押田くんと異世界探検する   作:とにざぶろう

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【11】太陽、風

「安藤さん、起きて」

 

「う……」

 

 誰かに体を揺すられている。

 なんだ、私は眠っていたのか。

 とろけた脳みそで記憶を思い返してみると、段々と奇妙な夢を見ていたことに気付く。

 押田と二人、おかしな世界へ迷い込み、とんだ苦労に見舞われていたのであった。

 

 目蓋を開けると、そこは見渡す限りの荒野だった。

 夜明け直後、黄金の太陽に照らされて、地面が眩しく光っている。

 学園艦にも私の実家にも、こんな景色は存在しない。

 

「夢ではない……か……」

 

 ――まあ、わかっていたことではある。

 夢だとすれば、鮮明すぎる記憶だ。

 

「起きたかい。敵だよ。身支度をして」

 

 声の主はミカだった。地面に両膝をつき、私の肩へ手をやっている。

 

「敵……?」

 

 ぼそりと言葉を返すと、ミカは視線を私の後方へ向ける。

 腰を起こして振り向けばそこには――、

 

「大群じゃないか……」

 

 地平線の一部が切れていた。

 こちらへ進軍する人型の数は、100や200ではきかない。

 少なくとも1000には達している。

 

 距離はここから数百メートル。走ればものの数分だ。

 

 遠目なので不明瞭だが、おそらくどいつもこいつも武装している。

 昨日の演説時の様子を思い返すと、目の錯覚ではないだろう。

 

「あっちにも」

 

 ミカが指先をスライドさせる。

 今し方見たような大群が他に二つも見つかった。

 我々は、人型に三方を囲まれていた。

 合計すれば万にも届くだろう大群だ。

 

「あんな数、どこに潜んでいたんだ……」

 

「大丈夫。完全に囲まれたわけではないから、まだ逃げられるよ」

「さあ、身支度をして、早くここを離れて」

 

 その言い回しに違和感を覚える。

 早くここを離れて、だと?

 

「……お前は逃げないのか?」

 

 私が問いかけると、ミカは地面に尻を下ろして目蓋を閉じた。

 

「ああ、風に誘われているのは君だけのようだよ」

「私はここで球遊びに興じることにしよう」

 

「時間がないんだ、はぐらかすのはやめろ」

 

 強めに問い詰めてやると、ミカは観念したように右手を持ち上げた。

 人差し指を、包帯を巻いた自分の左足へ向ける。

 続けて指し示したのは、縛られたミッコの姿だ。

 

「左足の怪我でろくに歩けない。ついでにミッコを見捨てることもできないってことか」

 

 ミカは答えない。

 言葉にしたくないってことか。どんなプライドだよ。

 

「それで私には、お前らを見捨てろと言うわけか?」

 

「私たちと君たちとの出会いは、単なる巡り合わせに過ぎないからね」

 

「だから命まで張る義理はないだろうって? は、確かにそうかもしれないな」

 

 ぐつぐつと腸が煮えたぎるのを感じる。

 

「だがな、そういう問題じゃないんだよ」

「お前が格好付けたがるのと同じだ。私にだって意地がある、プライドがあるんだ」

「目の前で死のうとしている人間を見捨てて逃げられるか」

 

「……君の目に、本当に大切なものは見えているのかい?」

 

「なんだと?」

 

「つまらない矜恃よりも、優先するものがあるんじゃないのかい」

「そういう意味で言ったんだよ」

 

「どの口が言ってるんだ、貴様っ!」

 

 ミカの胸ぐらを掴んで怒鳴りつける。

 しかしミカは怯まずに淡々と言葉を返した。

 

「さあ、行きなよ。君の目に私がどう写っているのかはわからないけど、これでも考え抜いた末の答えなんだ」

 

 射貫くようなその瞳には、幾つもの感情が乗っていた。

 

「……旅の仲間に、なるんじゃなかったのか……」

 

「なったよ。もうなってる」

 

 そういうことを口にするのは、やめてくれよ。

 もう、何を言っても無駄だ。

 すでにミカは覚悟を決めている。

 私がどれだけ説得しようが、こいつは折れないだろう。

 

 ああ、くそっ!

