改めて言うけど、ホントにね、この車は借りるだけのつもりだったんだ。
君たちに依存しきるのも良くないかと思ってね。
食料と、荷台車をもう一台確保したくて。
……あぁ、そうだね、ごめん。もう一度謝るよ。
断りを入れずに借りてしまったのは、そういう性分なのかもしれないね。交渉事は苦手なんだ。
話を戻すよ。
荷台車に乗った私とミッコは、まずは彼らの住む学校を探すことにした。
彼らのことは、なんて呼ぶのが良いのかな……うん、それなら私も人型と呼ぶことにしようか。
荷台車を走らせて15分ほど経った頃かな、人型の住む学校を見つけた。
たぶん大きさからすると小学校だね。
私たちは……そう、慣れているからね。忍び込むのに苦労はなかったよ。
それから、校内を回って物資を集めた。
食料となる肉や果実が主かな。未知のものばかりだったけど量だけは確保できた。
ミッコは見つけた食料の一部をその場で食べていたよ。
この辺りから彼女の様子は普段とは違ったね。
最初は、頭痛かな、気分が優れないのかな、くらいに考えていたけれど、少しそれとも違うみたいだった。
あいにく、校内に荷台車はなかった。
だから君たちから借りた荷台車に物資を乗せて、その学校は後にしたんだ。
それから間もなくのことだったよ。
運転をしていた私は、背後からミッコに突き飛ばされた。
すでに夜になっていたから手には懐中電灯を持っていたのだけど、それも落としてしまったよ。
……柄にもなく慌ててしまったのかな、荷台車の上で倒れ込んだ私は、何が起きたのかがわからなくて、まずは状況を把握しようと床に転がる懐中電灯を拾ったんだ。
懐中電灯を向けると、ミッコは手砲弾を持っていたよ。
――うん、幸いにも、そうはならなかった、ほら、私もミッコもこうして生きているだろ?
咄嗟に、私はミッコの手を掴んで手砲弾を奪い取った。
だから手砲弾が放たれることはなかったんだ。
けれど代わりに私は突き飛ばされてね、荷台車から落下してしまった。
ミッコを一人残してね。
……そうだね、土が硬かったから、背中が少し擦れたくらいかな。大した怪我じゃない。
心配してくれたんだね、ありがとう。
話を続けるよ。
このままミッコを行かせるのがまずいというのはわかったから、私は遠ざかっていく荷台車を止めることにしたんだ。
方法はすぐに思いついたよ。
私の手には、手砲弾があったからね。
荷台車めがけて投擲して、見事、着弾したわけさ。
……仮定の話をする必要はあるのかな?
上手くいった。それだけで良いじゃないか。
荷台車が大破したのは……そうだね、運が悪かったのかもしれない。
でもミッコは無事だった。
地面に倒れていたミッコは、立ち上がると、なおも私へ襲いかかってきたよ。
私は荷台車の残骸からロープを取り出して、彼女を縛りあげた。
あまり耳にしたくない言葉を続けるものだから、口も封じておくことにしたんだ。
疲れもあったからね、そのまま腰を下ろして休息に移った。
そうして幸運なことに、しばらくして君たちがやってきてくれたんだ。
……そうだね、君たちと別れてからの出来事としては、このくらいかな。
うん、もっと別の話が聴きたいって顔をしているね。
それじゃあ本題に入ろうか。
では、どうしてミッコは変わってしまったのか。
正直なところを言うと、私にも正確なところはわからないんだ。
でも、予想を立てることなら出来る。
結論から言おう。
おそらく原因は、この世界の飲食物を摂取しすぎたから、じゃないかな。
この世界に触れすぎてしまったから、とも言えるね。
つまりはヨモツヘグイさ。
……心当たりがあるのかな? その顔はありそうだね。
ともかく、私がそう考えた根拠を二つ説明しておくよ。
一つは、この世界の水を飲んだ際に、精神汚染のようなものを感じたことだ。
今思い返しても、あまり気分の良いものではなかったよ。
君たちもこちらに心当たりがあるんじゃないかな?
あれが進行するとミッコのような状態になってしまうというのは、ありそうな話だと思わないかい?
