──軍団の鬨の声の中で眠る事にも、すっかり慣れてしまった。
思考ができるくらいの浅い眠りの中で、彼はうすぼんやりとそんな事を考えていた。
その貴重な時間は、直後に奪われる事になる。
「王よ、お休みのところ、申し訳ございません……」
「構わない。何か起こったのか?」
仮眠を覚ました兵士の声に状況確認の返事を返しながら、ウル・ナンムは素早く身支度を整える。
数日ぶりの仮眠だったが、それを妨げられた事を不快に思えど責める気はなかった。
自分が判断、もしくは対処せねばならない何かが起こった、という事なのだから。
とはいえ、それが何なのかは想像し難かった。
此度の戦の趨勢は、ほぼ決したといっても過言ではない。
ラガシュ攻略戦。
戦神ニヌルタを都市神に掲げる精強な都市国家を、ウルの兵団は包囲し攻め落としていた。
戦神を崇める都市というだけあり、屈強な兵には随分と苦しめられたものだ。
しかし、ウルの都市王の戦術とラガシュのそれに決して見劣りしない精兵の奮戦あって、戦局はもはや覆しようがない段階だった。
都市部の制圧は完了し、残すは中央の神殿のみ。
王の近衛を始めとする強者たちが籠城しているため攻め落とすのは容易ではないが、補給を断っている以上は時間の問題だ。
そのような戦況報告を受けていたため、もはや自分が出る幕などない。
いつ降伏の連絡が来るかわからない上、本都に帰還するまでに終わらせておきたい建築関連の指示書を作成する作業がいくらか残っていたためゆっくり睡眠を取る暇こそ無かったが。
「ウルの王よ! 貴様が腰抜けでないのならば、姿を見せよ!!」
瞬間。
そのような思考を遮るように、天から雷が降ったかのような大声が彼の耳を突き刺した。
隣の兵士を見れば、怯えたような表情でこくり、と頷いている。
なるほど、これは厄介な事になりそうだ、と眉間に皺を寄せ彼は考える。
そればっかりしてるせいで老けて見える、などと妻と息子に笑われたのは最近の事だが。
仕方ないだろう、王というのは苦労が多いのだ。などと考えながら。
ウルの都市王は、宝杖を手に陣を後にした。
声の源は、都市中央、小高い地形に築かれた神殿へと続く門の前だった。
「我が名はナンマハニ! 大いなるニヌルタの加護ありし聖都、ラガシュの都市王である!」
そこに立っていたのは、一人の男。
供すらつけず、ただ単騎で。
この男を遠巻きに、ウルの兵士たちが囲んでいる。
弓をつがえ、槍を構え。
本来であれば、絶体絶命であるはずの状況。
「雑兵どもに俺が殺せるとでも思っているのか、ウルの王よ! 貴様が俺と同じく神を掲げる身ならば、姿を見せぬか!」
しかし、男は狂暴な笑みと共に、余裕の表情を浮かべていた。
むしろ取り囲むウルの兵士たちが、気圧され汗を流している。
「遅くなったようだ」
「おお、王よ!」
「かの男が、ラガシュの!」
そんな兵士たちは、自らの王の到来に歓声の声を上げていた。
だが彼らの表情は、徐々に心配へと移り変わってゆく。
そんな兵士たちに、これからの戦いに邪魔立ては不要だ、と軽く告げ。
ウル・ナンムは一歩、また一歩と門へと歩みながら、これから自分が相対する男を観察する。
なるほど、精強な男だ。
長身である自分をさらに頭二つほど上回る巨躯。
身に鎧の類こそ纏ってはおらず、己と似たような神官服を纏っている。
だが、どちらかといえば神官、政治家である自身と比べると、身に纏っている威風は軍人、戦士のそれに近い。