 

 だからこそ私は、彼女を、ミッコを見捨てることができない。

 こうして突っ立っていることしかできない。

 最悪の選択だとわかっているのに、体を動かすことができないんだ。

 

「安藤さん」

 

 ミカが私の名を呼ぶ。

 それでも、それでも私は――、

 

 どんっ。

 

「……なんだ?」

 

 どごおんっ。

 

 音は、二度聞こえた。

 

 これは手砲弾ではない。

 私はこの音を知っている。幾度となく耳にした。

 一度目は発車音、二度目は着弾時の爆発音だ。

 

「――まさか」

 

 立ち上がり、周囲を見渡している間に、再び発射音が鳴り響く。

 今度は着弾位置がわかった。

 人型の大群のすぐ手前だ。人型らは砲撃に狼狽え、進行を止めている。

 

 その姿は、地平線の彼方にあった。

 この距離からでも、すぐさま見てとれた。

 ――我らが、ソミュアS35だ。

 

「隊長……」

 

 乗車しているとしたら、彼女しかいない。

 胸の奥から押し上がってくる感情を堪え、ミカへ向けて言葉を放つ。

 

「ミカ、助けがきた。逃げるぞ、荷物をまとめろ」

 

「……再び、風が吹き始めたようだね」

 

「何だ、それは」

 

 そう言って少し笑うと、荷台車から救急箱やら懐中電灯やら最低限の物資をかき集める。もちろん食料は抜きだ。

 

 1分足らずでソミュアは我々の元へとやってきた。

 後部ハッチから、微笑みを携えて隊長が顔を出す。

 

「助かったよ、隊長」

 

 私が言うと、隊長は僅かに顔を曇らせる。

 

「あら、一人、数が足りないようだけど?」

 

「その件は後で説明する」

 

 ぐるぐる巻きのミッコを抱え、後部からソミュアへ上った。

 隊長がハッチから体を出したので、代わりにミッコを車内へと放り込む。

 隊長一人でどうやって砲撃と操縦を行っているのかと思っていたが、なるほど、操縦席にはもう一人見覚えのない少女が座っていた。

 ミッコを見て「え~、どういうことっ?」と叫んでいる。

 

 ミカを引っ張り上げ、物資を車内へと運ぶ。

 ソミュアは三人乗りなので、かなり手狭だろう、案の定、操縦席の少女が「も~、狭いよ~っ!」と悲鳴を上げた。

 

「安藤、私が指示するわ。貴女は中へ入りなさい」

 

「了解した!」

 

 後部ハッチから車内に入り、砲塔の中へ体を滑り込ませる。

 

「……さあ、それじゃあ六時の方向から抜けるわよ! ヴィーヴラ・ベセっ!」

 

「アーレ!」

 

 応じる声は私一人だけだ。

 内部生と外部生が入り交じって叫んでいた頃が懐かしい。

 

 ソミュアが動き出す。がたがたと車内が揺れ、僅かに圧力を覚える。

 

「2時の大群に砲撃っ!」

 

 照準を合わせてトリガーを引く。

 砲弾は、僅かに狙いの手前で落ちてしまった。

 

 ――なるほど、重力が向こうとは違うのだったな。次は少し調整しなければ。

 などと考えつつも、砲弾を抱えてセットする。

 

 装填手と砲手を兼任しなければならないので些か忙しないが、隊長に車長を任せられる分、普段よりもだいぶやりやすい。

 発射後は必ず砲弾をセットするようにして、あとは「10時の大軍に砲撃」とか「すれ違いざまに3時方向へ機銃掃射」とか飛んでくる指示の通りに動けば良い。

 

「ふふ、風が強いね」

 

 車外から聞こえてくるミカの声に「当たり前だろ」と心の中で突っ込みを入れる。

 

「これで抜けるわ。すれ違いざま、9時方向へ機銃掃射っ!」

 

 砲塔をぐるぐる回し、トリガーを引く。

 ばらまかれた弾は人型らに当たったようで、出血こそないものの、何体かがその場に倒れた。

 

「おうあああうあ」

 

 ――ふいに、人型らの声が聞こえた。

 おそらくは拡声器を使っているのだろう。

 逃げられると悟って、我々へ捨て台詞でも吐いているのか。

 

「隊長、奴らの色を記憶しておいてくれ!」

 

「その必要はないわ」

 

 ……どういう意味だ?

 

 雑音に紛れて聞き取りづらいが、奴らの声は続いている。

 しばらくして車内へ顔を出した隊長は、言った。

 

「女は預かった。丁重に扱うつもりだが、この先どうなるかはわからない。世界と交換だ」

 

 ――――。

 

 それは、まさか奴らの言葉の翻訳なのか。

 

「……ねえ、貴女、これどういう意味かわかる?」

 

 隊長、それは私が言いたい台詞だ。

 

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