もう一つの根拠は、症状が表れていない私は、ミッコと違って食事を取っていないこと。
ミッコは赤黒い果実だったり、何のものかわからないお肉だったりを食べていたけど、私はどれも口にしなかったんだ。
ミッコとはずっと一緒に行動していたからね、私とミッコで違いがあるとすればそれくらいだ。
……あぁ、それは語らいの時間――食事をとるのは夜中にしようかと思っていたからだね。その程度の理由さ。
あくまでこれは予想に過ぎないものだけど、真実に近いところは突けているんじゃないかな。
何事も、全てを理解してから行動したのでは遅いものさ。
確かに、空腹を我慢するのはとても辛いことかもしれない。
それでも、安藤さんと押田さんも、なるべく食事は控えた方が賢明なんじゃないかな。
――うん、話はこれでおしまいだ。
ご静聴、ありがとうございました。
なにか質問はあるかい?
ないようであれば、次はこれからの話をしよう。
……………。
安藤さん、何も言わず、右手を前へ出してもらえるかい。
◇ ◆ ◇
疑問に思いながらも、ミカに言われた通り、焚き火を避けるようにして右手を彼女の方へ伸ばす。
「うわあっ!?」
と、ぐいと勢いよく手を引かれ、彼女の方へと倒れ込んだ。
「いったあ!」と地面に膝を打ち、なおも引っ張られてほとんどミカの抱き合う姿勢になる。
「い、いや、ホントに何なんだ、君はっ!?」
危うく焚き火に突っ込むところだったぞ。
「立って。急いで」
直後に、爆発音と衝撃。
背中と後頭部に痛みが走る。
咄嗟に後頭部へ手をやると湿り気を感じる。どうやら出血しているらしい。
「早く」
ミカに急かされ、ようやく立ち上がる。
振り向くと、焚き火の微かな明かりに照らされ、土埃が揺らいでいる。
その向こうには見慣れた金色の髪が見えた。
「押田くん……?」
そう口に出してから理解した。
たった今、ミカから説明を受けたばかりだった。
ミッコが変わってしまったのは、ヨモツヘグイのせいだと。
これまでの押田の行動を思い返せ。
彼女は、どれだけの食料を口に運んでいたことか。
「嘘だろ」
口から漏れたのはそんな言葉だった。
頭では理解できているはずなのに、まるで矛盾している。
下手から照らされた押田の表情は、冷たく濁っていた。
口を固く閉じ、瞳孔の開いた押田は、手砲弾を手にしている。
彼女は、手砲弾を私に向かって投げたのだ。
ミカに助けられなければ、私は死んでいただろう。
そして今度こそ私を仕留めようと、押田は次弾を手にしているのだ。
こんな至近距離だ。投げられた手砲弾が我々に当たれば、押田自身も無事では済まない。
……それでも、今の押田ならば投げてしまうのだろうな。
「おいどうす――」
ミカへ声をかけようとして驚く。
隣にいたはずの彼女の姿が消えていた。
……え? 逃げた?
「こっちだよ」
声は前方から聞こえた。押田よりもさらに向こうだ。
目をこらすと、押田の背後にミカの姿が見える。なるほど、分散のために移動していたのか。
押田もミカの方へ首を向ける。
「安藤さんっ!」
「わかっている!」
この隙を逃してはならない。
私は押田へ向かって駆けた。
押田はミカへ手砲弾を投げ、さらに次弾を腰に提げた筒から取り出す。
だが遅い。私は押田へと飛びついた。
もみ合いになり二人してその場へ倒れる。私が押田に覆い被さる形だ。
押田の持っていた手砲弾が気になったが、衝撃はなし。
どうやら爆発はしなかったらしい。
代わりに遠方から爆発音が聞こえるが、こちらは先ほど投擲したものだろう。
「気を抜くな!」
ミカの声だ、どうやら彼女も無事らしい。
眼前に迫っていた押田の拳をすんでのところで避ける。
だが、そのせいで姿勢を崩し、立場が逆転する。私は押田の淀んだ顔を見上げた。
「押田……」
口をついて出たその言葉に、押田の反応はない。
拳が飛んでくる。そう認識した瞬間には視界がぶれ、頬に痛みが走っていた。
「ぁあくそっ!」
迷っている余裕はない。
がむしゃらに腕を伸ばし、押田の左手を両手で押さえ込むことに成功する。
しかし押田の右手には手砲弾が残っている。
「ミカっ!」
