押田くんと異世界探検する   作:とにざぶろう

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【14】声、光

 裏口から敷地内へ侵入すると、体育館周辺の敵の数は目に見えて減っており、作戦の成果がうかがえた。

 

 校庭の方からは砲撃音が聞こえてきて、ちらと見えた様子では、毛玉たちを校内へ引き込むことに成功したようだ。

 おそらく体育館周辺の人型もあちらへ駆り出されているのだろう。

 

 体育館の裏手側の扉をそっと開けて、中の様子をうかがう。

 やはり体育館は兵の詰め所になっていた。

 一部は外の毛玉やソミュアを狩りに出ているようだが、それでもアリーナにはまだ100体ほどの人型が残っている。

 キャットウォークを見上げると、四隅に1体ずつ見張りがついていた。

 

 体育館に身の隠せる場所は少ない。

 おそらく押田が囚われているとすれば舞台裏辺りだろう。

 

 しかし、この数をやり過ごして移動できる自信はない。

 

「隊長、聞こえるか、安藤だ。頼みがある」

 

『なあに? 手短にお願い』

 

 直後、体育館の外で轟音が鳴る。砲弾の音だ。

 

「余裕があればで良い。体育館の壁を破壊してくれないか」

 

『――15秒後よ』

 

 通信が切れる。

 

 頭の中で15秒をカウントすると、瞬間、爆音と共に逆サイドの体育館の外壁が破壊された。

 ソミュアの砲弾が当たったのだ。

 白煙が舞い、木片が飛び散る。

 

 当然ながらアリーナの人型は破壊された辺りへ注目し、その隙に私はステージの方へと駆ける。

 ステージには緞帳が下りており、中の様子はうかがえない。

 

「……1体や2体なら良いが、集団がいたら終わりだな」

 

 ええいままよ、と緞帳をくぐると、幸いにもステージ上には人型の姿はなかった。

 ほっと胸を撫で下ろし、舞台袖へ抜ける。

 と、そこには地下へ降りる階段が設置されている。

 

「ここか」

 

 なるべく音を立てないよう、一歩一歩、階段を降りる。

 地下は反対側の舞台袖へと続く通路となっていた。

 残念ながら、見渡す限り、どこにも人影は見当たらない。

 念のためそのまま反対側の舞台袖まで歩いて行くが、通路脇に隠れている者もなく、ステージ上へ戻ってきてしまった。

 

「……勘が外れたな」

 

 アリーナの人型に紛れていればさすがに気付くだろうし、キャットウォークにいるということもなかろう。

 

「隊長、体育館に押田の姿はなかった。このまま校舎へ回る」

 

『その前に、気になる場所が一つあるの。外へ出てきてもらえるかしら?』

 

 気になる場所……。少し引っかかるが、隊長のことだ。何の根拠もなしに提案しているわけではなかろう。

 

「了解した」

 

 緞帳の端をつまみ、布の間から顔を出す。

 ――と、目の前にいた1体の人型と視線が交わった。

 

「~~~っ!」

 

 思考を巡らす暇はない。

 すぐさま手砲弾の筒の蓋を外し、出口を人型へ目がけ、筒の底を叩く。

 隊長に教わった、この筒の正しい利用方法だ。

 

 筒から飛び出した手砲弾は、人型の真横を通り過ぎ体育館の壁に当たって爆発した。

 爆発音に気付いた人型が、10も20も、私の方へ注目する。

 

「やばい……」

 

 などと口を動かしている場合ではない。

 緞帳の中へ首を引っ込めると、ステージ上を走り、逆サイドから緞帳を抜けて飛び出す。

 

 視界に入る人型の数は……二桁には届いているな。

 まだ私の存在を認識していない個体もいる。

 構わず全力で走り抜け、まずは崩壊した外壁から、体育館の外へと出る。

 そこそこの段差を飛び降り、足がじんと痛むが、すぐさま走り出した。

 

「どこへ逃げるっ!? どうする安藤っ!?」

 

 視界の先には校庭があり、多数の人型がひしめきあっている。

 背後からは無数の人型が迫り、右手の校舎側も何十体もの人型が道を塞いでいる。

 よし、駄目だこれは。

 

「隊長! 隊長お! 見つかった! すまないが助けてくれると嬉しいなあ!」

 

『もう仕方ないわね。校庭へ向かえる? 校舎の方角よ』

 

