時系列は異聞帯戦闘開始前
和さん歓迎会
「魔術師殿。我らが神を、貴女はどう見られますかな?」
永遠に続くのではないかという長い螺旋階段をふたりで下る最中、ルーラー……都市王と呼ばれている顔に深い皺を刻んだ壮年の男は和に尋ねる。
別に無言が気まずくなったという雰囲気ではない。最初から、そう尋ねると決めていたかのような声色だった。
「……彼女が神である事を疑ってはいません」
「肌の感覚として伝わってくるほどの膨大な魔力、一瞬だけ感じた根源的恐怖……私のような魔術師はおろか、あなたのようなサーヴァントと比較してすら一つ抜けている」
慎重に言葉を選び、しかしその内心に偽りはなく。和の回答に、ルーラーは微かに頬を緩めたかのように思える。
「ですが……あまりにも姿がその……幼いというか……。」
ですが、と言った瞬間、ルーラーの眉根に皺が寄るのがわかる。
彼は俗に狂信者と呼ばれる人種に近いと和は認識していた。
この地――イラク異聞帯の王に心底の忠誠を捧げ、そのためであれば自他の命すら意にも介さない。そのような人間だ。
この地に対する王への評価について偽りを述べるつもりはないが、それはそれとして言葉選びを間違えれば致命的な結果になると和は考えている。
「ええ、私も最初は驚いた。私が信仰し深い忠義を捧げた大いなる母が、あのような童女の姿だとは」
ひとまず、『ですが』に続けた言葉は間違っていなかったらしい。穏やかに微笑むルーラーの姿を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
そこから始まった王の容姿に対するマシンガントークにやはり自分は話題を間違えたのでは?と思わないではないが、ひとまず移動時間の退屈と気まずさはそれで晴れるのであった。
巨大な水晶が鱗のように折り重なり構成された巨塔……先ほどまで和の歓迎会が行われていた神殿に続く通路である建物を出ると、そこは地上の世界だった。
この世界に来て、初めての地上。目の前に広がる光景に感想を述べるよりも早く、和に声がかけられる。
「魔術師殿。このシュメールの大地はいかがですかな?」
皮肉めいたルーラーの声色に、和は口を噤むしかない。
彼女の目の前に広がっていたもの。それは水平線の彼方にまで全周囲に満ちる海と、そこに浮かぶ生命の気配など微塵も感じられない微かな陸地。
そして、大地に怒りを叩きつけるかのような防風雨。
彼女は死に敏感な死霊魔術を扱う魔術師であったが、そうでなくても一目でわかっただろう。
この世界は、とうの昔に死に絶えたのだと。
なるほどここに民が住む事はできないというのも納得である。
「わが子 こっちですよ わが子ー」
唖然としていた中、響く声。
和がそちらへ目を向けると、そこにいたのは先ほどのルーラーとの話題に上がったその人、イラク異聞帯の王であった。
無限に広がる海を彷彿とさせる長い水色の髪。天を満たす星の海を写し取ったかのような藍色の瞳とその中に浮かぶ金の輝き。
外見だけを見ればそれは幼い少女だ。しかしなるほど、立ち振る舞いは淑女のそれを彷彿とさせる落ち着いたものであり、一つの世界を統べる存在に相応しく――
「大母よ。お気持ちはわかるがその尾をお収めくだされ」
だが和とルーラーの目にはそうとは映らない。尾である。彼女から生えている、鱗に覆われた鯨のような尾がぶんぶんと、それはもう嬉しそうに振られている。
「お待たせして申し訳ありません、王様」
同僚の家の懐っこい犬を彷彿とさせるそれに(口に出せばルーラーがどう出るかわからないので言わないが)苦笑しながら、和は王の元へと足を進める。
和の姿を確かめ満面の笑みを浮かべている王に、和は改めて決意する。
この世界は、じきに嵐に巻き込まれる。12の世界がただ一つの生き残りをかけ争う大戦に。
王の力を疑うわけではない。だが、彼女は守らなければならない存在だ。
大きく力を減じた、壊れたる神。その身は恐らく、万全の調子を整えた他の世界の王を相手取り十分に抗しうるものではないだろう。
この世界に自分を導いた案内役の信用ならないルーラーから、他の世界には星を食らう魔物がいると聞いた。
巨大な戦艦と未来都市、一騎当千の勇士たちを束ねる偉大な総督がいると聞いた。
この世ならざる何かと契約し、亡霊の身と化してなお戦い続ける騎士がいると聞いた。
眠りから覚めた、竜の如き権勢を持つ女皇がいると聞いた。
絢爛の都市を統べる王妃がいると聞いた。
他にも、幾多の恐ろしき世界の話を、聞いた。
彼ら彼女らを相手にし、おそらく自分の王は単独では勝ちをもぎ取る事はできないだろう。
その身に刻まれた癒えぬ傷は、とてつもなく深いと聞いていたから。
だが、何を相手にしても恐れず戦うと和は己に誓う。魔術師としての、警察官としての全てをかけ、私は王を守り、この世界を存続させる。
そう、決意し――
「わが子 怖い顔をしないで」
だがその生真面目な決意は、自分を上目遣いで見つめる、いつの間にか目の前まで移動していた王に遮られた。
「あなたは わたしのために 傷つこうと してくれるのですね」
穏やかで優しい、和を慈しむかのような声色。
「でも 大丈夫 あなたは わたしが守ります」
「戦わなくても いいのですよ」
しかしそこから吐き出された言葉は、和の出した結論とは、まったくの逆で。 え、と疑問を口にする暇もなく。それは、王がひょいと手を振るだけで行われた。
これまで嵐に揺られるだけだった、海。
和の観測できる水平線までの彼方、その海の全てが、泡立ち湧き上がる。
渦巻く水柱が数千数万、それ以上に暗天へと伸び、天の海から地の海から生命たちが泳ぎ出し宙を舞い、隊列を成し空を彩る。
「ようこそ わたしの世界へ」
天地開闢の混沌が如き、その光景。
それを背景に、和の肩ほどの背丈しかない小さな神は先ほどと変わらない慈しみを込めた瞳で和に微笑む。
「あなたを 歓迎します かわいい わが子」
その姿を見て、和は己の勘違いを脳裏で修正する。
そして得た結論は、同時期に他の世界へと旅立ったであろう実験の仲間たちが、同じく自分の世界の王に対して思ったのときっと同じ内容だったのだろう。
あぁ。
私の王様が、最強なのだと。