう程に、鬼気迫る表情で。

 

 

 

 先ほど、自分は何を考えた。死を覚悟した? 勝利を、諦めたのか?

 

 ……そんな事が、あっていいはずがない。

 

 ここで斃れるなど許されない。許されるはずがないのだ。

 

 自分の世界は剪定された。力及ばず、民と共に一度破滅した。

 

 だがそこに、再生の機会が与えられた。

 

 

 

『あなたがエジプトの王様ですか? 僕はタイ異聞帯の──』

 

『最後の令呪一画を以て──僕は、信じる!総督の、太平洋異聞帯の勝利を!』

 

『お疲れさまでした、我が王──実に、実に良い戦いでした』

 

『あなたに残る 人の心を 手放さないで』 

 

 

 

 いくつもの出会いと別れ。皆の奮戦。

 

 

 

『愛しいひと。どうか、しあわせに』

 

 

 

 ……はじまりの犠牲と献身。

 

 その果てに、世界が存続する道まであと一歩というところまでたどり着いた。

 

 

 

「……お」

 

 

 

 諦められるものか。この奇蹟を逃してなるものか。

 

 既に肉体は限界を迎えていた。

 

 限度を超えた魔力放出による身体強化で無理やりに体を動かす。

 

 反動で崩壊する肉体を、癒しの権能で繋ぎ止める。

 

 

 

 これが、この戦いで振るえる最後の一撃だ。

 

 彼を突き動かすのはきっと、王としての意地と信念だけ。

 

 

 

「お、おおおぉぉォォ!!」

 

 

 

 叫ぶ。掠れてひび割れた声で。

 

 自分こそが、自分の世界こそが、存続するに相応しいのだと主張するように。

 

 自分は母なる神に庇護される子ではなく、並び立つに足る友なのだと主張するように。

 

 

 

 豪速で振りぬかれた杖は、ナンムの胸を横一線に薙ぎ払い。

 

 

 

「……な」

 

 

 

 彼の決死の一撃は、何の抵抗も与えずにナンムの体をすり抜け過ぎ去った。

 

 その手に、勝利の証として得られるべき神の急所を破壊した感覚は伝わっていなかった。

 

 

 

「あ、あ」

 

 

 

 眼前には、今だ健在のナンムの姿。

 

 彼女は攻撃を受けた自分の体を一度見て、それからトゥトアンクアメンへとじっと目を向ける。

 

 

 

 陽光と冥界の権能、彼の決意と覚悟。魔術師の全霊を掛けた拘束術。

 

 その全てを込めた一撃は、原初の神を穿つには届かなかった。

 

 突き付けられた現実を認識し、体から力が抜ける。

 

 

 

「すま、ない……みん……な……」

 

 

 

 気力も体力も、限界を迎えたトゥトアンクアメンが崩れ落ちる。

 

 

 

 そして──あまりの速度と力により感触を与える事すらなく神核を砕かれていた、ナンムもまた。

 

 

 

「あら……、あら」

 

 

 

 一瞬、首をかしげ。

 

 驚いたように、小さな声をあげ。

 

 原初の神が、力なく座り込む。

 

 

 

「……!」

 

 

 

 この戦いの勝者──トゥトアンクアメンは、驚きと共に目を開いた。

 

 数秒瞬きを繰り返し、現状を把握して、杖を支えに何とか立ち上がる。

 

 

 

 数歩歩くにも、息が苦しい。

 

 それでも、やらねばならないと思った事があった。

 

 

 

 ふらつく体をなんとか動かし、彼は敗者の元へと歩み寄る。

 

 

 

「僕の、勝ちだ」

 

 

 

「はい そのよう ですね」

 

 

 

 視界が滲む。

 

 こみあげてくるのは、勝利への感動。

 

 ……そして、これまでの戦いを共に駆け抜けた盟友を、己の手で殺めたのだという現実を再認識しての、悲しみ。

 

 

 

「ナンム……其方に、勝ってみせたぞ……! これでも僕は、僕たちは……其方に守られるだけの幼子か……!」

 

 

 

 晴れやかに、高らかに、勝利を宣言する。

 

 戦う前に、そのような未来を思い描いていた。

 

 

 

 しかし実際にその場に至り、口を衝いて出てくるのは雨に濡れたように滲んだ声だった。

 

 

 

「もう そんなに泣いて どちらが勝ったのか わからないでは ありませんか」

 

 

 

 いくつもの感情が入り混じった涙に、ナンムは困ったように笑う。

 

 戦闘中の冷酷な姿が夢か何かだったように思える、普段通りの姿だった。

 

 

 

「それでは 思わず またわが子のように 甘やかして しまいそう」

 

 

 

 涙に濡れる目元を拭ってあげようとして、しかしナンムは伸ばした手を止める。

 

 彼は、それを望まないだろうとわかったから。

 

 それこそが、母ではなく対等の友としての自分に勝利した彼の権利だと思ったから。

 

 

 

「これからは あなたが 世を治める神 なのですからね?」

 

 

 

「そうだ、その、通りだな……! すまない……!」

 

 

 

 そんなナンムに答えるように。

 

 顔をぐしゃぐしゃに歪めながら、それでも勝者に相応しくあれるように、トゥトアンクアメンは笑った。

 

 

 

「……王様」

 

 

 

 そして、この場にもう一人。

 

 命がこぼれ落ちていくナンムの傍に、拘束を解かれた和が歩み寄る。

 

 

 

