押田くんと異世界探検する   作:とにざぶろう

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【1】海辺、扉

 マリー隊長の実家は、ひどく退屈だった。

 

 初めは村一つ分という広さの敷地に圧倒されたし、煌びやかで豪奢な内装には目を奪われた。

 が、食事会を終え、食後の歓談に移ってからは、隊長のよくわからないものに関するよくわからない話が垂れ流されるばかりで、どうにも手持ち無沙汰だ。

 

 隣の押田はといえば、隊長が呼吸を置く度に「素晴らしい!」「まったくその通りです!」と合いの手を入れており、心から隊長の話を楽しんでいるように見える。

 些か信じがたいが、もしかしたら彼女にとっては、隊長のよくわからない話もよくわからないものではないのかもしれない。

 

 ……まぁ、聞き手は一人いれば十分、私は必要ないだろう。

 

 そういえば敷地内には、海辺に面した砂浜や、ちょっとした森なんかもあった。

 あの辺りを散策するのは面白いかもな。

 

「隊長。話の腰を折るようで悪いが、少し花を摘んでくる」

 

 私が手を挙げて言葉を挟むと、隊長はにこやかに「そこの扉を出て右へずっと行ったところよ」と答えた。

 礼を言って部屋を出ると、隊長の示した方向とは逆――左へ足を向ける。

 突き当たりが遠く見えないほど長い廊下だ。

 2分ほど歩いて、ようやく正面ホールへと辿り着く。

 

「あら、どちらへ行かれるんですか」

 

 振り向くと、恰幅の良いメイドが立っていた。

 

「少し外の空気を吸おうかと思いまして。すぐに戻りますよ」

 

「そうですか。それは良いんですけどね――」

 

 手招きをされ、私が近付くと、

 

「実は、ウチの屋敷に盗みが入りましてね。もしかしたら、まだ外を彷徨いているかもしれないんです」

 

「盗み、ですか?」

 

 物騒な話だな。

 

「いえいえ、とはいっても、レーズンパンとか、食料が盗まれただけなので大事ではないんですけどね」

「最初は猿か何かかと思ったんですけど、どうやら人間の仕業みたいで」

 

「ふうん、なるほど」

 

 これはちょうど良いかもしれないな。そこそこに刺激的で、退屈はしないだろう。

 

「もし手が足りていないようでしたら、手伝いましょうか?」

 

 私が提案すると、彼女は「いえいえ!」と強く手を振った。

 

「大事なお客様にそんなことをさせるわけにはまいりません! あたし達で何とかなりますから!」

 

 その語気は強く、交渉しても折れることはなさそうだ。

 つまらないが、仕方ないな。

 

 私は彼女へ「では、健闘を祈ります」と告げて、すっと正面玄関を出た。

 まあ、とりあえずは散歩でもしよう。

 歩いていればどこかで盗人とも出くわすかもしれないし。なるようになれ、だ。

 

 さて、正面玄関から真っ直ぐ正面にはボカージュ。右手には小さな森、左手は海辺に繋がっている。

 どれも惹かれはするが。

 

「――やはり海だろう」

 

 私は歩き出した。

 

 ◇ ◆ ◇

 

 砂浜に辿り着くと、海水はエーゲ海を思わせるほど青く透き通っていた。

 静かなさざ波が、海面に薄く膜を作っている。

 プライベートビーチとするにはもったいない。

 一般開放した方が良いんじゃないかと思ってしまうくらいだ。

 

 折角なので、靴下とスニーカーを脱いでそっと足首を水辺に沈めてみる。

 

「んん……っ」

 

 思ったよりも海水は冷たく、そういえば季節は秋に差し掛かろうとしているのだったと思い出す。

 海水浴は、また来年だな。

 そそくさとハンカチで軽く足首を拭いて、靴下とスニーカーを履き直す。

 立ち上がり、綺麗な弧を描く海辺を眺めると、少しだけ気分を持ち直した。静かに砂浜へ足跡をつける。

 

「……安藤くんっ」

 