 首を回して車体を探すと、ソミュアは私から100メートルほど先の校庭を前進していた。

 砲身はこちらを向いている。

 

『安藤、合図と同時にその場へ伏せてっ! 良いわね、いくわよ、3、2、1――』

 

「うわああ待て待て待てっ!」

 

 言いながらも待ってくれるはずもないので、素早くその場へ倒れ込む。

 頭頂部に風圧を感じ、直後、背後からは爆発音が鳴り響いた。

 土煙が舞い、頭の上にもぱらぱらと砂が落ちる。

 

「早く立ち上がりなさい!」

 

 隊長の肉声に、はと気付き立ち上がる。

 校庭へ続く石畳の階段を降り、目の前で停車したソミュアへ飛び乗る。

 一瞬の間もなく再びソミュアが発進すると、後部ハッチへ座る隊長が口を開いた。

 

「見て、あの校舎を繋ぐ渡り廊下よ」

 

 急に何だ、と思ったのだが、先ほど言っていた『気になる場所』の話の続きだと気付く。

 

 体育館の右手にはへの字型にずらっと校舎が並んでいる。

 隊長の示す渡り廊下というのは、への字の辺と辺が交わる部分に位置するもののことだろう。

 校舎と校舎の間に屋根だけを設置した簡易的なものだ。

 見れば、確かに何体かの人型が固まり立っている。

 

 隊長はすでに車内へ戻って機銃を操作し、進行方向にいる人型へ弾を散らしている。

 校庭を見渡すと、毛玉の位置はソミュアから若干の距離があり、すぐさま我々を襲う危険はなさそうである。

 人型が手砲弾を投げてきているが、ミカが上手く躱している。

 

「あそこがどうした?」

 

 額の汗をぬぐい、後部ハッチから中へ問いかけると、隊長は器用に砲弾を押し込みながら言葉を返した。

 

「さっきから、あの辺りから敵が増えているのよね。おかしいでしょう?」

 

 言い終わるや否や、砲弾が発射され、渡り廊下の屋根の下をくぐって地面に着弾する。

 煙でしばらく様子はうかがえない。

 

「もう一発」

 

 再び砲弾が発射される。

 先ほどと同じ位置に着弾すると、とどめを刺すかのようにそこへ機銃を掃射した。

 

『乗り上げるよ』

 

 ミカの言葉の直後、ソミュアの車体が傾く。

 校庭から石畳の階段を上り、校舎群の前に広がる中庭へと出る。

 

 中庭にも大量の人型と、ついでに毛玉が1体おり、安全地帯はどこにもない。

 毛玉はこちらの存在に気付いたらしく、がぱりとその巨大な口を開き、よだれを地面へと垂らす。

「ひええ」と思わず手砲弾を発射すると、毛玉の前足辺りへ着弾する。

 毛玉は寸前で足を引っ込め、難を逃れたようだ。

 

 人型も対処をしなければ逆にこちらへ手砲弾を投げられてしまう。

 先んじて人型らにも幾つも手砲弾をばらまく。空になった手砲弾の筒を放り捨てる。

 

「安藤っ!」

 

 名を呼ばれ後部ハッチを見れば、中から隊長が手砲弾の筒を差し出してくれていた。

 ありがたく受け取り、蓋を取る。

 

「お馬鹿っ! そうじゃないわっ! 前を見なさいっ!」

 

 叱責され顔を上げる。

 

 ソミュアは中庭を抜け、すでに渡り廊下のほど近くまでやってきていた。

 煙の晴れた廊下の後方へ目を向けると――地面に穴が開き、地下へと続く土階段が見えている。

 

「行ってらっしゃい。武器は大事に使うのよ」

 

「……了解っ!」

 

 ソミュアが渡り廊下に沿って停車し、瞬間、地面へ飛び降りる。

 機銃の音が鳴り、土階段付近にいた人型が後退する。

 その隙を狙って私は土階段へと飛び込んだ。

 

 土階段は人がギリギリすれ違えるくらいの横幅しかなく、脇には数メートルおきに電球が設置されていた。

 段数はかなりあるようで、階段の終端は見えない。

 

 1段、3段、5段……階段を駆け下りてゆくと、途中で3体の人型と出くわす。

 

「えいあ」「う、おおえ」「おあえ」

 

 あぁあまったく気色悪い。

 