「わが子 わたしは」

 

 

 

 決まりが悪そうに、ナンムは目を逸らす。

 

 この戦いにおいて、自分は母ではなく怪物として戦おう。

 

 そして、怪物の戦いに供など不要。

 

 ……などと言っておいて、結末はこうなってしまったのだから。 

 

 

 

「わかっていますよ。あなたは、最後の最後で私が死ぬような事態が起こってほしくなかったんだって」

 

 

 

 ただ、ナンムが和に向けた不器用な嘘は、見抜かれていたようで。

 

 驚いたように、彼女は和を見る。

 

 

 

「不思議ですね 人の子は 予知の力も なにもないのに」

 

 

 

 その通りだ、と思った。

 

 心底恐ろしかった。ここまで幾度となく戦いを共にして、自分を助けてくれた大切な娘。

 

 そんな彼女を、最後の最後で失う事になるかもしれないなんて。

 

 

 

 それだけは避けたくて、トゥトアンクアメンと相対する時の『怪物として戦う』という言葉を和に対しては無理やりに理由づけて、戦いから引き離した。

 

 

 

「でも、私は……もし死ぬかもしれなくても、最後まであなたと戦いたかったです」

 

 

 

「そう ですね あなたは そのような 子でした」

 

 

 

 ただ、そこで二人は意見を違えてしまっていた。

 

 困ったように、悲哀を混ぜて、ふたりは笑う。

 

 

 

「それにしても ああ ふふ──」

 

 

 

 そして、死ぬ前にまだ自分には言う事が残っている、とナンムは目線を和から別に向ける。

 

 霞む視界に、彼女は自分を打ち破ったふたりを映す。

 

 

 

 異邦の魔術師。汎人類史のわが子。

 

 最後に自分を縛めた技は、人の子が編み出した技術によるものらしい。

 

 子は親から発つ事ができる。

 

 そう、娘が教えてくれたとおり。

 

 ああ、本当に、その通りだ。

 

 

 

 視線を上げれば、人から神になった、まだまだ若く神としては半人前な王。

 

 でも、だからこそ、彼の事を心底羨ましいと思っていた。

 

 人であると同時に、神であるという事。

 

 それは、神でありながら人の子の心を理解できるという意味に他ならないのだから。

 

 

 

 自分は、ずっと傍にいてくれたはずのわが子の心を最後まで理解できていなかった。

 

 ……いや、本当は少しだけわかっていてなお、蔑ろにしてしまったのかもしれない。

 

 

 

 彼は、一度は袂を分かった人の子に対して相互理解を試みて再び歩み、こうして今勝利をもぎ取った。

 

 それは明確に、この戦いにおける自分と彼を分ける差というもので。

 

 

 

「──盟友に ライバルというものに 負けるのは こんなに 悔しい事 なのですね?」

 

 

 

 その事実に対して少しだけ、嬉しそうに。自分にこんな感情があったのかと驚いたように。

 

 ぽつりぽつりと細かく切った声で、苦笑して。

 

 

 

「あなたを 子ども扱いするのは ダメなのですけど 友にも こう言って いいですよね」

 

 

 

「……いってらっしゃい」

 

 

 

 短く、しかし万感の詰まった別れの言葉を告げる。

 

 

 

「ああ。世界の未来、確かに預かった!」

 

 

 

 太陽のように晴れやかに、確かに力を込めて答えた、盟友の顔を見て満足そうに微笑んで。

 

 原初の母は、それっきり言葉を発する事はなかった。

 

 

 

「……王様、お疲れさまでした」

 

 

 

 力が抜け落ち倒れそうになった体を、和が支える。

 

 

 

 宝具によって具現していた冥界が解け、空は元通りになっていた。

 

 星の海も消え去った、穏やかな晴れ空だ。

 

 

 

「ここもじき崩れるだろう。其方も、こちらに」

 

 

 

「ありがとうございます。あなたも、私の王と同じで優しい方です」

 

 

 

「でも、私は大丈夫です。この場に、残していただければ」

 

 

 

 そして、和はその空と同じように迷いない表情を浮かべる。

 

 核を失い崩壊する神の体の上に残る。

 

 彼女の選択が何を意味するのか、わからないトゥトアンクアメンではない。

 

 

 

「そうか。其方の魂が廻り、再び巡り合える事を──」

 

 

 

 でも、その意思を尊重しようと思った。

 

 思えば、イラク異聞帯の魔術師である彼女とも長い付き合いだった。

 

 本当は、もっとゆっくりと話をしたかったが。

 

 

 

 いつか、今生でなくても再び会える事もあるだろう。そう、別れの挨拶を交わそうとし。

 

 

 

「──いや、違うな。其方の魂が還るのは、僕の世界ではないのだな」

 

 

 

 子は親に似るとはよく言ったものだ。

 

 まるで、ナンムと同じに困ったように微笑む和を見て、訂正する。

 

 

 

「さらばだ。もう二度と会う事はない、原初の海の魔術師。もうひとりの、かけがえのない盟友よ」

 

 

 

「はい。お元気で、エジプトの王様。きっと貴方なら、良い世界が続くと思っています」

 

 

 

 別れの挨拶は、穏やかに。

 

 王の亡骸に寄り添う魔術師の姿を一度だけ振り返り、トゥトアンクアメンはその場を後にする。

 

 

 

 十一の世界が、虚空に消える。ただ一つの世界が生き残る。

 

 その最後を決める戦いは、ここに決した。

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