そして何より目立つのは、地面に突き立てる形で保持している得物、大柄な剣だ。
本来は儀礼用であり、実戦に用いるような武装ではない、人間を超えるサイズの大剣。
魔術ではない。近接戦闘に長じる剣士。
敵の分析を僅かな移動時間で終え、ウル・ナンムはラガシュの都市王、ナンマハニを見据える。
「我が呼びかけに答えたか。では貴様が」
ナンマハニは己の眼前に姿を現したウル・ナンムに、確認のような言葉を向け。
「ウルの都市王だな?」
ナンマハニの確認の言葉は、ひゅん、という風切り音に邪魔される。
言葉を言い終わるか言い終わらないかの際、彼が腰に差した二本目の剣を首を薙ぐように振るったからだ。
会話中の奇襲に真っ先に気付いたウルの兵士が、悲鳴を上げる。
「然り。我が名はウル・ナンム。月神ナンナより、ウルの王権を預かる者だ」
だが、当の奇襲を受けたウルの都市王は顔色一つ変えなかった。
彼の名乗りもまた、音に邪魔される。
ガギ、という鈍い金属音。
ナンマハニの剣を、彼の宝杖は容易く止めていた。
「ほう……。配下の腰抜けどもとは一味違うらしい」
ナンマハニはにい、と口端を歪め笑う。
部下に対する侮蔑の言葉に、しかしウル・ナンムは怒りを浮かべる事はしなかった。
我がウルの精兵を腰抜け、と言ってのけるか。
その言葉が虚勢なのかそうでないのかを判断し、即座に後者であると結論付ける。
ナンマハニの周囲に倒れる数人の骸は、いずれもウルの側の兵士。
ラガシュの兵はひとりも混じっていない。
それは即ち、ただひとりで幾人もの兵士を討ったか、味方を守りながら同様の事を成したかのいずれかに他ならない。
そんな彼に思考の時間を与えまいとでも言うように、ナンマハニは地面に差していた彼本人の得物、大剣を引き抜き振るう。
「それなりの王ではあるのだろうが……気に入らんな」
「気に入らない、だと?」
それを、ウル・ナンムは身を翻し後退することにより躱し。
ふん、と鼻を鳴らすナンマハニに、思わず聞き返す。
「複数の都市を統べ、さらなる国家を作り上げる者。世界に覇を唱える王」
二人の都市王が、刃と言葉を交わす。
大振りに振るわれる大剣とその隙を埋めるように素早く振られる直剣、二本の刃。
それをウル・ナンムはあえて身に受ける。
ただの剣による傷ではない。刃の周囲に、辻風が纏われている。
なるほど、掠めるほどの距離で回避したと思い込んでいれば、これにより体を切り裂かれるというわけだ。
さらには、直接体に差し込まれれば、内臓をずたずたに刻まれる事だろう。
ウル・ナンムが身に受けた傷はこちらであり、本来ならば臓腑が破壊される致命傷。
だが、本来戦闘を続行できるような状態ではないはずの傷はじりじりと塞がっていく。
微かに驚愕し、攻撃の隙を晒したナンマハニの喉へと反撃の刃が向けられるが、彼はわずかに首を傾けるだけでそれを回避する。
ウル・ナンムの肉体を、風を伴う刃が切り刻む。
風の刃が刻んだ裂傷を、まるで汲めども尽きぬ海のように次々と再生した肉が塞いでいく。
それはまるで、神話の一節の如き戦闘であった。
古きシュメールの都市国家は、それぞれに守護神を有している。
神の名代である都市の王は、その都市の神により王権を、同時に異能の加護を与えられ、このように戦に臨むのだ。
ラガシュの守護神、戦神ニヌルタ。
狩猟と戦争、時に嵐の神としても祀られる彼に相応しい、獲物を確実に追い込み仕留める加護。
「次々と都市を呑むウルの王、少しは期待していたが……とんだ嘘吐きだとはな」