 ここで手砲弾を使ったら生き埋めだ。残念ながら肉弾戦で切り抜けるしかない。

 ……しかし厄介なことに、奴らは触れるだけで意識を暗闇に持って行かれることを経験済みだ。

 おまけに、3体のうち2体は竹槍のような武器を持ち、1体は私のと同じ手砲弾の筒を抱えている。

 

 隊長らが多少は足止めしてくれているだろうが、後方からはそのうちに敵が迫ってくるだろうし、もたもたしている余裕はない。

 

「よおおおっし、なるようになれおらあっ!」

 

 素早く手を伸ばし、人型の持つ竹槍の柄を握る。

 どうやら不意をつけたようで、あまり敵の力は入っていなかった。

 竹槍もどきを奪い、先端を人型の方へ向ける。

 

「どけどけどけええっ!」

 

 そしてそのまま階段を駆け下りる。人型は咄嗟に身を捻らせその場へ倒れ込む(よおっし!)。

 私はその背を踏みつけてさらに階段を下ってゆく。

 

 100段を超えたところでようやく階段の終端が見えた。

 最後の段へ足を下ろす。

 

 階段を抜けた先は、広々とした通路となっていた。

 横幅は10メートルほどだろうか。

 天井も床も壁も土で出来ている。

 単純に、土の中を掘り進めて作った通路なのだろう。

 

『安藤、中へ入れたかしら?』

 

 ふいに隊長から連絡が入る。

 

「ああ隊長、これから押田を探す」

 

『了解よ。敵は入り口で食い止めておくわ』

 

 それはありがたい。通信を切り、前方を見据える。

 

 通路は前後に続いており、階段と同じように電球が取り付けられているが、やはり終端は見えなかった。

 通路の両脇には、金属製の扉が点々と設置されている。

 押田が囚われているとすればどこかの部屋の中だろうが、それぞれの扉に大きな特徴はなく、中にいるのは人型なのか押田なのか、開けてみなければわからない。

 

「あー……まったく、あまりにも運任せだな」

 

 とはいえ、片っ端から開けてゆく他に手はない。

 奴らにとっても大事な人質だ。階段近くに監禁するはずもないかとは思うが、人型らが何を考えているかはわからない。

 それで見逃しては事だ。順に全て開けていくとしよう。

 

 試しに一つ目の扉のドアノブに手をかけると、鍵はかかっておらず、そのまま開くことができた。

 

 中にいたのは、6体の人型。

 すぐに扉をばたんと閉める。

 扉越しに、人型が椅子を引く音が聞こえてくる。

 ……当然、追ってくるのだろうな。

 

「ああくそ、本当に大丈夫なのかこんな方針でっ!」

 

 ともかく、追いつかれる前に押田を見つけて逃げ出すしかない。

 さあ、急げ、急げ安藤。

 

 二つ目の扉を開き、人型。

 三つ目の扉を開き、人型。

 四つ目、人型。五つ目、武器庫。六つ目、人型。

 七つ目、人型。八つ目、人型。九つ目、人型!

 

 扉を開くごとに私を追う人型の数が増えてゆく。

 時折、後方へ手砲弾を投げて威嚇するが、ほんの僅かな時間稼ぎにしかならない。

 

 扉を開く、外れ。

 扉を開く、外れ。

 扉を開く、外れ――。

 

 ……まさかここには押田なんていなくて、私がただただ捕まり殺されるだけ、なんてことはないよな?

 最悪の結末に、背筋がぞくりと冷える。

 

「いやいや駄目だ! 気持ちで負けるな、死ぬぞ安藤!」

 

 ここまできて、そんな結末があってたまるか。

 私は押田を見つけ、隊長の元へと戻り、全員でこの世界から脱出するのだ。

 それ以外の結末など、私が認めない。

 

 ――そうやって、強く念じた成果があったのか、前方におかしなものを見つけた。

 金属製の扉の前に1体の人型が立っていたのだ。まるで見張りである。

 これまで見てきた扉の前にはあんな奴はいなかった。

 

「今度こそ、当たりを引かせてくれよ……っ!」

 

 手砲弾の筒を手に取り、見張りへ向けて発射する。

 見張りはまだこちらへ気付いていなかったのだろう、手砲弾を避けきれず上半身へ命中し、後方数メートルへ吹き飛んでいった。

 

