前編と銘打っていますがまだ前編の前編って感じです
天と地を司るシュメルの二神に、アステカの狂戦士は向かい合う。
宙に浮かぶ、地に立つという対照的な位置に構えるニ神は、敵となるアステカの神を注視していた。
一方のシウテクトリは、臨戦の構えこそ取っているが動く様子は無い。
「どうした。臆病風に──」
互いに動かない状況に痺れを切らしたのだろうか。
シュメルのバーサーカー、アンは傲岸不遜に彼女をせせら笑う。
「チッ……!」
しかし、彼がその言葉を言い終わる事は無かった。
舌打ちと共に言葉を切り、宙からシウテクトリを見下ろしていたアンは螺旋を描く起動でさらに高空へと身を跳ね上げる。
彼のシウテクトリへと向けていた視界は、魔力を纏った一面の炎に覆われていた。
神霊の霊基を焼くほどの出力は無い。だが、視認、魔力探知共に彼方に立つ相手の姿を覆い隠すには十分な火力であった。
そしてアステカの狂戦士が、逃走のために安易な目くらましを行ったと考える程アンは鈍い神ではない。
アンは直後、己の予想は正解であったと認識する。
彼が直前まで位置していた座標を人程のサイズもある火球が駆け抜けた。
「フン、力任せの突撃か」
高密度の魔力と神気が火球の内から伺える。シウテクトリ本人による突貫だろう。
直撃していれば無事では済むまい。
明後日の方向へと飛び去って行く火球を眼下に捉え、アンは鼻を鳴らす。
油断ならない速度ではあったものの拍子抜けだ、と。
軌道を曲げての追撃も行ってこない辺り、己自身でも制御できないか、反撃を受けぬよう自分の射程圏内から最速で離脱する腹積もりか。
相手の意図をそう判断し、アンは己の右手を自身の支配領域、天へと向けて掲げる。
──だが、それが叶うなどと考えているのであれば我を愚弄しているな?
瞬間、遥かな天空にちかりと一点の光が灯り、瞬き一度の時間も置かず光の柱が高速飛行する火球を一閃に刺し貫く。
ジュウ、という音を立て火の粉を散らし、火球は跡形も無く消失した。
信仰は零落し霊基も本来の状態とは比べ物にならないほどに弱体化しているとはいえ、彼は主神にも比肩する高位の神である。
天の神アン。
シュメール神話の原初神、ナンムより最初に分かたれた大神。
いくら神とはいえ、一騎が相手取るには、あまりにも分が悪い。
自身が放った天空からの魔力投射、その余波に髪をなびかせながら、彼は消し飛んだ敵が存在していた虚空を眺める。
当然の結果だ、という退屈。
次いで相手が悪かったな、という憐憫。
「粗野で下等な神らしい──がッ!?」
しかし、アンは口にした言葉を再び遮られる。
自身の首に、炎を纏った腕が掴みかかっていたのだから。
先ほど殺したはずの、アステカの狂戦士。
突撃を行い既にそこにはいないはずの彼女が、目くらましとして放った炎の向こうから一瞬にして距離を詰めたのである。
彼が見間違えていたのは、敵の神格。
メソポタミア神話において、炎の神とはあまり位の高い神ではない。
そのために、同程度の存在だという尺度しか持っていなかった。
当然ながら、シュメールの古き神であるアンがアステカの神の事なぞ知るはずもない。
シウテクトリ。若き炎の神。
彼/彼女は、時に創造神の一柱として語られ、かのテスカトリポカの身を裂いたとされる逸話が存在するほどに、猛き神であるのだと。
「灰と化すがいい」
──選ぶべきは速攻。
アステカ異聞帯のバーサーカー、シウテクトリは眼前の敵に対する戦術をそう判断した。
敵の魔力量は己を上回っている。加えて、先ほど男の方が自身に仕掛けたと思われる拘束の術。
幸い自分に対しては効果が薄いようだったが、それでも交戦においてごく一瞬でも隙を晒す事態は無視できるものではない。
さらに、高火力かつ精緻な魔力投射による砲撃。
下手な手段で近付こうとすれば、一瞬にして消し炭にされるに違いない。
「貴……様ッ!」
故に、彼女が選んだのは囮を放ち注意を引いてからの強襲。
欺瞞された? 自分が?