互角の戦況に、ナンマハニは唐突に剣を下げ、溜息をついた。
落胆、失望。
目の前の巨漢からは、そのような感情が読み取れる。
ウル・ナンムは静かに観察する。
この表情と言葉は戦の駆け引きでもなんでもない。
目の前の男の本心そのものである、と。
「貴様が最も信仰を捧げている神は、月神ではなかろう?」
「ッ……!」
そこで、剣筋が乱れた。
さらに悪い事に、その小さな隙を見逃してやるほど、ラガシュの都市王は甘い人間ではない。
「ぐ、かッ!」
動揺の代償としてウル・ナンムに襲い来たのは、脇腹を引き裂かれる感触。
咄嗟に身を躱し後退したために最悪の事態こそ避けられたが、そうでなければ胴を両断されていた。
「王が民を統べるために虚像を見せるか。愚か者めが!」
さらに、気付く。
自身の神の加護による再生の速度が低下している。
がくりと地に膝を付いたウル・ナンムに、ナンマハニは雷のような声量の怒声を浴びせる。
「その権能もまた、ナンナ神のものではなかろう!」
彼の言葉は、ウルを統べる都市王の歪んだ信仰の状態を端的に告げていた。
ウルの都市神、月神ナンナ。
だが、今ウル・ナンムが用いている再生の加護は、ナンナのそれではない。
彼が個として信仰する神、女神ナンムのものだ。
都市の代表であろう王が、それ以外の神を掲げるなど、どのような了見だ。
そのような怒りと激情の発露であった。
「王とは自らの在り方を以て、民に道を指し示すものだ! それが偽りに満ちた姿であるなど、恥を知るがいい!」
ナンマハニはその首を切り落としてやろうと剣を掲げる。
告げたい事は告げた。メソポタミアの大地を、無数の都市国家を統べんとする男だ、どのような英傑で、どのような王道を語らえるのかと思えば、とんだ期待外れだった。
「違う」
だが、ナンマハニは追撃を行わなかった。正確には行えなかったというべきか。
ただ一言、目の前の死に体に見える男が呟いた否定の言葉。
それに、混じった鉄の如き確固たる感情に、気圧されたがために。
「私が成す王とは、民の教本でもなければ法典でもない。彼らが幸福に生を送るための道具だ」
雲が途切れ、夜闇に光が差す。
月光を背に、ゆらりと男が立ち上がる。
その目に灯るのは狂気の光。
だがそれは信仰の、ではない。
「そこに、私の信仰をない混ぜにする必要などない。それは、私自身が抱えるものなのだから」
自らを民の為の機構と定めた、献身と呼ぶにはあまりにも残酷な、王としての眼光。
「我がウルの糧となるがいい、戦神の王よ!」
ぶん、と空を切る音。同時にナンマハニが認識したのは、自身へと迫る杖の軌道。
戦士としての本能から来る精緻な動きで、彼はそれを剣により最低限の力で叩き落そうとし。
「ごッ!?」
しかし直後に頭部を捉えた鈍撃に、苦悶の声を零した。
頭部から流れる血と脳裏に散る火花に思考を乱されながら、ナンマハニは現状を把握しようとする。
自分の剣は確かに振るわれた宝杖を捉えたはずだった。
だが、剣と杖が接触すると思われるタイミングで既に杖は自分の頭部を捉えていた。
考えられる可能性は、距離間隔や視界を狂わせる幻惑の魔術。
だが、思い当たったその可能性もまた信じがたい。
ニヌルタの加護は風の刃だけではない。
並みの補助魔術を完全に消滅させ、神による加護であってもある程度まで弱体化させるという、魔術の無効化も含まれている。
小細工をねじ伏せ正面対決に持ち込む、戦神の力。
だが、それを以てしても完全に無効化できていない……?