 その声はネズミの鳴き声と思えるほど小さく、遙か遠方から聞こえてくるのがわかった。

 青いジャケットとパンツで正装した押田は、おそらく隊長の実家を訪問するのに気を遣ったのだろうが、海辺に立つにはひどく不釣り合いだ。

 スカーフが荒々しく風で揺れている。

 どうせ私を連れ戻しにきたのだろうし面倒なので、彼女へ背を向けて歩を進める。

 

「待て待て! そこで止まるんだ安藤くんっ!」

 

 声が段々と近付いてくる。

 革靴では砂浜を走るのは難しいだろうに。

 

「……なんだ、押田くん」

 

 苛立ちを隠さず、振り返ってそう返してやると、彼女は間髪入れずに続けた。

 

「何故、屋敷の外に出ているんだ、君はっ! マリー様がお待ちだぞ!」

「まったく、野蛮な受験組はこれだから……っ」

 

「……貴様、口を慎めよ。どうしてそこで受験組という言葉が出てくるのだ、前々から我々への差別意識を取り払えと再三注意してやってるだろう」

 

「はっ! 『やってる』とは、外様がまったくどうして上から物を言えたものだなっ!」

「今回の件、どう考えても悪いのは君の方じゃないかっ!」

 

「私は『花を摘みに行く』と言っておいたはずだ、花を摘むのだから外へ出るに決まっているっ!」

 

「それは方便というやつじゃないか! 用を足しに行くのを濁すのに遣うんだ。そんなこともわからないのか君はっ!」

 

「方便なんてことは百も承知で言い返しているんだっ! 貴様こそ察するべきだろう、それくらい!」

 

「察しろっ!? 君こそマリー様のお気持ちを察せられないのかっ!? 一人寂しく屋敷で君を待ってらっしゃるのだぞっ!」

 

「私でなくともエスカレーター組の貴様が残っていれば良かったじゃないか、というかだな、そもそも――」

 

 ふと、そこで我に帰った。

 ――まったく、どうして我々はこうも無益な言い争いを繰り広げてしまうのか。

 互いに建設的なやり取りでないことくらい理解できているだろうに。

 

「押田くん、押田くん」

 

 声のトーンを落として彼女へ呼びかける。

 

「すまなかった。口喧嘩はここまでにしよう」

 

「あ、あぁ、そうだった。こちらこそすまない、安藤くん」

 

 彼女も気付いたのか、表情を変えるとすぐに詫びの言葉を口にする。

 強く仲直りの握手をして――、

 

「それでは」

 

「ああ、それでは」

 

 押田へ背を向け、ぽつぽつと歩を進める。

 

「――て、ちょ、ちょっと待て!」

 

「どうした、まだ喧嘩を続けるつもりか?」

 

「そうじゃない! 君はまさか屋敷に戻らないつもりかっ!?」

 

「それとこれとは、話が別だからな」

 

「君は馬鹿なのかっ!? い、いや喧嘩をするつもりは断じてないのだが、しかし――」

 

 狼狽する押田の肩を「まぁまぁ」と叩く。

 

「一庶民である私としては、あの屋敷は息が詰まりそうになるのだ。少しは気晴らしくらいさせてくれ」

 

 にこやかに言葉を伝えてやると、押田は「し、しかし」と狼狽を続ける。

 その隙を見て、私は再び背を向けた。

 

「すぐに戻るから」

 

 水平線と平行に続く波打ち際、そのずうっと先にそびえる巨大な岩崖までと心に決め、歩き出す。

 後方からは、じゃりじゃりと砂を踏みしめる音が聞こえてくる。

 あれほど言い含めてやったというのに、意地になってしまったのか、押田は引き返すつもりはないようだった。

 ただ、言っても無駄だというのは彼女も理解できたのだろう、反論の声はもうない。

 

「……どこまで向かうんだ?」

 

「端まで行ったら引き返すさ」

 

 押田はいつの間にやら私の隣を歩いていた。二人で並んで、緩やかに砂浜を進む。

 正直、こいつがいるのは気にくわなかったが、潮の匂いは鼻腔をくすぐり、波の音や砂を踏みしめる音は私の耳に心地よく届いた。

 それほど気分は悪くない。

 