恥辱と喉を締め上げられる苦痛に表情を歪ませ、アンが右手を再び掲げる。
天に光が煌めき、再び光の柱が。
「遅い」
だがゼロに近い両者の距離で、彼が攻撃を放つにはあまりにも遅すぎた。
シウテクトリが首にかけた手へと力を込める速度に、追いつく事はなく。
ごぎり、という骨の砕ける音と共に、その腕は力なく垂れる。
苦痛により制御がぶれたのか、降り注ぐ光は両者から数十メートル離れた場所へと落下し、地面を砕くだけに終わった。
怒りに満ちた目から生命の光が消える。
それを一瞬の内に判断し、シウテクトリはアンの死体を放り捨て一目散に駆ける。
「『……』」
きょとんとした表情を浮かべている、敵の片割れへと。
選ぶべきは速攻。敵はひとりだけではない。
戦力の片割れは今殺したが、油断できる相手では決してない。
精神的動揺の隙を突き何もさせずに殺す。
その意思と共に、シウテクトリの放った拳が双子のバーサーカーの片割れ、キの頭へと放たれる。
「『さかなさん、任せました』」
だがその拳は、彼女の標的とは違うものへと突き立った。
まず拳に伝わったのは不快なぬめり。次に、そのぬめりを突き破り、体内へと達した感触。
「……?」
シウテクトリの拳を受けた相手……突如として戦場に現れキを庇ったオアンネスくんが、臓腑を潰される致命傷に体を痙攣させる。
シウテクトリにとっては知らない敵ではない。
この戦いの前に散々焼き尽くした、シュメールの防衛戦力と思われる魚人だ。
だが、何故突然に姿を現した?
何かはわからないが、不味い。原因が目の前の神である事は明らかだ。すぐにでも殺さねば。
本能的な危機を感じ取り、シウテクトリは思考もそこそこに崩れ落ちたオアンネスくんを蹴り飛ばし、キへと炎を浴びせようとする。
「『おかえりなさい』」
それは、微かな違和感だった。
脚に何かが喰らい付く感触。
大きな痛みも傷もないが、攻撃の予備動作としての踏み込みを崩されたシウテクトリは思わず目線をそちらへと落とす。
かた。かたかた。
小刻みに硬いものが揺れる音を聞くと同時に、シウテクトリは自身の脚を咬んでいるのが何かを理解した。
白骨である。魚に、人間の脚が結合した。
「『おかーさんがお母さんをやりたいらしいので、私はこっちをメインで担当する事にしました』」
力任せにそれを振り払うシウテクトリを、キは無表情のままで見据える。
その意思を代弁するように、少女が手に持つ石板へと文字が刻まれていく。
地の女神キ。
シュメール神話の原初神、ナンムより最初に分かたれた、もう一柱の神。
イナンナ、ニンフルサグへと続くシュメールの地母神の最初の一柱であり、同時に。
「『つまり、なぎちゃんといふちゃんと一緒。嬉しい』」
エレシュキガル、ネルガルへと続く系譜。
すなわち、冥界神の最初の一柱である。
白骨と化したオアンネスくんが、地面から次々と立ち上がる。
所々に焦げが見られる事から、この戦闘の前にシウテクトリが焼き尽くしたオアンネスくんたちである事は明確だ。
死者を再び戦士として呼び起こす冥界の力。
この戦場における数の差は明確となった。
「それが、どうした」
とはいえ、雑兵が増えたくらいで戦意を挫かれる程、シウテクトリは弱弱しい神ではなかった。
当のキもこのオアンネスくんの群程度で戦局に決定的な影響を与えるほどだとも思ってない。
「『火の神様はつれない。もうちょっと驚いてくれていいのに。だから』」
「貴様の力、一角の神であると認めてやろう」
突如として、戦場に混じる声。
同時にシウテクトリの首を、背後から人の腕が掴んだ。
感じ取れるのは、溢れ出す神気。天空のように澄み渡った、純度の高い神代のマナの奔流。
その腕を即座に振り払い、シウテクトリは
「『びっくりさせてあげました。冥界パワー、すごいでしょ』」
大地と冥界の女神が、無表情に微かなしてやったり、という色を浮かべる。
「故に、我と我が妹が全力を以て叩き潰してやろう。光栄に思うがいい」
先ほど殺したはずの天の神が、変わらぬ傲岸不遜と共に告げる。
炎如きが、大いなる天地を焼き尽くす事など叶うものか。そのような真理を、突き付けるかのように。