「魔術ではない、権能に近しい出力……! まさか、これは」
歴戦の戦士であるナンマハニの思考は、もう一つの可能性に即座に思い至る。
それは先に浮かんだ予想よりも信じがたかったが。
「貴様の想像の通り、月神ナンナの加護だ」
直後に語られた解答は、その信じがたい予想を肯定していた。
「非礼を詫びよう、ラガシュの王よ。ニ神の加護を用いなかったのは、同じ都市の王として一つの加護のみを使うべきだと判断したからだ」
「だが、もはや繕うまい。戦士に余計な遠慮など不要だった。我が全霊を以て、相手をするとしよう」
――――――――――――――
──月の光が照らす神殿の奥部に、新たなる王は一人佇んでいた。
王権とは、神が人に授けるもの。王とは、神に代わり地上でそれを行使するもの。
近き国、エジプトでは王そのものが神とされているらしいが、少なくともシュメールの地では神と王の在り方とはこのような形である。
故に、今日この日ウルの新たなる王に即位した彼は、王権……都市神の加護を頂戴するための儀式を行っていた。
「ウルを守りし月の神よ。私は、貴方様に告白せねばなりません」
本来であれば、都市の神を称え自分が新たなる神権の代理者である事を宣言するための、真の戴冠式と呼べる聖なる儀式。
だが、代々ウルの王の中で連綿と続いていたこの場の決まり文句を、彼は一言目から外した。
「貴方様を信じ敬っております。ウルの神官として、今日冠を預かった都市の王として、そこに一部の偽りもございません」
「ですが……私が最も信仰を捧ぐ神は、貴方様ではないのです」
それは、大罪の告白にも等しき言葉だった。
あらゆる神が入り混じるこのシュメールの大地において、複数の神を信仰する事は決して間違ったものではない。
だが、都市神を祀る神官の上に立つ王であれば話は全く違ってくる。
都市の代表者が、都市の守護神から王権を授かる者が、その神を第一に信仰していない、などという事は許されざる罪である。
即座に八つ裂きにされてもおかしくはないだろう。
怒り狂う民は勿論の事、神本人にもだ。
「都合のいい願いである事は、承知の上。ここに至り貴方様の慈悲に縋る他、手段など無い事も!」
しかし、と若き王は叫ぶ。
「母なるナンムの信仰を捨てる事など、私にはできない。それは、私という人間を形作る、核に他ならないのです」
「しかし、それでも私は民のために、王として在らねばならないのです、在りたいのです……!」
それは、狂信に彩られた狂気だった。
我が子である人間たちを愛している、と彼が信仰を捧ぐ神は言った。
ならば、私は貴女のために、全ての民を導き幸福に暮らす事ができる理想の国を作ってみせる。
世界征服、理想の国、など幼子が早々に捨て去る妄言に過ぎない。
だが、彼は人を愛していると言ってくれたかの神のために、それを叶えると誓ったのだ。
たとえ、既に地上を去ったナンムという神の名が再び世に広まる事がなかろうとも。
「必ずや、このウルを、民たちを導いて見せる! 貴方様を守護神として、大地全てを埋める国を、私が築いて見せましょう!」
「そのために、どうか、どうか……! 力をお貸しいただきたい……!」
満ちに満ちた月だけが、惨めに跪き希う男を、じっと見つめていた。
――――――――――――――
「馬鹿、な。貴様のような男に、神は力を授けられたのか……!?」
懐に隠し持った石片の、魔術による投擲。
宝杖と直剣、二段構えの連撃。
それらの全てが、ナンナの権能により時に不可視に、時に数を増して認識される。
回避しようとした攻撃が、既に直撃している。
防御しようとした攻撃が、実際に振るわれていない。
ナンマハニの体を、抵抗すら許さぬ連撃が削り取っていく。
「この地に生きるただの人間として、大いなる原初の海、母なるナンムに世の人間全てを合わせたものすら上回る信仰を捧げる」
既に地上を去る第一段階として人前に姿を現す事はなかったかの神が、ある意味では冒涜者にも近しい彼に対して何を思ったのか知る術はない。
「そして、都市の王、神官の長として、不遜の我が身をお許しくださった月神ナンナの慈悲に心からの感謝を捧げ、ウルの繁栄を以て応えて見せる」