 扉のドアノブへ手をかける――が、これまでと違い鍵がかかっている。

 すかさず手砲弾を手に取り、数歩後ろへ下がって扉へと放つ。

 ぎいんと金属の嫌な音が鳴り響き、扉が大きくへしゃげる。

 さらに扉へ勢いよく体当たりをすると、見事、扉は部屋の中へと倒れ込んだ。

 

 顔を持ち上げる。

 

 そこでは、見慣れた金髪が風圧になびいて揺れていた。

 

「……押田」

 

 部屋の中にぽつんと据えられた椅子へ、静かに座っている。

 ぐったりと顔を伏せているが、肩を動かしているので死んでいるわけではない、おそらく眠っているのだろう。

 

「あぁあまずいまずいっ!」

 

 すぐ後ろからは人型が迫ってきている。手砲弾の残弾は残り一つだ。

 一時しのぎにしかならないが、火事場の馬鹿力を振り絞り、部屋の中にあった書棚を持ち上げて、扉の残骸の上へと運ぶ。

 直後、書棚の反対側に人型らがやってくる気配を感じる。

 連中も手砲弾を持っているだろうし、保って1分といったところか。

 押田も今は眠っているが、意識を取り戻せば、再び襲いかかってくるに違いない。

 

「……君はこういう時に根性論を持ち出すが、私は理性的なのでな。気合いでどうにかできるとは思っていない」

 

 ポケットに手を入れ、手付かずで保存してきたレーションを取り出す。

 パッケージの封を切り、中身を細かく砕く。

 

「手が足りていないんだ。早く手伝え」

 

 押田の頬を押さえつけて口を開かせ、レーションのかけらを放り込む。

 自分では口を動かしてくれないので、首を上へ向け、無理矢理に飲み込ませる。

 

「これで大丈夫なのか……?」

 

 背後からは書棚を押しているのだろう物音が聞こえてくる。

 悠長なことをしてくれているが、とはいえ、手砲弾を利用するのは時間の問題だろう。

 押田が勝手に目覚めるのを待ってはいられない。

 無理矢理にでも起こさなければ。

 

「ほら、早く起きろっ!」

 

 叫びながら、ぺちぺちと頬をはたく。往復ビンタだ。

 押田の頬が赤くなるまで続けていると、ようやくぱちりとその両目が開いた。

 

「あぁ、目が覚めた――」

 

 言い終わる前に、押田はがばりと立ち上がり両手で私へ掴みかかってきた。

 勢いで床に押し倒される。

 

 ――くそ、まだ変化したままなのか、こいつ。

 どうする、さすがにもう時間がない、一度、気絶でもさせて背負って逃げるか?

 いやそんなことが可能なのか?

 

「まったく卑劣だな外部生はっ! 無防備な私に何をしているんだっ! 痛いじゃないか!」

 

「…………押田くん?」

 

 押田の顔を見上げ、その瞳を覗きこむ。

 そこには、一筋の淀みもなかった。

 

「はははっ!」

 

 がしりと押田の背中に手を回し抱き寄せると、押田は「え、あ、安藤くんっ!?」と戸惑いの声を発する。

 

「き、君、汗臭いぞ!」

 

「お互い様だろう、それは」

 

「え、ぇえっ!?」

 

 慌てる押田を引き離し、その場へ立ち上がる。

 こんなことをやっている場合ではないのだ。

 

「状況は最悪だ。行くぞ、押田くん」

 

 私が言うと、押田は身だしなみを整えつつ返す。

 

「……ひとまず説明をくれないか。何も飲み込めていない」

 

 私は書棚の方を示して、押田の言葉に回答する。

 

「書棚の向こうに敵の大群。部屋に逃げ場なし。武器は手砲弾一発のみ。理解したか」

 

「最悪じゃないかっ!」

 

「そうだろうそうだろう」

 

 私が言ってやると、押田は「いや待て」と額に手をやる。

 

「弾が一発残っているのなら、壁を破壊して脱出できないか?」

 

 ……おぉ。

 

「すごいな、君は! 天才だよ、押田くん!」

 

「そうだろうそうだろう」

 

 図に乗る押田を捨て置き、壁に張り付く。

 押田も私の隣へ並んだのを確認すると、最後の一発を反対側の土壁へ向けて放った。

 

 二度、連続で爆発音が響く。

 一つは目の前の土壁から、もう一つは、人型が書棚を破壊した音だ。

 