私が叫ぶのと同時に、ミカが覆い被さり、押田の右腕を捻り上げる。
二人分の重力が私にのしかかる。
そしておそらくは苦し紛れだろう、押田は手首のスナップだけで手砲弾を投げた。
それがどこへ着弾するか、爆発するか否かもわからぬ投擲だ。
しかし最悪なことに、手砲弾はミカの足下へ着弾した。
爆発。衝撃と土埃。私を覆う圧力が消える。
足には痛み。体が僅かに浮き、後頭部を再び強かに地面へ打ち付ける。
「ぃったぁあっ!」
我慢できず声を上げ、痛みに耐えることだけに脳みそを持っていかれる。
――じんじんとした痛みは残しながらも、十数秒でなんとか持ち直し、腰を持ち上げる。
なんだ、何がどうなったんだ。
「押田っ! ミカっ!」
私の叫びに返答はない。
立ち上がり、辺りを見回すと、近くにミカが倒れていた。
左足からだらだらと血が流れている。
「おい、大丈夫か!」
駆け寄り頭を抱えるが、ぐったりとしたまま動かない。
冷や汗が体を巡る。慌てて脈をとる。
「……生きてる」
口元に耳をやると、呼吸も出来ていた。
一安心ではあるが、左足の怪我はかなり深そうだ。
爆発の拍子に鋭利な石ころか何かで切れてしまったのか。
「そうだ、押田はどこへ行った」
首を回すが、夜闇のせいでほんの十数メートルほどまでしか確認できない。
少なくとも見渡せる範囲内に押田の姿はない。
どこかに隠れているのか、それとも逃げてしまったか。
前者だった場合に隙をつかれ襲撃されては敵わない。
少し迷ったが、懐中電灯を取りに荷台車へと戻る。
「……不運というのは重なるものだな」
途中で押田の放った手砲弾が命中したのだろう、荷台車は車輪を破壊され、走行が不可能な状態となっていた。
「ともかく、今はこちらだ」
バランスの崩れた荷台車へ上り、懐中電灯と――あとは救急箱を手に取る。
ミカの元へと戻ると、彼女は目を覚ましていた。
「押田さんはどこへ……?」
「姿が見えない。どこかに隠れているか、逃走したらしい」
「……ミッコは?」
はたと気付き、彼女の方へ懐中電灯を向ける。
変わらず縄で縛られ口には猿ぐつわの噛まされた状態だ。
肩も動いているし、呼吸はしているらしい。
「無事なようだ」
ミカが、ふうと息を吐く。
「辺りを見てくる。お前はこれで足に包帯でも巻いててくれ」
そう言って救急箱をミカの前へ置くと、彼女は「待って」と声を上げた。
「君もひどい怪我だ。治療を優先した方が良い」
指先を私の頭へ向ける。
「しかし――」
「押田さんがこの辺りに潜んでいることはないさ」
「だとすれば、いまだに襲いかかってこないというのは道理が合わないからね」
「だとすれば、捜しに行かなければ」
「彼女を見つけても、その怪我では君が負けてしまうよ」
「その前に失血によって倒れてしまうことだって考えられる」
「あまり賢明とは言えないんじゃないかな」
「しかしそれでも」
「頭に血が上って気が付いていないのかもしれないけど」
ミカは、私の頭を指していた指先を、垂直に地面へ下ろす。
地面へ目を向けると、そこには血溜まりができていた。
「理解できたかい。君はいつ倒れてもおかしくない」
「こんな状態では、押田さんを追うことはできないよ」
「ぐ……っ」
「彼女も徒歩で移動しているはずだから、きっと遠くへは行っていないさ」
「……一度ここで眠って体力を回復した方が良いんじゃないかな」
ミカの言葉は全て正しかった。
言い返すことなどできやしない。
これが戦車道の試合だったなら、もしかすると間違った道を選んでいたかもしれないが、そうではない。
一つ間違えば、私は死ぬ。ミカは死ぬ。押田は死んでしまうのだ。
冷静に考えれば、明白だ。
私は死にに行くつもりだったのか。
「……悪かった。お前の言う通りだ」
言って、私は腰を下ろす。
ミカはふっと笑って言葉を返した。
「止血をするよ。頭をこちらへ向けてもらえるかい」
「お前の怪我は良いのか」
「安藤さんが先だよ。早くしないと命を落としてしまう」
それは言い過ぎだろう。
――と、その言葉は私の口から出てこなかった。
ふと気付いた時には、視界は暗転し、私は意識を失っていた。