事実は、あの夜月神ナンナに加護を授けられた新たなる王が誕生した、という事だけ。
「それが、この大地の民であり王である、私の祈りだ……!」
ウル・ナンムの声に返された解答は、軽々と振り回される大剣による怒涛の連撃。
戦神の加護とたゆまぬ鍛錬により与えられた力が、幻惑を一瞬だけ、力押しに破り。
ナンマハニの剣が彼の信仰する神、ニヌルタの怒りを体現したかのように振るわれ、ウル・ナンムの右腕を肩口から切断する。
「力なき身で吠えてもなァァ!!」
右腕を落とし、遠心力を乗せたまま加速する刃が、縦の軌道へと変じる。
頭をかち割らんと大振りに振り下ろされた次いでの一撃。
それを防ぐため咄嗟に構えた残る左腕もまた、宝杖と共に砕かれる。
両腕を失い、ウル・ナンムにもはや成す術はない。
ここに至り、左腕の再生が始まる。
だが、次の一撃を防ぐには、その再生速度は到底間に合わない段階だった。
もはや反撃の術は敵には無い。
ナンマハニは、止めの一撃として、大剣を持ち上げ。
「か、はっ……?」
その口から零れたのは、剣を振り下ろす気合の声ではなく、掠れた音と赤の液であった。
手から力が抜け、剣を取り落としてしまう。腹が熱を持つ。力が入らない。
彼が、その原因である自分の腹を見下ろせば。
そこには深々と腹を切り裂いた、一本の剣。
そして、剣を腹に差し込んだ、先程切り落としたはずであるのに繋がっている戦闘相手の腕があった。
「ふ、は! ああ、そうか……再生していたのを、欺瞞していたのだな」
致命傷、だった。
まるで手品の種を考えに考えてようやく理解できた時のように、ナンマハニが笑う。
「その通りだ。貴様のような乱暴者に、我が神の力を何度も見せたくはない」
体から力が抜けぐしゃりと崩れるナンマハニに、ウル・ナンムは静かに告げる。
右腕が切り落とされた瞬間に、既にナンムの加護を用いた再生を始めていた。
だが、ナンナの加護である幻惑によりそれを再生していないかのように見せかけていた。
「そう、か。王として、民として、別の神に身を捧げる……それが、貴様の在り方か」
左腕の再生が始まったように見えていた事も、幻惑による偽り。
肉体のどの部位が修復され、どの部位が傷付いているのか。
果たして今目の前に移る敵の肉体は、攻撃は、嘘か誠か?
再生と幻惑。
ニ柱の神に与えられた加護のどちらを上に置くでもなく、織り交ぜ相乗させ巧みに操る。
それは、どちらの神にも信仰を捧げる彼の在り方を示す戦闘術だった。
「ふ、ははは! ニ柱もの神が味方しているのだ! いやはや、ニヌルタしか信じぬ俺が敗れるのも道理だったな! 我が王道も、違っていたというわけだ!」
納得したかのように、ナンマハニは笑う。
自身の考えを否定するという形で、勝者を称えるかのように。
「違う。民の規範としての王。ただ一柱の神に祈り続ける信仰。それが、間違いであるはずがない」
「私と貴様の王としての道は、神官としての道は、どこまでも交わらなかった。正否などはなく、ただそれだけの話だ」
だが、彼へとウル・ナンムが向けたのは、さらにそれを否定する言葉だった。
ぽかん、と心底意外そうに、ナンマハニは自分を打ち倒した男を見上げる。
「……嗚呼。敗れるのも、道理というわけだ」
そしてもう一度、同じ言葉を繰り返し。
ラガシュの都市王は、それっきり体から力を抜き、床に体を預ける。
「さらばだ、愚昧なまでに歪まぬ戦神の王よ。貴殿の武勇、猛きニヌルタの名と共にウルの歴史に語り継ごう」
満ちた月を背に淡々と、しかしどこか労わるような声色を混ぜ、勝者は敗者の喉に刃を突き付けた。
「ではな、星海と月の間に揺らぐ王よ。貴様の在り方は俺には到底理解が及ばぬが──」
自分の命が今から吹き消されるというのに、ナンマハニは心から楽しげに笑う。
その笑みはもちろん、死の恐怖から来る狂気でも、侮蔑でもなく。
「──まあ……悪くない」
自分が打ち倒されるに足る男が相手であったと理解できた時の、称賛。
ひゅ、と空を切り、振るわれた刃が月光にきらめく。
猛き王の首はごとりと地面に落ち、血が王殿の床を汚す。
そこに残されたのは、月と海の神の勝利を称えるがごとき、静寂だった。