「よく来たな、人間」
窓の外、暗黒の水中に生物の発する光だけが灯る海を眺めながら、神は訪れた魔術師に向け背中越しに言葉をかける。
イラク異聞帯中枢、星海神殿エエングラ・テメンアンキ。
この海の世界を統べる神々が住まう神殿であるこの場所に魔術師、和が呼び出されたのは2時間ほど前の事である。
いつものような王からの呼び出しと思いきや、彼女を迎えたのは最も想定外の人物だった。
双子神のバーサーカー、その兄。
「貴様は母上に近付きすぎているようだが……程々にしておく事だな」
気難しく和からも距離を取っている彼は、開口一番に吐き捨てるかのように告げる。
字面からすれば母親を取られまいとする嫉妬のようにも聞こえる言葉。だがそのような可愛らしい感情はひと欠片も混じってはいない。
それは、人間嫌いの彼には珍しい慈悲が混じった忠告だった。
「……どういう事でしょうか」
「我々神と貴様ら人間は、そもそも同じ価値観を共有する事などできない。次元が違う生命だ」
「愛している、というのだろうよ。母上は貴様や他の人間を『わが子』と呼んでいるのだろうよ。だがな――」
「――虫かごの中のペットを本心から『家族』と思える人間がいると思うか?」
「犬猫ならば、とでも言いたいのか。だがな」
眉をひそめる和。しかし言いたい事はわかるとでもいいたげにバーサーカーはせせら笑う。
「神と人は、人と犬猫ほど近くはない。虫というのも優しい例えなぐらいだ」
……きっと彼は何も間違った事を言ってはいない。和はそう考える。
人と神の違い。それは、人間とシャーレの中の細菌ほどに分かたれているのだろう。
「そこを履き違えるなよ、人間。そうでなければ……」
「貴様にも母上にも、不幸な結末が待ち受けている」
その言葉は、静まり返った空間に重く圧し掛かった。
一度目を閉じる和。そして、彼女なりの考えをまとめ――
「しかしギリシャ神話のような」
「例外を出してくるのはやめるがいい人間」
「メソポタミアの神話でもドゥムジ神とか元々人間だったような」
「やめよ」
とりあえず持論は置いておいて、反例を出すことに。
「『苦しくなってきたね、にぃ』」
言葉に詰まったバーサーカー。
そしてそこにふよふよと宙を漂い乱入してくる第三者。
黒の髪に、バーサーカーの纏う白の衣をそのまま黒に染めたかのような服装の少女だ。
バーサーカーの片割れ、彼の妹である。
「もういい。付き合ってられん」
気勢を削がれた事もあり声色に怒りをにじませた調子で話を打ち切るバーサーカー。
「『私はおなかが空きました』」
「『なぎちゃん、にぃ、ごはんを食べに行きましょう』」
「『今ならウル城下の2番街の焼き羊屋が開店セールで半額です。お財布に優しい』」
そんな二人の議論など気にせず、妹が手に持つ粘土板が、次々と刻まれた文字を変えていく。
「もうそんな時間でしたか。ぜひ一緒に」
「『やった』」
無表情のままガッツポーズを取る妹。無表情のままだがどこか嬉しそうだと和には感じられる。
「『いふちゃんとおかーさんも呼んでくるね』」
「妹よ……お前はもう少し神らしく振る舞うがいい」
「神様といっても色んな方がいますよ。人間と同じです」
そのまま宙を漂い去っていくバーサーカーの妹を見送り、微笑む和。
人間ごときが一緒にするな、と怒るかもと思ったが、バーサーカーは呆れたように溜息を付くだけだった。