 示し合わせたように、押田と二人、破壊された土壁へ駆け込むと、隣の部屋は武器庫になっていた。

 棚に並ぶ手砲弾を拝借し、立てかけられた竹槍もどきを手に取る。

 背後の押田監禁部屋には、すでに人型が侵入しており、すぐさま我々が隣の部屋にいることに気付く。

 

「急げ急げっ!」

 

 扉から廊下へ飛び出すと、当然、すぐ隣には人型の集団だ。

 

 先手を打つことが何より重要だろうと、「おうらあっ!」と竹槍で突く。

 ――と、突いた人型が四方へ爆散した。

 上半身は細かい肉片となって吹き飛び、下半身しか残されていない。

 この竹槍に、そんな機能が……。

 

「え……ぐろ……安藤くん……非道くないか」

 

「ああもううるさいな、そんな場合か、早く逃げるぞ」

 

 さすがの人型らも狼狽えたらしい、動きが鈍っている。

 集団へ背を向け、私たちは出口の方向へ走り出した。

 

「良いか押田くん、ここは連中の支配する学校の地下だ」

「隊長とミカと私の三人で、お前を助けにきた。感謝しろ」

「上で二人がソミュアに乗って戦っているはずだから、合流して学校を脱出するぞ」

 

 早口でまくしたてると、押田はなんとか理解したようで、「了解した、ありがとう」と頷く。

 普段からそのくらい素直でいてほしいものだ。

 

「隊長、隊長っ! 聞こえるか! 押田を確保したっ! 聞こえるか!」

 

 無線機で隊長へ話しかけるが――返事はなし。

 しばらく待てども何も返ってこない。

 

「地下だから通信が途切れているのではないか?」

 

「……その可能性はあるが」

 

 地下へ侵入した直後に隊長からの通信があった。

 廊下を数十メートル移動しただけで使えなくなるものか?

 

「前、前っ! 安藤くんっ!」

 

 押田に言われて注視すれば、廊下の奥から人型の集団がわらわらとやってくる。その数はざっと見ても20を超えている。

 あの数はさすがに、二人でも切り抜けられそうにない。

 

「引き返そうにも、後方からも敵が向かってきているんだよなあっ!」

 

「一旦、どこかの部屋へ身を潜めるというのはどうだ?」

 

「採用っ!」

 

 少しだけ引き返して前方の人型の目に届かないだろう位置まで移動すると、手近な扉を開けて中へ飛び込む。

 部屋は兵の詰所らしく、長机が一つに、簡易的なパイプ椅子が四つ、それに、手砲弾などの武器を収納する棚がいくつか置かれていた。

 

「さて安藤くん、これからどうする?」

 

「押田くん、部屋で身を潜めようと言ったのは君のはずだが?」

 

「あいにく、そこから先は考えていない」

 

 ため息をつくと、押田が「き、君も採用すると言ったろう」と文句を吐く。

 

 ……いや、考えてみれば、悪いのは私の方だ。

 ここまで敵を大勢引き連れてきてしまった。

 過ぎてしまったことは仕方がないが、若干の後悔に襲われる。

 

「なあ、押田くん、決して責めているわけではないから、正直に答えてもらえるか」

「我々はこのまま連中をやり過ごして、地上へ脱出できると思うか?」

 

 押田は少し思案した上で答えた。

 

「不可能ではないが、難易度は高いだろう」

 

 私もその言葉に同意だ。

 やはり、そうだよな。

 

「けれど、やるしかないだろう?」

「であれば、考えるべきは、奴らをどうやり過ごすか、その策じゃないか?」

 

「いや、実は、奴らを無視して脱出する方法があるんだ」

 

 私が言うと、押田は両目を僅かに大きくした。

 

「なんだ、では初めからそれを使えば良いじゃないか。どういう方法なんだ?」

 

「それが――」

 

 押田へ、この世界と我々の世界との関係、元の世界へと帰る方法、そして隊長に託された宝石の使い方について説明する。

 全てを話し終えると、押田は神妙な顔で頷いた。

 

「うん、俄には信じがたい話だが、マリー様が言うのであれば、真実なのだろう」

 

「君は少し隊長を信じすぎだな」

 

「安藤くん、君もなかなかだよ」

 

 押田の言葉に言い返してやりたくなる気持ちを押し殺し、話を元に戻す。

 

「ともかく、この宝石を使えば、我々は元の世界へ戻ることができるんだ」

「少しリスクはあるけどな」

「別途、隊長とミカは、隊長の力で帰れば良い」

 