「んん?」

 

 そして、岩崖の陰にその洞窟を発見したのは、ほんの数メートルの距離まで接近してからのことだった。

 

 洞窟の入り口は、波打ち際にほど近く、かつ、海面よりも下にあった。

 岩で海水がせき止められてはいるが、満潮になれば水没してしまうだろうことが予想される。

 しかしそもそも、海面より下に位置しているのだから、満潮だろうと干潮だろうと洞窟の入り口は水に満たされていなければおかしい。

 おそらくは人工的な排水設備がどこかにあるのだろう。

 

 ――そうまでして隠しておきたいものが、この洞窟にあるということか?

 

「面白そうだな」

 

 呟いて足を動かすと、押田が「は、入るのか?」と怯えた声を出す。

 

「あぁ、お前はその服装だからな。ここで待っていると良い」

 

 私は振り返らずにそう返してやったが、彼女はムキになってしまったようで「私も行く!」と声を強めた。

 

 洞窟の中は薄暗いため、スマホのライトで照らしながら、転ばないよう慎重に足を踏み入れる。

 洞窟の中へ入りすぐさま気付いたのは、水面よりも下に位置しているのは入り口の部分だけで、先へ進めば段々と上り坂になっていることだった。

 

 さらに進むと、薄暗闇のなか、目に留まるものがあった。

 寄せ集められた木々。簡易テント。魚の骨。

 リンゴの芯。キャンプバッグ。そして、寝袋が三つ。

 さすがに驚く。

 

「こ、これは……誰かがここで野営をしているのか……?」

 

「大方、屋敷に入ったという盗人だろう。単独犯ではなかったというのは予想外だったが」

 

 そこまで口にして、迂闊だったと気付いた。

 我々の声は洞窟に反響している。

 連中がまだこの洞窟に残っていたとしたら、会話は全て聞かれているに違いない。

 ――いや、声などを気にする前に、そもそも足音の時点で気取られているか。

 どちらにせよ、あまり良い状況ではない。

 

「屋敷に盗みが入ったのか?」

 

 押田は――何も考えていないのだろう、素知らぬ顔で先ほどと同じ声量を発する。

 

「声を落とせ。まだ奴らが残っているかもしれない」

 

 私が諫めると、押田は「なるほど、その可能性は見落としていた」と応じ、すぐさま顔色を変えて決意の瞳を浮かべた。

 

「だとすれば引っ捕らえなければ」

 

 いやいやいやいや。

 

「二対三だぞ……っ? 一度戻って隊長へ報告するべきだ」

 

「不意を突けば戦力差など覆せる」

 

「我々の話す声は全て聞かれているのだ、不意などつけるはずがないだろう……っ」

 

 私が抗議する間にも、押田はずんずんと奥へ歩いて行く。

 なんだこれは、先ほど、私が押田の言葉を無視して先へ進んだ意趣返しをされているのか……っ!?

 

 ――いや、こいつはそんな面倒なことを思いつく脳みそを持っていないだろう。

 良くも悪くも直情的な奴だからな。

 

 なんてことを考えている間にも押田の姿は暗闇の中に消えてしまいそうになっている。

 このままでは見失う。

 

「……ぁあ、くそっ」

 

 行くしかない。仮に盗人がいたとしたら、押田一人では荷が重いだろう。

 

「少しは歩を緩めろ。はぐれてしまうだろ」

 

 私がそう声をかけた瞬間、暗闇が僅かに晴れ、ぼうっと押田の姿が浮かび上がった。

 光だ。押田の前方に、二つ、暖色の照明が灯っている。

 誰かが灯した? それとも、我々が来るのを検知して自動で灯ったのか?