「待ってくれ。マリー様に、本当にその力はあるのか?」

 

「当然だ。私の目の前でミッコとアキを向こうの世界へ戻した」

 

「その宝石を使ったのでは?」

 

 押田が私の胸元を指さす。

 

 …………。

 

 いや、まさか、そんなはずはない。

 

「あの二人を帰す時、宝石は握っていなかった」

 

「宝石を握らずとも利用は可能かもしれない」

 

「それに、隊長はこの宝石を私に『好きに使え』と託したんだ」

「私だけ元の世界へ戻ったのでは、隊長とミカが帰る方法をなくしてしまう」

 

「そこまで踏まえた上で、隊長は君に宝石を託したのかもしれない」

 

 私の言葉に、間髪入れずに押田が返す。

 

 ……押田の言葉は、否定できない。

 確かに隊長は、元の世界へ帰る力など持っていないのかもしれない。

 

 だがそれは、単なる可能性だ。

 

「どちらにせよ、この宝石を使うのならば、隊長へ報告をしなければならない」

「でなければ隊長とミカは戦い続けてしまうからな」

「そこで隊長を問い詰めよう」

 

 ただ、先ほどは隊長の反応がなかった。今度は連絡が付けば良いのだが。

 

 ともかく無線機を操作して、咽喉マイクで語りかける。

 

「隊長、聞こえるか。安藤だ」

「報告したいことと、訊きたいことがある。頼むから返事をしてくれ」

 

 言い終えて、しばらくじっと待つ。

 するとかすかに、『……お』とヘッドホンから声が聞こえてきた。

 

「隊長、良かったっ! 安藤だ、押田を確保できたんだ」

 

 その声は、私の言葉を遮って聞こえてきた。

 

『おうああおあえあ』

 

 隊長の声ではない、それは、人型の発した言葉だった。

 

 ◇ ◆ ◇

 

「おい、安藤くん、どうした?」

 

 冷や汗が背中を垂れる、額を垂れる。

 全身が冷えて、視界がおぼつかなくなる。

 

 嘘だろ? そんな馬鹿な。

 どうして私のヘッドホンから、連中の声が聞こえる?

 

 単純に考えれば、無線機を奪われたということだ。

 それはまさか、隊長とミカが、負けたというのか?

 

 二人はいま、どうしている? どうなっている?

 考えたくはないが、もしかして、二人は――、

 

「安藤くん、答えろ。何があった!」

 

 両肩を揺さぶられ、はと気付く。

 正面に立った押田が、私の顔を覗き込んでいた。

 

「お、おそらく、だが、隊長とミカが、連中に捕まった」

 

「何故そう判断できるんだ」

 

「ヘッドホンから、人型の声が聞こえた」

「隊長かミカの無線機を、連中が利用している」

 

 私が言うと、押田は頭を抱えた。

 

「君の判断は、間違っていないだろうと、私も思う」

 

 ……いつも楽観的な押田だ、今回も勇気づけられるかと頭の片隅で期待してしまっていたが、やはり駄目だった。

 

「連中が、二人を生かしておくだろうか」

 

「……そんな言葉を口にするなよ、安藤くん」

 

 押田に諫められ、ぐっと口を噤む。

 

「ともかく、先ほどの思いつきを信じるしかないだろう」

「マリー様は、元の世界へ戻る力や世界を一つにする力を持っているわけではない」

「そうすると、奴らの目的は我々の持つこの宝石ということになる」

 

「つまり、二人は、人質にできる。安全は保障されている」

 

「その通り。しかし――」

 

「人質は、一人で十分だ」

 

 ひどすぎる。涙が出てきそうだ。

 押田も瞳を潤ませている。

 

 もはやどうすることもできないのか。

 どうしてこんなことになってしまった。

 

 隊長とミカを見捨てて、我々だけで元の世界へ帰る?

 そんな、そんな選択が、出来るはずがないだろう。

 

 ではどうする? 何かできることが、あるのか、我々に。

 

「安藤くん、マリー様は、君に何か言ってなかったのか」

「こんな状況に陥った場合のために、何か、助言や、打てる手を――」

 

 縋るように押田が口にする。

 私だって、作戦があれば実行しているさ。

 しかし隊長はただ、私にこの宝石を渡し、「好きにして良い」と――。

 

「……あ」

 

「安藤くん……?」

 

 一つだけあった。

 ここから大逆転できる、一手が。

 

 ――いや、けれどそれは、本当に逆転なのだろうか。

 結局、最悪の事態に陥るだけではないのか。

 

「……押田くん」

 

 けれど、けれどやるしかない。

 隊長は、きっとこの状況を見越していたのだろう。

「それでも」という言葉はきっと、これのことだ。

 

 ああ、馬鹿だ、私は。どうして想像がつかなかった。

「絶対」なんて息巻いて、結局はこれだ。

 

「君の話はなんでも聞く、続きを口にしてくれ」

 

 押田に言われ、その通り、言葉を紡ぐ。

 

「世界を、一つにしよう」

 

 押田は一瞬だけ間を空けると、すぐに返事を口にした。

 

「ああ、そうしよう」

 

 ……いや、

 

「いやいや、良いのか?」

「何が起こるかわからないんだ」

「我々は変わってしまうかもしれない、消えてしまうかもしれない」

「我々だけじゃない、世界まるごと変わってしまうんだ」

「当然、失われるものも――」

 

「けれど、安藤くんも、それを承知の上で口にしたんだろう?」

 

 押田が、落ち着いた声で私の言葉を切る。

 いま、きっと私と押田は、想いを同じくしていた。

 

「……あぁ、確かに。『それでも』だ」

 

 それでも、隊長やミカが助かるかもしれない。

 

 世界が一つになったごたごたで、こんな状況は全部リセットされる。

 何が起こるかはわからないが、隊長もミカも、私も押田も助かる道があるとすれば、もうこれしかない。

 

 結局は、人型らの思い通りになってしまうとしても。

 

「……我々は、負けたのだな」

 

「敗北ではない。戦略的撤退だ。戦車道でどこかのチームも言っていた」

 

「違いない」

 

 私は言って、少し笑う。

 

「――よし、そうと決まれば、急いでやってしまおう」

「じきにこの場所も連中に見つかる」

 

 先程から廊下がばたばたと忙しない。扉に鍵はかけたが、他の部屋は鍵がかかっていない。

 ドアノブをひねられれば、違和感を覚えられる。扉を手砲弾で破壊されるだろう。

 

 ……それに、隊長たちの身もどこまで安全かはわからない。

 

「君も手伝え」

 

 首にかけたネックレスを外し、右手に乗せた宝石を前に突き出す。

 押田はその上へ右手を乗せ、私は押田の手を挟むよう、さらに左手を重ねる。

 最上部には押田の左手が乗せられる。

 

「ここからどうすれば良い」

 

「隊長は、望む世界をイメージしろと言っていた」

 

「……相変わらず無茶を言うな、マリー様は」

 

「まったくその通りだ」

 

「さあ、やろう」

 

「ああ」

 

 目蓋を閉じる。思考に集中する。

 がむしゃらに、ただただ念じる。

 

 世界を一つにする。

 そこには隊長がいて、私がいて、押田がいて、ミカやミッコもアキもいる。

 そして残念ながら、人型もいる。例の毛玉だっているだろう。

 重力はきっと我々の世界のそれよりも少し強くて、陸の学校も増える。

 もしかしたら、我々の世界と比べて、悪意や暴力が増すかもしれない。

 とても嫌なことだが、全人類が同じように思うだろうが、私はそれを許容する。

 

 なんとなく、目蓋の向こうが明るくなったような気がして、僅かに目を開ける。

 強い光が、私と押田を包んでいた。

 なるほど、これで合っているらしいな。

 

 光の向こうには、人型の集団が見える。

 おそらく扉を破壊してきたのだろう。

 

「お前らの希望通りにしてやろうというんだ。邪魔をするなよ」

 

 私の言葉が通じているのか、連中はそれ以上、部屋の中へ足を踏み入れない。

 再び目蓋を閉じて、強く、強く強く念じる。

 

「安藤くん、きっと変わらないさ」

 

 押田の声が響く。

 

「我々は消えないし、変わらない」

「変わるものもあるかもしれないが、変わらないものだってあるんだ」

 

 ぐちゃぐちゃになった意識のなか、うっすらと押田の声が、私の耳に届く。

 

「だからきっと、世界が一つになっても、我々は仲間だ」

 

「……君に、そんなことを言われるなんてな」

 

 言葉は、自然と私の口から漏れ出た。

 

「無論、私もそう思う」

 

 次の瞬間、私の意識はふっと消えた。

 

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