 

 ――いや、それよりも、二つの照明の間には、さらに不可解なものがある。

 

「なあ、これ、どうしてこんなところに?」

 

「……私が知るわけないだろう」

 

 呆然と立ち尽くす押田に追いつくと、私はそう返した。

 扉だ。

 城塞の門扉のように巨大で、全体に彫刻を施された、古い鉄製の扉が、洞窟の壁面に埋め込まれている。

 扉には閂の支えが設置されていたが、閂の方はといえば、地面に転がっている。

 見たところ土埃も積もっていないし、外されてそう時間は経っていない。

 この扉の先に何者かがいる可能性は高いだろう。

 

「安藤くん、心の準備は良いか。開けるぞ」

 

「待てよ、押田くん」

 

 扉に手をかけようとした押田の肩を掴む。

 

「盗人がいるかどうかはさておくとして、この扉、本当に開けてしまって良いのか?」

 

「どういう意味だ」

 

「こんな場所に設置されてるんだぞ。まともなもののはずがないだろう」

 

 一体何を隠しているのかは知らないが、ちょっと設備の質が想定以上だ。

 初めこそ面白がっていたものの、さすがに少しきな臭くなってきた。

 

「ふむ、確かに。マリー様のご一族にとって秘密にしておきたいものが、この先に眠っているのかもしれない」

 

「ああ、宝物庫とか……嫌な想像をするなら、武器庫とか」

 

「――しかし、もしも盗人がこの中にいるのなら、むしろ秘密を掘り返される前に捕らえておくべきではないか?」

 

 えぇ……。

 

「それは、はたして我々の役目なのか? 同じ戦車道のチームメイトとはいえ、我々は赤の他人だぞ?」

 

「開けるぞ」

 

 私の疑問など意に介さず、押田が扉の取手に手をかける。

 

「んん……っ?」

 

 ――が、扉は開かなかったようだ。

 彼女の全体重をかけて押しているようだが、扉はびくともしない。

 私がどれだけ止めようとも、止まるつもりはないな、これは。

 

 ――――。

 

「あぁ、まったくっ!」

 

 本意じゃない。ぜんぜん本意じゃない。

 しかしまぁ、押田の言い分が100%間違っているわけではないし。

 ここで隊長に恩を売っておくのも良いだろうし。

 こちらの言葉に耳を貸さない態度は気にくわないというか、人としてどうかと思うが、私もこの扉の先に興味がないではないし。

 このまま押田が唸り声を上げているのを眺め続けるというのもアホくさい。

 だから、本意じゃない、本意じゃないが、仕方なしだ。

 

「押田くん」

 

「なんだ、見てないで君も手伝え……っ!」

 

 憤怒の表情で力を込める押田に、言葉を返す。

 

「それ、引き戸なんじゃないのか」

 

 押田は「む」と小さく口にすると、姿勢を正し、改めて取手へ手をかける。そして引く。

 

 ――ずず、と低い音が聞こえた。

 先ほどとは違う、明らかに扉が震えている。

 足下で小石が転がり、ぱらぱらと音を立てる。

 

 どうやら押田一人の力では足りないようなので、(本意じゃないが)私も取手へ手をやり、仁王立ち、全力で扉を引く。

 徐々に徐々に、扉が開いてゆく。

 

 そして扉の隙間から、漏れたのは目映い光だった。

 扉の横へ設置された照明の比ではない。

 光に包まれたせいで、景色がかき消えて何も見えなくなる。

 

「安藤くん、一体なんなんだこれは……っ!」

 

「私が知るかっ! いいから引け!」

 

「ようし、了解だ!」

 

 あまりの眩しさに目を瞑ったまま「「んんんんぅああああああっ!」」と、二人して声を上げてさらに力を込めてゆくと、ふいに両手から鉄の感触が消えた。

 両手に握り拳が作られ、爪が手の平に食い込む。

 力の行き場を失った私の体は、思い切り後方へと転がってしまった。

 

「ぐぅえっ」

 

 思わず声が漏れたが、思ったよりも痛くはない。

 地面は柔らかく、どうやら土が敷かれているようだ。

 洞窟の中は岩場ばかりだったはずだが。

 

「うぅん……?」

 

 熱でもあるのか妙に重い体を起こすと、顔を上げて辺りを見渡す。

 …………。

 

「ぇえ?」

 

 共通点は、この場に私と押田がいるということだけ。

 

 洞窟の中にいたはずの私たちは、いつの間にやら、草原の真ん中に立ち尽くしていた。

 

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